日本医師会長
坪 井 栄 孝 殿
医療保険制度検討会議は、平成14年6月13日に貴職より諮問のありました「医療保険制度改革に向けて−とくに日本医師会の診療報酬体系の考え方」について、鋭意検討を重ねております。
今般、基本的な方針について、本会議の意見をとりまとめましたので報告いたします。
最終答申に向け、引き続き各論についての検討を重ねてまいることを申し添えます。
平成15年2月
医療保険制度検討会議
議長 植 松 治 雄
医療保険制度検討会議 委員
| 議 長 | 植松 治雄 |
| 副議長 | 遠藤 久夫 |
| 委 員 | 梅田 俊彦 |
| 〃 | 岡谷 恵子 |
| 〃 | 柏木 明 |
| 〃 | 唐澤 人 |
| 〃 | 小谷 秀成 |
| 〃 | 鈴江 襄治 |
| 〃 | 長瀬 清 |
| 〃 | 久野 梧郎 |
| 〃 | 藤森 宗徳 |
| 〃 | 宝住 与一 |
| 〃 | 横倉 義武 |
(議長、副議長以外は五十音順)
診療報酬体系の考え方
〜 基本方針の提案 〜
はじめに
診療報酬点数表は、健康保険法および厚生労働大臣告示によって、「療養に要する費用の額の算定方法」とされ、保険医療機関が保険診療を行った場合の費用の公定価格表と定義できる。
しかし、昭和33年の現行体系の基礎といえる「新医療費体系」ができてから40年以上を経過している現在、さまざまな問題点が指摘されている。
本中間報告においては、現行体系が抱えている基本的な問題点を指摘するとともに、あるべき診療報酬体系の基本方針を以下に提案する。
1.現行診療報酬体系の基本的課題
診療報酬体系の見直しにあたっては、現行体系が抱える基本的課題を解消することが必要である。これまでの議論等を通じて指摘された主な課題を以下に列挙する。
- 個々の診療行為評価の設定根拠が不明確であること。
- 診療報酬体系が細分化・複雑化し整合性に欠くものも多いこと。
- 診療報酬改定に関する基本的なルールが定められていないこと。
- 医学水準や原価の視点から見て合理性を欠いた算定要件や算定制限(減算を含む)が設定され、適切な費用保障という前提が崩れていること。
- 上記に加え、政策を誘導するための項目や、各診療科間のバランス調整のための項目などが必ずしも整合性を持たず設定され、患者に対する説明を困難にしていること。
- 包括支払方式等の包括範囲や包括価格の設定に対する原則がなく、さらに包括支払方式の中には医療技術や物の費用が混在しているため適正な価格設定を困難にしている。
- 財政基盤の異なる公的医療機関(国公立を含む)と民間医療機関との体系が区分されていないなど、機能や役割の違いが反映されていないこと。
2.診療報酬体系見直しにあたっての前提条件
合理的かつ適切な診療報酬体系の構築を目指すため、見直しの前提条件として、以下の事項について、関係者間(国民(患者)、医療機関、保険者等)の合意を形成することが肝要である。
- 国民皆保険体制、給付方式を現物給付制度とする枠組みを堅持し、国民に対して受診機会の平等を保証する体系でなければならない。
- 診療報酬体系は、適切な地域医療提供体制の構築・存続を経済的に担保するものでなければならない。
- 適切な地域医療提供体制とは、国民の医療ニーズの把握・検証と、年齢階級別の中期的な人口動態等に基づく科学的な需要予測を基礎に、各地域において過不足なく確実に提供されるものでなければならない。
- 診療報酬体系は、医療機関の機能・役割に応じて、提供される個々の医療にかかる平均的な費用を確実に保障するものでなければならない。
- 混合診療の解禁については、診療報酬体系の硬直性やひずみを改善するという類の理由で支持する意見もあるが、これらの問題は本来、診療報酬体系を改善することにより克服する課題であり、また患者自己負担の増加にともない医療アクセスの不平等が拡大する懸念が大いにあるため解禁には強く反対して国民皆保険体制を維持しなければならない。
- 診療報酬体系は、合理性に欠く経済誘導や算定要件・制限を排除し、設定の客観的根拠が明らかなものでなければならない。
- 診療報酬体系は、医療関係者はもとより患者に対しても説明可能な合理性を有するものでなければならない。
- 診療報酬体系は、患者の病態に応じた最適な医療提供を可能とするものでなければならない。
- 診療報酬体系は、国民の信頼が得られる「医療の質」の維持向上並びに医療情報提供の推進が図れるものでなければならない。
- 地域医療提供体制の維持・発展という視点から、医業の再生産を可能とする診療報酬体系を構築する財源が確保されなければならない。
3.あるべき診療報酬体系の基本方針
日本医師会が平成11年2月にまとめた「診療報酬体系改革(医科)に関する中間提言」は、大学病院・国公立病院等と一般の医療機関の体系を区分している。
このことは、医療機関運営に係る財政的基盤や本来の設置目的・役割が異なる医療機関の診療報酬体系が基本的に同一である現行方式を見直すという視点から、一定の評価ができるものと考える。
また、一般の医療機関に対しては、技術、薬・材料、在院という3つの系に区分し、それぞれの費用構造を反映し得る体系を提案している。これらの3つの費用は算定の哲学や算定手法について異なる課題を有するため、分離して評価することは合理性をもつ体系であると考える。
