日医ホーム日本医師会から >>サイトマップ  

 

 

[混合診療]についての見解

 

〜わが国における医療のあるべき姿〜

 

 

 

 

平成15年3月

 

日本医師会医療政策会議

 


 

医療政策会議委員

 

議 長黒川 清東海大学総合医学研究所所長
副議長植松  治雄大阪府医師会長
 〃 佐々木 健雄東京都医師会長
委 員飯塚 弘志北海道医師会長
 〃 池上 直己慶応義塾大学医学部医療政策・管理学教授
 〃 井石 哲哉長崎県医師会長
 〃 大道 久日本大学医学部医療管理学教授
 〃 大輪 次郎愛知県医師会長
 〃 紺谷 典子日本証券経済研究所主任研究員
 〃 佐藤 怜茨城県医師会長
 〃 真田 幸三広島県医師会長
 〃 竹嶋 康弘福岡市医師会長
 〃 田中 滋慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授
 〃 安田 恒人宮城県医師会長
 〃 山口 二郎北海道大学法学部教授
 〃 山崎 寛一郎埼玉県医師会長

(委員:五十音順)


目次

はじめに

T わが国の公的医療保険給付システム

1.現物給付制度と現金給付制度

2.一部負担金以外の費用の徴収

3.特定療養費制度

U [混合診療]論議の背景

1.[混合診療]容認論の立場

2.[混合診療]容認論の検証

V [混合診療]の影響

1.公的保険と私的保険

2.医療提供コストの転嫁

W [混合診療]に対する見解

おわりに

はじめに

 [混合診療]については、その本質が十分に理解されることなく、言葉だけがひとり歩きしているのが現状である。健康保険法等の関係法令においても、[混合診療]という文言は使用されていない。

 [混合診療]とは何なのか、その本質を理解しないままの議論は、制度や政策の方向性を誤らせることになる。

 [混合診療]の議論は、わが国が1961年に達成した国民皆保険体制の下、保険給付システムの根幹を成す「現物給付制度」のあり方に直結するものである。つまり、現行公的医療保険制度の原理・原則、国の医療保障に対する将来ビジョンにも影響を及ぼす重大な問題であることを認識しなければならない。

 まず、現行給付制度とその中での[混合診療]の本質について理解し、公的保険給付のあるべき姿を見据えたうえで議論すべきである。

 このような考え方から、公的医療保険下での[混合診療]のあり方について、本会議の見解を述べる。今後の議論の基礎となれば幸いである。

T わが国の公的医療保険給付システム

1.現物給付制度と現金給付制度

 健康保険法第63条は保険給付に係る規定であるが、同条において被保険者の疾病または負傷に対して、以下に掲げる療養の給付を行うと規定している。

  1. (1) 診察
  2. (2) 薬剤又は治療材料の支給
  3. (3) 処置、手術その他の治療
  4. (4) 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
  5. (5) 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護

 わが国の公的医療保険制度の優れた特徴として、患者のフリーアクセスがある。これを支えているのが国民皆保険体制と、上記の規定に基づく「現物給付」制度であることは言うまでもない。

 現物給付とは、保険者が被保険者に「療養」を現物で給付し、その費用が保険者と、当該医療を提供した保険医療機関との間で、公定価格に基づいて清算されるシステムである。すなわち、保険者が当該治療に要する「医療サービス」を保険医療機関から買い上げ、被保険者に給付する方式と定義できる。

 これに対し、現金給付制度は、制度の原理上は保険者と保険医療機関との間で費用の精算が発生せず、当然両者間で価格の取決めは行われない。被保険者と医療機関との間で費用の全額が精算され、保険者は被保険者にその一部を現金で償還するシステムである。

2.一部負担金以外の費用の徴収

 例えば、保険医療機関が一部負担金以外の医療サービス費用を被保険者(患者)から徴収したとする。この場合、前述の現物給付の基本原理に則れば、保険者が一連の医療サービスを保険医療機関から買上げるという前提が成立しなくなる。そうなれば、保険者は療養(医療サービス)全体を被保険者に現物で給付することが不可能となる。

 つまり、現物給付システムにおいては、制度の理論上、医療保険と医療保険以外の費用が混在することはあり得ないということである。

 保険医療機関及び保険医療養担当規則(厚生労働省令)第18条に示す特殊療法等の禁止に係る規定が、[混合診療]禁止の根拠であるとの解釈が一般的であるが、この規定を引用するまでもなく、現物給付というシステム自体が、被保険者からの一部負担金以外の費用徴収を不可能としていると捉えるべきである。

 このことからわかるように、[混合診療]という概念の本質は、保険診療と保険診療外の診療行為自体が混在するのではなく、保険給付(一部負担金を含む)と保険外の患者負担との混合、すなわち「費用の混在」を指すのである。

