講演「米国マネジドケアの失敗から何を学ぶか」
講師:李啓充先生(ハーバード大学医学部助教授)

○李講師 ご紹介いただきました李と申します。スライド・プロジェクターが使えないなど、こういったハンディキャップだらけの講演というのは初めてですので、うまくいきますかどうかわかりませんけれども・・・。駒込駅からコンピューターを担いで歩いていまして、六義園というのが見えて、非常に懐かしい思いをしました。というのも、小学校1年生のときに「落ち葉を拾って集めてこい」という宿題が出まして、父親に相談しまして連れていかれた場所が六義園だったわけで、非常に懐かしい思い出にふけりながら、重いコンピューターを担いで、炎天下、汗をかいてやってまいりました。

 私の講演の題名は、「米国マネジドケアの失敗から何を学ぶか」というものです。私が「市場原理に揺れるアメリカの医療」という本を出しましたのが98年でした。その本のなかで、私としてはマネジドケアというものを否定的に書いたつもりだったんですが、99年になりまして、マネジドケアを礼讃する本が日本で立て続けに3冊出版されました。1冊目は田村誠先生が書かれた「マネジドケアで医療はどう変わるか:その問題点と潜在力」でしたが、これは非常にニュートラルなスタンスで書かれた真面目な本です。

 2冊目が、広井良典さんが書かれた「医療改革とマネジドケア」ですが、これは保険者機能を強化しなければならないのは自明のことという立場で論じられている本で、マネジドケア的な手法を日本に入れないとだめだという趣旨の本になっています。

 3冊目が、川崎医大の教授になられた西田在賢さんの「マネジドケア医療革命」です。この本がいちばんマネジドケアに肩入れしていまして、Risk Adjustment をちゃんとやって医療保険を運営しないといけないと、強調しています。ところがこのRisk Adjustment という言葉が非常な曲者で、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』のエディターたちは、前のエディターたちになりますけれど、保険会社のやっていることはRisk Adjustment (リスク補正)ではなくてRisk Avoidance(リスク回避)であるということで、強く非難したところのものです。何故、マネジドケアのやっていることがRisk Adjustment (リスク補正)ではなくてRisk Avoidance(リスク回避)かということは、後ほど説明させていただきます。

 この3冊の本、すなわち、マネジドケアが素晴らしいという人々が共通して主張しているところを3点にまとめますと、以下のようになります。第一は、医療も靴をつくったり売ったりするのと変わらない経済行為であるのだから、医療にも市場原理・競争原理を導入しなくてはいけない、というものです。市場原理・競争原理を導入すれば、必然的に、コスト削減の努力やサービスの質を向上させる努力をするはずだというわけです。

 2番目の主張というのは、医者や病院が出来高払いの制度を悪用して好き勝手をすると医療費はとめどなく増え続ける。だから、ほかのだれか、第三者が、医者や病院のやることにチェックを入れる、そういう医療費に歯止めをかけるプログラムを入れないといけない、という主張です。いわゆる「保険者機能の強化」という言葉で代表される主張ではないかと思います。医者や病院が勝手なことをするのに対して保険者がその医療内容に介入することが必要だという主張だと思いますが、「保険者機能の強化」ということを主張される方は、具体的には何をしたいのか、未だに明快にはされておられないようです。ただ、マネジドケアに対して好意的な立場を取っておられるということから考えればマネジドケア的な手法を取り入れるという主張をしておられると解釈できるかと思います。

 3番目に主張されておられることが、「EBM」の活用ということです。データに基づいた医療、証拠に基づいた医療、そういったことをちゃんと徹底させれば医療費の無駄遣いというのは減るはずだという主張です。

 きょう、この部屋に入ってまいりまして、机上に配られている資料をぱらぱらめくっていて、今日の話の内容は非常にタイムリーかなと思いました。配られています資料にもありますように、経済財政諮問会議が医療に関して言っていることが、ちょうどマネジドケアがいいと主張しておられる方たちの言っていることとダブっているのですね。例えば、医療、介護、教育云々に市場原理・競争原理を導入せよ。それから、「保険者機能」とは言っていませんけれども、保険機能の強化。それから、効率化プログラムを策定するんだというようなことが、私が言いましたマネジドケアを支持する人たちの三つの主張と見事に重なるように思えます。

 私自身、アメリカで断片的にインターネットで見る新聞の記事だけで、経済財政諮問会議が決定したものにどのような深い内容があるものなのか、判断しかねていたのですが、きょう、手元に配られました資料を見まして、なるほどこういうものが決められたのかということがよく分かりました。経済財政諮問会議の方針のなかにもマネジドケアがいいとおっしゃる方々の主張が大筋として入れられているのですが、こういった方針を決められた方々は、果たしてアメリカでマネジドケアが入ってどうなったのかを御存知でこういうことを決められたのか、非常に疑問であると言わなければなりません。医療に市場原理・競争原理を導入するとどういう弊害が生じるようになるのか、きょうは皆様にアメリカの実状を紹介しながらお話ししたいと思ってきたわけです。そういう意味では、非常にタイムリーな内容かと思います。

 それでは、まず、今日の話の大筋を、ご紹介いたします。1つは、アメリカの話をしますので、まず、アメリカの医療保険制度の概要ということを1番目に話したいと思います。

 2番目に、マネジドケアが入った背景として、マネジドケアの前史、特にDRG/PPSが入ってアメリカの医療がどう変わったのかということをお話しさせていただきます。

 3番目は、マネジドケアの盛衰ということを話したいと思います。90年代の始めにマネジドケアが大々的に普及した頃は、マネジドケアは横暴を繰り返す医師や病院から消費者を救う白馬の騎士、ということで、消費者からは歓呼をもって迎えられたのですが、何年かすると、逆に、マネジドけあはpublic enemy number one (社会の敵ナンバーワン)になってしまいます。鳴り物入りで登場してきたマネジドケアが、どういう事情で、こんなけしからんものはない、というように社会の雰囲気が180 度変わってしまったのか。そういったことに触れながら、マネジドケアの主張がいいと主張する人たちの三つの主張、つまり、(1)市場原理の導入、(2)保険者機能の強化、(3)「EBM」の活用、という主張が、どれほど誤っているかということを話させていただきます。

 4番目に、最後の話題としまして、最近、アメリカで非常にはやっていますけれども、Disease Management(疾病管理)の話をさせていただきたいと思います。アメリカで行われているDisease Managament には色々な問題がありますが、そういった問題が起こらないような形で、これを日本の地域医療のなかにうまく組み込めば、まったく新しい形の医療が展開できるのではないかと思います。現在の医療制度は、極言を恐れずに申しますならば、急性期医療に対する病院医療というものを根幹に作られてきた制度といっていいと思います。いまや、成人病などの慢性疾患の増加に対しその管理が何よりも重要となっている時代に、旧来の疾病構造を元にした医療制度で未だに対応しているわけですが、疾病構造の変化に見合った新しい医療制度に変換するという観点からは、Disease Management の考えは、非常に魅力的な概念であると思われますので、これについて紹介いたします。

 

1.米国医療保険制度概観

 初めに、アメリカの医療保険制度の概観ですが、原則として市場原理・競争原理で運営されているということで、private の(私企業が運営する)医療保険というものが制度の根幹をなしています。色々な医療保険の割合を97年の人数で見ますと、大体1億9,000 万人が何らかのプライベートの医療保険に加入しています。市場原理・競争原理でやっていますと、どうしてもwinner takes all(勝者がすべてを取る)というのがシステムの根幹になりますので、立場の弱い人、財力の弱い人というものはそのシステムのなかからこぼれ落ちてしまいます。そういったこぼれ落ちてしまう弱者の代表の第一が高齢者です。高齢者は有病率が高いので、高齢者だけで医療保険を設定しますと、これはべらぼうに高い保険料を支払わなくてはいけないということになります。市場原理・競争原理の原則で高齢者用の医療保険をつくろうとしますと、医療保険に加入するということ自体が非常に困難になるわけです。例えば、歴史的には、アメリカの高齢者の2人に1人が無保険者だった時代があるわけです。そういうわけで、弱者が切り落とされてしまうので、社会のなかの救済制度というものがアメリカの医療保険制度の中にも設けられていまして、高齢者のためには高齢者専門の医療保険というものがつくられています。これがメディケアと呼ばれるもので、税金で運営されている医療保険です。65歳以上の人が自動的に全員加入する医療保険ですが、加入者は3900万人になります。

 市場原理のなかでこぼれ落ちてしまう2番目の集団というのは、お金がない人ということになります。こういった人々、低所得者に対しまして、メディケイドという公的医療保険が存在します。これは連邦政府と州政府が費用を折半して運営していますが、やはり、財源は税金です。加入者は3400万人です。連邦政府が大枠のルールを決めていますが、各州政府が割と特色性を持って運営していますので、全米には50の違ったメディケイドがあると言われています。

 こういった弱者に対する救済制度を、社会として大掛かりな救済制度を用意しているにもかかわらず、アメリカの医療保険制度のいちばんの問題は、無保険者が4100万人いるということです。97年の時点で4100万人でしたが、現在は5000万人近く、実に国民の7人に1人が無保険者ということで、その数が毎年ふえています。無保険者の増加ということの一番大きな原因が、市場原理・競争原理で医療保険を運営してきたことにあるんですが、これは後ほど詳しく説明いたします。一言でいいますと、無保険者が増え続けているのは、市場原理を導入したことで社会のなかに低リスク者用の低価格の医療保険と、有病者用の高価格の医療保険と、2つできてしまったことが根本の原因になっています。医療保険が二極化したことで無保険者がどんどんどんどん増えているわけです。アメリカというのは非常な好景気が続いて、しかも、マネジドケアが、質がよくて低価格の医療保険を提供するということを社会に約束して登場したのに、結果としては、逆に無保険者だけが増え続けたという現実が残ったわけです。これが医療保険に市場原理・競争原理を導入するとどうなるかということについての、アメリカの実例から学ぶべき教訓の1つです。

 次に日米医療保険制度の比較をいたします。第一に、日本の場合は原則として国民皆保険制ですが、今も申しましたように、アメリカでは無保険者が国民の7人に1人ということになります。

