日医ニュース 第938号(平成12年10月5日)

坪井会長
国際政治学者武見敬三氏に聞く
世界に向けて,「制御」を提言

 参議院議員武見敬三氏は,東海大学教授というもう一つの顔をもつ.氏は,その経歴を生かして,外務政務次官時代にはタジキスタンにまで出向き,目覚ましい外交手腕を発揮した.また,一方では,日医総研の非常勤研究員として医療問題に深くかかわり,厚生行政にも明るい.今回は,国際政治学者としての武見氏に,坪井栄孝会長が,日医の国際感覚について聞いた.

21世紀のキーワードは「自立」

坪井 私が国際政治学者としての武見先生にお聞きしたいのは,アメリカの管理医療のすさまじさです.国民は,自国の特性,経済力,価値観,学問的レベルのなかで最も適する医療を適正に享受するのが原則だと思っています.これは,狭い見方でしょうか.
武見 それが,国際社会の常識だと思います.
 クリントン政権が皆保険導入に失敗した一番の原因は,医療にかかわる公共性の認識が国民になかったことです.これは,他の人の病気であろうと,社会問題としてとらえ,互いに協力しようとする公共性意識を高く持っている日本社会との本質的な違いです.アメリカでも管理医療に対する反省から,医療の質をどう高めるかという議論が主流になってきました.
坪井 マネージドケアが失敗したとは思わないが,その形が極端に変わったということですね.
武見 それでも,個人主義を基調とする医療の考え方は変わっておらず,これをグローバルスタンダード(国際標準)として,日本に押しつけられることを懸念しています.
 不当な規制緩和の外圧を加えられたとき,日医は,事前に理論武装して,国益である日本人の社会的連帯を守る努力をしなければ,たいへんなことになってくる.そんな見通しです.
坪井 日本は,公的医療保険九九・九七%のカバー率があるという事実からして,なおかつアメリカから入ってきて補完しなければならない理由がない.公的保険を堅持しながら,医療という社会保障のなかで,民間保険がどうあるべきかという議論を十分したうえで国民に納得してもらう.それが,日医の主張している自立投資という考え方です.
 自立投資という言葉は,幅が広くて奥が深いので,なかなか理解してもらえないが,社会保障を支えるために,国民が自ら備蓄していくという合意があるならば,その備蓄方法として民間保険を使う,これは有利な方法です.民間保険にとっても,備蓄という方法論のなかでメニューをつくることは,明らかにGDPのボトムアップになるわけですよ.
武見 とにかく,わが国の保険証一枚あればどこでも医療機関に掛かれるという国民皆保険制度は,病気にかかわる相互扶助の公共意識に裏付けられた貴重な国益であると思っています.したがって,これを堅持するというのが,まず第一で,そのうえで,会長ご指摘の健康にかかわる自立意識というものを強化して,それを自立投資という概念で的確に発展させていく.まさに,全体をきちんと整理したデザインというものが,わが国に求められていると思います.
坪井 自立投資の概念は,社会保障を支えるという国民意識の問題であって,本来,個の責任感がややもすると希薄な日本人の精神構造のなかでは,非常になじみにくい部分であろうと思う.自立した財源を備蓄して,そのなかで民間保険を利用していこうなどという考えが,定着していくのかというジレンマが私のなかにはあります.
武見 二十一世紀の日本の政治の大きなキーワードは,「自立」であると思います.これは,いかに国民一人ひとりを個として強化するかということになります.特に,この考え方を保健医療の分野で重視しなければならない現実が,山ほどあると考えられます.いかに,われわれが予防医学的サービスを国民に提供しても,受け手の国民が自分の健康を守ろうという意識がないと何の効果もありません.
坪井 健康投資という言葉で表現される保健事業に対する国民の積極的参加という面からすると,そのとおりですね.

