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平成29年(2017年)7月5日(水) / 南から北から / 日医ニュース

ある邂逅(かいこう)

 私は毎日、散歩することを日課としている。自宅は姫路城に近いので、城の周囲を巡るコースだ。約30~40分の散歩コースで、万歩計は6000歩を刻む。
 以前は人気(ひとけ)のないコースで、唯一、三の丸に観光客の姿が点在するだけだったが、姫路城が世界遺産になってから様子が変わってきた。
 しかも大河ドラマ「軍師官兵衛」と、平成の城の大修理の後では、毎日、「お城祭り」が開催されているかのような人混みで、城の周囲は日本人は元より、外国人観光客でごった返している。
 ある月曜日、いつものコースを歩いていると、歴史博物館の入口のところで途方に暮れたように2人が立っているのに出くわした。付近の道路にタクシーが止められており、明らかに観光客らしかった。1人は運転手でもう1人は老婦人であった。
 「月曜日は休館日ですよ」私が彼らに声を掛けると、老婦人は公共機関に休みがあることを初めて知ったかのように驚いたが、やがて残念そうな顔をした。私は彼女の表情が気になり、城の愛好家の人で、はるばる遠方から見学に来たのかと思い、「どちらから来られたのですか」と尋ねた。
 「アメリカのカンザスから来ました」
 私は驚いた。「姫路城の資料か何かを調べに来られたのですか」
 「いえ、亡くなった主人の作品がこの博物館に寄贈されているので、それを見に来たのですが......」
 彼女の返答は私の予想していたものと随分と異なっていたが、どんな作品なのか興味が湧いてきた。
 「主人がガラス細工で姫路城を作り、天皇陛下に献上したものがこちらへ寄贈され、飾られていると聞いたものですから」
 「とにかく、館内へ入りましょう。せっかくアメリカから来られたのですから。誰か守衛ぐらいはいるでしょう」
 ベルを押すと、守衛が玄関まで出てきたので、私は事情を話した。「責任者と連絡を取ってから」と守衛はいったん館内に引っ込んだが、しばらくしてから再び玄関に顔を現した。「許可が出ましたが、そこだけにして下さい」と条件を付けた。
 私と老婦人と運転手の3人が館内に入ると、それは正面に陳列されていた。1メートル四方ぐらいの、ガラス細工で精巧に作られた姫路城で、製作に2年間かかったと説明が付記されていた。
 それによると、彼女の夫である作者はアメリカ在住の日本人で、彼の手によるアメリカの国会議事堂、ホワイトハウス、それに独立記念館の作品もアメリカ大統領に寄贈されているらしい。このような精巧なガラス細工の分野では、彼は世界的に有名人のようだ。
 老婦人はガラスケース越しに、まるでそこに亡くなった主人がいるかのように、夫の遺作を眺め、持参のカメラにその姿を収めた。
 「これでアメリカにいる子ども達にこの写真を見せてやることができます。どうもありがとうございました」彼女は私に礼を言った。
 名刺交換をして彼女と別れ、その時のことはすぐに忘れてしまったが、クリスマスの日にアメリカから小包が届いた。それはあの婦人からのものであった。
 小包の中味は本で、「A Japanese in Kansas:A Man Captivated by Glass」という題名で、彼女の亡き夫の自叙伝であった。彼女の夫、大野貢は本の題名通り、ガラスに魅せられた男で、ガラス細工の腕を買われて渡米し、アメリカでも高く評価された。
 読むうちに、ガラス細工一筋に邁進(まいしん)する古き善良な日本人の姿が彷彿(ほうふつ)としてきた。
 姫路城が世界遺産となったことで、地方に住む者にもいろいろな人との巡り合いの機会が増え、日本を離れた外国でも、日本人が活躍していたことを実感させられた、心温まる邂逅であった。

(一部省略)

兵庫県 姫路市医師会報 No.386より

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