 2番目が、医療サービス価格の設定ですが、日本は点数制で原則として全国共通価格です。どういった経歴の医者がどういうことをやっても、基本的に同一サービスについては同一価格という制度です。アメリカの場合は、医療保険の種類によって全部変わります。民間の保険でも、会社が変われば、診療報酬は全部変わります。さらに同じメディケアでも、どの町で医療を行うかによって全部変わります。それから、メディケアでは、教育病院であるかそうでないかによって診療報酬がまた変わってきます。そういったことで、診療報酬というものが非常に複雑化していまして、診療報酬の請求事務というのものが、アメリカでは大変に複雑です。例えば、アメリカでの開業の形態というのは、5〜6人の医者が集まって1つのクリニカル・オフィスをオープンするという形が一般的なんですが、1つのオフィスで平均6人から7人の事務員を雇わないと診療報酬の請求事務ができないという事態になっています。市場原理を導入するとコストが下がるということをおっしゃるんですけれども、とんでもない話で、アメリカは市場原理でやっているがために、診療報酬の体系が複雑化して、事務員を6人雇わないと診療報酬が請求できないんです。この請求事務のコストが医療コストにはねかえってくるのですから、市場原理を入れると自動的にコストが削減されると言う主張が正しくないことが分かります。

 私の本のなかにもヒンメルシュタインさんという方が何度も出てきますけれども、以下はその方から聞いた話です。MGH、私が勤める病院で診療報酬の請求事務をするために数百人の事務員を雇っているが、カナダではシングルペイヤー方式で、全国共通になっていますから、診療報酬請求事務というのは、病院1軒に数人いれば足りています。カナダで請求事務を司っている人たちが一番忙殺される仕事というのが、たまたまアメリカ人がカナダで病気になって、アメリカの医療保険のややこしい診療報酬を請求する仕事であると。その事務員たちは、数少ないアメリカ人の患者のために、アメリカの保険会社に診療報酬を請求するために、多くの時間を費やしていると、そういう話を聞かされました。

 さらに、診療報酬の支払いの形式ですが、一部定額制が取られているようですけれども、日本の場合は原則として出来高払いですが、アメリカの場合は、出来高払いであったり、診断群別定額払いであったり、人頭割りであったり、出来高プラス上限制があったりと、非常に複雑なものになっています。

 さて、先進諸国のなかでの医療費支出というものを比較します。まず、法則が1つありまして、国民総生産の総額が高いと国民総生産のなかに占める医療費の割合も高いという原則があります。金持ちほど医療にふんだんに金を使うという原則があるわけです。ですから、アメリカの国民総生産の総額がいちばん大きいので、アメリカの医療費がGDPに占める割合もいちばん高くて14%あるわけです。その次に日本が来るかというと、来ません。日本は、つい最近、8%を超えたという新聞記事を見ましたけれども、私がまとめたこのデータのなかでは7.3 %で、アメリカの半分ほどしかない。世界で2番目のGDPの総額があるのに、医療費にかける割合というのは先進諸国のなかで最低の部類で、イギリスと日本と最下位を争っている状況です。ドイツが2番目に来まして、10・数%という形になります。そのあとに来るのがフランスで9.8 %です。ですから金持ちほどぜいたくなサービスとして医療にふんだんに金を使う。日本はそのなかの例外で、医療というものをぜいたくな社会サービスとして認識していないわけです。国民を死なせない程度の最低限のサービスという認識が国家としてなされているんだろうなと私はいつも思っているんですけれども、日本の医療に対する金の使い方は先進国のなかでは最低の部類で、イギリスと最下位を争っている。

 そのイギリスが、今、どうなっているかといいますと、ナショナルヘルスサービスという制度で国民皆保険、国民は一銭も払わなくてもいい。だけれども、非常にけちっているわけです。国民総生産の7%しか使わない。で、何が起こったかといいますと、アクセスに問題が生じました。癌を診断されて手術を受けないといけないことになっても、イギリスの場合、癌の待機手術を数カ月も待たないといけない、ということがしょっちゅう起こるようになったわけです。そして、おなかを開けてみたら転移が広がっている。そういったことが何遍も起こるようになりまして、社会問題となりました。ちょうど1999年の末に、イギリスの社会では、NHSが今のままでは国民に良質な医療を提供できないということで大問題になったんです。そういった状況を受けて、2000年の初めにブレア首相が宣言を発表しています。イギリスの医療費はけちり過ぎた。国民に良質の医療サービスを提供しようと思ったら、ドイツやフランス並みにGDPの10%金をかけないとできるわけがない。何年かかるかわからないけれども、イギリスもドイツやフランス並みに医療に対してお金をかけたい、ということをブレアさんは言ったわけです。

 私は、1冊目の本(「市場原理に揺れるアメリカの医療」・医学書院)のなかで、Oregon Health Planという、アメリカのメディケイドのなかでも非常に特色のある制度をを紹介しました。このOregon Health Planの管理部局の壁に額が掲げられていまして、そのなかに何て書かれているかといいますと、「cost, access, quality, pick any two」と書かれているわけです。つまり、costとaccessとquality と、3つのうち2つ取ってもいいけれど、3つともは無理と言っているのです。この経済財政諮問会議の、構造改革に関する基本方針を見ますと、「国民皆保険と医療機関へのフリーアクセスの下、医療について質を落とさずコストを下げます」と、オレゴンの人とは正反対に、3つともやるって言っているわけですが、世界のほとんどの人は3つともは無理だと言っているわけです。コストも下げてアクセスも保証してクオリティもよくする、そんなことはできるはずがないと言っているわけです。やれるものならやってみろと、言いたいところです。ではどうするか?日本の場合は、コストが先進国のなかで最低。一応、皆保険制でアクセスを保証していると。だから、このOregon Health Planの額に書いてある原則を日本の医療に当てはめると、クオリティがほかの国と比べて落ちるのは仕方がないかなというのが私の率直な感想です。証拠を示せと言われても、データなどあるわけではありません。ただ、いろいろなものを個人的に見た限りで物を言わせてもらうと、日本の場合はクオリティに問題があるかなと、制度としてクオリティを保証していないと思わざるを得ません。フリーアクセス、フリーはただという意味とは思いませんけれども、皆保険制を維持してクオリティもよい医療を提供しようとしましたら、やはり社会に対してそれ相応のものをご負担いただかないとそういうことができない、ということは言わないといけないと思います。ただでは良質な医療は買えないということは言わないといけないと思います。

 医療事故が起こってけしからんと社会から厳しい批判が出ていますけれども、安全はただではありませんし、医療事故を減らそうと思ったらそれなりのコストがかかるということも、やっぱりこれは言わないと、ご理解いただかないといけないと思います。

 これは日米の医療費の計時的な比較ですけれども、アメリカは90年代の初めまでずっと伸びてきたんですけど、日本の伸びというのは、実は、80年代から止まっているんです。医療費が増えてどうしようもないということが、よく新聞なんかの記事にたくさん毎年のように載りますけれども、実は日本の医療費というのはアメリカに比べてみれば伸びていないのも同然なんです。

○小森委員 質問ですが、先生はメディケアに入る条件に、65歳以上の方は基本的に無条件に入るんだということをおっしゃっておられましたね。私が承知していたのはちょっと違う雰囲気だったもので、そのとき私的保険に入っていらっしゃる方はどちらかを選択できるんですか、そこは。

○李講師 私的保険はメディケアの場合はメディギャップと言われていまして、メディケアが供給するのは基本的なベーザルのカバリッジだけですね。例えば、処方薬というのは一切カバーしないわけです。処方薬も医療保険でカバーしてほしいというお金持ちのご老人は、そのうえにメディギャップという民間保険を購入するわけです。これが十何段階かありまして、財力に応じて皆さんメディギャップという医療保険を購入するという形になっています。

○小森委員 基本的なベースラインのメディカルサービスというか、メディケアのサービスというのは、最低どの程度のものなんですか。

○李講師 「市場原理に揺れるアメリカの医療」の中で、自己負担について書きましたけれども、例えば、入院の自己負担が700 ドル強です。メディケアはパートA(入院医療費)とパートB(外来医療費及び医師への支払い)がありまして、パートBは任意加入です。

○橋本委員 収入に対する保険料の率ですね、何%ぐらいまでだったら許せるか。無保険者が中間層に多いと言われましたよね。それ、何%を超えたらそういう人たちが増えてくるのかというのを。

○李講師 質問が2つあると思うんですが、1つは、収入と保険料の関係の話ですね。これは日本と反対です。収入が上がるほど医療保険は払わなくていい。社長さんとか企業の偉い人は医療保険は全部会社持ちになるんです。もともと第二次世界大戦のときに人手不足になりまして、企業が高給で人を釣ってはいけないということがあって、昇給というものが国として制限された時代があるんです。そのときに人を集める条件として、ベネフィットということで福利厚生を充実する。企業が優秀な人材を集めるときの餌にするベネフィットという形で医療保険が始まったわけです。そういった背景がありまして、会社で昇進するほど医療保険が安くなるという制度になっています。

 それから無保険者の収入ですが、メディケイドの場合は、収入の上限というものを超えるとメディケイドの適用が受けられなくなりますので、収入としてはそれから上の人です。また、医療保険の額を具体的に見ますと、例えば、私の場合は、今も言いましたように昇進してから医療保険の額が安くなりまして、家族加入で月大体70〜80ドルです。日本と比べると非常に安いんです。恐らく、その倍近い額を雇用主として保険会社に支払っていると思います。実はボストンというのは医療がメイン・インダストリーになっていまして、Massachusetts General Hospitalというのはボストン市内でいちばん大きな雇用主なんですが、大企業に勤めていて比較的高い地位に就いていますと、保険料はそこまで安くなるんです。大企業は保険会社とも優先的なディスカウント契約を結んでおりますので、保険料が安くなるんです。ところが、もし、私が、MGHに首を切られて失業して、個人の資格で医療保険に加入しますと、月最低500 ドルから600 ドルは払わないといけないんじゃないかと思います。ですから、メディケイドの上限を超える収入があって、月500 〜600 ドルの保険料を平気で払えないような人が、無保険になりやすい階層なんです。細かい数字は、Families USAという患者の支援団体があるんですけれども、そこで無保険者の収入の多さとか、家族構成とか、職を持っているかどうかという、細かいデータを出していまして、私の1冊目の本にも少しその話を出しています。お答になりましたでしょうか。

