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平成28年(2016年)12月20日(火) / 南から北から / 日医ニュース

真夜中の幼稚園

 「おべんきょしたあああい!」
 リビングに響くわが子の叫びに、初めは耳を疑った。何のことはない、アンパンマンのシールブックのことだ。それでも頼もしく感じられるのだから、我ながらめでたいものだ。
 昨年12月の某日未明、私は、とある幼稚園の校門前に降り立っていた。
 きっかけは、ある日、妻がママ友から「プレスクール」なるものの存在を聞かされたことに始まる。今の幼稚園は3年保育が当たり前と聞くだけで驚いたのに、更に早期のクラスがあるという。そこに通わせると、同じ幼稚園に優先的に入園できる利点もあるらしい。割とポピュラーなものと分かってきて、何だか親として逃げられない心境になった。
 同い年の若き医療法人理事長H君に尋ねてみると、「お勉強させたいならY幼稚園、伸び伸び遊ばせるならM幼稚園。プレスクールも行ってたよ」とあっさり言う。当院の院長も「O幼稚園とY幼稚園が人気みたいですよ」とおっしゃっていたのを思い出し、Y幼稚園に照準を合わせることにした。親子3人で参加した見学では、息子が大人しかった。それで、相性が良いのだと都合良く解釈し、そこに決めた。
 とはいっても、卒園生や在園児のいないわが家は、願書を手に入れなくてはならない。首都圏では、3日3晩並ぶこともあるという。札幌でも、前夜から並ぶ幼稚園があると聞いたが、Y幼稚園は、どうだろう。「プレスクールではそこまでしなくても大丈夫のはず」「いや、プレスクール入室時が勝負だ」。どちらも信頼に足る、しかし、正反対の情報に接した。確たる決め手の無いまま、整理券の配布日が翌日に迫った。その日の当直は、院長が快く代わってくださっていた。もはや行くしかあるまい。
 午後8時。遅めの仕事帰りに幼稚園前を通過してみた。既に閉園していて、人影は無い。帰宅して、「ほんとに並ぶのかなあ?」と呟いたが、「何言ってるの」と妻の厳しい視線が飛んできた。
 午前0時。再び偵察に向かう。現地をさりげなく通り過ぎようとして、息を飲んだ。いる。正確に言うと、地面にランプが灯り、椅子が置かれているのが見える。本格的な夜営と直感させた。ここへ来て、丸腰であることに気付き、キャンプ未経験なのが悔やまれた。ひたすら並んで待てば良いとはいっても、適当に陣を張れば遭難してしまうだろう。限られた体力を温存するため、数時間の仮眠を取ってから参戦することに決めた。
 午前4時。重ね着をしてスキーウェアに身を包み、使い捨てカイロに毛布、買ったばかりの真冬用ブーツと、自分では考えうる限りの装備をした。折りたたみ椅子は無い。仕方なくアンティークの軽めの椅子を担いだ。暗闇でガレージのシャッターを開けながら、早くも足が凍えてくる。今にも引き返したかったが、今日を限りに幼稚園選びに悩むことは無くなるのだと言い聞かせた。
 現地でクルマを降り、椅子を3番目に置くと、近くのクルマから軽装の男性が降りてきた。会釈をして、「プレスクールの......?」と言う前に、互いに全てを了解していたと思う。同志だ。そこから開門までは、言うまでもなく、長かった。皆、押し黙り、夜が明けるのをじっと待つ。6時を過ぎて、ぽつぽつ人が集まってきた。
 午前7時過ぎだったであろうか。その瞬間は、不意に訪れた。ガラガラと門が開けられ、皆が足早に建物になだれ込んでいく。椅子と毛布をしまい遅れた私は、あっという間に置き去りにされた。一式をクルマに積み込み、慌てて玄関に駆け込むと、午前4時の同志が元の位置を回復してくれて事なきを得た。
 玄関は見る間に人で埋め尽くされた。整理券を手にして、同志と「これで父親の役割は果たしましたね」と言葉を交わし、わずかな達成感を覚えながら、再会を誓って別れた。
 今春、プレスクールに通い始めた息子は、教室に着くや泣き叫び、母親の手を引いて教室を出て行く毎日を繰り返した。終了時刻まで教室に戻らないというのだから、何をしに行っているのか分からない。それでも、母親とひたすら階段を昇降し、園内を探検し尽くして満足したのか、毎朝真っ直ぐ教室に飛び込んでいくようになったと聞き、胸をなで下ろした。
 音楽がかかると一気に顔がほころんで俄然(がぜん)張り切る息子は、今日も満面の笑みで歌い、率先して踊っているという。「おべんきょ」もそうであってもらいたいが、さて、どうなるだろう。

北海道 北海道医報 第1167号より

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