平成13年度

医療政策会議報告書

医療と市場経済

−国民が安心できる医療−

 

 

平成13年9月

日本医師会医療政策会議

 


平成13年9月

日本医師会長

  坪 井 栄 孝 殿

日本医師会医療政策会議  

議   長   宮崎   勇  

 

 医療政策会議では、平成12年8月23日開催の第1回会議において、坪井栄孝会長より「医療と市場経済」との諮問を受けました。本会議では、この諮問を踏まえて平成12・13年度の2年間にわたり、鋭意検討を重ねてまいりました。

 この度、平成13年度 医療政策会議報告書「医療と市場経済 ―国民が安心できる医療― 」として取り纏めましたので、提出いたします。

 


医療政策会議委員

議 長崎 勇大和総研特別顧問
副議長植松 治雄大阪府医師会長
副議長佐々木 健雄 東京都医師会長
委 員飯塚 弘志北海道医師会長
委 員家崎 智群馬県医師会顧問
委 員池上 直己慶応義塾大学医学部医療政策・管理学教授
委 員井石 哲哉長崎県医師会長
委 員大道 久日本大学医学部医療管理学教授
委 員吉川 暉大分県医師会長
委 員國井 一彦山形県医師会長
委 員佐藤 怜茨城県医師会長
委 員真田 幸三広島県医師会長
委 員田中 滋慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授
委 員富永 英嗣大和総研執行役員
委 員西元 慶治医療法人社団鶴亀会新宿海上ビル診療所理事長
委 員安田 恒人宮城県医師会長
   委員:五十音順

 


目 次

はじめに

T. 問題意識:医療と市場経済

  1.日本経済の苦境と医療

  2.日本経済再生の条件

  3.医療によるマクロ経済への貢献

  4.市場経済の機能

  5.市場原理の限界

U. 医療サービスの利用と提供の体制

  1.医療の基本理念と医師患者関係

  2.医療保障制度における市場性の排除

  3.医療ニーズに応じた資源配分の必要性

  4.ニーズに応じた資源配分を可能とする医療提供体制の構築

  5.医療の選択と患者の自己決定権

  6.患者による自由な医療機関選択の資源配分への影響

  7.医療利用時の専門的相談・助言の必要性

  8.新たな医療の利用体制の構築

  9.医療周辺領域における市場原理

V. 医療保険制度

  1.医療保険を市場原理に委ねた場合の問題点

  2.保険者間の公正な競争は可能か

  3.日本の特殊事情と長期対策

W. 市場原理と競争原理

  1.社会保険医療への市場原理適用の問題点

  2.社会保険医療における競争原理

  3.質の評価の重要性とその視点

  4.医療の質の構成要素

  5.病院医療の評価の方法

  6.公私病院の公正な競争基盤の整備

  7.IT化の進展と医療における競争原理

X.医業経営に対する非営利性の要請

  1.医療における営利性/非営利性を論ずる場合の基本的立場

  2.わが国の医療は非営利ゆえに非効率的か

  3.営利企業による医療経営参入の問題点

  4.企業による病院経営の現状

おわりに

 


はじめに

 この報告は2000年8月23日の日本医師会からの諮問「医療と市場経済」について、医療政策会議の考えをまとめたものである。

 小泉内閣をはじめ各方面で、医療及び医療制度の改革が論じられている。問題の重要性と緊急性に鑑み、私達はそのことを歓迎したい。ただかなりの議論が、改革を進めるに当たって“市場原理の導入”を一つの重要なキーワードとしてあげている。一般経済分野ではその点はきわめて重要なポイントであることは、私達も同意できるが、医療の分野については必ずしもあてはまらない。私達は次の様に考える。

 

 1.医療及び医療制度は、人の健康増進と生命維持を通じて、全ての人に平等に、経済的に、かつ健康上でも「安心できる」社会を作ることを目標とするものである。

 

 2.医療及び医療制度の分野は、いわゆる市場経済原理に必ずしもなじまない。

広義の医療のうち、

−医学(研究・開発)については自由と公正競争に関連して、

−医療(診断、治療、療養)については質の高い環境整備に関連して、

−医業(病院経営)については透明性と効率性に関連して、それぞれ市場原理を活用すべき所はあるが、本来、医療及び医療制度は経済性や営利性の追求が第一義的目的ではなく、人命の尊重と保護が第一義的目標である。

 

3.したがって資金の調達、運用に当たって効率性を重んずることは、特に保険制度に関連する分野では重要であるが、改革に当たって、医療費総額の抑制ないし、上限設定を前提とすることは適当でない。「安心できる」医療体制を作ることが大事である。因みに、日本の医療水準は日本人の死亡率、長寿率、感染症減少などからみて国際的に高く、他方、医療費の国内総生産(GDP)に占める比率は先進国の中では低い。

 

4.医療をはじめ医療従事者は、高い倫理観をもって医療行為を行う重い責任・義務を負うとともに、他方、生活者として「健康で文化的な生活を享受する」権利をもつ。

 