したがって、中間提言の内容を前提としつつ、診療報酬体系の見直しに際してとるべき基本方針を以下に提案する。
(1)総論
- 診療報酬評価における技術と物の分離を促進し、それぞれ透明性の高い適切な評価方法の構築を図る。
- 医療機関の機能に応じた体系区分については、まず行うべきことは地域医療提供体制における医療機関の機能分担と連携を進めることであり、そのうえで、費用構造の把握調査を速やかに実施し、その結果によって対応を検討する。
- 支払方式については、個々の患者特性に応じて客観的に最適な医療を選択することを阻害しないという理由から出来高払い方式を原則とするが、合理性を有する範囲で包括支払方式と出来高払い方式を組み合わせることも検討する。
- 診断群分類を診療報酬評価に反映させる前提は、医療の多様性に対応した分類基準の確立と医療提供に係るコストが適正に反映されるコスト評価の手法が完備していることである。またこれらの前提が満たされたとしても、診断群分類を診療報酬評価に利用すべきか、医療資源の効率的な利用を目的とした「評価指標」のひとつとして利用するにとどめるべきかという点については、諸外国の例などを参考に慎重に検討することが必要である。
- 医療の「質」を報酬に反映させることは当然なことであるが、医療の「質」の評価については概念的な議論を避け、まず「質」とは何かを定義し、これを客観的に指標化する手法の研究・開発を優先する。
- 予防医療を保険給付の対象とすることについて検討する。
- 地域格差については、合理的な地域区分や変動の反映が困難であることから、診療報酬体系に反映させることは必ずしも合理的な方法ではない。
(2)特定系統
- 国公立病院、大学病院等を対象として、臨床研修、外来における紹介率、救急医療体制、高次医療等の実績を指標化し、その実績を反映した患者1人1日当たり定額制を導入する。(入院、外来別)
- 包括支払方式の前提は適正なコストが包括価格に反映されていることであるため、上記の具体化に向けてコスト構造を把握し得る関連の調査を早期に実施する。
- 民間病院であっても、当該医療機関の機能を評価するという視点に立ち、選択制により特定系統診療報酬体系の採用の可否について検討する。(図表1)
図表1 新たな診療報酬体系の概念図
(3)一般系統
コスト構造の違いから技術報酬系、薬・材料報酬系、在院報酬系に分けて評価する。
<技術報酬>
- 外来、入院を問わず技術評価指標のひとつとして、診察料等において「時間」の概念を導入し、医師や看護師等医療関係職種が診療に要した平均的な時間に応じて医療関係職種の人件費をカバーする手法を確立する。
- 平均的な時間の把握については、医療機関に対するタイムスタディ調査を実施する必要があるが、客体の抽出に際しては、診療科を網羅すること、代表性を担保する客体数を確保することなど、適切な調査設計を行う。
- 技術評価を適切に行うためには個々の診療技術を対象とした原価計算が必要であるが、調査対象機関のサンプリングの問題、正確な実態把握の困難性等を考慮し、当面の対応として、現在の報酬体系を参考としながら、バランスを欠く部分についての補正を図る。合わせて、適切な技術評価手法の研究開発を促進する。
- 入院技術報酬における人員配置の評価については、現行制度のような病棟単位の評価だけでは、患者ごとの医療管理の濃淡を反映させにくいという欠点がある。このため、当該病棟に入院する患者の容態による処置や療養上の世話に係る時間や看護必要度等をスコア化し、いくつかにランク分けした上で、これに応じた評価手法を導入する。
- 長期療養者に対しては、痴呆や自立度など、患者特性の濃淡を反映した合理的な包括支払方式を導入する。
<薬・材料報酬>
- 医薬品や材料については、いわゆる「薬価差」「材料価格差」からの脱却を図る。
- 医薬品や材料の原価およびこれらを管理するコストは、薬・材料報酬系の中で薬価基準、材料価格基準、材料等管理報酬として別途評価することによって、技術と物の分離を促進する。
- 材料等管理報酬については、医薬品や材料管理に係るコストとして、在庫投資費、損耗経費、薬剤師等人件費、医療廃棄物・感染性廃棄物の処理費用を適切に反映させる。
- これらの実施には、承認基準および承認過程の透明化、合理的価格設定ルールの確立、薬価基準長期収載品目等の価格適正化、さらには審査・承認体制の強化と業務の透明化、適切かつ迅速な対応を可能とする副作用モニタリング制度の確立による安全性の担保等を前提とする。
<在院報酬>
(4)外来基本料
- 現行の診療報酬体系が複雑化し過ぎていることから、主として診療所において外来基本料を設けることの可否を検討する。
- 外来基本料は再診料にルーチン化している簡単な検査や処置、指導管理料などを総合的に評価することとし、その範囲や診療科ごとの設計でよいか、病院外来に適用すべきか、などは検討課題とする。
おわりに
わが国の医療費水準は、先進諸国との国際比較においても、決して高いものではない。
本中間報告においては医療費財源に触れなかったが、地域医療提供体制を維持・発展させるという視点、医療の質を向上させるという視点に立てば、これを可能とする医療費財源の確保は不可欠の課題である。
政府および関係者は、診療報酬体系の見直しとともにこれらの課題に取り組み、適正な医療費規模と財源の確保、財源負担構成のあり方について広く議論を行い、合意形成を図ることが必要である。