日医ニュース 第882号(平成10年6月5日)

脳循環代謝改善薬の承認取消

日医、薬事行政の抜本的改革を要望


 中央薬事審議会常任部会が5月19日に開かれ、脳循環代謝改善薬イデベノン、塩酸インデロキサジン、塩酸ビフェメランおよびプロペントフィリンの4成分14品目の再評価を審議し、その結果、「有効性なし」との答申を行った。

 これに先立って開催された中薬審医薬品再審査・再評価特別部会において、すでに標記薬剤の効能、効果がないとされており、この時点で、日医は速やかに、菅谷常任理事名による文書をもって都道府県医師会長に報告を行った。

 また、19日の常任部会での答申に対して、坪井会長は、厚生省を厳しく批判し、「安全で有効な医薬品の供給に向けて新薬審査から承認後の再評価に至る現体制の抜本的な改革を望む」ことを内容とした要望書を小泉厚相に提出した。

 なお、保険上の取り扱いについては、次のようになる。

1)5月25日、薬価基準から削除され、その後の保険給付ができなくなる。ただし、5月分の診療報酬請求は、従来どおりできる。

2)在庫については、各メーカー等が責任を持って回収する。

3)これまでの請求に対して、医療機関へ保険者等からの返還請求はない一部負担についても患者さんに返還する義務も生じない。

 


要望書

 中央薬事審議会は、本日開催の常任部会において脳循環代謝改善薬イデベノン、塩酸インデロキサジン、塩酸ビフェメラン及びプロペントフィリンの4成分の品目は、再評価の結果、現時点では有効性が認められず、承認取り消しが必要との結論を答申した。

 今回の答申が医療現場に与えた衝撃は極めて強く、特に医師と患者の信頼関係は大きく損なわれる結果となった。専門家で構成する中央薬事審議会が有効性ありと認めれば、全国の医師はその決定に従わざるを得ない。即ち、我々医療機関は一方的な受け身の立場に置かれている。

 言うまでもなく、医薬品の製造・販売承認は薬事法による厚生大臣の専権事項である。厚生省は、今回の事態を深く反省し、安全で有効な医薬品の供給に向けて新薬審査から承認後の再評価に至る現体制の抜本的な改革を行い、医師と患者から真に信頼される薬事行政を目指して万全を期されるよう強く要望する。

   平成10年5月19日

日本医師会会長  

坪 井 栄 孝

厚 生 大 臣

  小 泉 純一郎 殿

 


脳循環代謝改善薬イデベノン等の再評価について(平成10年5月19日厚生省医薬安全局)

 

1 再評価の経緯

(1)医薬品については、承認された後の医学・薬学の進歩、医療水準の向上といった状況の変化を踏まえ、必要に応じ、医療上の有用性を評価し直すために、薬事法に基づき再評価を行うこととしている。

(2)イデベノン(販売名:アバン)、塩酸インデロキサジン(販売名:エレン)、塩酸ビフェメラン(販売名:セレポート、アルナート)、プロペントフィリン(販売名:ヘキストール等)及びニセルゴリン(販売名:サアミオン等)は、いずれも、ホパンテン酸カルシウム(販売名:ホパテ)を対照薬とした二重盲検比較臨床試験により有効性が認められ、昭和61年から昭和63年までの間に「脳梗塞後遺症、脳出血後遺症、脳動脈硬化症に伴う意欲低下、情緒障害の改善」などの効能・効果で承認された。

(3)脳循環代謝改善薬の再評価については、平成5年7月に、中央薬事審議会の了承を得て、2段階方式により、まず、「脳動脈硬化症」の適応を見直し、次に、「脳梗塞後遺症、脳出血後遺症」の適応を見直すこととされた。

