日医ニュース 第870号(平成9年12月5日)

朝日新聞の曲解記事に対し、

糸氏副会長の反論掲載さる


 朝日新聞は、8月31日付朝刊の「改革はだれのために・医療保険」、9月29日付夕刊の「ウォッチ論潮・進む医療不信」において、過誤請求に基づく返戻分、担当規則等の解釈の相違に基づく査定分などをも不正請求と決めつける、曲解と憶測に満ちた記事を掲載した。これに対し、日医は、前者については抗議文を送り、交渉した結果、朝日新聞朝刊「論壇」欄で、1)医療保険改革に対する日医の見解、2)「不正請求3割」は、まったく根拠のない曲解と誤認のもとにねつ造された情報であることなどを明示することで合意に達した。次に掲げるのは、この合意によって11月4日付朝日新聞に掲載された糸氏副会長の主張である。なお、4面には同様の趣旨に基づいた社会保険旬報(11月1日号)の論文を掲載した(ホームページでは掲載しておりません)。


朝日新聞「論壇」

 

「医療保険の改革と不正請求」

 

 少子高齢社会の出現と、医療の技術革新によって国民医療費は年5%以上のペースで増加している。現行の医療制度はこのままでは財政面で崩壊することは必至であり、国をあげての医療保険改革論議が行われている。8月には厚生省案と与党協議会案が相次いで出された。日本医師会はこれに先立って、1996年秋と97年7月の2度にわたって医療構造改革構想を公表した。

 その中で日医は、国の政策として医療、保健、福祉などへの健康投資こそ何にもまして優先されるべきものと主張、その政策実現と医療財源確保のために1)情報公開と医療提供体制の再構築2)薬価差依存体質からの脱却3)定額支払い方式の有効活用方法4)積み立て型高齢者保険制度の新設などを具体的に提案してきた。

 しかし、一方で国の財政は容易ならざる事態に直面している。

 さる6月、財政構造改革会議は、国の社会保障費について毎年5千億円を上回る大幅削減(うち医療費で4,200億円)を提言した。この通りに削減した場合、国民医療費全体では、来年から3年間にわたり、毎年1兆6千億円以上節減することになる。国民皆保険の堅持と良質な医療を約束している政府与党が、どのような方法でこのばくだいな医療費削減を実施するのか、いまだに明らかにされていないが、いずれにしても国民の同意と理解なしには、実現しないことは明らかである。

 今までにも様々な医療保険改革が行われてきたが、国民への情報開示や説明は必ずしも十分なものではなかった。現実には多くの場合、医療現場での患者さんと医師との対話によって、その改革に対する理解が深められてきたといってよい。

 例えば、9月の改正健保法の実施にあたって、患者の自己負担とは別に薬代についても一部負担を求める二重負担の問題が発生している。この問題では、患者さんの理解と納得はなかなか得難く、薬剤費の負担増は医療機関や医師の収入増のためと受け取っている患者さんが多かった。そのとき、医療現場で理解を得る支えとなったのは、医師と患者さんとを結ぶ信頼関係であった。

 ところが最近、心ない医師による保険の不正請求の事実が報道されている。不正請求は医師を信頼している多くの国民に対する背信行為であり、同時に地域の医療に真しに取り組んでいる大多数の医師たちの名誉を傷つけるものである。不正請求行為に対しては金額の多少を問わず、一罰百戒で臨み、社会的制裁が加えられるのも当然であろう。

 しかし、一方で最近の不正請求に関する報道の中には国民の誤解を招くようなものも見受けられる。

 保険診療においては「不正」ではないが「不当」だとされる医療がある。医療現場では厚生省の定めた2千ページに及ぶ膨大な療養担当規則があり、医師たちはこの規則に厳しく制約されている。しかし、病態の急変した場合、やむなく投薬や注射や検査を増やすこともある。また、患者さんが会社退職による保険証の変更を医師に届けずに診療を受け続ける場合や、保険証の転記ミスなどの事務的な誤りも発生する。これらはすべて社会保険診療報酬支払基金などの審査で「不当項目」として扱われ、「不正」とは明確に区別して処理されている。にもかかわらず、現実には誤解に基づいて不当と不正とが混同されがちだ。

 最近の報道の中で日医として遺憾に思うのは、一部の総合雑誌や新聞で伝えられた「不正請求9兆円」や「過剰請求9兆円」の記事である。これは中部地方の一指導医療官の推測を根拠にしているが、9兆円と言えば、わが国の年間老人医療費の総額に相当する巨費である。これが医師によって「不正」あるいは「過剰」に請求されているというのは想像もできない。厚生省にも確認したが、この数字を裏付ける客観的なデータはなかった。

 日医としては、たとえ一部の行為とはいえ不正請求が後を絶たず、世論の指弾を浴びている事実は厳粛に受け止めている。不正請求はこの先、医療保険改革の困難な事業に取り組む上でも大きな障害となる。それだけに厳しく自戒するとともに、報道する側には改革に必要な国民と医師との信頼関係醸成を促進するような建設的報道を望みたい。

糸氏英吉・日本医師会副会長=投稿)


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