日医ニュース 第903号(平成11年4月20日)

第100回日本医師会定例代議員会
会長所信表明



 本日は、第100回日医定例代議員回にご出席をいただきありがとうございます。
 本日の定例代議員会は,あらかじめお知らせ申し上げておりますように,平成11年度日医事業計画並びにそれに伴う予算案など,第一号議案から第五号議案まで5つの議案を上程しております.
 また,第六号議案として,先般,日医診療情報提供に関するガイドライン検討委員会(プロジェクト委員会)から最終報告をいただきました「診療情報提供に関する指針」につきまして代議員会のご審議をいただくため上程いたしております.詳細な提案理由については後刻ご説明申し上げますが,第一号議案から第六号議案まで,いずれも会務執行上重要な議案でございますので,慎重ご審議のうえ,ご承認賜りますようお願い申し上げます.
 さて,今回は昭和22年8月30日の第一回の代議員会から数えて100回目という大きな節目の代議員会でございます.今日に至るまでの間,あまたの先哲の数々のご苦労とご研鑽の積み重ねによって,今日の日医があることを思うとき,先輩諸先生方のご見識に深く敬意を表し,心から感謝申し上げたいと思います.
 先般,実施されました脳死体からの臓器移植につきましては,移植を受けた患者も順調な回復状況にあることは医療提供の立場にある者としてはなはだうれしいことであり,かつ,脳死を人の死という考え方を公にした日医の立場からすれば,脳死体からの移植医療の実施はまさに新しい医療の始まりであり,この医療が真に人々の喜びとなっていくことを願って,支持していきたいと思います.
 移植医療は,臓器を提供してくださった患者さんの大きく深い人類愛に基づくものであり,その崇高な考えに心から敬意を表し,感謝申し上げなければならないと思っております.
 また,異常に過熱した報道騒ぎのなかにあっても,冷静に故人の意思を貫き,移植を現出してくださったご家族の見識があったからこそのことであり,その心情を推測申し上げるとともに,移植医療に対するご理解に深く感謝申し上げる次第です.
 その反面,大学病院における患者取り違え事件や,その後続発している数々の医療事故報道は,国民の医療に対する不信感を生じさせ,真摯に医学・医療の進歩のために日夜研鑽を続けている医師たちの努力を逆なでするような事実はまことに遺憾の極みであり,ひとり医師会会員にとどまらず,すべて医師がかかる事態が発生しないよう,医師としての確固たる職業倫理観をもって医療の提供に携わることを再確認し,医療に対する不信を払拭すべく努力すべきであると考えます.
 本日,第六号議案として提出してあります案件も,このような事態の発生に対する日医の強い意志であることをご認識いただき,ご賛同を賜りたいと考える次第です.
 現執行部は,先に公表いたしました医療構造改革構想を日医の医療政策決定の基盤において,現実的な対応はもちろん,未来医師会のビジョンを含めた構想によって,わが国の医療のあるべき姿を模索しつつ諸政策を進めておりますが,本日,代議員諸先生と一堂に会する機会に会長としての所信の一端を述べ,ご批判を仰ぎたいと考えます.

国際的社会背景の変化と医療構造改革構想

 ヨーロッパにおけるEU諸国の合併によるユーロの出現やアメリカ経済の未曾有の好調とアジア諸国の経済の低迷といった複雑な要因が絡み合って,政治,経済,思想が地球規模での変革を余儀なくさせられているなかで,わが国も例外ではなく,国家の命運をかけての改革の必要性が叫ばれているのが現況であります.特に少子高齢社会という社会背景の急激な変貌を背負った社会保障制度の充実は,憲法で保障されている明るく健康な日常生活の確保のためにも,かつ,安心して老後を迎える準備をするためにも,国民が等しく希求してやまない重要なる課題であります.
 特に,適切な医療体制を確保することは,日常瞬時もゆるがせにできないものであり,戦後54年を経て生じた制度の歪みを抜本的に改革しておかなければならない状況にあることは当然の認識であります.
 先の内閣における与党協議会の提案した「21世紀の国民医療一良質な医療と皆保険制度確保への指針一」においても,医療制度全般についての抜本改革の必要性を述べ,その実現に向け努力することを国民の前に約束したにもかかわらず,今日までの政策論議は,薬価の参照価格制度の導入のみにとどまり,抜本改革の気運はどこにもみられないはなはだ憂うる状況が続きました.日医はこの状況に危機感をもち,論議を当初の正道に戻すべく,主張を続けてきましたが,理由はまさにこの国民的希求の実現にあると自負しております.

