日医ニュース 第910号(平成11年8月5日)

日医総研 紙上セミナー

組合健保の財務事情
 本当のところはどうなんだ

 最近の健保連の「老人保健拠出金延納運動」の報道を目にした国民の多くは,組合健保の金庫のなかは空っぽで,文字どおり,窮乏状態であると思っているに違いない.
 しかし,本当にそうなのだろうか.ここでは,健保連発行の平成八年度版「事業年報」から,組合健保の財務状態を検証してみる(いささか古いデータであるが,平成八年度分までしか公表されていない).
 ご承知のように,平成八年度時点では,全国には千八百十四の組合健保がある.「事業年報」の収支は,これらの組合健保の連結収支である.

組合健保は大金持ち?

 表1は,「事業年報」で公表されている組合健保の財産保有額の推移である.これを見ると,組合健保は,平成八年度に三・二兆円を超える財産(すなわち過去の累積黒字)を持っていることになる.窮乏状況どころか,たいへんなお金持ちである.
 この財産は,法定準備金(約一・二兆円)と別途積立金(約二兆円)から成り立っている.組合健保は,健康保険法施行令第五十条により,直近三年の保険給付額(拠出金を含む)の年平均額の十二分の三に達するまで,剰余金のなかから積立を行うことを義務づけられており,これが法定準備金である.この準備金は,拠出金を含む保険給付費に不足を生じた時に使うことができることになっている.剰余金から法定準備金を引いたものが別途積立金である.名称は違っても,両方が組合健保の財産であることに違いはない.

表1 財産保有額の推移 (単位:千円,%)

年  度

法定準備金

別途積立金

準備金保有率

平成3年度

991,870,543

2,090,913,263

109.93

平成4年度

1,055,816,768

2,230,968,280

108.84

平成5年度

1,113,277,870

2,289,521,346

108.38

平成6年度

1,162,723,957

2,218,838,654

100.20

平成7年度

1,203,086,122

2,111,558,632

99.02

平成8年度

1,241,880,499

1,993,921,901

98.29

組合健保の収支は二種類?

 表2は,組合健保の収支状況を示している.この表の一番下を見てもらえばわかるように,組合健保の収支は,収支(以下,一般収支と呼ぶ)と経常収支の二種類がある.
 収支差を計算してみると,一般収支では,二千二百九十九億円の黒字,経常収支では,一転して千九百七十六億円の赤字となっている.マスコミ等に公表されるのは,一般収支の黒字ではなく,経常収支の赤字である.
 なぜ,このような逆転現象が起こるのであろうか.一般収支のなかから☆印のものを除いたものを経常収支としている.一般収入と経常収入の差は,五千四百九十八億円あるが,一般支出と経常支出の差は,千二百二十四億円しかない.収入から多くを差し引き,支出からは少ししか差し引かれないことが,赤字黒字逆転の原因である.
 ここでは紙面の都合上,会計のあり方については検討しないが,一般収支の会計方法,経常収支の会計方法,両方に問題があると思う.それにしても,意味なく二種類の収支を出しているわけではないだろうから,一般と経常の双方の収支が発表されるべきであろう.願わくば,企業会計でいう経常損益,税引前損益,当期損益,剰余金処分の表示は最低でもほしい.

組合健保の関連事業は大赤字?

 もう一度,表2を見ていただきたい.組合健保は大きな関連事業を二つ運営している.医療機関等と保養所の経営である.
 医療機関等の経営に関わる収入と支出は黒で囲んである.収入は五百四十三億円,支出は七百九十八億円であり,差し引き二百五十五億円の赤字である.
 保養所の経営に関わる収入と支出をグレーで囲んである.収入は四百三十一億円,支出は七百九十六億円であり,差し引き三百六十五億円の赤字である.
 この二大関連事業での赤字は,合計六百二十億円にも達する.四百十七億円ある営繕費のなかにも医療機関や保養所に関係する営繕費が含まれていると思われるので,実際の赤字はもっと大きいはずである.これらの赤字は,保険料で埋め合わせされている.医療給付費だけが組合健保の経営圧迫の原因ではないことが理解されよう.
 医療機関等の経営が赤字であるということは,別の重大な事実を示唆している.それは組合健保が懸命になって経営しても,今の診療報酬の水準では医療機関の経営は赤字にならざるを得ないという事実である.それも経費の六八%しか賄えないほどの報酬しか得られないきわめて低い水準である.診療報酬のあるべき水準の議論の際には,参考にされてしかるべき事実であろう.

