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令和2年(2020年)5月5日(火) / 南から北から / 日医ニュース

ベアーズショック

 「ベアーズショック」
 こんなタイトルの手記を書いている患者様がいらした。熊咬傷(こうしょう)で口唇を失い、その再建を目的に入院しておられる患者様だった。
 山菜採りか渓流釣りの際にツキノワグマに襲われた方だったと思うが、男性の場合は、襲われた出来事を武勇伝のように語る患者様が結構いる。トラウマになって二度と山に入りたくないと言わないのがすごいな、と思う。
 思い起こせば、幼少時から大の釣り好きの私は、中学生からは一人で真っ暗な夜明け前にニツ井を出発して自転車で藤里の渓流へ行き、車道のないような支流の源流部へイワナ釣りに行ったものだった。
 当時も何となく熊への恐怖心はあったが、まあ、滅多に出会うものでも無いだろうという楽観的な考えで、どんどん山奥へ一人で入っていた。幸いに一度も熊に出会うことは無かった。
 しかし、形成外科に入局し、熊咬傷の患者様の多いことに衝撃を覚えた。北東北3県から搬送されてくるためもあるが、山菜やキノコのシーズンには毎週のようにとか、3日連続とか、救急搬送されて来るのだ。
 そしてその外傷の壮絶さたるや、ここには具体的に書けないようなものばかり。顔のあらゆる部分の再建を経験してきた。
 そうしているうちにまだ出会ったことのない野生の熊に対する恐怖心は増幅していき、一人で山奥の源流釣りには行けなくなった。
 でも渓流釣りはしたい。今時の熊には熊鈴はあまり効果がないということで、渓流釣りへ行く際には釣具屋で見つけた熊撃退スプレーを携帯するようになった。1本1万円くらいした。濃厚カプサイシン液?が5メートルも噴出するらしい。
 ある日、渓流釣りで沢伝いに林の中を川まで下りていく途中、獣の匂いがしたような気がした。風上に熊がいる時、獣臭がすると聞いたことがあるので、背筋がゾッとした。
 私は、熊撃退スプレーをホルダーから外し、いつでも噴射できるように安全弁も外した。そして歩きながら、「これ、ちゃんと噴出するかな?」と不安に思い、ちょっと試しにレバーを握ってみた。
 「ブシュー!」
 凄い勢いで黄色っぽい煙幕が吹き出し、歩いていたのでその煙幕の中に自分から入ってしまった。
 そこからは地獄!!!目は痛い、涙は止まらない、鼻も痛い、息を吸えない、皮膚も痛い......死ぬかも、と思った。這うようにして何とか車に戻り、お茶で目や鼻の中を洗い、何とか回復し、釣りはせずに帰宅した。
 熊への恐怖心のあまりに自爆した事件(笑)。熊撃退スプレーをお持ちの方、試し打ちはやめましょう! 効果は絶大過ぎます!

(一部省略)

秋田県 能代市山本郡医師会だより No.332より

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