薬価制度の改革

 特に平成9年9月に行われました健康保険法の改正におきましては,薬剤の患者一部負担の二重徴収という国民負担の増額をもって組合健保および政管健保の赤字補填対策を行い,特に高齢者の受療行動に甚大な抑制を引き起こし,疾病の重症化,慢性化の原因をつくったのであります.このことは,法改正の論議が始まった当初に強く警告したところでありますが,財源の枯渇を理由に押し切ったのであります.
 今回,老人薬剤の一部負担については,国庫から1,270億円の支出をすることで一応の決着をしたごとくみえますが,老人医療以外の一部負担金の二重負担については,いまだ未解決でございます.
 これの解決のためには,医療制度全体を抜本的に改革することが必要であり,政府与党との合意を形成して可及的速やかに抜本改正の論議を進める必要があり,そのために具体的な日程等につき日医から呼びかけておりました.
 しかるに,医療保険福祉審議会は,いたずらに日本型参照価格制の導入のみの審議に明け暮れ,医療体制の抜本改革に対する意欲がみられないまま「薬剤給付のあり方について」審議会答申を厚生大臣に提出し,厚生省は,その立法化のために自民党医療基本問題調査会並びに社会部会に提出し,国会での法制化を図ったのであります.
 すでに諸外国で制度を導入し,失敗している参照価格制度を,専門的立場からの日医の提案を理解しようともせず,法案化を強行に押し通そうとする行政の国家権力に対して,国民皆保険制度を崩壊させ,国民負担の急増をもたらすこの制度の導入に対して,各都道府県医師会の強烈なご支援のもとで参照価格制度の導入を阻止し,日医の政策案を十分に折り込んだ新しい薬価制度の実現を目指して,現在,論議を闘わせているところです.
 薬価制度改革についての日医案の骨子は,すでに代議員諸先生方のご存知のところと思いますが,その底流にありますことは,物と技術の分離を基調とした薬価制度,すなわち,薬価の決定の透明化を図る意味で第三者機関によって行い,医師の技術を十分に評価する診療報酬体系の確立を前提として,医業経営の薬価差依存体質からの脱却を実現するというものであります.
 現在行われている論議のなかで,さらに細部にわたって整備されることが必要ですが,あくまでも実際に診療の現場にいる患者と医師に納得できる制度をつくることが根本理念と考えておりますので,引き続き地域医療の場からご助言,ご指導を切にお願いいたします.