 このことを理解しなければ、本質的な議論はできない。

3.特定療養費制度

 現行制度において、[混合診療]が認められているのは、昭和59年に制度化された「特定療養費」である。高度先進医療の導入に伴い、保険診療と保険外の費用負担との混在を認めた同制度は、制度の原理上は「現金給付」となっている。

 高度先進医療や特別の療養環境(いわゆる差額ベッド)の提供などの選定療養を受けた場合、すなわち一部負担金以外の費用徴収を被保険者から徴収する場合は、当該療養部分以外の療養の費用を「特定療養費」として支給することになっている。これは、前述のとおり、別途負担を徴収する以上、理論的に現金給付に切替えざるを得ないためである。

 このようなことからも明らかなとおり、[混合診療]を認めることは、わが国の公的医療保険の給付の基本を「現金給付」に切替えるか、あるいは現物給付を原則としながら、特定療養費制度の対象拡大を図るか(これも現金給付である)、いずれかの選択しかあり得ないのである。そして、そのいずれもが、患者負担を増大させるということを認識しなければならない。

U [混合診療]論議の背景

1.[混合診療]容認論の立場

 [混合診療]容認論を唱える立場は、必ずしもひとつではない。大きく分類して、次のように整理できる。

 (1)規制緩和の一環としての「保険診療と保険外診療との組合せの自由化」による消費者の選択肢拡大

 (2)医療費(保険給付費)抑制を目的とした公費支出の抑制(実質的患者負担増⇒受診抑制⇒医療費のコントロール)

 (3)日本で認可されていない技術や医薬品の使用

 (4)個々の医師の技術水準等に比例した上乗せ評価の必要性

 (5)不適切な保険外負担の実態の解消

2.[混合診療]容認論の検証

 次に、上記の容認論の背景に対して、これらをひとつひとつ検証してみる。

 (1)については、一昨年来、経済財政諮問会議や総合規制改革会議を中心に展開されてきた論理である。

 しかし、政府サイドのこれらの主張の背景には、(2)に示す公費支出の縮減や医療費のコントロールという本音が隠されていることは周知の事実であろう。

 このような視点に対して必要なことは、まずわが国の医療費規模が、強制的なコントロールを必要とするほど大きなものであるかということの検証である。

 医療費の対GDP比の国際比較では、わが国は決して高い位置にいるわけではない。かえって、人口の高齢化率等、医療費の自然増の要因を考慮すれば、その規模は相対的に低いとさえ言える。

 また、相対的に低い医療費で公平・効率的な医療を提供し、世界一低い乳幼児死亡率、世界一の長寿国達成など、大きな成果を挙げているのも客観的事実として国際的に評価されている。

 さらに、健康保険法等の一部改正によって、患者負担がさらに増大している状況に鑑みれば、現状において医療費もしくは給付費を患者の負担増によって抑制しなければならない客観的理由は希薄である。

 医療費の伸びをコントロールする必要性があるのなら、医療提供体制や診療報酬体系のあり方の見直しの中で、制度論的にアプローチするのがあるべき姿であろう。

 (3)と(5)は、表裏の理由と言える。医療提供者の視点として、個々の患者の病状に対して、最善の医療を提供したいという根源的な希求がある。その際、最適の選択としての治療法や検査、投薬について、当該技術等の有効性や安全性に関する科学的根拠が確立されているにもかかわらず、保険適用がなされていないということは、不合理以外のなにものでもない。

 保険診療のルールに則れば、患者から当該技術等に係る費用を徴収すれば、全額自費診療に切替えなければならない。これを回避し、かつ最適な医療提供のために、不適切な負担徴収が行われていると想像される。

 このような実態は、決して容認されるべきものではなく、早急に解消する手当てが必要である。

 具体的には、新たな診断・治療技術や医薬品等の保険適用に関して、これを迅速化するルールを速やかに設定し、審議過程や保険適用の基準を明確にすることが必要である。さらに、価格設定においても、海外における実情等を勘案しながら、合理的な方法を開発し、対応することが必要である。

 (4)については、まず医師の技術を客観的に評価する指標が開発されていない現状を認識すべきであろう。

 医師の技術評価においては、成果(アウトカム)ひとつをとっても、個々の患者の容態や特性に個体差がある中で、何を技術評価の指標とすべきか、極めて難しい問題を内包している。また、国民皆保険体制下においては、病状の重篤度や治療の困難度に応じて、これを必要とする患者に対して高い技術が優先的に配分される手法が望ましいことは言うまでもない。

 このような状況から、医師の技術度に応じた自費徴収の上乗せについては、軽々に論じるべきではないと考える。

 以上のように、[混合診療]容認の立場からの理論も、別の適切な対応策があり、極言すれば医療保険システムの原理を変えるだけの根源的な要求というべきものではないと言える。

V [混合診療]の影響

1.公的保険と私的保険

 医療が生命や健康に直結するものである以上、需要者である患者は費用を負担しうる限り、技術進歩と高い質を望む。供給者である医療提供者も、費用削減よりは新しい技術を用いたより高いレベルの医療を実行しようとする。

