厚生労働省の医療制度改革試案に対する意見
2001年9月25日 (社)日本医師会

今般公表された厚生労働省による医療制度改革試案は、先の「経済財政諮問会議」、「総合規制改革会議」の方向性に配慮しつつ、基本的には当面の財政収支の修復に終始しているに過ぎない。
まず、国民の健康の維持・増進を図り、医療、保健、福祉の向上に努めるべき国の責任については、全く言及していない。
医療の本質を理解せぬまま、財政偏重の誤った改革を遂行すれば、将来、必ずや国民の健康不安を招来するばかりか、国家のあり方をも誤った方向に誘導しかねないことを政府は強く認識すべきである。以下に、改革のあるべき方向を示し、厚生労働省案の主な問題を指摘する。
I 医療制度改革の基本方向
医療改革を断行するに当たって最も留意すべきは、医療の本質を認識することと、現行制度の客観的評価を行うことである。
そのうえで、変えるべきは何なのか、変えてはいけないところはどこなのかを明確にすることが必要である。そして、変えることのマイナス、プラス双方の影響を十分かつ慎重に予測し、将来に禍根を残すことのない改革を遂行しなければならない。
1.医療の原点
医療とは、心身の苦痛や不安を持つ病者が最良の治療を望み、医療提供者は生命の尊重を第一義として、最善の治療によって病者を癒し、健康の回復に努めるという、極めて人間的な活動を原点とする。
両者が求める最善の治療の選択において、健康や生命の価値を価格に換算することは決してない。医療の対価は、常に科学的専門性と倫理的自律のもとに成立してきたものであり、いかなる改革においても、この普遍的理念を阻害してはならない。
2.医療効率の国際的評価
戦後わが国は、地域医師会を中心とした公衆衛生活動の普及・推進、地域包括医療体制の整備・充実等によって世界一の長寿国となり、世界一低い乳幼児死亡率を達成した。先進諸国の中でも相対的に低いコストで、公平・平等に国民に良質な医療を提供し大きな成果をあげていることが、国際的な高い評価につながっている。これを制度的に支えているのが、国民皆保険体制と現物給付制度によるフリーアクセスの確保である。この世界に類をみない優れた制度は、国家の財産たる国民の生命・健康を守るためにも、普遍的に確保されなければならない。

II 医療提供体制の改革
1.医業経営の近代化・効率化−医療法人の組織運営のあり方
| ○ | 冒頭に述べたとおり、医療は、受療者と提供者との間の人間的な信頼関係に基づき、科学的専門性と倫理的な自律のもとに成立するものである。
そして、医療は生命に深く関わるものであることから、教育や治安とともに強い公共性が要請されている。 |
| ○ | 現行の医療法においても、このような基本理念に沿って、医療の非営利性を担保するための種々の制約が設けられている。医療において、利潤追求を第一義とする株式会社の参入を認めることは、医療を非営利と位置付けている法体系に反するのみならず、非営利法人との会計構造の違い、すなわち利潤追求の立場から、医療費の増大をもたらすことになる。 |
| ○ | また、大資本による地域医療資源の独占という事態も起こり得ることであり、地域医療体制に深刻な矛盾と混乱を招くおそれが強く容認すべきではない。 |

III 医療保険制度の改革
1.給付率の見直し
| ○ | 過去の医療保険制度の見直しは、患者負担の増加と給付率の引き下げの繰り返しであり、医療費財源における公費、事業主負担の家計への転嫁に過ぎなかったという反省を忘れてはならない。しかし、いままた、被用者保険と国保の給付率を7割に統一しようとする愚行を繰り返そうとしている。 |
| ○ | 平成11年度の国民医療費において、保険料の被保険者負担と患者自己負担を合算した「家計負担」の財源負担構成は、44.6%にも達している。これに対し事業主負担は22.5%と減少傾向を続け、公費が32.9%となっている。 |
| ○ | 国家財源配分の見直しとともに、全体的な負担割合をどのように設定すべきかという根本的な議論が行われないままに、いたずらに社会保障の給付率を引き下げるべきではない。 |
| ○ | 後述するとおり、日本医師会は、一般世代の医療保険は、地域保険への統合を視野にいれながら、8割給付に一本化することを強く提案する。 |
2.保険料の見直し
| ○ | 被用者保険の保険料に総報酬制を導入することに対しては、組合健保において特別保険料(賞与分)を徴収しているところが極端に少ないことや、年俸制契約等によって賞与制がとられていない労働者との不公平を是正するという観点からも早急な是正を望むものである。 |
| ○ | この場合にあっても、常に公費、事業主、家計という負担バランスを考慮すべきことは言うまでもない。 |