T. 問題意識:医療と市場経済

1.日本経済の苦境と医療

 長期にわたる経済不況からの脱却をめざし、わが国経済社会の根本的な構造改革の必要性が様々に議論されている。そこでの論調は、概ねのところ、「国際競争において先端的な地位を競う高生産性部門および雇用吸収力の高い産業に、低生産性部門から資本と人的資源を移動させ、日本経済全体を再活性化させなければならない。そのために最も役立つ手段は、公正で開かれた市場原理の徹底である」とまとめられる。では、医療分野は、こうしたマクロ経済の目標実現と一体どのように関係するのだろうか。

 日本のマクロ経済に占める医療費の割合は、「はじめに」で指摘した通り、他の経済的先進国に比べて相対的にかなり少ない値にとどまっている。わが国の高齢化率(65歳以上)が既に15.1%に達していた1997年でさえ、医療費対GDP比は7.5%と、OECD29ヵ国中20位にすぎなかった。また日本では、医療費のうち70歳以上の高齢者医療費が3分の1を占めるので、69歳未満の医療費対GDP比は5%にも達していない。その一方で、WHOがわが国の医療システムを世界第1位と評価したことは記憶に新しい2。これらの少数のデータだけからも、わが国の医療分野がこの10年のマクロ経済苦境の原因とはほど遠い事実は明らかである。

 

脚注1) OECDは各国の数値を標準化するために、日本については、厚生労働省が発表する国民医療費(1997年には29兆円)より約3割広い定義に基づく値(37兆8千億円)を用いているが、それでも20位である。

脚注2) 出典:WHO(世界保健機関)World Health Report 2000

 

2.日本経済再生の条件

 それどころか、確固とした医療分野の存在は、後述する理由により、わが国の一般産業セクターにおいて市場経済がより機能を発揮する方向に積極的に貢献することができる。

 今後の日本経済をリードしていくことが期待されている次世代産業は、未だ新しい技術自体を国際競争の中で築いていく過程にある。ライフ・サイエンスやナノテクノロジーをはじめとするそれらの新技術は、確かに成功した場合の成果はきわめて大きいと思われるものの、着手した研究の中で利益に結びつく製品にまで到達する確率は低く、資金投下に伴うリスクも高い。このような性質の資金需要に対しては、安全な運用を要求される預貯金経由の資金は本質的に向いていない。

 ゆえに、日本経済再生のためには、リスクを承知しながら新しい分野に資金を向けられる環境整備が不可欠の条件である。その重要な基盤の一つが、医療保険制度への信頼感に他ならない。

 

3.医療によるマクロ経済への貢献

 ここで、医療保険制度が不安定な状態の下での家計における医療費に対する準備を考えてみよう。「将来、傷病治療のニーズが発生するかどうか」「その場合の金額はどのくらいか」等の見通しは、個々の家計にとって事前にはまったく不確実かつ予測不可能である。また、治療に要する費用は、一般に医学・薬学等の発展と共に高額化していくのではないかと予想されている。したがって必要な準備貯蓄額は確定できず、家計がリスク回避的であるほど過剰貯蓄を生んでしまう。

 しかし、治療ニーズの発生時には、新しい医療技術の保障を含め、医療保険制度が確実に機能するという信頼感があれば、万が一の事態に備えて全員が多額の安全貯蓄をしておく必要は少なくなる。つまり、人々が現在と将来の万が一の事態における安心感をもつほど、わが国の膨大な家計貯蓄の一部がリスクを引き受けつつ次世代産業にまわる可能性が強化されるのである。反対に、医療保険制度の将来をめぐる不安に基づく家計貯蓄増は、貯蓄が向かう先の問題だけではなく、需要不足経済下では消費停滞の原因ともなる。

 よって、個々の家計が、将来の受療時の金銭負担に対する不安のせいで多額の預貯金を積まなくとも安心感を得られるよう、医療保険制度を充実させる意義が今ほど大きい時はない。安定した保険制度の維持強化は、家計に安心感を与え、わが国一般経済部門の再活性化に役立つ選択である。

 さらに、過剰貯蓄行動が消費に転じれば、限界貯蓄性向の低下を通ずる各種公共支出の乗数の拡大に加え、雇用が増える効果も期待しうる。また医療支出そのものの増大も、マクロ経済にとって負担どころか、いろいろな調査報告に見られるごとく、産業連関を通ずる経済波及効果も雇用創出効果も、他産業、なかんずく公共土木事業に比べて遜色がない。

 つまり、医療分野の充実は、マクロ経済の立ち直りへの貢献が確実な、効果の大きい社会投資と言うことができる。

 

4.市場経済の機能

 前節では、医療の世界の外側で日本経済全体との関係を論じた。さらにU章以降で、医療の世界の内側における「医療と市場経済」にかかわる議論を展開する前に、市場経済原理の機能と限界について確認しておきたい。

 市場経済とは、端的に言えば、「価格を意思決定のシグナルとして行動する需給両者の間の金銭取引による資源配分形態」である。

 市場経済原理は、公正な市場と、そこでの(ルールを守った上での)行動の自由が確保された場合、私的な財貨サービス3の生産と利用については、より効率的な資源配分に近づける働きをもつ。第一の理由としては、競争相手に敗れた供給者の市場からの脱落、および敗北を恐れる供給者による脱落回避のための努力と工夫があげられる。

