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平成28年(2016年)12月20日(火) / 南から北から / 日医ニュース

禁酒の功罪

 2009年4月27日、大好きだったお酒をやめた。理由は、当時4歳だった娘の気持ちを代弁した妻の冷ややかな一言だった。「お酒を飲んだ時のパパはおかしくなって嫌だって」。
 もともと大勢でお酒を飲むことが好きなため、前日もホームパーティーをしていた。自宅で気が緩んだのか少し飲み過ぎてしまい、子ども達は父親の変貌(へんぼう)ぶりをしっかりと見届けていたようである。女性から嫌われるのはつらいが、愛娘から嫌がられるのはもっとつらい。
 ショックで沈んだ心と向かい合った結果、その日のうちに禁酒を宣言した。しかし、いざ禁酒をするといいことばかりだった。夜間の呼び出しも即対応。飲み代も掛からない。当然二日酔いもないから体調もいい。冠婚葬祭も一滴も口にしない徹底ぶりで禁酒を守り、気がつけば3年半が経過していた。
 しかし、本厄の厄払いの時に転機が訪れた。巫女(みこ)さんから差し出されたお神酒を拒む自分にふと疑問を感じた時、神の声が聞こえた。「もうそろそろいいんじゃない」。飲み会に誘わなければ誘われもしない。よくよく考えると友人達と疎遠になったような気がする。早速妻に解禁の相談をしたところ、「まじめすぎるあなたは窮屈な感じがしてたわ」とあっさり賛成。もしかして私は妻にいいように操られていたのだろうか。
 現在、以前よりかなりお酒が弱くはなったが、仲の良い先生や友人と飲むお酒はやっぱり楽しい。お金や健康をとるか、人間関係をとるか。結局は飲み過ぎないということか。

宮崎県 日州医事 No.802より

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