○橋本委員 はい、わかりました。

 

2.マネジドケア前史−DRG/PPSの導入とその影響

○李講師 1番目の日米の医療保険制度の概観ということは終わらせていただきまして、次に、2番目のテーマでDRG/PPSの話に入りたいと思います。

 DRG/PPSは、メディケアという高齢者用の医療保険に最初に入ったんですが、このメディケアというのができたのが、実は、1965年です。ジョンソン大統領が、「偉大なる社会」(ザ・グレート・ソサエティ)ということを選挙公約に掲げまして、高齢者の2人に1人が無保険という状況は、世界一の大国アメリカとしてもうこれ以上許容できないと。それで、ご老人が安心して医療を受けられるように税金で運営するところの公的医療保険をつくるんだということを選挙公約に掲げまして、民主党が大勝するわけです。それであっという間にメディケアというものが成立するんですが、このときにアメリカ医師会がメディケアの成立に猛反対をいたします。

 アメリカ医師会は日本医師会と同じで非常に深刻なイメージ・プロブレムを抱えているわけですが、アメリカ医師会のネガティブ・イメージというのは、このメディケアに反対したということが非常に大きなきっかけになったわけです。アメリカ医師会がなぜメディケアという制度に反対したかといいますと、その主張は2つありました。

 1つは、医療が社会主義化する。それまで自由経済の下で自由に価格を付けて自由に患者に請求していたということができなくなる。医療が社会主義化するということを言いました。

 もう1つは、国が医療に介入してくると。いずれメディケアというものがきっかけになって医療の内容に国が介入するようになる。それはけしからんということを言って、反対したわけです。

 非常に皮肉なことですが、アメリカ医師会の主張とは裏腹に、メディケアが導入されまして、医療は社会主義化するどころか、ますます資本主義化いたしました。その一方で、もう1つのアメリカ医師会の反対理由の、国が医療に介入するようになるといった危惧は当たってしまいます。

 アメリカ医師会が強力に反対したという背景があったもので、メディケアの診療報酬制度は医師たちに対して非常に大甘な形でスタートしまして、メディケアの支出というものがどんどんどんどん増えていきました。年率平均17%でメディケアの支出というものが毎年上昇していくわけです。メディケアが国家財政そのものを食いつぶしかねない状況が出来上がってきまして、何とかしてメディケアの支出を抑えたい。支出を抑えるということが目的で出来上がった制度というのがDRG/PPS(Diagnosis Related Groups/Prospective Payment System)なんです。アメリカ政府は、医療の質を良くするとか何とか、いろいろ副次的なことを言いましたが、根本的な目標というのは、コストを抑えるということが目的で始まった制度です。

 アメリカの医療費の年度別上昇率をグラフにしましたが、70年代に入りまして、毎年10%を超える上昇を示しました。数年で倍になるという形です。ボストンのチルドレンズ・ホスピタルに坂本さんという臨床検査部の偉い人がいらっしゃるんですが、その方は東京オリンピックの年に、閉会式の日に閉会式を見ずに飛行機に乗ってアメリカに渡った方です。坂本さんがおっしゃっておられましたが、こういった時代、病院に勤めていますと、特に何の功績がなくても5年すると給料が倍になったとおっしゃっていました。

 DRG/PPSが83年に導入されまして、一時医療費の伸びにブレーキがかかります。けれども、80年代の終わりにはまた年率10%を超えて上がってくるんです。90年代前半にマネジドケアが入ってきて、医療費の伸びに大きなブレーキがかかります。こういったグラフを見た人たちは、マネジドケアはすばらしい、医療費上昇に対し強力なブレーキがかかるということで、マネジドケアがすばらしいということをおっしゃるわけです。

○橋本委員 先生、今のは民間保険も公的保険も全部出した分の伸び率ですね。

○李講師 そうです、国全体です。

 DRG/PPSというのがコスト抑制を目的で導入されたわけですが、皆様ご存じのように、DRG/PPS(Diagnosis Related Groups Prospective Payment System)というのは、基本的には診断名・病名が決まりますと、重症であろうが軽症であろうが決まりきった診療報酬しか出ないという制度です。ですから、重症の患者が入ってコストがかさみますと、病院としては赤字をかぶらないといけないということになります。病院の経営努力というものが非常に大きなインセンティブとして出てくるわけですが、DRG/PPSが入った場合に病院経営者が何を考えるかということを、考えてみましょう。

 まず、コストを減らしたいということで、患者の在院日数をできるだけ短くしようとします。コストを減らす、決まりきったお金しかいただけませんから、使う費用を減らすというのは当然の話です。

 ところが、医療というのは、患者さんに、「うちの病院が赤字になるから、これ以上入院を続けてもらっては困る、出ていってくれ」ということが言える商売ではありませんので、病院がどういうことをするかといいますと、患者さんがスムーズに退院できるように病院側が手配するようになるわけです。そのために何が行われたかというと、まず、病棟にケースマネージャーという職種が出てきます。これはDischarge Planner、退院計画者と初めの間は言われていましたけれども、患者さんがスムーズに退院できるように、患者さんが入院してくる前から準備する職種が出てまいりました。ケースマネージャーは看護婦がほとんどですけれども、退院の手配をする役目の婦長が新たに病棟に必要になったと言えば分かりやすいでしょうか。在院日数が減りますと、回復期のケアというものが急性期病院の外に移行します。Skilled Nursing Homeとか、リハビリ病院とかの回復期ケアの施設と急性期病院とが提携して、患者をスムーズに退院させるということが行われるようになりました。

 DRG/PPS導入に伴う2番目のインセンティブとしましては、軽症の患者を優先的に入れたいということが生じてまいります。軽い患者ほどコストがかからず、定額の診療報酬との差額の利益が増える構造となります。軽い患者さんにたくさん入院していただくと助かるということで、入院適用を広げて入院数を増やすというインセンティブが生じるわけです。その反対のインセンティブとしましては、重症患者が来てコストがかかると困るということで、重症患者を忌避するという3番目のインセンティブが生じます。4番目に、アメリカの病院というのは医師というのは病院と提携関係にあるわけで、病院に勤務している医師というのは例外的な存在になるわけですが、そういった提携関係にある医師に対して病院経営に対する協力を仰いで管理を強化するということが進みました。

 5番目が経営努力ということで、儲からない科は捨ててしまう。不要な人員は切ってしまうということになります。

 DRG/PPSが入りまして、例えば、入院待機手術で見てみますと、ケアのパターンがこのように変化します。まず、術前検査は入院前に出来高払いで外来で全部済ませてしまう。入院は手術当日。手術が終わったら患者さんを早くベッドから起こして早くに退院してもらう。乳癌手術なんかは入院2日が平均です。術後2日で退院しますので、ドレーンを付けたまま退院していただくことになります。ドレーンの管理、ガーゼ交換は、患者や家族にお願いすることになります。訪問看護とかありますけれども、1日1回しか来ないのが普通なので、ドレーンの量を見たり詰まっているかどうかをチェックしたり、患者や家族に教育しないといけないという医療になります。術後管理は、今も言いましたように在宅、外来でということになります。ですから、この例を一つ見ていただいただけでも、どれだけ患者や家族の負担が重くなるかということがおわかりいただけるかと思います。

 それで、これが手術別の平均在院日数ですけれども、DRG/PPSが入る前年の82年、入って4年目の87年、10年後の92年のデータを示します。胆のう摘出手術で10.3日から4.9 日と減っていますが、これはDRG/PPSだけの影響ではなくて、途中腹腔鏡下の手術というものが入っていますので、非常に短くなっています。鼠径ヘルニアが3割ほど、虫垂摘出手術は余り変わりませんが、子宮摘出術、前立腺摘出術と、半分近くに減っています。

 DRG/PPS導入が臨床現場に与えた影響ですが、入院日数が短縮化しまして、患者さんをゆっくりベッドに寝かせている「水平医療」を展開していては採算が取れない。患者さんには忙しく立ち動いてもらうということで、「垂直医療」という言葉が出てまいります。病院全体に密度の高い医療が要求されるようになりまして、病院全体がICU化するというように言われました。医師や看護婦も多忙化いたします。こういったなかでクリニカル・パスウェイ−−日本ではクリティカル・パスという言葉が使われますが−−というものが入ってまいります。また、先ほども申しましたけれども、ケースマネージャーという職種が病棟に新たに登場しまして、回復期のケアの手配というものを患者さんの病状、あるいは家族状況、どんなところに暮らしているか、収入はどれだけあるかとか、そういったことを全部考えながら、回復期のケアをスムーズに受けられるように手配するということが行われるようになったわけです。

 DRG/PPSが入ると入院数を増やしたいというインセンティブが生じると申しましたけれども、これはダートマス大学の医師であるウェンバーグという人が書きました1984年の論文のデータです。どういうことを出しているかといいますと、メイン州を、30の小地域に分けまして、病名、手術別に施行頻度というものを人口別に比べたわけです。地域間のバラツキが最小のものが鼠径ヘルニアの修復術で、最大の地域と最小の地域とで1.7 倍しか違わなかった。ところが、扁桃の摘出術は14倍の差が出てきまして、最小の地域は子供の5%しか扁桃腺を取られない。ところが最大の地域へ行くと子供の70%が扁桃腺を取られてしまう。で、ウェンバーグはどういったことを言ったかといいますと、医者や病院の好き放題にさせると入院数など簡単に増える、DRG/PPSを入れても入院数が増えたら医療コストというものが減りませんよということを警告したわけです。DRGというのは480 ほどの診断群がありますが、地域間のばらつきをDRG毎にまとめますと、鼠径ヘルニアと虫垂摘出術の間にくるDRGが3つ、扁桃摘出術よりもばらつきが多かったDRGが134 あったというデータを出しまして、医師や病院の好き勝手にさせていたら入院数が増えるのでコスト削減ができませんよということを警告したわけです。