 供給側が競争で負ける理由には、競合する製品・サービスに劣る技術水準や品質、当該製品・サービスの魅力の陳腐化、相対的な高コストや高価格、財務管理や人事管理など経営管理上の失敗、情報化の遅れ、環境汚染問題、政治・行政との関係に対する古い体質がもたらす悪評等々、実にさまざまなケースが考えられる。一方、勝者が享受する相対的に高い利益率と一層の資金調達の可能性が、市場原理がもたらす供給側への褒賞である。

 

脚注3) 公共財を除く。

 

5.市場原理の限界

 では、市場原理の徹底だけが21世紀に求められる経済・社会全体の姿であろうか。答えは否である。市場経済は、たとえどんなに公正な競争がなされようと、通常の私的財にかかわる資源配分手段としては役立つにしても、分配の公正さは保障しない。

 なぜならば、供給者間競争は原理の一面にとどまるがゆえである。供給者間競争と同時に、競争に敗れる需要側の市場からの脱落もまた、市場原理における冷酷な側面であることを忘れてはならない。ではどういう理由で需要側は市場競争から脱落するのだろうか。

 こちらの答えは簡単で、「買うだけの資金力がない」につきると言ってよい。病気の人が治療を望んでも、要介護のお年寄りが介護サービスを欲しても、子供たちにとってどれだけ教育が必要であっても、裸の市場原理の下では、ニーズだけではサービスの利用に直接結びつけられない。家計の購買能力、もしくはその社会の経済力が実際の消費量を左右することが、通常の私的財にかかわる判断基準では「効率的資源配分」と呼ばれる状態をもたらす第二の理由である。すなわち市場原理だけでは、必需財が利用できる安心感は保障されない。必需ニーズが充たされぬ場合の不安感は、市場経済そのものだけなら放置されてしまう。これは社会の安定にとって好ましい帰結とは思えない。

 医療は、こうした不安感や人道上の配慮を無視すれば、市場原理が部分的にせよ機能しうるからこそ、そのマイナスの帰結を防ぐために、安易に市場経済に委ねてはならない分野なのである4

 

脚注4) もし医療分野では上述した市場原理が機能しないのなら、単に無視すれば済むだろう。

 


U.医療サービスの利用と提供の体制

1.医療の基本理念と医師患者関係

 医療提供に市場原理を適用すべきとするような議論の余地が生まれた状況を踏まえて、改めて今後の医療の基本的なあり方と、その利用と提供の体制について明確にしておく必要がある。そもそも医療とは、傷病によって健康が阻害され、ときに生存をも脅かす根源的な苦痛や不安も持つ病者に対して、それらを癒し救済するための知識・技術・経験を有する者が、ただ病者の健康の回復を願い、生命を尊重することを第一として行う人間的な活動を原点とするものである。そこにおいては、医療を受ける者と医療を提供する者が、健康や生命の価値を価格に換算して取り引きすることなどは、到底なじむものではなく、医療の対価は医の倫理、または生命倫理に照らして得られるべきとする考え方が確立されてきたのである。これは時代を超えた普遍的な考え方であり、今後にあっても、医療は利用する者と提供する者との人間的な信頼関係に基づき、科学的専門性と倫理的な自律のもとに成立すべきことを確認する必要がある。

 

2.医療保障制度における市場性の排除

 医療のこのような特質があればこそ、社会保障の主要な対象とされ、医療保障制度が確立され運用されてきた。医療保障制度の運用という、いわば医療の社会化が実現して、医療の対価は具体的な支払額を持ちはじめ、医療提供の社会経済的な側面が徐々に明確となった。そしてその支払い額は、まさに医療の特質を踏まえて、基本的に固定された全国一律の公定価格となったのである。そもそも、医療保障制度は市場性を排除することを前提に創設され、運用されてきたものであり、仮に医療における資源配分に非効率や格差があるとするならば、支払額の設定、支払方法、あるいは支払いの適用方法などの問題をまず検討すべきである。

 

3.医療ニーズに応じた資源配分の必要性

 医療に割り当てられる資源に制約が見込まれる場合に、その適切な配分のためには医療のニーズに応じて行われるべきであって、利用者の支払能力で左右される市場原理における価格によってなされるべきではない。無しで済ますことのできない医療について、その支払額の多寡を問わず、支払能力によって差別をすることは医の倫理に反するのであり、その医療ニーズに相当する資源が誰にでも配分されるべきである。ここで、健康と生命に直接的に影響しない療養環境や便宜については、一定の市場原理の適用があり得ると考えられるが、その適用と運用には十分な検討と医療を受ける立場からの合意が必要である。

 

4.ニーズに応じた資源配分を可能とする医療提供体制の構築

 市場原理による資源配分を排除するためにも、医療ニーズを専門的・合理的に把握して公平な資源配分の仕組みを確立することは、医療担当者の責務となる。これまで、個々の患者の医療ニーズに関する判断については、対応した医師個人の裁量に委ねられ、必要と思われる医療が提供されてきたことは、医療を受ける側からも提供する側からも評価されるべき体制であった。しかし今後は、患者の傷病や重症度などの医療ニーズに応じた公平な資源配分を可能とする医療提供の仕組みの構築に努める必要がある。