世界医師会を通じてWHOと連携

坪井 WHOと日本の厚生行政とは,厚生省の窓口を通じてコネクションがあるわけですが,そうしますと,どうしても個よりは集団という形になります.これは,日本にとっては不利益なのではないかと感じています.幸いに,日医は世界医師会と非常に強いパイプがありますので,ぜひ,世界医師会を通じて,WHOと積極的に接触をするべきだと考えていますが,どう思いますか.
武見 現在,政府中心の国際社会の秩序の役割にはすでに限界があって,効果的に民間の専門団体やNGOと連携をして,よりきめ細かく国際的な協力を推進することが見直されるようになりました.したがって,日医が,WHOと新たな連携関係を再構築していくことは,世界の趨勢のなかで最も求められている流れであって,それを積極的に推進することは,国際的な保健医療福祉の分野における重要な役割を日本が担うことになるだろうと思います.
坪井 もし,WHOや世界医師会のなかで,日本が貢献しようとするならば,先ほどのグローバルスタンダードというものを日本が作っていくことが必要になってきます.そういう意味からも,WHOと世界医師会が一緒になって仕事をするということは,非常に好ましいですね.
武見 例えば,タバコの健康被害は,疫学的な観点から,かなり実証されてきていますので,WHOでも国際的な取り決めを結ぼうという動きが出てきております.こうした動きに世界医師会ないし日医が連携をとって,タバコの健康被害にかかわるガイドライン作成のイニシアチブを取られることは,極めて適切であると思います.
 特に,タバコについての日本政府の対応は,先進諸国のなかで最も遅れていますので,ぜひ,展開していただけないかなという気がいたします.
坪井 この点については,プロフェッショナルフリーダムのなかでの仕事として十分できると考えています.
武見 そうしますと,受身ではなく,常に前向きに国際的な機関あるいは組織に打って出て,それぞれの国の個性を尊重しながら,国際的な新しい考え方をまとめていくという活動が重要になってまいります.そういう点で,このたび,坪井会長が世界医師会長になられたことは時宜を得ており,ぜひ,積極的な活動をされて,成果を上げられることを望みます.

国際社会における日医の役割

坪井 ところで,天然痘を世界から抹殺しようというのは,国際的な同意があるわけですね.しかし,生物兵器に対する抑止力として,天然痘株をなくすわけにはいかないと主張する国があります.これは,生物兵器ということを中心にして考えれば,成り立つ理屈なのでしょうか.核実験でもそうですが,ネパールや武見プログラムに援助をするというプラスの国際協力のなかで,世界のマイナス面に対する制御力も私は必要だと思っています.
 私の世界医師会長就任の講演のテーマは,「先端医療技術の繁栄と制御」です.その制御という部分は,即バイオエシックスにつながるわけですよね.その点を私は主張していこうと思うのですけれども,制御がいわゆるコモンセンスとして,成り立つかどうかということも多少は気になるのです.
武見 天然痘株の場合ですが,特定の国家が,国家安全保障という名のもとに保有することはあまり好ましい方法だとは思いません.しかるべき国際的な機関で保管をするのが望ましいわけです.
坪井 それに対しての基本的な規制が,国連のなかにあるのですか.
武見 実は,抜け道が多々ある部分ですから,まずは,国際社会のなかで,会長のご指摘のようなことがコモンセンスになるように,働きかけることが必要です.そのいわば学問的裏付けなるものが,バイオエシックスとなっていくのだと思います.
坪井 現在,日本は国連の常任理事国を目指しているわけですよね.それならば,制御を主張するために常任理事国になるというのも,意義があるのではないですか.
武見 そこが,一番大事なところで,今まで,「なぜ,日本が常任理事国を目指すのか」という問に対して,説得力のある回答を持ち得なかったのです.ようやく,日本政府もそのことに気が付きはじめて,これからのわが国の貢献の仕方として,ヒューマン・セキュリティ(人間の安全保障)という考え方を大きな柱とすると,森総理は表明しました.どうやら,日医が,国際社会のなかで,より積極的にその役割を担っていく条件が整備されてきているという感じがします.
坪井 本日は,ありがとうございました.これからの活躍を期待しています.

武見敬三氏略歴
 昭和26年生まれ.昭和49年慶大卒業,昭和53年ハーバード大学東アジア研究所客員研究員,昭和55年慶大法学研究科博士課程修了.
 平成7年から参議院議員,東海大学教授.外務政務次官,国民福祉委員会委員を歴任.現在,外交・防衛委員会理事,行政監視委員会委員,国際問題に関する調査会委員,憲法調査会幹事.


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