 これらの需給行動を前提とすれば、[混合診療]の容認によって患者負担割合が増大したとしても、短期的な効果を除けば長期的に医療需要が縮小するとは考えにくい。

 この場合、公的医療保険の給付が相対的に小さくなり、患者負担が増大すれば、所得に余裕のある需要者は私的保険を通じた保障を求める行動をとることが予想される。

 しかしながら、皆保険を前提とした公的医療保険と、営利を前提とした私的保険とでは、制度の基本的前提が異なる。一般的には、現に傷病に罹患している者や、傷病に対する高いリスクをもつ者に対しては、私的保険は加入制限を厳しく設定するか、高い保険料を課す可能性が高い。つまり、真に医療を必要とする状態にある者が、保険に加入しにくい状態におかれるということである。

 ここが、公的医療保険と私的医療保険との根本的な差異であり、私的医療保険は公的医療保険の代替とはなり得ない所以である。

2.医療提供コストの転嫁

 患者の多様なニーズに対応しようとすれば、医療提供コストは増大する。そして、公的医療保険財源に余裕がなければ、当然のことながら民間保険(自由診療)部分の価格が上っていく。

 その帰結を探るためにアメリカ医療を見てみよう。米国で自由診療の医療価格が高騰した際、メディケア(高齢者医療保険制度)やメディケイド(低所得者に対する医療扶助)、あるいは無保険者の患者など、低い料金しか徴収しにくい患者はどうなったか。実際には、そうした人々すべてに対して、低レベルの医療が提供されているわけではない。医療従事者の職業倫理や訓練のあり方などから、一たび治療を引き受けた場合、患者ごとに治療内容を切替えることは困難であり、自分の技術を隔てなく適用する態度が普通であろう。

 そうなれば、医療機関経営者は、医業経営を維持するために、回収できなかった分のコストを自費患者、あるいは私的保険患者の中で交渉力の弱い(給付制限が緩い)層にコストを転嫁せざるをえない。加えて、そうした状況をめぐって莫大な管理コストが使われる状況を生んでいる。

W [混合診療]に対する見解

 先に述べたとおり、[混合診療]の導入は現物給付制度の否定に他ならない。そして、現物給付の否定は、公的医療保険給付の縮小をもたらし、必ずや患者負担の増大につながる。

 患者負担の増大は、受診者の経済力格差による医療の差別化を派生させる。わが国が国民皆保険体制という優れたシステムの中で守り続けてきた公平性、平等性は、現物給付制度の崩壊とともに終焉を告げることになる。

 日本国憲法を引用するまでもなく、社会保障を通じて国民の生命・健康をより高いレベルで守るのは国の社会的使命である。

 この使命を果たすためには、現物給付制度下における国民皆保険体制の堅持は、必要不可欠の条件である。

 そもそも医療ニーズ発生の不確実性を、保険という社会システムでカバーするのが社会保障のひとつの目的である。患者負担とは、傷病により医療機関等を受診したときに発生するものであり、現状以上の負担増は、リスク回避という視点からも社会保障システムとしての公的医療保険の存在意義をも問うことになろう。

 前述の医療費の対GDP国際比較からみても、わが国の医療費水準は先進諸国の中でも決して高いわけではない。

 その中で、国民医療費の財源負担構成に占める家計負担の割合(保険料の被保険者負担+患者負担)は、約45%にも達している。さらに2002年10月施行の健康保険法等の一部改正によって、患者負担割合が引上げられ、家計負担割合は50%近くに達することが予想される。

 このような現状において[混合診療]を容認すれば、家計負担割合が財源の半分以上を占めることになりかねない。果たして、社会保障としての適切な費用負担配分と言えるのであろうか。

 以上のような状況を勘案すれば、現状において[混合診療]を容認する合理的な理由はないと結論付けられる。

おわりに

 長引く経済不況に加え、医療や年金を中心とした社会保障給付の縮小が、将来に対する国民の不安感をさらに煽っている。消費の低迷は、将来に対する不安の裏返しということができよう。

 国の行うすべての政策は、為政者の国家観、すなわち、その国をどのような姿にするのか、国民の将来像をどのように描いているのかによって決まる。公的医療保険制度をはじめとした医療保障の方向性も、為政者の理念・方針によって自ずと定まる。

 しかしながら、[混合診療]論議に代表されるように、政府サイドから発表される昨今の医療制度改革案は、総じて医療費あるいは医療保険給付費の圧縮に焦点が当てられている感が否めない。

 国民的議論を経て広く理解された改革案ならまだしも、計画性もなく、説明責任を果たさないままの政策は、国民の不安感・不信感を醸成し、負の循環を生み出すことになる。

 いま政府がなすべきことは、社会保障の安定・充実を図り、国民の生命・健康・生活環境を守るという社会的使命を果たし、社会・経済システムに好循環を発生させることにほかならない。

  日本医師会ホームページhttp://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association.
All rights reserved.