 

5.医療の選択と患者の自己決定権

 今後の医療にあっては、患者の自己決定権は最大限に尊重されるべきものである。すでに医療の現場においては、十分な説明により理解・同意を得て医療の方向や内容を決定するインフォ―ムド・コンセントの実践は一定の定着を見ている。最近は、他の専門医の意見も判断の情報とする、いわゆるセカンド・オピニオンの実施もまれでない。しかし、これらの情報提供または把握は、提供される医療のための費用負担や価格が見合うものであるかを選択するというより、生命のリスクの軽減やQOLの向上に有利な決定をするために行われている。市場原理を機能させる前提となる情報の対称性を医療において確保することは、医療の専門性・多面性、および不確実性の特質からほとんど不可能といってよい。敢えてそれを適用すれば、多様な情報の氾濫と不安定な市場価格等の要因によって社会的に適正な医療の提供が保証できるか大いに疑問であり、むしろ総医療費の増大や医療格差の助長を招くことが強く危惧される。

 

6.患者による自由な医療機関選択の資源配分への影響

 さて、患者自らが医療機関を自由に選択して受診できる体制は、医療へのアクセスを容易にし、量的な充足を達成するためにきわめて有効であったといえるが、今や地域において様々に分化した機能の医療機関が混在するなかでは、公平で効率的な資源配分の観点からは問題がないとは言えない。これまで、制度的にも施設機能を体系化し、それぞれの機能の分担と連携によって資源配分の観点からも合理的な医療提供体制の構築に努めてきたところであるが、いわゆる大病院志向の患者の受診傾向は継続している。限られた資源の無駄遣いを避けつつ、公平な受診の実現を目指すのであれば、医療の理念を軽んじた市場原理を導入するよりは、医学・医療の観点から理にかなった受診のあり方、すなわち時代に見合った合理的な医療の利用のされ方が追求されるべきである。

 

7.医療利用時の専門的相談・助言の必要性

 受診しようとする医療機関の決定は、患者自身の問題であると同時に、今や社会的課題であるといってもよい。そもそも、患者自身が、自らの傷病の病状と限られた情報で受診すべき医療機関を決定することは決して容易ではないはずであり、不安にかられれば直接大病院を受診することは無理からぬことである。そこで、患者が医療を利用しようとするに当たって、まず専門的な相談と助言が得られる機会を設定し、その専門的な判断と助言に基づいて患者が納得した医療機関を受診するという体制を検討すべき時期にきているといえる。これは、従来から取り組まれてきた「かかりつけ医機能」を強化し、一定の機能の病院については紹介制を前提に運用するという統合的な医療提供体制を、場合によっては法制化も視野に入れて対応することを目指すことである。またかかりつけ医を育成する卒前教育の充実も欠かせない。

 

8.新たな医療の利用体制の構築

 医療におけるフリーアクセスは、わが国の医療の最も優れた特徴であるとされ、その見直しには医療を受ける立場からの不満や反対が見込まれる。また、受診に関して十分な相談機能を持ち、適切な助言をすることは、医師または医療を提供する側にとっても必ずしも容易ではない。しかし、現行体制のままで市場原理や競争的環境が喧伝され、医療に関する膨大な情報が錯綜することは、本来の医療を必要とする患者にとっても、また社会総体にとっても必ずしも幸福な事態ではない。医療担当者と医療関係者は、医療の理念を堅持しつつ、医療を受ける立場からの理解と信頼を得ながら、新たな時代の要請に応える一層の努力をする必要がある。

 

9.医療周辺領域における市場原理

 医療の本体部分の需給に市場原理を導入することが不適当であることは繰り返し論述しているところであるが、関連分野によっては市場メカニズムの適用が有効である。医薬品や医療材料・医療用具の研究・開発は専ら営利企業で行われ、世界規模での市場が成立して概ね混乱なく流通している。規模の経済性が得られない場合は政策的な対応が可能であり、市場原理を排除する必要は認められていない。医療従事者の雇用においても、医療専門職として規模の大小はあるものの、労働市場が成立している。わが国の医療経営は、収入の大部分を占める医業収入が公定価格で統制され、人件費・材料費・経費、および減価償却などの費用が、それぞれの市場での調達に充てられるとともに、ときに公費の補助による収入もあるという特異な構造を持っている。

 


V.医療保険制度

1.医療保険を市場原理に委ねた場合の問題点

 事故や火事などの不測の事態に対応する保険は民間が主体であり、近年、保険業界では従来の護送船団方式に代わる規制改革が急速に進んでいる。こうした動きを受けて、「医療保険」においても民間保険としての色彩を強めたり、あるいは新たに開発する保険商品が自由に参入できるような圧力が高まっている。しかし、医療保険を「商品」として扱い、市場原理に委ねると以下の問題が生じる。