 アメリカ政府もそいうった危険は先刻ご承知で、アメリカ政府がDRG/PPSを入れるのと同時に入れた新しい制度というのが、Peer Review Organization(PRO)という制度です。PROが何をしたかといいますと、入院の事前審査ということをしまして、入院の必要性・適切性ということを審査したわけです。つまり、医者が出した入院指示に対して、国と契約関係にある民間の機関がその適切性について審査するということが始まったわけです。

 目標というのは、やっぱり医療の質をよくするんだということが副次的に言われれましたけれども、入院数を抑制することがPRO(医療警察)がつくられた本当の目的だったわけです。例えば、積極的に外来手術を奨励しまして、特に眼科というものは、入院手術というものについて審査を通じてノー、ノー、ノーということで入院を拒否して、外来手術を奨励したわけです。

 各州に、少なくとも5つの対象疾患を選定させて、メディケア患者の入院が必要であるかということを事前に審査させました。心臓のペースメーカ植え込みというのがこの時期うなぎ上りに増えていたんですが、これは全部の州で審査必須手術になって必要性が審査されました。

 PROがした2番目の仕事というのが、退院患者のカルテを抜き取り検査しまして、入院が不必要であった・不適切であったという場合に支払いを拒否するということをしています。初め、半数の患者で抜き取り検査をしています。そして、不適切な医療を繰り返す悪質な医師・病院はメディケアから排除してしまうという権限を与えらました。メディケア導入時にアメリカ医師会は「国が医療内容に介入するようになる」ということを危惧いたしましたが、その危惧が現実のものとなったわけです。

 外来手術を奨励したということを言いましたけれども、DRG/PPS、そしてPROが入りまして入院手術というものは絶対数として減少してまいりました。その反対に、外来手術というものがどんどんどんどん増えてまいります。こういった現象が出てまいりますと、今度は外来手術センターという外来手術だけを目的とする医療施設というものがつくられてまいります。PROの活動がきっかけとなって外来手術センターはいまだに増え続けているわけです。

 外来手術センターに資本が投下されますと、つくった施設は使わないと丸損ですから、外来手術の数はますます増えるということになります。PROの入院の事前審査というものは数年で終わっているんですが、PROが活動を停止しても外来手術は増え続けて、外来手術センターも増え続けました。医療に、一度、変な制度改革を導入すると、たとえ後になって「意味のないことをした」とその制度を止めてしまっても、もう後戻りができなくなってしまうわけです。おっちょこちょいな制度改革をしたことで、非可逆的な変化が残ってしまった好例と言えます。

 PROの力がどれだけ強かったということの例の1つとしてニューヨークの話を紹介します。ニューヨーク州では、独自の医療コスト抑制策(一日定額制)を採用していた関係で、全米の他の州でDRG/PPSが始まった後も、DRG/PPSは導入されませんでした。DRG/PPSは入りませんでしたが、PROの制度だけはニューヨークにも入れられました。一日定額制といういうこともあって、ニューヨークでは他の州に比べてメディケア患者の平均在院日数が13日強(全米平均が9日強)と長かったのですが、これがPROのターゲットとされました。PROが、長過ぎる入院は不適切な入院だったということで、支払いを拒否することを始めたのです。PROが次から次と支払いを拒否しますと、たった3カ月の間に入院日数が3割以上減ってしまったという、ものすごい力を発揮したわけです。ですから、在院日数を減らしたかっら、DRG/PPSを入れる必要はないんですね。入院が長い場合は支払いを拒否する、ただそういうルールを1本入れるだけで在院日数がここまで落ちるという例です。

 DRG/PPS、そしてPROが導入されまして、医療全体が入院から外来へ移行いたしました。入院の絶対数というものがどんと落ちて、その後も漸減を続けています。その代わり、外来の件数というものは増え続けてまいりました。

 ここでPROの功績をまとめますと、大義名分はメディケアの医療の質を守るということだったんですが、実際はコスト抑制機関として機能したわけです。医療の質なんか全然上がらないじゃないかという批判が高まりまして、実質的機能は停止しているんですけれども、外来手術の増加など、アメリカの医療に非可逆的な変化を与えました。また、このPROがやった事前・事後の審査というのが、実はマネジドケアの利用審査(医師が出す指示に対して保険会社がその必要性と適切性を審査をする)という制度の原型になったわけです。

 ここで、DRG/PPS導入が病院経営に与えた影響をまとめます。これがDRG/PPSが入ってからの平均在院日数の変化ですが、これはメディケアだけでなくて、アメリカ全体の数字ですから、それほど大きくは減っていません。DRG/PPSの導入でわずかに減ったものがまた増えてきて、90年代の初めからマネジドケアが入ってくると、ものすごい勢いでまた在院日数が減っていくということになっていきます。

 ベッドの占拠率の変化ですが、メディケアだけで入れたのに、DRG/PPSの前後で10%近くベッドの占拠率というものが落ちています。ベッドの占拠率が落ちますと、当然、競争が激しくなりまして、採算の取れない病院がどんどんどんどん姿を消していくということで、アメリカの病院の数は減り続けています。

 病床数ですが、病院が減りますからベッドの全体数も減ってまいります。ベッドの全体数が減っているのにベッドの占拠率も減り続けているわけで、病院経営が非常に厳しい状況に追い込まれてることがお分かりいただけると思います。

 DRG/PPSの制度としての特徴のもう1つは、コストの制御が非常に容易であるということです。米価と一緒で、毎年のインフレ補正率、全体のベースレートというものを操作することで、入院医療にかかる全体の医療費というものを簡単に操作できるわけです。インフレ補正というものを毎年するわけですが、初めは非常に病院に甘いベースレートで始まったために病院の入院医療は黒字になっています。ですけれども、すぐに著しく低いインフレ補正、経済の実勢と合わない厳しいインフレ補正をかけまして、病院の入院医療は赤字に転落いたします。最近は、経済の実勢と合った補正をしてもらえるようになりまして、やや持ち直してきています。

 ところが、97年に財政均衡法というのができまして、大幅なカットを受けて、病院の財政はまた苦しくなっています。それに対して議会がまた救済策を講じたというところが現状です。

 PROが一番さかんに活躍した87年に、2人の有識者が非常に予言的なことを述べておられます。『ニューヨークタイムズ』から取った発言ですが、ロバート・エバートというのはハーバード・コミュニティ・ヘルス・プランという非常に良心的なHMOを始めた人です。貧乏な人も安心して医療が受けられるようにということでつくったHMOを始めた人ですが、87年に、「医師が医療のすべてを決める時代は終わった。今後どのような変化が医療に起ころうとも医師が医療をコントロールする権限は縮小する一方である」ということをおっしゃっていますが、これはまさに90年代にマネジドケアというものが入ってきて、現実の事態になるわけです。

 さらに、ジョン・ウェンバーグというのは、先ほど、医療行為というものが地域別にどれだけばらつくかということをデータとして出した学者ですが、この人は次のように言っています。「医師たちが無駄な医療を繰り返し最善の医療を行うという責任を放棄し続ける限り、政府による医療介入はますます厳しくなる。やがて医師の臨床的判断よりも統計学的データや経済的配慮が優先する時代が到来する」。ウェンバーグさんのこの発言は今の日本にもあてはまるかと思います。例えば医療費の総額規制ということが言われて、医師の臨床的判断よりも統計学的データや経済的配慮が優先する事態が到来しそうな状況になってきています。アメリカは実際にウェンバーグさんの予言通りになりましたし、日本も何かだんだんそうなっていきそうです。ここで、特に強調しておきたいのですが、「医師たちが無駄な医療を繰り返し最善の医療を行うという責任を放棄し続ける限り」とウェンバーグさんは限定句をつけています。医師がきちんとその責任を果たすことが、一番重要だと言っているのです。

 ここまでのことをまとめますと、DRG/PPSが入りまして施行1年でメディケアの平均在院日数は9.6日 から7.4 日と4分の1減りました。この影響はやがて非高齢者の医療にも及んでいきます。ご老人が短い入院でできるのに、何で若い人が長く入院する必要があるかということになるわけですね。つぎに、PROの影響で入院数が減少します。これは、2年で7.5 %減少しています。在院日数が減って入院の絶対数が減れば、当然、相乗効果でベッドの占拠率は激減いたします。2年間で10%近く減っています。その結果、病院競争が激化してバタバタつぶれていった。回復期のケアも急性期病院からリハビリ病院や介護付き老人ホーム、在宅医療へと、その場所を変えていくようになります。

 病院がつぶれてきて何が起こったかといいますと、市場環境が売り手市場から買い手市場へと逆転いたしました。それまでは売り手側の言い値でサービスが売れたわけです。病院や医師の言い値でサービスが売れた時代が終わりまして、支払側に価格交渉力というものが出現してまいります。保険会社が病院の足下を見て医療価格の強力な値引をする。6割7割の値引は当たり前という時代がくるわけです。それがちょうどマネジドケアが登場した時代です。供給側への値引、医療内容への介入というものが、これがノーマルな形になってしまったということです。DRG/PPSの導入がお膳立ての環境を整えて、マネジドケアが入ってくるわけです。

 

3.マネジドケアの栄光と没落−日本への導入の動き

 マネジドケアが入ってきた背景というものをまとめます。第一は、上昇を続ける医療保険費負担に対する企業雇用主の不満です。車1台つくるのにもその7分の1は医療保険費、これでは日本の安い車に勝てるわけがないという不満が募るわけです。

 第二は、医師や病院に対する消費者の不信です。医師や病院は、出来高払いの制度を悪用して、本当は必要でもない医療を提供しているのではないか、適切ではない医療を提供しているのではないか、という消費者の不信です。ほかのだれかが消費者を守る役をやってくれないかという消費者の期待に答える形で、あたかも「悪辣な医師や病院から消費者を守る白馬の騎士」であるかのように、マネジドケアが登場するわけです。保険会社が医療サービスの内容に対する外部からのチェックということを行うんですが、この原型はPROでつくられました。