診療報酬体系の改革

薬価制度の改革は,そのまま診療報酬体系に影響してまいります.また,診療報酬体系を変えなければ,適切な薬価制度は実現しないとも考えられます.
 診療報酬体系の最大の課題は,財源の確保であります.本来,財源調達は行政の責任であり,日医の関与すべきことではないとされてきましたが,昨今のごとき財政状況から,従来どおりの財源配分手法をとられていたのでは,医療費全体が矮小化し,医療の拡大再生産はまったく望めなくなります.
 特に,わが国の医学・医術の国際水準との対比では,低医療費政策による抑圧によって医療技術水準の低下をもたらし,はなはだ危惧されるべき状況にあります.
 これを是正するために,わが国の医療が国際水準の確保に必要な医療費を試算し,適正な財源措置をとるべく政府に提言すべきであります.
 ちなみに,日医総研の試算による現状の医療水準での医療費の試算額は,40兆3千億円でありますから,現状の30兆1,000億】円と比較して大きな開きがあることは明らかです.
 疲弊した日本経済の現状認識からはかけ離れた論議と批判される向きもありますが,医療がGDPの底支えをする強力な投資策であるということと,国民の老後生活の不安を払拭するためにも,国民一人一人の健康を確保するための健康投資に力を尽くすことが,国策として重要であることを医療政策の専門集団として提言していくべきであると考えますので敢えて取り上げたのでありますが,この財源を捻出するためにも,現在の医療制度全般について具体的な検証を行い,改革が必要であると考えられた部門には抜本的な改革を行うべきであると強く確信しているからであります.
 日医が提案している医療構造改革構想は,そのような理念に基づき,意識構造改革,制度構造改革,コスト構造改革,情報構造改革の四本の柱を具体化していこうとするものであることはご存知のとおりですが,その具体的政策案として,先般,新しい診療報酬体系案を公表いたしました.その骨格を申し上げますと,診療報酬体系をまず一般系統と特定系統に分け,一般系統はほぼ従来の提供体制を保持し,出来高払いを基本原則とし,主として大病院が属する特定系統には前年度実績から算定した予算枠制をとり,さらに従来の医療費枠に加え,医学教育,生涯研修および国策的医療,高度先進医療等に要する費用を別枠で財源措置を行うことによって,わが国の医療の質の向上を図ろうとする政策案でございます.
 今後,政府与党との折衝のなかで,医療の質の向上を目指すとともに,効率のよい財源運用を実現できる診療報酬体系の確立を図っていく所存です.



新しい高齢者医療保険制度の創設

 診療報酬体系のもう1つの重要課題は,いうまでもなく高齢者医療でございます.
 急速な高齢者の人口増加は必然的に医療費の支出も急増させます.この状況を正確に分析し,場当たり的でなく,抜本的,かつ,長期的視野での施策が今日の高齢者医療対策にはぜひ必要であります.
 老後を安心して送れる社会をつくるためにも,皆保険制度をもっているわが国においては,来年度から発足する介護保険制度との融合を図りつつ,新しい高齢者医療保険制度を創設する必要があります.
 そのために,先般,新しい高齢者医療保険制度を提案いたしましたが,その骨格は対象年齢を75歳まで引き上げること,90%を国庫支出とし,10%を保険財源および自己負担とする負担配分案です.各方面からの意見を調整しつつ,ほぼ5年後の政策化を図っております.
 この日医案によって,高齢者医療費の適切な運用が実現し,医療保険の統合一本化への道が開かれ,かつ,医療費全体の配分が効率化されるものと考えております.会員諸先生方からご意見をぜひお聞かせいただきたいと思っております.

医療提供体制の改革

 一部に第四次医療法改正というような言葉が聞かれますが,現在,施設基準や人員配置について,大きな変革が必要であるとは考えておりません.医療審議会で審議されている「たたき台」と称するものは,健康保険制度の改正論議であって,医療法改正案とはいえません.
 介護保険の創設を控えて,今,医療法上審議すべきことは,療養環境の整備に論議を集中させるべきであると考えます.この機に乗じて必要のない改正を画策している時間的余裕はありません.
 もう1つ,医療提供体制として改革の必要なことは,医療を受ける側がいかにわかりやすく,かつ容易に医療情報を得ることができるか,医療側からいえば徹底したディスクロージャーができるかということだと考えます.
 この課題を実現するため,「診療情報提供に関するガイドライン検討委員会」を設置し,答申をいただき,本代議員会においてご審議いただくことは先般お願いいたしましたが,この答申に沿って,具体的な方法をお決めいただき,国民との強い信頼関係をもった医療提供体制の構築を図っていきたいと考えております.