1)第一段階として、平成5年11月に、「脳動脈硬化症」の適応を有するものについて再評価指定し、平成8年3月に、その適応を有するすべての成分についてその削除を決定した。
2)その直後の同年4月に、第2段階として、医療上繁用されており、かつ、ホパテを比較対照薬とした臨床試験により承認された上述の5成分を含有する製剤について「脳梗塞後遺症、脳出血後遺症」の適応に対し臨床試験成績に関する資料の提出を求める再評価指定が行われた。

(4)上述の5成分の再評価については、本年4月21日に中央薬事審議会に諮問した。医薬品再審査再評価第2調査会は4回にわたる審議を行い、ニセルゴリンを除く4成分について検討を終え、これを受け、5月15日開催の医薬品再審査・再評価特別部会及び5月19日開催の常任部会の審議を経て、本日これら4成分の再評価につき中央薬事審議会より答申があった。

 

2 中央薬事審議会における審議結果

(1) 常任部会での審議結果

 イデベノン、塩酸インデロキサジン、塩酸ビフェメラン及びプロペントフィリンの4成分については、いずれも提出された資料からは、これら薬剤の現時点における医療上の有用性を確認することができない。

(2) 今回の比較臨床試験成績の評価

 4成分の今回の臨床試験成績では、脳梗塞、脳出血による後遺症(意欲・自発性の低下、抑うつ気分等の情緒障害)に対して試験薬群では全般改善度として20%台半ばから30%台半ばの改善が見られたものの、プラセボ(偽薬)群の改善率との間には統計的に有意な差はなかった。

 薬理効果を厳密に比較評価するためには、併用療法など薬理効果に影響を及ぼす要因を厳密に規定し、均一な内容で比較試験を行うとともに、治験担当者の評価のばらつきをできる限り避けるため、1施設当たり相当数の被験者数の確保と迅速な試験実施が必要である。

 今回の臨床試験では、さまざまな日常の治療に実薬又はプラセボをそれぞれ上乗せした二重盲検比較試験が実施され、また、1施設当たりの被験者数が少なく、試験実施期間が長いなど、薬理効果を厳密に比較評価する上では十分とはいえない面があるが、医療上の有用性の有無について確認することは可能と判断した。

(3) 今回の成績と承認時の成績との比較検討

 今回の再評価に係る4成分は、承認時において薬理効果及び医療上の有用性が認められた。それは、現在の審査で用いられている解析方法によっても検証できる。

 今回の臨床試験をもって、これらの薬剤の薬理効果は否定されるものではないが、医療環境が次のように改善してきたことから、これらの薬剤の医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられる。

1)脳梗塞等において、CT、MRIの普及等による早期診断、外科療法の進歩、救命救急体制の整備等による早期治療が可能となり、治療効果が全般的に改善。
2)抗血小板薬、血管拡張薬の併用等の基礎治療の充実。
3)リハビリテーションの内容の向上や介護、看護等の療養環境の改善。
 したがって、今回の臨床試験成績には、このような医療環境の改善等の影響があったと推測される。
 なお、これらの薬剤の中には別の適応や用法・用量等を設定し、海外で臨床試験が行われているものもあり、また、今回の臨床試験の分析結果も参考として、適応や用法・用量等を変えることにより医療上の有用性が示される可能性は残されている。ただし、そのためには、新たな臨床試験をもって立証する必要がある。
4)結論
 今回の臨床試験をもって、これらの薬剤の薬理効果は否定されるものではないが、現在の医療環境の中で、これらの薬剤の慢性期の脳血管障害時の治療における医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられ、現時点における医療上の有用性は確認できなかった。

 

3 今後の予定

(1)本日、これら4成分の再評価について有用性が確認されないとの答申を受けたことから、速やかに、承認整理等の薬事法上の措置等を講ずることとなる。

(2)調査報告書については、答申後できる限り速やかに公表することとする。

 

4 その他

 ニセルゴリンを含有する製剤については、申請者から有効性ありとする臨床試験成績資料が提出されており、今後、引き続き迅速に審議を進めることとしている。

 


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