 3番目が、DRG/PPSが入った後に買い手市場の市場環境が形成され、保険会社が医師や病院に対して優位に立つようになったということです。

 さて、マネジドケアの定義ですが、医療サービスへのアクセスや医療サービスの内容を管理・制限し、限られた財源の下で、効率よい−−保険会社にとって「効率よい」という意味です−−医療サービスの提供を目指す医療保険制度です。医師や病院に、例えばキャピテーション(患者1人当たりに定額を支払う制度)というような形でファイナンシャル・リスクを負わせることを特色としています。

 消費者に代わって医療サービスの内容をチェックし、「適切な」医療サービスを提供するというのが建て前ですが、実態は、保険会社にとって「適切な」という意味であって、患者にとって「適切な」という意味ではありません。90年代末にマネジドケアに対する米国民の反感が高まりますが、それもこれも、コストを抑制するために、患者にとってではなく保険会社にとって「適切な」医療を展開したということが国民の怒りを買ったからです。

 マネジドケアの仕組みというものを、HMO、いちばんレギュレーション(規制)の厳しいマネジドケアを例に取って見てみます。HMOとは、Health Maintenance Organization の略ですが、保険会社は、まず、医師や病院のネットワークをつくります。契約して値引きをのんだ医師・病院とだけ契約を結びましてネットワークをつくります。患者は、このネットワークのなかでしか医療サービスを受けられなくなります。ネットワークの外に一度出てしまいますと、医療保険の適用が受けられず、全部自分で払わないといけないという制度です。HMOは、企業や雇用主を優先して契約を結びます。低価格の医療保険を設定して大口顧客を募るわけです。終身雇用制ではありませんから、例えば、大企業で働いている人というのは健康だということが前提ですので、健康な人を相手に低価格の医療保険を設定するということが可能になるわけです。企業や雇用主は雇用主負担分の保険料を支払います。患者の必要とかそういうことではなくて、企業と保険会社の間で結ばれた医療契約の内容がどういうものであるかによって受けられる医療が変わってきます。例えば、B型肝炎ウィルスのワクチン接種ですが、3回必要なのに保険会社は2回までしかカバーしないということが起こって問題になりました。何で、2回しかカバーしないというおかしなルールを保険会社が作ったかというと、実は、保険会社と企業とが契約するときに、肝炎予防接種は2回までしかカバーしないということを取り決めていたためということが後で分かりました。

 また、市場原理・競争原理で、自由に医療保険を選択するんだということを言いますが、アメリカでは消費者のレベルで自由な選択というものは行われていません。企業・雇用主がどこの保険会社と契約するかということで、被保険者・患者がどの医療保険に入るかということは決まってしまうので、消費者のレベルで競争の原理というものは全く働いていないわけです。

 84年の保険加入の数字で見てみますと、旧来型の損害賠償型の医療保険というものは85%で、マネジドケア型の医療保険は15%しかありません。15年たった98年で見ますと、損害賠償型の医療保険が15%、マネジドケア型の医療保険が85%と、15年の間に関係がすっかり逆転してしまいました。

 保険会社が医療コストをどのように抑制するかという手段を見てみますと、まず、先ほど申しましたけれども、競争が激しい足下を見て医療サービス価格の徹底した値引きを要求します。

 2番目に、サービスやアクセスの制限ということで、契約を結んだ主治医に対して、保険会社の門番(ゲートキーパー)となって、患者が勝手にあちこち受診したり、いろいろなサービスを受けることを制限する役を負わせます。また、利用審査ということを通じまして、主治医が下した治療の方針に対して、保険会社がイエス・ノーの決定を下します。ノーと言う場合も、保険適用を拒否するというだけであって、その医療の必要性を拒否するわけではないわけです。どうしても必要だと思うなら、保険会社以外のだれかがその費用を払ってください、というわけです。

 さらに、医療サービス供給側にファイナンシャル・リスクを負わせますので、人頭割、例えば1人当たり定額制ということで、自分の患者にたくさんコストがかかったら医者が赤字をかぶるという具合に、医師や病院に節約のインセンティブを与えます。

 保険会社のコスト抑制方法の中で一番問題なのが、“サクランボ摘み”という方法で、これは病気をしない人を優先して集める、という方法です。マネジドケアはRisk Adjustment (リスク補正)を科学的にやっているから素晴らしいという人がいますが、サクランボ摘みはRisk Adjustment ではなくて、Risk Avoidance(リスク回避)だと大きな非難を受ける状況になっているわけです。また、この“サクランボ摘み”という行為が無保険者が増えている最大の原因になっています。健康な人だけ集めて低価格の医療保険をつくったら病気がちの人が入る医療保険の価格が高くなるに決まっているからです。医療保険制度に市場原理を導入するとどういう恐ろしいことが起きるかというと、この“サクランボ摘み”というのがいちばん恐ろしいことになるわけです。

 患者に入院が必要になった場合に、医者が病名を告げて、保険会社からPre-authorization、事前の許可を得ます。その時、病名別必要入院日数のガイドラインがありまして、保険会社はこれに従って、許可入院日数を事前に告げます。例えば、心筋梗塞4日、冠動脈バイパス手術4日、肺炎2日、脳卒中1日、虫垂炎手術1日と、こういう数字でPre-authorization が与えられるわけです。この数字を越えて入院が必要になった場合は、保険会社と交渉し直さないといけないわけですね。そういった場合に交渉するのが、例えばMGHでは、ケースマネージャーという看護婦さんが保険会社と交渉するわけです。この患者さんは重くてとても退院できませんと。そこで改めてオーケーをもらうわけです。決してどんな患者も4日で追い出すという意味ではありません。ただ、だれかが保険会社と交渉して、初めの4日を乗り越えて入院する必要がある場合は、それを保険会社に認めさせないと、保険の適用を受けられないという制度になっています。ところで、保険会社はこういったガイドラインをどうやって作成するかというと、別にエビデンスに基づいて作っているわけでなくて、コンサルタント会社からガイドラインを買うわけです。ここに示しましたガイドラインは、ミリマン・ロバートソンというコンサルタント会社が作った物で、アメリカの保険会社で一番よく使われているガイドラインです。

○中川委員長 先生、脳卒中1日と書いてありますけど。

○李講師 1日たったらリハビリ病院へ行けということです。

○中川委員長 それを延ばす場合は、毎日交渉しなきゃいけないわけですか。

○李講師 原則的にはそうです。状況、状況によって変わると思いますけれどもね。例えば、交渉の結果三日の追加入院が認められたり、と。

 コスト・シフトという言葉がありますが、伝統的には公的医療保険のコスト割れを民間の医療保険に転嫁して余分に請求していたのをコスト・シフトと言うんですけれども、民間保険が強力な値引をしますようになりますので、このコスト・シフトというのができなくなっています。今、どこにコスト・シフトしているかというと、実は、家族や患者にしているわけですね。入院期間の短縮、在宅医療の増加。例えば、ガーゼ交換を自分でしろ、ドレーンの管理を自分でしろという形で、患者・家族の労力負担という形でコスト・シフトをしているわけです。こういったものはお金の統計の数字に現れません。ですからマネジドケアはすばらしいと、医療費のグラフを見て短絡的に考える人たちは、このコスト・シフトがどこに行っているかということを見ていないわけなんです。患者や家族の負担増というものがこういった数字に出ないところで増えているというのが恐ろしい現実なわけです。

 話がくだけますが、私の講演で、ジョークだけ覚えている人がいて困るんですけれども、バイアグラを巡る状況に、マネジドケア、保険会社の本音がよく現れているので、ちょっと例として挙げさせていただきます。

 日本は保険適応を認めませんでしたが、バイアグラのように、命にかかわりがない薬を保険会社としてはカバーしたくない。で、どうしたかといいますと、医師による特別の証明を要求して、さらに月当たりの処方錠剤数に上限を設けたわけです。ある保険会社は月当たりの上限が10錠で別の保険会社は上限が6錠と恣意的に決められるわけです。上限の根拠を聞かれても、だれも説明できません。

 バイアグラの次に出てくる機能増強薬は何か、ということを同僚と相談しまして、次に出てくる薬はきっと「ばかにつける薬」ではないかと。保険会社はばかにつける薬の保険適用を決めるときに、医師による「ばかである」という特別の証明を要求したり、月に何回試験があるのか知らないけれど、その処方錠剤数に上限が出たりするのかもしれません。けれども、ばかにつける薬というのはアルツハイマーの治療薬というのが真剣に研究されていますので、いずればかにつける薬もできるかもしれません。また、分子医学のほうで、特にマウスで非常におもしろい実験結果が出ていまして、本当にばかにつける薬が出てくる時代が来るかもしれません。

 アメリカでは、バイアグラは25、50、100mg の三剤型がありまして、だいたい50mg で効果が期待できるという事で、消費者は自己負担するときは100mg を購入して、歯で噛み砕いて50mg にするという形で節約しています。バイアグラで一番多い副作用は心臓ではなく、歯が欠けることではないか、と私は思っています。

 実は、バイアグラで歯が欠けるというのは冗談で済みませんで、カリフォルニア最大のHMOのカイザー社というのが、高血圧とか抗うつ薬とか7種類の薬剤で実際の必要量の倍の剤型を処方しまして、患者に半分に割って使うよう指導しています。保険会社が、バイアグラを歯で噛み砕くのと同じ方法で、薬剤支出を半額減らしたいという、けちなことを実際にしているわけなんです。これが2000年の12月に問題になりました。錠剤を砕くなど、量がばらついて安全性が損なわれると患者から訴えられてしまったわけですね。こういったことが実際に行われているわけです。

 マネジドケアでどれだけ厳しい状況にあるかということをマサチューセッツ州の病院経営の実態で数字でお示ししたいと思います。

 マネジドケアが90年代の前半から入ってくるんですが、マサチューセッツ州の病院の数は110 から88と93年から97年の4年間で2割減っています。人口1,000 人当たりの入院日数を見ましても、同じ4年間で3割ベッドの利用率が減っています。こういったなかで病院というものは経営努力をしないと生き残れないわけです。コストを減らす、人員を減らす、保険会社との交渉力を強化する、という目的のために病院を合併する、あるいは開業医を系列化するということが行われるようになりました。市場シェアを拡大して競争相手よりも強い状況に立ちたいということをするようになるわけです。