国際化について

 21世紀の医療制度を構築するために行っている医療構造改革構想も具体的な事項が検討されるにしたがって,国際的な医療政策が直接わが国の政策策定に干渉するようになっています.
 例えば,行政がわが国への導入を図り,先般来,代議員諸先生方にも大変なご協力をいただき,その廃絶を主張しております薬剤の参照価格制は,ドイツをはじめヨーロッパの2,3の国において実施され,失敗した政策であります.また,EBMやDRG等はアメリカの保険会社が医療費抑制のために利用した経緯がありますが,本来は医療の質や効率性を担保するための優れた理論であります.ところが,厚生省はこれをわが国においても医療費抑制策のために導入しようとしています.
 このように,医療政策を作り上げようとするとき,わが国を取り巻く国際環境がどうであるかを,医療・福祉の面にとらわれず,広い視野でとらえておくことの重要性は,否定するわけにはいきません.
 そして,いたずらに国際標準化の波に流されることなく,わが国の独自の伝統ある医療制度を保持していくために,国際的場において積極的に発言していくことが大切であると認識しております.
 従来から参加しておりました世界医師会は,その発言のための絶好の場でございます.アメリカ医師会,ドイツ医師会等と密接な関係を保ちつつ,世界医師会における日医の発言力を強めていくよう努めております.
 具体的には,武見会長以来4半世紀開かれていない世界医師会の日本開催や,アメリカ医師会との年間定期協議による政策的情報交換などの積極策をとっていく所存です.
 また,2000年のアジア大洋州医師会連合(CMAAO)の中間理事会の招聘を決定し,アジア諸国との連携を図るべく計画いたしております.
 その他,武見プログラムの継続,ネパール医療協力の整備継続なども,日医が国際医師会の場における貢献度を高めるための施策として積極度を増してまいりたいと思います.

医療政策決定過程の改革

 日医総研の活動もようやく軌道に乗り,日医の医療政策策定の大きな原動力となってきました.実績が対外的にも認められるようになり,徐々に会外からの資料請求が増えてまいりました.
 その事業状況は,毎回日医ニュースに日医総研の欄を設けて,一般会員の先生にご理解いただくよう広報しておりますが,必ずしもすべての会員諸先生にまで情報が行き渡っているとは思われません.医師会の情報ネットワーク構築の促進を図るなかで,周知が可能になるよう努力したいと思います.
 日医総研の充実によって,日医独自の政策作成が多角的に可能になりましたが,この政策を国の施策として実現するためには,従来のごとき厚生省審議会の場のみでは不可能であります.どうしても政党審査の場,現状でいえば自民党医療基本問題調査会,あるいは社会部会に提出して,厚生省案と同次元での討議を実現し,政治的判断のもとで立法化していく流れを恒常化しなくてはならないと思います.
 現在,日医が行っています一連の政策論争は,この構図のなかで行っていると認識しておりますが,いまだ十分にルール化したとは考えられません.
 長年なじんできた体制を変えようとしているわけですから,いろいろな方面からいろいろな批判や反論があるのは当然です.
 しかし,日本の医療政策決定過程の不幸なことは,行政主導型の政策案1つだけであって,地域医療の現場,すなわち,国民のニーズに沿った医療政策が出ていなかったというところにあるわけですから,日医は地域医療の担当者の責任として国民の医療ニーズを把握した政策案を提示して,行政主導型の政策案と同じ土俵で評価し,政治が立法化するという構図を作り上げることが必要であると考えます.これがまさに改革の心臓部ともいえるところと考えております.
 そして,その実現のためには日本医師連盟の活動が不可欠であることは論を待ちません.何とぞご理解のうえ,ご支援をいただきたいと思います.
 さて,現状における医療政策のあらましを申し上げましたが,何といっても現状での喫緊の課題は,介護保険制度の実施でございます.
 市町村はサービス提供の方法論をめぐって大きな不安を抱えており,国民側には介護保険加入による負担増についての不安が日々累積しつつあります.
 この難問題を解決すべく日医は何をなすべきかを熟慮し,対応を急がねばなりません.代議員諸先生はじめ,全会員のますますのご研鑽を切にお願いいたします.
 以上,第100回定例代議員会の冒頭にあたり所信の一端を述べ,ごあいさつといたします.ありがとうございました.


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