IV 高齢者医療制度の改革
1.制度設計
| ○ | 厚生労働省案の高齢者医療制度は、対象年齢を75歳以上とすること、公費の投入割合を引上げること等、一見、日本医師会の提案との共通点はある。しかし、われわれの提案は、疾病に対するリスクの高い者を加入者として保険が構成されることから、保障的色彩を強め公費を90%投入すること、自らが被保険者として保険料を納めることにより、制度への参加意識を高め、発言の機会を得られるようにすること等が、制度設計の背景にある。 |
| ○ | 一般医療保険は拠出金を廃止し、原則として保険料80%、自己負担20%という財源構成で保険原理による運営を提案している。このことによって一般医療保険制度の活性化を図り、医療の技術革新や予防的医療を十分に反映させることを制度設計のひとつとしている。 |
| ○ | そのためには、保険者間の強力な財政調整システムを確立させ、まず都道府県毎に国保間、被用者保険間で、次の段階で国保と被用者保険間で財政調整を行い、最終的には都道府県毎に国保と被用者保険を地域保険として統合する。厚生労働省も保険者の整理・統合について言及しているが、一朝一夕にできるものではなく、段階的に中期的な展望を持って進めることが必要である。 |
| ○ | 高齢者医療制度は、加入者の絶対数の増加は避けられないものの、若年世代からの予防医療の充実、生涯保健事業の体系化、合理的な診療報酬支払方式の開発・導入などによって、また、一般世代に比べれば、疾病構造の相違から技術革新を反映する部分は相対的に小さいであろうということから、受診者1人1日当りの医療費単価の伸びを低く設定し、出血を可能な限り抑えることをわれわれは提案している。 |
| ○ | 厚生労働省案は、単に75歳以上にすることによって加入者を縮減し、財政的な対応を図ろうという姿勢しか感じられない。つまり、日本医師会の提案とは「似て非なるもの」と言わざるを得ない。(別紙PDF参照) |
2.老人医療費伸び率管理制度
| ○ | 先にも述べたとおり、諸外国との比較においても、わが国の医療費水準は決して高いものではない。医療費の行過ぎた管理は、いずれ必要な医療の提供を量的にも質的にも阻害し、患者の健康に大きな不安を与えることになる。 |
| ○ | 諸外国の例をあげれば、イギリスにおいては、膨大な数のウエイティングリスト(治療待ち患者のリスト)が発生し、大きな社会問題化している。
また、フランスにおいては、開業医の診療報酬に導入されようとした予算制案(予算額を超えた支払は均等に各医療機関から返還を求めるというもの)は、憲法評議会から「公平性を謳った憲法に違反するおそれがある」との判断を下され、廃案に追い込まれている。老人医療費の伸び率の抑制については、診療報酬体系の見直し、介護保険制度の整備促進等、総合的かつ中長期的ビジョンの中で達成されるのが妥当な方法である。 |

V 診療報酬・薬価基準の見直し
1.診療報酬体系
| ○ | 国民の生命・健康を守るという極めて根源的な行為を担当することから、医療機関は社会資本として明確に位置付けられるべきであろう。 |
| ○ | そのためには、医療を継続するための財源、すなわち医療の再生産を可能とする財源の確保が不可欠であるが、このことについては厚生労働省案では全く触れられていない。まず、これを可能とする診療報酬体系の構築が求められる。 |
| ○ | 厚生労働省案においては、海外に比べ価格が高いと言われる薬剤や医療材料について、その適正化を進めるとともに、医療技術や医療機関の運営コストが適切に反映される体系への見直しが提案されており、そのこと自体は評価できる。 |
| ○ | 診断群別診療報酬支払方式については、わが国独自の診断群分類が未だ開発されていない現状や、試行段階での医療機関間のバラツキの大きさ等、検証すべき事項は山積している。拙速を避け、慎重な検討を継続すべきであろう。 |
2.薬価基準等の見直し
| ○ | デフレスパイラルの物価動向にある現在、薬価基準や保険医療材料価格基準等、物の価格については従来の手法にとらわれない思いきった価格設定が必要であることに異論はない。 |
| ○ | しかし、薬剤等については、価格設定メカニズムの改革と合わせ、安全性担保のための審査制度、市販後の新たな監視制度の設定等、総合的な施策の推進必要である。 |

VI その他
| ○ | 保険者による直接審査および医療機関との診療報酬支払契約は、医療機関の保険請求や審査・支払に事務の煩雑化を派生させ、医療コストの増加を招くだけでなく、国民皆保険体制下の基本である平等性、公平性、フリーアクセスを国民から奪うという根本的問題がある。また、守秘義務という視点や、的確な医療費統計の分析を阻害するという課題も内包している。
| | ○ | まず保険者に求められることは、財務状況の適切かつ迅速な公開であり、適正な財務運営であることを強く認識すべきである。
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・2001年9月25日 緊急記者会見における坪井会長発表内容
・別紙(PDF:16KB)
・厚生労働省試案(厚生労働省ホームページ)
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