表2 組合管掌健康保険収入支出決算状況(収入)
    総  額(千円)
  健康保険収入 保険料 5,391,056,729
  特別保険料 17,897,306
  国庫負担金収入 5,635,023
  その他 26,156
  小計 5,414,615,214
調整保険料収入 80,197,026
繰越金 86,464,136
繰入金 準備金限度内部分繰入 12,139,268
準備金限度外部分繰入 1,128,612
準備金不動産保有分繰入 10,999,077
退職積立金繰入 4,692,284
別途積立金繰入 245,934,008
その他 4,757,389
  小計 279,650,638
組合債 厚生年金還元融資 0
事業主融資 180,000
その他 0
  小計 180,000
  寄付金 1,562,237
国庫補助金収入 臨給  財政基盤安定化補助金 12,140,000
臨給  保健福祉事業推進助成金 4,614,475
  拠出金負担(一般分) 7,597,774
  助 成 金(調整分) 42,821,888
  老人保健拠出金事業助成金 0
  小計 67,174,137
  病院診療所収入 組合員診療収入 753,400
  老人保健加入者診療収入 13,522,389
  員外診療収入 32,486,479
  その他 7,197,945
  小計 53,960,213
  訪問看護事業収入 27,238
  老人保健施設収入 348,096
財政調整事業交付金 80,521,293
  雑収入 利子収入 42,258,485
  施設利用料収入 43,055,861
不用財産等売払代 9,659,973
  高額医療貸付回収金 282,714
  在宅療養支援資金貸付金回収金 647
  その他 15,528,375
  小計 110,786,055
  収入合計 6,175,486,283
  経常収入合計 5,625,651,493

組合管掌健康保険収入支出決算状況(支出)
    総  額
 

事務費
事務所費 135,216,432
  組合会費 1,915,818
  小計 137,132,250
 

保険給付費

法定給付費

被保険者分
医療給付費 1,705,578,587
  その他の給付費 145,008,991
  小計 1,850,587,578
 

被扶養者分
医療給付費 1,282,976,959
  その他の給付費 100,315,185
  小計 1,383,292,144
 

医療給付費 2,988,555,546
  その他の給付費 245,324,176
  法定給付費小計 3,233,879,722
 

附加給付費
被保険者分 46,006,920
  被扶養者分 73,396,177
  小計 119,403,097
  保険給付費小計 3,353,282,819
 

拠出金
老人保健拠出金 1,506,534,160
  退職者給付拠出金 346,415,332
  日雇拠出金 1,280,443
  小計 1,854,229,935
 

保 健 事 業 費
保健指導宣伝費 30,817,193
  疾病予防費 178,342,093
  体育奨励費 21,704,255
  在宅療養支援事業費 545,955
  保健福祉事業推進助成事業費 5,690,353
  直営保養所費 79,593,642
  高額医療費貸付金 275,374
  在宅療養支援資金貸付金 3,407
  その他 41,043,106
  小計 358,015,378
  組合債費 931,965
  還付金 929,188
営繕費 41,700,681
  病院診療所費 79,462,279
  訪問看護事業費 30,513
  老人保健施設費 350,895
財政調整事業拠出金 79,836,510
  連合会費 3,025,588
  積立金 6,623,193
財政運営安定資金 569,000
  再審査調整金 26,650,697
  その他 2,818,781
  支出合計 5,945,589,672
  経常支出合計 5,823,219,044

☆印の項目は経常収支に含まれていない.

組合健保は資産運用に消極的?

 組合健保が大財産家であることは先述したが,その運用の状況はどうか.
 表2によれば,利子収入は四百二十三億円である.財産の額は三・二兆円であるので,運用利回りは,わずかに一・三%である(ただし,バランスシートが公開されていないので,実際の運用財産の額は不明である).
 この原因は,低金利時代という逆風や,元本保証を要求される財産管理規約等が足枷になっていると思われ,同情の余地はあるが,三・二兆円という規模を考えれば,もう少し積極的かつ専門的な運用が可能となるような工夫が図られてもよいのではなかろうか.
 ちなみに七・二%の運用益が得られていれば,経常収支での赤字も発生しなかったことになることにも注目してほしい.

今からでも遅くない?

 組合健保の財政は,苦しい状況にあるのかもしれない.しかし,それはどう譲歩してもフローベースでの話であり,ストックを含めて考えれば,まだまだ余力があることは,おわかりいただけたと思う(もちろん千八百を超える保険者があるので,個別組合によっては危機に瀕しているところがあることを否定しているわけではない).
 ここで述べたいことは,まだ余力のある今のうちに保険者改革に取り組むべきであるということである.少なくとも,支出面では医療機関等や保養所の経営等,何百億円という赤字を垂れ流している関連事業からの撤退が検討されるべきである.収入面では,三・二兆円を超える財産の積極的運用を図ることが可能となるようなルールの整備に直ちに着手されるべきである.
 また,保険者改革の議論が具体的にできるような財務データ,特に,バランスシートの公開は必要不可欠である.会計基準ももっとわかりやすいもの,例えば,組合健保の経営者(企業出身者が多い)になじみの深い企業会計的なものに改めることも検討されるべきであると思う.
 詳しくは,http://www.jmari.med.or.jp/


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