閉じる

令和2年(2020年)10月5日(月) / 南から北から / 日医ニュース

「年を取る」ということ

 私が年を取ったと感じた一番は、老眼になったことでした。若い頃は、患者さんに対して、「老眼だから仕方ないですよ」とさらっと言っていましたが、いざ自分自身が老眼になったと感じた時はとてもショックでした。
 老眼は不便です。眼鏡がないと、書類も本も読めないし、眼鏡に慣れていないと煩わしくもあります。
 ただ、老眼になって良かったことは、老眼の方の気持ちがよく分かって共感できることと、老眼鏡や遠近両用眼鏡のことでアドバイスしやすくなったことです。何でも自ら経験することが一番だと、今はそう思って自分を慰めています。
 それから更に年を重ね、還暦を過ぎた今、一番の心配は認知症です。
 そんな中、先日、「認知症の第一人者が認知症になった」というテレビ番組を見ました。それは、長谷川式認知症スケールを考案された長谷川和夫先生が認知症になられ、その日常を追ったドキュメンタリーでした。
 その中で、長谷川先生は「認知症になると、自分自身のあり方がはっきりしない。確かさがあやふやになっている。不安で自信が持てない」と言われていました。また、「認知症になっても人柄は変わらない」「認知症は余分なものが剥ぎ取られる」とも言われていました。このように認知症の第一人者の先生が、認知症になったご自分のことを伝えてくださるというのは、とてもありがたいことだと思います。
 私の父は認知症でした。父が認知症になって初めて、認知症は何もかも分からなくなって、何もできなくなることではないのだと分かりました。父は晩年、短期記憶は全くできなくて、ご飯を食べたのかどうか、トイレにいつ行ったのかも分からなくなっていましたが、MRIでびっくりするほど脳の萎縮が進んだ状態になっていても、自分で食事をし、トイレに行き、お風呂も一人で入っていました。もともと父はとても凡帳面でまじめな性格でしたので、最後まで自分のことは自分でやりたかったのだと思います。
 長谷川先生の番組を見て、認知症になった父のありようや心情がよく分かりました。父の不安や葛藤をもう少し理解して、もっと優しくしてあげたかったなと思います。
 今や65歳以上の7人に1人が認知症になる時代、私も認知症になるかも知れません。先々のことを考えると少々憂鬱(ゆううつ)になりますが、最近、新たな気付きがありました。それは、年を取っても新たにできるようになることもあるということです。
 私は5年ほど前にテニスを始めました。5年経っても、まだ"下手の横好き"のままですが、少しずつ進歩しています。初めてラケットを握った次の日は、腕が震えて眼底鏡がうまく使えませんでしたが、今は、テニスをしばらく休んでもそんなことはないので、以前より筋力がついたのだと思います。また、初めはちゃんとボールを飛ばすこともできませんでしたが、今ではラリーが少し続くようになりました。
 新しいことを始めると、できることが増えていきます。それが楽しいです。私の下手なテニスにお付き合い頂いている方々に感謝しつつ、テニスを続けて、楽しく年を取っていきたいと思います。

(一部省略)

熊本県 熊本市医師会報 No.829より

戻る

シェア

ページトップへ

閉じる