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令和2年(2020年)2月5日(水) / 南から北から / 日医ニュース

奇妙な平成の思い出―君にもう一度逢いたい―

 もう一度逢いたいと思っていたのは人ではなく、犬です。10年ほど前の英彦山で、とても奇妙な体験をしました。不思議な犬と別所駐車場から一日を一緒したのです。
 その犬と再び逢いたいと思い、その後何回か駐車場に行きましたが、再びめぐり逢うことはありませんでした。
 思いは薄れゆくもので、犬のことは記憶から消えていましたが、今春に娘が天神のぺットショップで購入し、とあることから当家に転がり込んできた犬が、その時の犬にそっくりなのです。
 その日の登山はトレーニング目的で別所駐車場から出発し、玉屋神社、鬼杉経由で南岳、中岳、北岳と周遊し、高住神社に下山して駐車場に戻るロングコースを予定しました。駐車場で登山準備していると、小型犬が私の近くに寄りついてきました。子どもの柴犬か豆柴だったと思います。後ろから見るとお尻がむっちりしていたのを覚えています。
 何か食べ物が欲しいのだろうと思いましたが、むやみに餌をやるのは良くないので知らんふりをしていました。歩き始めると、私の後ろや前をつかず離れず付いてくるのです。奉幣殿まで来ましたが、相変わらずに付いてくる状態でした。
 そのうちどこかに行くだろうと知らんふりを続けて、予定どおりに右側の登山道へ入っていきました。しかし、どこまでも私の周りに寄り添うように付いてきます。登山者が近付くと、ワンワン吠えて威嚇(いかく)します。私はすいませんと謝らないといけない状態でした。
 不思議なもので、だんだん親密感が湧いてきました。南岳山頂直下には鎖がある岩場があり、犬は登れません。お尻を支えて登れるようにしましたが、急に引き返していなくなりました。
 諦めて帰ったのだと思い、寂しい気持ちで山頂に着くと、その犬がいるではないですか。私を見て、ワンワン喜ぶように吠えていました。岩場を避けるまき道があり、そこから来たようです。
 その後も一緒に下山し、駐車場まで帰りつきました。栄養補助食品などの軽食しか持っていなかったので、それを分け合って食べたのですが、あまり好きそうではありませんでした。犬が好きな食べ物を持っていなかったのが今でも悔やまれます。
 このまま自宅まで付いてくると大変だし、無理やり別れるのもつらいなと思っていましたが、駐車場で着替えていると、いつの間にかいなくなっていました。周囲を探しても見つけることはできませんでした。
 娘が買った犬は豆柴で、お尻がむっちりして後ろ姿がそっくりです。約10年経過していますので、その時の犬は死んでいる可能性が高いです。不思議な縁と魂の巡(めぐ)り合わせを感じています。駐車場近くの飼い犬なのだと思いますが、なぜかそれでは納得できません。平成から令和になって、私に逢いに戻ってきてくれた気がしてなりません。

(一部省略)

福岡県 田川医報 第139号より

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