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平成30年(2018年)5月20日(日) / 日医ニュース

勤務医と国民皆保険

勤務医のページ

 日本で国民皆保険が成立したのは1961年であるが、皆保険成立当時の日本人の平均寿命は、女性で約70歳、男性で約65歳と主要先進国中最低であった。
 しかし、その後の延伸は著しく、1985年には主要先進国でトップとなり、更に2016年の平均寿命は、女性で87・14歳、男性で80・98歳と男女共に香港に次いで世界第2位となった。香港が中国の一部であることを考えれば、日本は実質的に世界一であると言える。
 医療の最大の目的が生命の維持・延伸であるなら、これはまさしく日本の医療が卓越していることの証明であり、実際、世界保健機関(WHO)の評価でも、健康達成度の総合評価は日本が世界1位とされている。
 このような進歩に、国民皆保険が大きく寄与していることは明らかであろう。

フリーアクセス

 日本の医療制度を支える国民皆保険は国際的に見てもまれなものであり、中でも大きな特徴は、フリーアクセスと高品質低コスト医療である。
 欧米の多くの国で、患者はまず家庭医あるいはGP(General Practitioner)を受診し、専門医へは紹介によって受診できるという方針をとる中、わが国では患者が自分の意思で最初から自由に医療機関を選ぶことができる。
 このため、日本人の間ではいわゆる大病院指向が強く、ごく軽症でも大きな総合病院を受診することが多い。しかも、初めから専門家に診てもらいたいという願望も強く、救急外来を受診して専門医の診察を要求するといった例も少なくないとされる。
 見方を変えれば、日本の大病院、そしてその勤務医は地域に密着した医療を行っており、容易には受診できない諸外国の病院と比べ、はるかに地域住民に近い存在と言えよう。
 もちろん、地域の実地医家との病診連携を通しての紹介も多く、総合的に見れば入院患者に加え、外来患者も多くなる。

低コスト医療と勤務医

 結果、日本の勤務医は1日中診療に追われ、いわゆる過剰労働を強いられている。
 一方、それに対する報酬は諸外国と比べ低額に抑えられており、仕事の重要さや責任の重さに相応の額ではないことは疑う余地はないだろう。
 実際、2006年の報告(『週刊東洋経済』5月13日号)では40歳の業種別年収を比較すれば、病院勤務医は弁護士やテレビ局、商社、金融、証券業、不動産業などよりも少ないことが分かった。10年以上前の報告ではあるが、その後勤務医の給与水準はほとんど引き上げられていないので、現在でもその状況は変わっていない。
 医療に係る経費において最も大きなものは人件費であるが、特に急性期医療を行う病院で医師の人件費が低く抑えられていることが、わが国の高品質低コスト医療の大きな理由の一つであることは確かである。
 かつてヒラリー・クリントンが米国の医療制度改革を目指し日本の視察に訪れた際、勤務医が低報酬での過重労働を黙々と行う様を見て「聖職者さながらの自己犠牲」と評したとされる。
 恐らく、彼女は米国の医師に日本の勤務医のような働き方は望むべくもないと悟ったために、自国での日本と同様な保険制度の実現を諦めたのかも知れない。

勤務医不足

 昨今の問題である働き方改革において、特に医師の働き方改革は重要な課題である。
 ここで言う医師はもちろん労働者である勤務医であるが、急性期病院が労働基準法を遵守しようと思えば医師の増員が必要となる。しかし、現実には病院勤務医は明らかに不足しており、それは地方で甚だしく、増員はほぼ不可能である。
 とすれば救急等の業務を縮小するしかないが、応招義務もあり患者を断ることは難しいのがわが国、特に地方の現状である。
 つまり、現在の法は日本の医療事情に即しておらず、法を守れば地域医療が崩壊するのは明らかである。
 対応策の一つとしてタスクシフティングが取り上げられているが、四病院団体協議会による調査では、既に点滴、ライン確保、尿道カテーテル留置といった処置などは、看護師等へのタスクシフトがかなり行われており、今後、更に進めるための検討が待たれる。
 これだけでなく、医師が本来の業務に集中できる医療システムに関しては、米国及び欧州諸国に学ぶことは多く、わが国の医療システムを根本的に構築し直す時が来ていると考える。

国民皆保険の維持と日本医師会

 とは言え、世界に冠たる国民皆保険を維持して行くことは、わが国にとって至上命題であることは誰しもが知るところであり、そのためには、時代に即した制度の柔軟な運用が必要となる。生産人口が減少する一方で老年人口が増加する今後は、高齢者の医療費は一層増加することになる。当然、現代のように若年層で老年層を支えていくことは不可能になるため、受益者負担も考えなければならないだろう。
 更に言えば、わが国の国民皆保険の特徴である「いつでも」「どこでも」「誰でも」受診できるフリーアクセスも変わる必要がある。
 冒頭に述べた欧米諸国のごとく、何か症状のある時は、まず「かかりつけ医」の診察を受け、必要があれば専門医を紹介してもらう、といった受療行動への変更、あるいは"コンビニ受診"などと言われる救急への安易な受診の抑制などが、病院勤務医への負担を軽減し、国民が享受してきた皆保険を維持するための「賢い」医師へのかかり方であろう。
 国民皆保険の利点を享受し続けるためには、国民一人ひとりが健康保険の意味を考え、医療に対する考え方を変える必要があるのは確かである。その啓発に当たるのは日医をおいて他にない。
 既述のように、国民がまず「かかりつけ医」を受診することは日医の方針とも合致し、その結果、不要な病院への受診を抑制することになれば、勤務医の過剰労働を緩和することになる。
 日医が積極的に国民意識の改革に取り組むことを期待したい。

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