 まず、「保険商品」として消費者に選ばれるためには、可能なかぎり安い保険料で、最高の給付を約束する必要がある。つまり、毎月払う保険料は少ないが、いざ事故に遭遇した場合の補償はできるだけ制限がないことが望ましい。しかし、保険者としての給付の原資となるのは保険料収入とその運用益だけである。

 そこで、保険者として、低額の保険料で潤沢な給付を保証するためには、できるだけ「保険事故」に遭遇しないような加入者を集める必要がある。つまり、事故になる確率が低ければ、たとえ1回当たりの給付額が多くても、全体額としては少なくて済むので、保険料も低いレベルに抑えることができる。

 しかしながら、当然の結果として、事故になる確率(リスク)の高い人々(有病者、既往症のある者、高齢者等)は保険に加入できなくなるか、加入できても発病の可能性を反映した高い保険料を払わなければならない。そうすることが、保険者として保険料を低く抑える最も有効な方法である。民間保険の論理に従えば、病気になるリスクの高い加入者のために、リスクの低い健康な加入者が高い保険料を払うことは不公平である。

 したがって、医療保険を市場原理に委ねると、医療を最も必要とする有病者が保険に加入できなくなる。また保険料は所得水準に関係なく、リスクと給付条件に応じて設定されるので、たとえば保険料が年間50万円になれば、年収1千万円の人にとっては所得の5%にすぎないが、100万円の所得の人にとっては半分になり、低所得者には払えないので保険に加入できなくなる。

 以上の弊害があるため、医療保険が民間保険主体となっているのは先進諸国のなかではアメリカだけである。そして、アメリカでは国民の6人に1人は保険料負担ゆえに保険に加入していない。さらに保険者に多額の管理コストが発生していることも影響して、医療費は世界一高く、GDPに占める割合は日本の倍近くである5。しかもアメリカでは保険者と契約するのは原則的に被用者ではなく、事業主であるので、保険に加入できている人でもその半数には選択肢は用意されていない。また、事業主の多くは給付内容よりも保険料負担に着目して契約している。

 なお、わが国でも、公的な医療保険を1階部分としたうえで、2階部分の私的な医療保険を拡充する案も検討されているが、どのような医療サービスを2階部分の給付対象とするべきかについて国民的な議論を行う必要がある。医療サービスは病室や純粋な美容外科を除いて何らかの形で生命に関わる可能性が常にあり、支払い能力によって格差が明文化されることに対して患者の抵抗は大きいといえよう。特に、現在すでに公的な保険で給付されているサービスや材料を対象外にすることは論外である。

 

脚注5) 先と同じOECDデータによれば、1997年のアメリカでは、高齢化率が日本よりかなり低い12.5%にすぎないにもかかわらず、医療費の対GDP比は13.6%に達していた。

 

2.保険者間の公正な競争は可能か

 医療保険に市場原理をそのままの形で導入しないまでも、医療へのアクセスを保障したうえで、競争原理を導入することは理論的には可能である。しかし、そのためには加入者の保険事故(医療費)の発生するリスクと、所得水準の相違を予め調整する仕組みを国として用意する必要がある。前者は、各保険者の加入者の年齢構成や前年度の医療費等を基準にして、一定の数式に従って基準化する方法が想定される。後者は、加入者の所得に占める保険料負担割合を一定に保つために、高所得者が多い保険者から低所得者が多い保険者へ財源を移転する必要がある。

 これらの2つの調整が実施され、保険者に対して希望した者全員に加入を認めるような規制が存在すれば、消費者は各保険者が給付するサービスと保険料を睨んで保険者を選択できるようになるので、保険者間の公正な競争が実現する。なお、消費者が保険者を選ぶ第一の基準は自分が受診したい医療機関と契約しているかどうかであるので、保険者に医療機関との選択的な契約を認めるならば、消費者の側にも保険者を選択する自由を認めるべきである。

 以上のように、保険者間の競争原理の導入は理論的には可能であるが、実際には加入者の保険事故(医療費)の発生するリスクを予め適切に調整する方法は未だに開発されていない以上、公正な競争環境は整備されていない。たとえば、ドイツでは年齢構成と所得水準による粗い調整にとどまっているため、加入は自由であるにも拘わらず、保険者はできるだけリスクの少ない者を加入させることに熱心であるという批判がおきている。このように公平性を保ちながらリスク調整を行うことは非常に難しいので、保険者に競争原理を導入することも難しいといえよう。

 

3.日本の特殊事情と長期対策

 現在の保険制度は、医療費の発生するリスクも、所得水準もそれぞれ著しく異なる被保険者を構成員とする5千以上の保険者に分立している。確かに1982年に老人保健法が成立して以来、すべての保険者が老人医療費を原則として加入者1人当たりで見れば均等に負担する制度となったが、国の財政負担を軽減するための緊急避難的な対応として導入されたこともあって、老健制度の対象は老人に限られており、しかも70歳以上を一括して規定したため、それ以外の年齢構成や所得水準の相違については無視している。したがって、日本の保険制度の従来からの構造矛盾は基本的に残されたままであり、このような体制を放置したことが、現在の医療保険をめぐる危機的な状況をもたらしたといえよう。

