日医ニュース 第929号(平成12年5月20日)

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電子カルテの導入
−診療情報提供の側面から−

はじめに

 周知のように,インターネットの普及をはじめ,電子カルテなど医療においてもマルチメディアの普及が急速に進んでいる.
 また,厚生省からの昨年四月二十二日付の通知「診療録等の電子媒体による保存について」(日医からも,昨年四月二十七日付で同様の通知)で,診療に関する諸記録の電子保存を容認する決定がなされた.すなわち,制度的には電子カルテの壁はなくなったことになる.
 診療に関する記録や画像などの電子化が可能になり,電子カルテを有効に活用すれば,診療情報提供という側面からも有効と考えられる.今後は,医療情報の共有化が進み,診療情報交換も電子的に可能になるはずである.

電子カルテにするメリット

 ここで,電子カルテという言葉を定義しておきたい.この稿では,電子カルテという理念に対して,必ずしも「ペーパーレス」という言葉を意味しないことにしたい.
 よく電子カルテというと,ペーパーレスととらえられがちであるが,診療に関する記録や画像を電子化するのは比較的容易になった.しかし,他院からきた紹介状や証明書など,すでに紙になった情報を電子化するのは手間がかかり,そのメリットはあまりないと思われる.電子化のメリットは,診療情報の直接診療目的以外の二次利用にあるといえる.例えば,多施設共同研究や公衆衛生行政への利用,医療機関同士の連携などが挙げられる.
 その一例として,新宿区医師会における病診連携の取り組みがある.この取り組みは,(1)包括的地域ケアシステムの確立(2)同一地域内での一患者一カルテの実現を目標としている.
 そこで,新宿区医師会において実施された包括的地域ケアシステム,換言すれば地域レベルでの電子カルテ化について説明する.このシステムは,統一化されたカルテの運用を電子的に行い,住民医療を地域内の医療機関全体でサポートする仕組み作りを目指して進められている.
 具体的には,参加する各病院がネットワークを経由して,まるで一つの病院のようにカルテを運用できる地域ケアシステムとなっている.普段はセキュリティがかかっていて,各病院は自分の患者のカルテしか参照できないのであるが,災害時には避難場所から患者のカルテを取り出せるので,地域住民に対する緊急医療保証のレベルが格段に高まる.実際に医師が使う電子カルテは,すべてブラウザで簡単に操作できる設計になっている.
 また,それまでの紙ベースのカルテから違和感なく電子カルテに移行できるように,画面インターフェースはカルテの二号様式に乗っ取って作られている.
 これまで,電子カルテ導入の技術的な課題として,記録性の保護,改ざんの防止,情報交換におけるセキュリティの確保などが指摘されてきたが,今回の取り組みを通してそうした問題点はほぼ克服できている.

情報化とこれからの医療システムの変革

 前述したように,電子カルテといえばペーパーレスという考え方が強く,一診療所内での利用が主であった.
 しかし,その医療活用は,ネットワークを利用した医療情報の共有という点での効果がもっとも大きいと考えられる.一個人の診療所内での利用に限られる場合は,そんなに大きな効果はないかもしれないが,昨年実現した島根県立中央病院のように,大病院内での診療科間の連携や一患者一カルテ化には有効であった.さらに一歩進んで,電子カルテを利用した地域医療機関連携には,大きな効果が期待できる.
 そして,今後は,医師会レベルでの医薬品の共同購入やその物流と在庫管理,病診連携を含めたトータルで一元的な医療情報システムへと流れは進んでいくであろう.そこでは,医薬品の動きと実際に患者に投与された量が明確化される診療システムや,在庫管理,経営管理システムが必要である.これが電子カルテのもう一つの重要な点で,診療支援のシステムとオーダーエントリーシステム,在庫管理,経営管理のシステムは,相互にリンクしていなければ真価を発揮しないのである.
 すでに,国立国際医療センターでは,そうした理念に基づいたシステムの開発が進んでいる.
 しかし,市民が最も身近に利用する地域に根ざした医院が,率先して情報共有の仕組みを取り入れることで,かかりつけ医制度が普及定着すると考えられ,それには新宿区のように,医師会のかかわりが重要になるものと思われる.

最後に

 近年,医療の世界も患者の人権を尊重する考えが浸透してきている.これまで閉鎖的であった医療情報も情報公開が進み,患者サイドに医療情報を理解してもらう努力もなされなければならない.
 周知のように,カルテ開示の法制度化は見送られたが,厚生省の検討会や日医から報告書が出され,すでに一部の機関では現実化している.
 今後,新宿区のように地域単位での電子カルテシステムを構築することによって,一患者/一カルテ/一地域という試みが増えてくるであろう.インターネットの技術を応用することにより,単一地域にとどまらず,全国レベルの連動も可能となり,さらには医療にとどまらず,医療・福祉・介護の統合や災害システム,教育システムとも連動させることが可能となる.このことは,カルテ開示の動きにも貢献できると思われる.


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