 ボストン周辺でも病院の系列化がどんどん進みまして、例えば、Massachusetts GeneralとBrigham and WomenというのがPartners社という会社をつくる。で、同じハーバード系列の病院で、抜け駆けされた形のBeth IsraelとNew England DeaconessがCare Groupという会社をつくる。カソリック系の病院が集まってカソリック系の会社をつくると。こういった企業がマサチューセッツでは上位三位の病院企業になっているわけです。こういった医療会社というのができるわけですが、これはすべてノンプロフィット、非営利の会社です。非営利の会社も、合併して大きくならないといけないと、営利と同じ経営方針を取らないと生き残れないからです。これを「バンパイア効果」と言います。吸血鬼が一度入ってきていろいろな人たちにかみつくと、みんな吸血鬼になるのといっしょで、みんなで良心的な経営を続けているところに悪質な業者(バンパイア)が入ってきてかみつきだすと、良心的な医療機関もそういった悪質な経営をまねないと生き残れないということになることをいいます。市場原理・競争原理のもう1つの弊害が、バンパイア効果になるわけです。

 Partners 社、うちの病院でも入院コストを一生懸命落としまして、4年の間に700 ドル近く、6分の1近くコストを減らしています。コストを減らすために何をしたか。その例の1つが「Operations Improvement、改善作戦」というものを病院を挙げて実施しました。96年から始めまして、1年当たり3,600 万ドルの節約効果を挙げています。具体的には、クリニカル・パスウェイを新たに60導入しています。在院日数も1年当たり0.25日減らしています。さらに、ただお金を減らすのではなくて、臨床の質もよくしたいということが目的に入っていまして、呼吸不全患者の院内感染率を低下させたり、あるいは胸部外科領域における疼痛の管理改善策。これは、実は、patient controled analgesic といいまして、患者さんにボタンを押してもらいますと点滴のなかを鎮痛剤が流れるというシステムを採用したんです。患者の満足度調査というものを入れまして、患者からのインプットを入れて、また経営の改善に役立てる。さらに患者の満足度が高いという数字が出ますと、これが保険会社との交渉に有利な材料として使えるようになるわけです。

 これが98年段階で出された経営の目標ですが、Partners社が系列化した開業医というのが、この時点で915 人いたわけですが、患者17万人でキャピテーション(1人当たり定額制)の契約を結んでいました。患者1人当たりの支払い額を示しますが、94年と98年の実額は165ドルから157ドルに減っています。98年に立てた2001年の予想見積額が135ドルで、これだけ減るだろうということを予想して、経営努力をしたわけです。

 ところが、このPartners 社で、キャピテーションでやった医療というものが赤字が続きました。そこで、去年の暮れに何が起こったかといいますと、タフツ社という保険会社を相手にしまして、お前のところのキャピテーションの保険は赤字だからもう要らない、患者が来なくても赤字になるよりはましだと、契約を切ったわけです。それに対しまして州の総検事というのが仲介に入りました。HMOというのは主治医を決めたりしないといけないので、患者は自分の主治医を変えないといけないとか甚大な迷惑がかかる。そんなことを言わずにもう1回話し合え、ということで再交渉をさせました。タフツ 社とPartnered社との間で再交渉が行われて、ようやく契約が結ばれたということが起こっています。

 これが、講演の初めに言及しました3冊のマネジドケアの礼讃本です。日本で1999年にこういう本が出ていたわけですが、つぎにお見せしますのが、同じ時期、1999年11月にアメリカ出た『Newsweek』の表紙です。「HMO HELL(HMO地獄)」という大見出しがつけられ、苦悶に喘ぐ患者さんのイメージの上に重ねられています。アメリカではHMO地獄と言われている時代に、マネジドケアは素晴らしいという本を日本で出すなど、全く何を寝ぼけた本を書いているんだろうというのが、私の正直な感想でした。

 さて、これから、マネジドケアは素晴らしいとされる方の主張を検証したいと思います。

 ここに、市場原理の下での医療の問題点というものをまとめました。

 第1は「弱者の排除」です。“サクランボ摘み”で有病者の保険加入が困難になり、その結果無保険者の増加という事態を招いたことは、お話ししました。

 2番目は「負担の逆進性」です。市場原理というのは、「Winner takes all(勝者が全てを得る)」という原理だからです。大口の契約を結んでいる人はディスカウントの価格を受けられる。ところが、個人で加入するとディスカウントが受けられない。大企業に就職できない有病者ほど保険料も増えれば、自己負担も増える。負担の逆進性ということが起こってまいります。

 3番目が「バンパイア効果」。良心的経営を続けていたら生き残れない。採算を度外視するようなことは絶対にできないわけです。ですから、悪質な業者と同じく、「質を犠牲にしてもコストを下げる」というような経営努力をしないと生き残れない。

 4番目「医療費が下がるという保証がない」。市場原理で医療費が下がるという保証がないわけです。売り手市場では逆に価格が上がる。この一番の例が、アメリカの薬剤価格です。アメリカの薬剤価格というのは自由経済の下で製薬会社の言い値で価格が設定されるわけです。ですから、アメリカの外来処方薬に関するコストは毎年20%近く上昇を続けています。市場原理・競争原理で医療費が下がるという保証は全くないわけです。売り手市場になるか買い手市場になるかで決まるからです。

 5番目は、何度も言いますけれども、HMOの手法からも明らかなように「アクセスや質が損なわれる危険がある」ということです。

 市場原理の失敗を実例で見ていきましょう。まず、ハーバード・ピルグリム社の倒産です。このHMOは、もともとは良心的なHMOとして、貧乏な人に安心して医療が受けてもらえるようにということでつくられた、ハーバード大学の医学部長がつくったHMOだったんです。これがバンパイア効果で、シェア獲得をしないと生き残れないということで、拡大戦略を展開して、あちこちの保険会社と合併しました。ところが、コンピューターのシステムも違うし、保険の契約の内容も会社毎に全然違うし、ということで、たくさんの会社を合併してマサチューセッツ最大のHMOになったけれども、経営が破綻するわけです。2000年の1月に事実上の倒産をしまして、州の管財下に入りました。その翌月に、マサチューセッツ州の医療保険部長が知事に対して、医療に市場原理を採用する政策は失敗したとする報告書を提出しています。94年に、共和党の知事の下で、病院と保険会社が自由に価格を交渉してよろしいという制度をつくったんですが、94年に採用した「市場原理にまかせる」制度が失敗したということを認めたのです。

 市場原理の失敗の次の例がメディケアHMOです。メディケアというのは、政府が税金で運営する高齢者用の医療保険ですが、これに民営化を導入しようということで、メディケアHMOが奨励されました。メディケアの運営を保険会社に丸投げする形で民活化をめざしたわけです。患者一人当たり平均コストの95%を支払うという条件で、民間HMOの参入をはかりました。つまり、政府は患者が一人HMOに加入する度に5%節約できるという計算だったわけです。

 ところが、HMOというのは、先ほどシステムを紹介いたしましたけれども、患者にとっては非常に面倒くさいシステムで、いちいち主治医の許可を得ないと病院一つ受診できないということで、HMOに入りたいと思う人は、健康な人が多いんです。別の言葉で言えば、HMOというのは構造そのものが“サクランボ摘み”を奨励する仕組みになっているんです。ということで、メディケアHMOに加入した患者というのは、結果として平均コストの95%も使わない患者ばっかり集まって、保険会社が一人勝ちしたわけです。病気がちの人はHMOに入りませんから、HMOに入らずに政府運営のメディケアに残った人のコストは逆にふえて、政府は大損してしまいました。

 で、どうしたかというと、政府はHMOへの支払の条件を厳しくしました。そうすると、今度は、採算割れということで、患者を置き去りにして、99年の数字では40万人を置き去りにして、HMOがあちこちの市場から撤退してしまいました。市場原理を導入したときの弊害の一つが、企業は患者の迷惑を考えずに行動する、ということです。市場から撤退しない場合も、処方薬をカバーするとかいろいろ約束していた付加サービスを、患者が加入した後で反故にするということがしょっちゅう行われたわけです。

 第三の例が薬剤マーケットの話です。米国では薬剤費支出というものが年約20%の勢いで増え続け、問題になっています。日本とは全然違う状況が出ています。その理由は3つありまして、1つは高齢者の増加。もう1つは、高価格新薬の登場。3番目が、消費者をターゲットとした広告戦略で、消費者をターゲットに処方薬の宣伝をするわけです。こういったいい薬が出たから主治医に処方してもらいましょうという宣伝するわけです。主治医がもしキャピテーションで契約していますと、価格の高い薬を処方すると自分が赤字をかぶることもあり得るわけです。患者の信頼を取るために赤字を覚悟するか、そういった患者に薬を拒否してほかの医者に取られることを覚悟するか、つらい選択を迫られたりするわけですね。何故、アメリカの薬が高いかというと、企業の言い値で値段をつけさせているからです。市場原理にまかせますから、需要が高い薬には大変高い値段がつけられるわけです。市場原理の結果、アメリカの国民は世界一高い薬剤価格を押しつけられているわけです。大口顧客には割引きしても、1人で加入している人には割引をしませんので、弱者ほど負担が重くなります。特に、高齢者、メディケアは外来処方薬を保険給付に入れていませんので、高齢者は定価で薬を買わないといけないわけです。ですから、食べ物を取るか薬を取るかという選択を迫られる高齢者がたくさん出てきています。で、どうしたか。例えば、バーモント州に住んでいる人はカナダまで国境を越えて薬を買いに行く。テキサスやカリフォルニアのメキシコの国境沿いに住んでいる人はメキシコまで薬を買い出しに行くとか、そういったことをしているわけです。

 メディケアは薬剤費給付をしていないということが、昨年の大統領選挙の争点になりました。大統領選は、フロリダを制した側が選挙に勝つという下馬評が初めからあったわけですが、フロリダの開票があそこまでもめた原因というのは、実は、このメディケアの薬剤費給付問題が原因になりました。