 そこで、国民に公平な医療提供体制を、公平な負担のもとで実現できるよう、ここでは長期的な展望に立った抜本改革案について述べる6

 まず、厳しい経済環境の下で人々に安心感を与える社会的連帯の精神を基礎とすべきである。そのためにも皆保険制度の維持拡張を基本としなければならない。公的保険制度を民間保険の市場原理によって代替させるような提案は、社会の安定的な基盤の大切さに関する視点を欠く短絡した発想でしかない。

 一方、公的保険の保険者間に競争原理を導入する試みは、リスク調整が困難であるばかりでなく、5千の保険者が分立している日本の状況からしてきわめて実現性に乏しい。そもそも国民の3分の1は市町村が運営する国保に、3分の1は厚生労働省が運営する政管健保に、そして残りの3分の1の約半数も公務員・元公務員等が運営する共済や総合健保に加入しており、これらの保険者の経営基盤は脆弱である。

 こうした観点から、医療保険改革の長期展望としては、かねてから日本医師会が提唱してきた医療保険の統合一本化の原点に戻るべきである。具体的には、保険者間の財政調整を段階的に進め、都道府県(以下、県と略)を保険者とした地域保険への統合一本化を、10年計画で実現するべきである。財政調整は、被保険者の性・年齢構成と、所得構成の相違を補正するために行い、まず県のレベルで県が県内の保険者に対して行い、次いで国のレベルで国が全国平均より高い保険料の県に対して助成する形で行う。

 被用者保険と国民健康保険とでは、負担方式が大きく異なるため、財政調整は下記のような3段階に従って進める。なお、地域保険の保険者を県としたのは、市町村への地方分権が進めば県は空洞化することになるので、新たな役割を与える必要があることと、医療は介護と比べてより広域的な対応が必要だからである。

 

 1)まず、県内の国保は国保内で、被用者保険は被用者保険内で個別に財政調整を開始

 2)次に、国保と被用者保険を併せて財政調整

 3)最後に、県内の国保と被用者保険を地域保険に統合する

 

 このような財政調整を行うことにより、保険者間の保険料率の格差はしだいに是正され、保険者が合併しやすい条件が整い、統合一本化の基盤が形成される。

 ちなみに、現状のように各保険者によって被保険者の構成が異なる状況下では、合併すれば一方の保険者の保険料が必ず上がることになるので、これまでも合併は行われてこなかったといえよう。

 上記の改革を進めるうえで、被用者保険は県単位で組織されておらず、特に政管健保は全国レベルで組織されていることが大きな障壁である。そこで、中長期計画として、被用者保険の法定給付部分については、県レベルの事業所単位に分割してゆく必要がある。医療は地域性が高いので、保険者としても県レベルに法定給付事業を分割した方が、より効率的な運営が可能と考えられる。次の問題は、被用者保険と国保とでは、扶養家族の扱い方が大きく異なる点であるが、それは社会保険が世帯単位より個人単位に改められる大きな流れの中で解決されることになろう。

 

脚注6) 当面の課題である高齢者医療費への対応については、すでに十分紹介されている。

 


W.市場原理と競争原理

1.社会保険医療への市場原理適用の問題点

 医療の質の向上と効率化をめぐる論議において、市場原理と競争原理を混同して、または区別せずに議論している向きがある。市場原理の下では、質が高くより価値のあるものが安価であると判断されれば購入され、質が低くて価格の高いものは選択されない。現下の価格について、社会保険医療体制は、個別の医療サービスや薬剤・材料等について基本的には固定されていることだけをとっても、市場原理が働いているとは言えない。巷間、医療に市場原理を適用することを主張する向きには、多岐にわたる医療サービスや薬剤・材料について本来の市場を形成させ、医療として適正な価格が設定され得るかが問われなければならない。生命や健康に関する個々人の多様な価値観、あるいは医療の不確実性などの要因から、形成される市場は生命倫理や基本的人権の観点から到底容認できるものではないことは想像に難くない。

 

2.社会保険医療における競争原理

 社会保険医療体制における医療に一般的な意味での市場原理の適用は想定し難いが、競争原理は十分に機能し得る。現行体制では、価格は固定されていても、質的水準がより高ければ選択されて競争に勝つからである。同じ病状の患者に、頻回または複数の医療サービスによって質の高い成果が得られた場合は、資源はより多く消費するが良い医療が得られたことになり、保険の機能によって自己負担が少ないためにそれが選ばれるとすると、より多くの医療を行う提供者が強いという競争原理が働くことになる。但し、これは出来高払いの場合であり、適切な資源をつぎ込める水準の包括払いであれば、それ以上の過剰な資源消費を防ぎつつ、競争原理により質の向上が期待できる。

 

