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平成30年(2018年)12月5日(水) / 南から北から / 日医ニュース

お粥は戴きません

 私が小、中学校の時代は、戦争のために食糧不足の時代でした。その頃私の生家では商売をやっており、余分な商品を少しずつ農家でお米と交換して、一般の人よりご飯は多めに戴くことができました。
 その頃の薄いお粥の味は耐え難く、食糧事情が良くなって、白米のご飯が自由に食べられるようになると、銀シャリのご飯を嚙まずに、ぐっと飲み込む感覚が最高と思うようになりました。
 ノドの入り口の味覚は迷走神経が知覚し、舌の前3分の2に分布するのは鼓索神経(こさくしんけい)(顔面神経)、舌の後部3分の1に分布するのは舌咽神経(ぜついんしんけい)と言われています。私が60年前に解剖学で習ったものと、少し変わったようです。
 大きい肉をパクリと飲み込む咽喉の原始的味覚は、迷走神経によるものです。肉食動物は、倒した獲物を取られないように、嚙まずに早く飲み込んでしまった方が得策と考えた結果でしょうか。食事はよく嚙んでいただきましょうという一般の習慣に外れますので、私の主張は非常識だと言われますが、医師としてよく自覚しております。
 よく嚙まないものですから、食事はどんどんノド元を通ります。従ってこんな習慣の人は、体重がモリモリと増加します。よく嚙んで食事をしている人は、腸管の吸収が良く、太りそうに見えますが、こういう人はかえって食全体の量が少なく、スマートな人が多いようです。
 私は7人兄弟の7番目です。子どもの頃、大家族で一緒に食事をしている時に、早飯をしないとうまいものがなくなるという潜在意識があり、こんなノド越しの悪習に陥ったのかも知れません。若い頃は肥満でしたが、80歳を超えた頃からは標準値になりました。
 今は、息子の嫁さんの実家が南魚沼の米作農家で、特等の「こしひかり」をたくさん戴いて、老人のノド元を潤しています。

新潟県 新潟市医師会報 No.559より

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