 フロリダというのは、引退したお金持ちのお年寄りが非常にたくさん暮らしています。引退したお金持ちでも、やっぱり薬のお金は負担なわけです。民主党のゴアさんは、全部それを税金でカバーしましょうということを公約しました。それに対して、共和党のブッシュさんは、貧乏な人にだけ補助しましょうという形で選挙戦を戦うわけです。全部カバーしてもらうほうが金持ちにとってもありがたいですから、本当は共和党が強いフロリダ州で民主党が健闘してしまった。そういったことで、開票をやり直すというような激戦が起こったわけです。メディケアは外来処方薬を保険給付に加えていないんですけれども、製薬会社は、このメディケアに薬剤給付を加えることに猛反対しています。というのも、価格規制につながることを恐れているからです。

 今、アメリカでは、保険会社ではなくて、実は、製薬会社がパブリックエネミーナンバーワンになっています。利益率が20%という巨利をむさぼっていまして、特に無保険者、高齢者に定価で売りつけて、弱い人を食い物にしている、と批判されているわけです。また、自由競争自由競争と言いながら、Genericの登場を妨げて、あの手この手で妨害して自由競争を妨げている問題については、連邦の通商委員会が調査をしたり、あちこちの州政府が訴訟を起こしたりしています。

 さらに、最近、非常に大きく叩かれたのが、エイズの薬剤の特許権にしがみついて、南アフリカの政府を特許権侵害で訴えた事件です。これが非常な悪評を買いまして、結果として訴訟を取り下げていますけれども、アフリカ、特にエイズの薬については特許権を放棄させるという形で製薬会社に対する社会の圧力が強まっています。

 製薬会社がパブリックエネミーナンバーワンになっているんですけれども、Lupronという前立腺癌の治療薬のスキャンダルの話が、非常に興味深いので、ご紹介いたします。TPAというのは、タケダとAbbotがつくった会社ですが、前立腺癌の治療薬である注射薬をつくりました。本来、外来で使う薬ですが、医師の特別の指導がいるということで、メディケアにその給付を認めさせることに成功します。この会社のHank Pietraszek社長がつくった経営戦略というのが、この薬を低価格で医師に販売して、メディケアの支払い額との差額が医師のふところに入るようにしようというものでした。どこかの国で使われているような戦略だったんですが、というのも、この社長というのは、昔、Abbot日本支社で重役をしていました。この人は、『Wall Street Journal』のインタビューで、はっきりと「日本の製薬会社の経営手法をまねたんだ」ということを白状しています。これをまねたかどうかは知りませんが、容姿を基準に若年女性500 人を雇い入れ、医師に対するセールス部隊を組織しています。けれども、これが違法な商法であると、国民の税金で運営している医療保険からこんな形で医者に副収入を与えるとはけしからんということで、摘発を受けました。8億ドル(9,000 億円)の罰金支払で合意したと言われていますが、この罰金の支払いは、Abbot社とタケダが4,500 億円ずつ払うのでしょうか。

 メイン州と製薬業界の争いというのは、メイン州で無保険者にディスカウントで薬を提供するプログラムを計画して、これを製薬業界が憲法違反と訴えたという事件です。この判決が5月に下りまして、メイン州が勝ちました。判決を下した判事が、「製薬会社はけしからんと、メイン州は貧乏な人にも薬が手にはいるように知恵を絞って偉い」という判決を出しています。ほかの州でもいろいろな訴訟が起こっていまして、実は、今、保険会社よりも製薬業界がアメリカでは悪役度を強めてきています。

 アレルギー薬をOver The Counterにするという面白い動きも出ています。保険会社が処方薬をOver The Counterにして、処方がなくても買えるようにしてほしいと、政府に申請したのです。そうすると、保険会社が給付をしなくて済むからです。抗アレルギー薬は年間売上が50億ドルと言われています。保険会社がそういうことを言い出すというのが、まず、初めてですが、この保険会社の申請が通ってしまいました。おまけに、製薬会社は、なかなか有効な反論が見いだせないでいます。自分の会社が売っている薬は安全性に問題があるからOver The Counter の薬にはできないとは、反論しにくいわけですね。

 次に、マネジドケア支持派の第二の主張「保険者機能の強化」ということを検証します。

 保険者機能の強化の最たるものは「利用審査」ですが、実は、これは医師と患者の間のインフォームド・コンセントという、医療でいちばん重要なルールを無視する制度であることが、一番大きな問題なわけです。1度も患者を診たことがない保険会社の人が電話の向こうで、医者と患者が相談して決めた治療について、それは保険給付は認められないということを言うわけですね。インフォームド・コンセントで医者が一生懸命患者に説明して、患者もいろいろな治療法のなかから医者と相談して決めたことについて、保険会社がそれをオーバーライドして電話の向こうで拒否する。こういったことが度重なって「HMO HELL」とか、国民の不満が募っていったわけです。ですから、もしも日本で保険者機能の強化ということで利用審査ということをするんだったら、電話の向こうでやらずに診察室の横でやりなさいと私は言いたいと思います。患者さんを目の前にして「うちの保険組合ではこの治療は認めません」ということをおやりなさいと。

 実際、利用審査に対する社会の反感が募ってきまして、United Health社というところは、利用審査をやめるということを決めました。これは「アメリカ医療の光と影」という本にも書きましたけれども、実際にやめて、調べてみたら逆にコストが下がったと。コンピューターシステムをつくってたくさん人を雇って利用審査をやっても、コストの節約効果はないし、患者や医師の不評を買うだけだということになったのです。事後のProfile Reviewということで、例えば、帝王切開の率が著しく高い産婦人科の医者、そういったものは後から説明を要求しようじゃないかということで、後から突出した医者や病院をとっちめる、事後のProfile Reviewで十分であるということで、事前の利用審査ということを原則としてやめるということを決めました。ほかの保険会社も追随するところが多く出ました。利用審査について、医者以外のだれかが医療サービスの内容を決定するという制度そのものについて、その節約効果が疑問視されるようになっているわけです。どういう形で保険者機能を強化しようとしているのか、日本で保険者機能の強化ということを主張する人たちが具体的に何をしたいのかなかなか見えてこないので、反論のしようもないのですけれども、アメリカ版だったらもうとうに破綻していますよ、ということです。

 さらに、マネジドケアの商売の仕方そのものについても、特に、集団訴訟という形で問題にされています。

 例えば、虫垂炎の患者が起こした訴訟を見てみましょう(この訴訟は、実は最高裁で患者が負けましたが)。患者は、腹痛・発熱で医師を受診しました。医師から80km離れた施設での8日後の超音波検査を指示されました。これがマネジドケアの手口で、遠い施設を指示したら患者は行かないかもしれない、8日待ったら治って検査を受けないかもしれないということで、こういった形の指示を出すわけです。患者は正直にこの指示を守って家で寝ている間に病状が重くなりまして。救急外来に行ったときは命が危ない状況で、緊急手術になったわけですが、後で、かんかんに怒りました。というのも、この指示を出した医師は、コストを減らしたらボーナスが出るという契約を保険会社と結んでいたからです。こういったことは国民に良質の医療を提供するという法の精神に反すると言って、最高裁まで訴訟を戦ったんですが、負けました。ERISAという法律がHMOの法律のバックボーンになっている法律なんですけれども、マネジドケアというのはコストを削減するためにこういったことをしなさいというのが法律の趣旨である、したがって保険会社の商法に違法性があったとは言えない、というのが最高裁の判決だったわけです。もしこういったマネジドケアの商法というものを国民が容認できないというのであれば、それは議会で法律を変えないといけないという判決を出したわけです。ですから、法律論的には訴訟には負けましたが、医療の質に国民が満足していない現状というものが実質的には認識されたわけです。

 最後に、マネジドケア支持派の第三の主張「EBMの活用」ということを検証いたします。最大の問題は、マネジドケアが言っている「EBM」というのは、本物のEBMとは正反対のことを言っていることです。本物のEBMというのはどういう概念かというと、利用し得る最善のEvidenceをいかに目の前の1人1人の患者に適用するかという医療の進め方なわけです。ですから、EBMは、ガイドラインに盲従するCook Book Medicineでもありませんし、コスト抑制を目的とするものでもありません。EBMを徹底すればコストが上がることだってあるんだということをちゃんとSackettさんというEBMの提唱者も言っているわけです。「Top Down式のCook Book、上から押しつけられたガイドラインをおそれる医師は、その味方がEBMの主張者たちだということがわかるだろう」ということをSackettさんが言っているのです。日本では、ガイドラインに従った医療をするのがEBMだということを厚生労働省の人が、大まじめな顔をして言っているわけですが、そういったものはEBMでも何でもないわけです。マネジドケアの人たちはEBMという言葉だけをハイジャックしてEBM、EBMと言うわけです。HMOは、EBMとは言っても、Best External Medicineをいちいち調べるということはしません。患者にコンサルタント会社からもらったガイドラインを押しつけているだけなんです。それがマネジドケアでやっているEBMというものなわけです。それに、こういったガイドライン、証拠があってつくられたガイドラインではありません。こういったことができるよということで、やればできるよというガイドラインであって、患者に最善の結果をもたらすというEvidenceに基づいてつくられたものではありません。

 こういったことが積み重なりまして、マネジドケアというものが90年代の後半、政治問題になります。これがクリントン大統領がつくったマネジドケアに関しての大統領の諮問委員会の名称です。Consumer Protection and Quality in the Health Care Industryに関する大統領諮問委員会ということで、医療の問題というものを消費者保護という観点でとらえていることが、この委員会の名称でも明らかなわけです。私、いつも言うんですけれども、これからは資本主義でも共産主義でもありません。これからはConsumer Movement、消費者運動がますます強くなっていく時代です。医療の場でもそれを忘れると非常に手痛いしっぺ返しを食らうことになると思います。

 医療が聖職だと思われている方はConsumerという言葉は嫌だと思うんですけれども、患者イコールConsumerということで、患者のほうはすでに消費者運動を始めているわけですから、医療のほうもそういう認識を持っていたほうがいいと私は思います。

