日医ニュース 第937号(平成12年9月20日)

第2回患者の安全に関するセミナー
安全対策推進システムの構築に向けて

 「第2回患者の安全に関するセミナー」が,9月2日,日医会館大講堂において,「医療施設における安全対策推進システムの構築に向けて」をテーマに開催された.基調講演には,ジョアンヌ・ターンブル全米患者安全基金理事長を迎え,医療事故減少プログラムの創設と結果について,実例を挙げて紹介.日医会員,看護婦など約400名の参加者に感銘を与えた.

 冒頭,あいさつに立った坪井栄孝会長は,七月十六日に開催した「第一回患者の安全に関するセミナー」に触れ,「前回は,ナンシー・ディッキー前アメリカ医師会長に総論的な話を伺ったが,今日は,アメリカが患者の安全確保のためにどう対策を講じたか,その具体的な内容について学びたい」とセミナー開催の趣旨を説明.次に,小泉明副会長を座長として,ジョアンヌ・ターンブル全米患者安全基金理事長による「システムズ・アプローチ―医療におけるエラーの減少をめざして―」と題する基調講演が行われた(下掲要旨参照).
 そのあと,ターンブル理事長と日医医療安全対策委員会委員による討論が行われた.
 そのなかで,ターンブル理事長は,「これらの課題の解決には,トップの理解が欠かせない条件となるが,アメリカでは,医療をまったく知らないビジネスマンが病院の経営者になっているケースがあり,そうした人がこの問題に対して一番理解がなく非常に困っている.幸い日本では,そのようなことはないと聞いている」「医療事故の防止対策は,トップと現場スタッフ,医師と看護婦,さらに国・行政や医薬品など産業界との連携強化など,さまざまな段階での安全システムの構築が決め手となる」「患者の安全確保のためには,今起きている問題を正確に情報収集することが肝心であり,そのためには,医療関係者のレポートに対して法律的な保護を与えなければならない」などと適切に回答した.
 午後は,まず,平山牧彦医療安全対策委員長から,これまでの委員会活動が報告され,引き続いて,セミナー参加者を交えて討論が行われた.そのなかでは,「厚生省が国立病院・療養所向けに作成したマニュアルに記載されている医療事故の警察への連絡について」「リスク・マネージャーを常置する体制の構築は有効か」「アメリカでは医療を受ける側への取り組みはどうか」「事故を繰り返す人への対策について」「リスク・マネジメントにかかる医療費増加の必要性を社会にアピールしてはどうか」など,ターンブル理事長に対する質問が集中し,熱心な討論が行われた.
 最後に,小泉副会長が総括をし,閉会した.

基調講演

システムアプローチ
―医療におけるエラーの減少をめざして―
ジョアンヌ・ターンブル(全米患者安全基金理事長)

 医療ミスやエラーの減少を図るためには,医療におけるすべての分野において,同時並列的に問題解決に取り組まなければならない.一カ所だけ改善しても無理である.複雑かつ高度化し,刻々と変化し続ける現代の医療現場には,常にリスクがあること,しかも,それらのすべてを予見できるものではないことを認識すべきである.
 もし,何か起こった時は,医療現場では「シャープエンド」,つまり矢面になる人がいる.たまたまその場に居合わせることが多い医師や看護婦がマスコミ等の矢面に立たされる.しかし,本当の原因は違うところにあり,これが医療システムのなかの弱い部分である.その対策,つまり,安全サイエンスでは,エラーが起こらない状況を作らなくてはならない.例えば,投薬において,コンピューターで体重と投与量が合わなければその注文を受け付けない―という仕組みを作ることであり,そのための投資をいかにするかという問題がある.
 次に,エラーの減少システムを紹介する.その第一は,エラーの分類システムを作ることである.まず,医療現場で何が起こっているかを調査することから始めた.その結果,一番少ないのが重篤なイベント(センチネル・イベント)のケースである.次がアドバンス・イベントであり,これを,根本原因の分析が必要なケースと,そうでないものの二つに分類した.それから,最後にバリアンス・イベントといわれる,通常から少し離れた軽微な場合である.
 もし,何かエラーが起きた時には,直ちに医師・看護婦・管理職などすべての関係者が,専門のリーダーのもとで詳細に要因を分析していく.何度もなぜ起こったのかと突き詰めていき,根底にある原因を特定する.この根本原因調査によって,われわれは,医療事故の二八%が人的要因(ヒューマンファクター)であり,それは医療従事者間のコミュニケーション不足であることを知った.
 そして,次に,医療現場のさまざまなシステムを再設計することにより,リスクやエラーを軽減させることである.すなわち,リスクから学ぶという文化を育てなくてはならない.そのためにも,だれでも自由にものがいえる雰囲気づくりが必要である.
 医療界全体として,患者の安全確立のために取り組む方法は,「プランを立て,実行し,チェックをして,また,さらに改善をして実行する」,これを常に繰り返していかなくてはならない.トップの意識改革とセーフティーシステムの構築が一番大切である.


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