3.質の評価の重要性とその視点

 市場原理を適用する場合は無論のこと、競争原理を活用してより適切な医療を提供しようとする場合には、医療の質を評価して医療を受けようとする者に示すことが重要な課題となる。医療の質について、効率または資源消費の観点から評価するには、まずは個々の医療行為の適用が妥当か、実施した医療技術が適切か問われる。また、出来高払いの場合は適用された医療行為の範囲や組み合わせが必要にして十分か、包括払いの場合は医療内容が不十分となっていないか、などの視点から検討される必要がある。最終的には、医療の成果・結果がどの程度得られたか、患者が満足したかどうか等について、かかった費用または消費された資源と関連させて評価することが重要である。そして、これらの評価の結果は、医療の利用者・消費者に情報として提供され、自由に選択できることが保証される必要がある。

 

4.医療の質の構成要素

 医療の質は多面的な要素から構成されると考えられるが、基本的には医療の技術的要素、医療を受ける者と提供側との相互の信頼関係、療養環境条件の3要素が強調される。医療の技術的要素とは、知識や情報を持ち的確な判断により診断・治療を進め、まさにその技術が適切で熟達していることを指す。この技術的要素こそ医療の質的要素の基本であり、それが全てとする考え方も一般的である。しかし、医療は優れて医師と患者の関係に依存するものであり、患者の立場や権利の尊重や相互のコミュニケーションのない医療の質は、技術的要素がいくら優れていても問題が残る。療養の場の環境条件については、まずは患者の安全が確保された環境が保証されるべきである。構造設備の安全管理や清潔管理・感染管理は医療を提供する場の条件としては必須であり、医療事故の発生は医療の質を致命的に損なう。そして、療養環境が快適で利便性が高ければ医療の質的向上に寄与することは明らかである。

 

5.病院医療の評価の方法

 個々の医療の質的水準評価とは別に、組織医療である病院医療の評価は、組織管理・組織機能の観点から客観的な評価が比較的容易で、社会的な適用が可能である。その方法的なアプローチは、次の3点に集約される。まず、病院の構造設備や組織構成のありようを見る構造(structure)に対するアプローチである。病院の各部門の人員配置や設備機器の整備状況を評価するのである。会議体や委員会の設置状況も対象となる。構造評価は、実体の有無や数値を見ることで評価するので、非専門家でも対応できるという特徴をもつ。次に、各部門の業務の過程(process)をみようとするアプローチがある。業務が所定の手順で計画的に行われ、その経過を記録して問題点の把握と改善に努める一連の経過の検討が中心となる。手順書の整備や経過記録の点検も行われ、診療録や看護記録、委員会議事録などは医療評価の検討対象としての意義が大きい。最も基本的で重要なアプローチとされるものが、結果(outcome)の評価である。構造や過程の検討も、結局のところ医療の結果・成果との関わりで評価の的確性が検証される。古典的には院内死亡率や5年生存率が結果評価の指標として使用されてきたが、近年は術後合併症の発症率など、各種の臨床指標(clinical indicator)が活用される。患者満足度は、結果評価の一つとして位置付けられている。

 

6.公私病院の公正な競争基盤の整備

 これまで、国公立の病院に高度医療・政策医療などを行うことなどを理由に一般財源からの補助が行われてきたことなどをめぐって、公私の病院のあり方について議論が繰り返されてきた。今後は、ここで述べたような方法や視点から医療の成果を客観的に評価し、その結果を患者・住民に示して公正な競争が行われるような基盤を整備する必要がある。また、医療費とは別に投入されてきた補助金は、評価の結果に基づいて民間の病院を含めて公平な配分がなされるべきである。

 

7.IT化の進展と医療における競争原理

 1990年代以降、世界的にIT化が進展・加速し続けている。市場化と競争深化の根本は、これらの環境変化がもたらす情報の質と伝播速度の進歩によって規定されており、IT化の進展は、医療における競争に多大な影響を及ぼすことが想定される。具体的には、IT化進展の医療に対するインパクトは、医療情報処理の効率化と、医療の質に対する情報流通促進の2つの面から考慮する必要がある。

 前者については、わが国では1999年4月に電子媒体によるカルテ保存が認められた。次のステップとしては、レセプトの電子化とレセプト審査の電子化に対する準備が重要と思われる。

 後者については、インターネット等を活用する社会の到来により、「住民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多用な形態でコミュニケーションを作り出す力」が助長された状態が前提となろう。その一方、U章の5で示した通り、医療においては、質に関する情報が提供側と患者との間で本質的に非対称とならざるをえないことを理解せず、広告規制とも関連して、「患者が質的に高い医療機関を選択し難く、競争原理に基づく効率的な医療の遂行が困難」との指摘も見られる。

 こうした誤解を放置せず、今後は、「IT化が進展した社会における医療情報の開示ルールはどうあるべきか」に関し、上記のような住民の変容をふまえた検討が不可欠である。また、情報端末の扱いが不自由な「IT化社会における弱者」であっても医療情報にアクセスできるよう、かかりつけ医等による支援策を確立する方策の検討もおろそかにしてはならない。

 