 アメリカでは、患者権利法制定の動きがもうずうっと続いていまして、HMOを医療過誤で訴えることができるかどうかということが最大の争点になっています。去年、下院は民主党案を可決して、上院は共和党案を可決しましたが、HMOを医療過誤で訴えることができるかどうかが対立したまま暗礁に乗り上げています。今年は、6月に、上院で民主党案が可決されまして、HMOを訴えることができるようにしようじゃないかという動きがますます強まっています。(註:その後、下院で共和答案が可決され再び暗礁に乗り上げている)。

 また、ブッシュ大統領は保険業界の味方をしていまして、拒否権発動を示唆しているというのが現状です。

 いずれにしても、マネジドケアに対して法律による規制を行い、保険会社の横暴を押さえる必要性ということでは、だれもが一致しているわけです。

 

4.疾病管理(Disease Management)

 最後の話題は、疾病管理、Disease Managementということで、考え方と実態を少し紹介したいと思います。

 そもそも、このDisease Managementという言葉が出てきたのは93年のことです。ボストン・コンサルティング・グループというコンサルタント会社に、ファイザー社が、これから製薬業界が生き残るにはどうしたらいいのかということを尋ねました。それに対してボストン・コンサルティング・グループが出した答というのが、このDisease Managementというものだったわけです。そもそも製薬会社が発端で始まっています。

 簡単に言いますと、ターゲットとする疾患を特定しその疾患の自然経過に合わせた総合的管理を行うというのがDisease Managementの考え方で、対立する概念をComponent Management、要素管理と言います。

 要素管理というのは、入院医療費とか外来医療費とか薬剤費とか、医療の要素別に医療費をコントロールする考え方です。例えばDRG/PPSの場合は、入院医療費という医療の要素を抑えようとして取り入れられました。DRG/PPSを入れて入院医療費を抑制しようとして何が起こったかといいますと、外来医療費がその分増えたわけです。また、回復期の医療が急性期病院からほかの場所に移り、リハビリ病院とか在宅医療とかに移ったせいで、入院医療費を減らしても外来や在宅など医療費のほかの要素の部分が増えてしまいました。風船を1カ所つまんでもほかの部分がふくらむということで、要素管理はとても全体のコストを抑える効果を発揮しないということが疾病管理(disease management)の考え方の前提にあるわけです。外来医療費、入院医療費、薬剤費など、要素、要素を管理してコストを下げようという要素管理は全体としては効率が悪いという考えです。

 要素管理の失敗として有名なもう一つの例が、ニューハンプシャー州のメディケイドで抗うつ薬の薬剤費を抑制しようとした試みです。抗うつ剤の外来処方日数に制限を設けましたところ、うつ病の入院が増え、入院医療費が増えてしまいました。要素管理の失敗ということはしょっちゅう起こっているわけです。

 Disease Managementではどうしますかといいますと、例えば喘息という疾患をターゲットにしまして、喘息の自然経過というものを考えて、自然経過に合わせた総合的管理をします。そのために、予防を重視したり、臨床ガイドラインを活用したり、患者教育を重視して患者のComplianceを高めたりします。それからケアの継続性ということを重視します。1人のケースマネージャーがずっと患者についてケアの継続性ということを目指すわけです。ふだん家庭医に診てもらっていても、救急外来の医師、入院中の医師が変わったりするとケアの継続性というものが、それだけで崩れてくるわけです。このDisease Management ですが、あっという間に普及しまして、1997年の段階でHMOにおけるDisease Managementの普及度を疾病別に見てみますと、気管支喘息ではもう既に半分以上が4年前の段階でDisease Managementの手法を取り入れています。糖尿病、うっ血性心不全、乳癌のDisease Management も盛んに行われるようになっています。

 これは『New England Journal 』に載っていた広告です。「Doing better all the time、Life Chart.com」と書いてあるだけです。もしや、と思って、ホームページにアクセスしてみますと、ずばり、糖尿病と喘息のDisease Managementの会社でした。この会社の売りは、例えば喘息のピーク・フロー・メーターの数字を患者さんにコンピューターでインプットしてもらう。そうしてオンラインで全部モニターする。患者さんの血糖の値をインプットしてもらい、それもオンラインでモニターする。そうすると、下手な病院と変わらないケアが家で受けられるわけです。それで、毎日毎日ケースマネージャーが数字を見て、数字が悪くなれば患者に電話をします。状態が悪くなっているのは何故か、何か誘因があったのか、患者の状況はどうなのか、ということを聞くわけです。もし、医師の受診が必要だったら医師の受診を指示します。このように、Disease Managementということを専門にしている会社が次々に出てきているわけです。

 現在のアメリカ版のDisease Managementの問題点をここに挙げました。営利企業ですから、コスト節減というのを過大視していることが第一の問題です。そのために、1年間で節約効果がを出るような疾患に人気が集中します。すぐに結果を出したいということで、喘息が非常に人気が高いわけです。即席の財政的効果が期待できる疾患に努力が集中しているわけです。換言しますと、早期の効果が期待できない疾患、低リスクの患者での二次予防、三次予防というのが軽視されます。すぐに財政効果、節約効果が出てこない、何十年も待たないと節約効果が出てこないような疾患はやりたがらない。保険会社にしても、20年後に結果が出るような努力をしても、20年後には患者はほかの保険会社に移っているに決まっている、何でほかの保険会社が儲かるようなことをうちの会社がコストを使ってやらないといけないんだということで、なかなかやりたがらないわけです。

 プライマリ・ケアとの整合性にも問題が生じてきます。疾病管理会社が特定疾患の専門店になってしまっていまして、患者の主治医と別のところでDisease Managementをやる可能性があるということで、これも問題になっています。

 3番目の問題というのは、Disease Management はそもそも製薬会社が始めたことなのですが、製薬会社の利害と密接に結びついているということが問題になっています。例えば、インスリンの開発で有名なイーライ・リリー、糖尿病の伝統があるわけですが、糖尿病のDisease Managementの会社を持っています。また、シェリング・プラウは、クラリチンというアレルギー薬のベストセラーを持っていますが、アレルギーのDisease Managementの会社を作っています。Disease Managementの会社に製薬会社が進出するうまみの1つは、患者の情報がダイレクトに入手できる、ということにあります。さらに、医師が処方しないと薬というのは売り上げが出ないわけですが、処方のコントロールについて、医師でなくてDisease Managementの会社が主導権を握ることができるということで、製薬会社にとって非常に魅力のあるプログラムなわけです。

 アメリカ版のDisease Managementというものはこういった問題がありますが、日本の地域医療にこれを取り入れれば非常にいいのではないかと思っています。今の日本では、せっかく、保健所などが成人病健診で、糖尿病とか高血圧とかスクリーニングしていても、その後のマネージメントがおざなりになっているように思います。地域医療のなかでDisease Managementの考えを入れてこれを活用するのは、私は非常にいいのではないかと思っているんですけれども。「保険者機能の強化」よりも「保健所機能の強化」の方がよほど患者には御利益があると思っています。

 話をまとめに入りますが、煎じ詰めると、医療のAccountabilityということが問われているわけです。医療に対する社会の不信というのは、日本もアメリカも共通するものがあります。一つは、サービスの量に対する不信です。出来高払いの制度を悪用して医師や病院は本当は必要でもないサービスを過剰供給しているのではないかという根強い不信があるわけです。次は、サービスの質に対する不信。医師や病院は患者のために最善の医療サービスを提供しているのか。本当に最善の医療をしてもらっているのかということに対する根強い不信があるわけです。こういった二つの不信に対して、医療の側が誠実に答える努力を怠った場合に何が起こるかというと、アメリカで起こったようなことが日本でも起こる可能性があるのです。マネジドケアのように、医者でないだれかが医療の内容を決定するようなことが制度化される。そういったことが起こる可能性があるということです。

 医療のAccountabilityというのは、結局は、診察室あるいは病室での日々の繰り返しというものがいちばん物を言うわけで、医師としての専門家としての規範、スタンダードというものが非常に重要になってくると私は思っております。ですから、目の前の患者に不審に思われていたり、目の前の患者の家族が不満気な顔をしているような状況が続くようだと、医療全体の不信というのはなかなか解消できないのではないかと思います。

 それから、医療費抑制のためのモデルは、マネジドケア、DRG/PPSには限りません。何故、日本で、マネジドケアとかDRG/PPSばかりが話題になるのか、私には理解できません。例えば、Oregon Health Planというものがありますが、疾患の重要性、治療の重要性というものをランク付けして、重要性の高い医療については保険でお金を払いましょう、重要性の著しく低いものは保険という貴重な財源は使いません、という制度になっています。

 また、Medical Saving Accountというのは、医療版401Kと言うべきものですけれども、給料から天引きして医療費用に貯蓄するわけです。その分、税の控除が受けられるわけですが、例えば、3,000 ドルまで年間ここに貯める。医療費は3,000 ドルまでは自分で貯めたなかから払う。3,000 ドルを超えるような重い病気になったときには、医療保険がそのとき初めて発動する、という制度で、これは原則としてはハイ・ディテクタブル、自己負担の上限を高いところに設定した医療保険です。一般に、患者の側からの医療の過剰使用ということを抑えるという意味では、ハイ・ディタクタブルというのは非常に有用な方法であると思います。

 最後になりますが、George AnnasさんというBoston University の教授から伺った言葉を紹介します。本のなかにも書きましたが、「日本でマネジドケアがいいと言う人がいるんですよ、困ったものです」と私が話しましたら、「えっ」と絶句されまして、「何でアメリカの医療の最悪の部分を日本に取り入れようとするのか」と、アナス教授はおっしゃいました。「市場原理やマネジドケアが医療のグローバル・スタンダードだと言う人が日本にいるんですよ」と私が言いましたら、「医療のグローバル・スタンダードは市場原理でもないしマネジドケアでもありません。TransparencyとAccountabilityなのです。透明性と説明責任というのが医療のグローバル・スタンダードなんです」と喝破されました。非常に明解に医療のあるべき姿を語っている言葉だったので、本にも紹介させていただきましたが、きょうも講演の最後に使わせていただきました。

 ご清聴ありがとうございました。