X.医業経営に対する非営利性の要請

1.医療における営利性/非営利性を論ずる場合の基本的立場

 医療を一般のビジネスと区別して考えるのか、それとも一般のビジネスと同様に市場原理に任せる方向を許容するかどうかの判断は、その国のあり方と深く関係している。それは教育、介護、社会福祉などをめぐる政策と同じく、生活に重大な影響を及ぼす制度について、今までとはまったく異なる選択肢を選ぶと、国のあり方もやがて大きく変容していくからに他ならない7。したがって、伝統的に非営利を以って原則としてきた日本の医療制度に、「たとえ一部にせよ営利性を容認するのか否か」は、国のあり方に関する哲学を反映した「わが国の医療の根幹にかかわる見識の問題」と捉えて議論を展開する必要がある8

 

脚注7) たとえば、義務教育や大学・高校教育に営利企業参入を認める選択が、わが国の教育のあり方として適切な政策と考える人は少ないだろう。

脚注8)具体的証拠を伴わず、「医療には競争がなくそのために医療費が増大している」など唱える意見に惑わされてはならない。

 

2.わが国の医療は非営利ゆえに非効率的か

 非営利を原則とする医療は非効率的なのだろうか。医療サービスの大部分は人の手、人の言葉を介して行われるが、周知のとおりわが国は人件費が世界で最も高い部類に属する。また高齢化率はほとんど世界最高に近い。そして高齢者の多くは複数の疾患を抱えているため、若年層より多大な医療サービスを必要としている。こうした事情にもかかわらず、日本の国民医療費対GDP比は、T章の1で指摘した通り、OECD加盟国の中で下位にとどまる。このようにマクロでとらえた時、わが国医療はむしろ効率的と言ってよい。反対に、著しく営利化が進んでいる米国の医療費対GDP比は、V章の1で示したように、世界で最も高い値となっている。つまり、非営利性ゆえに非効率とされる根拠は薄い。

 

3.営利企業による医療経営参入の問題点

 医療に市場原理を適用すべきであるとする論脈に沿うかたちで、営利企業による医療経営参入の問題が提起された。営利追求のなかで培われた組織運営や経営管理のノウハウを医療経営に適用することで、医療提供の効率化を達成することが可能であるとの趣旨のようである。まず、医療は非営利であるべきとする法体系との整合が求められるが、株主へ配当を第一として医療において利潤を追求することは、医療の基本理念に悖ることにほかならず、広く国民的合意を得ることはきわめて困難である。仮に参入が認められたとしても、収益性の高い領域を選別し、不採算部分を切り捨てざるを得ない営利病院の活動は、地域医療に深刻な矛盾と混乱を招く恐れが強い。現に医療の理念を受け止めながら、昨今の厳しい社会保険診療体制において練磨された多くの医療機関の経営は、営利企業の経営者が外部から見たほど脆弱なものではなく、開設者が医師であればこそ、医療の成果と経営の成果を見事に両立させた、優れた経営の事例も少なくないことを認識すべきである。

 

4.企業による病院経営の現状

 当初、社員のための医療を提供することを目的に設置され、その後に地域医療をも受け入れるようになった会社立の病院の医療については、その診療特性や医療サービスの内容に、他の一般的な病院のそれと比較して特段に特異な点があるという指摘は聞かない。むしろ、他と変わりない医療を提供することによって、企業の社会貢献の証としているように見受けられる事例もある。むしろ、営利企業が実質的に病院の開設や買収に資本投下をして、資本の論理で医療を提供することがあり得ることに留意すべきである。このような場合は、地域における医療協議の場などでその実態の把握に努めるとともに、問題がある場合にはその是正を強く働きかける必要がある。

 


おわりに

 日本経済は、当面は再生に向けたさまざまな努力が求められ、医療関係者のみならず、企業も政府もそれに耐える苦しい時期が続くだろう。一方、国民の生活面に着目すると、失業の増大などもあり、明らかに所得階層間の格差が拡大する方向に向かっていることは否めない。

 そのような状況の下、医療を市場経済化し、市場原理、取り分け支払能力によって医療サービスを配分しようとする考え方は、この国に暮らす人々の不安感を強め、マクロ経済にも悪影響を与える可能性が高いのみならず、租税や社会保険料の負担意欲を、いざというときにあまり助けにならないとして弱めてしまいかねない、間違った選択肢である。

 たしかに、前世紀までは、疾病その他の理由により貧しくなった後に初めて救いの手を差し伸べる「セイフティ・ネット」機能が、社会保障に対する期待であったかもしれない。しかし、人々の自立支援を重視する21世紀の社会保障制度は、傷病や要介護などにより苦しむ患者やその家族が、さらに金銭的にも追い込まれるような事態を防ぎ、安心感をもって日々の仕事や生活に立ち向かえる下支えの機能を中心に据えるべきである。

 ここに改めて、「せめて病気や怪我に苦しむときは、経済力ではなく、ニーズに応じて適切なサービスが受けられる」との安心感が、社会の安定と日本経済の再生のためには欠かせない条件であると強調したい。

 本報告では、こうした主張に基づき、医療本来の目的に立ち返り、その目的を果たすためにふさわしい効率的な「サービス利用と提供体制」構築への方向を提案した。また、社会保険制度の下、非営利の提供者が引き受けるべき競争原理(市場原理とは異なる)を明らかにした。

 正しい医療改革論への一助となることを願うものである。