石川高明副会長の開会宣言につづいて,坪井栄孝会長が,次のようにあいさつをした.
「医療政策シンポジウムのテーマとして,今年度は,『介護保険の光と影』を取り上げた.先生たちにとっては,光も見えず影ばかりという感じで,毎日,苦労をされていることと思う.私どももその苦労が少しでも軽くなるように,また,実を結ぶように行政との話し合いを行っている.日本の介護保険は自分たちが作り上げるというつもりで,今後ともご尽力いただきたい.
五年前にも,エジングマン先生にドイツの現状について話をしてもらったが,当時はまだ,はっきりと実像がつかめない部分もあった.今回は,先生方が実際に介護保険に携わってきたうえでの話であるので,エジングマン先生のご示唆が,よりいっそう理解できると思う.ぜひ,この機会に活発な意見交換を行っていただきたい.
日本の介護保険制度は,世界で注目を集めている.その制度を国民のためにしっかりしたものに作り上げ,世界に誇れる日本の医療保険制度と融合させていくという大事業を,先生方と一緒に貫徹していきたいと思っている」
つづいて,ウルリッヒ・エジングマン・ドイツ連邦保険医協会理事による「ドイツ介護保険制度の創設と現状」,高木安雄日本福祉大学経済学部教授による「介護保険制度上の課題とその対応」と題した講演がそれぞれ行われた(下掲).
その後,両講師に二名の日医会員を加えた講師陣によるパネルディスカッションが行われた.
油谷桂朗京都府医師会副会長は,「介護保険制度下におけるかかりつけ医の役割」と題して,医療と福祉の連携が不足しているなど,現在の介護保険制度の問題点を指摘した.そして,その解決策として,介護支援専門員の資格を有する医師が,スーパーアドバイザーとして福祉との調整役を果たし,いつでもどこでも医療へのアクセスが担保されるように努力していくことが重要であると述べた.
柳内統北海道医師会常任理事は,「介護認定に関する諸問題」として,調査員の能力,一次判定や主治医意見書の不備,介護認定審査会(一次判定変更の基準が示されていない)など,さまざまな問題を指摘し,介護認定に医師会としてどのようにかかわりをもっていけるかを考える時期にきているとした.
引き続いて,総合討論に移り,「二〇〇五年実施予定の介護保険制度見直し」や「医療保険と介護保険制度の統合」などについて,議論がなされた.両制度の統合問題については,財政的な問題など,さまざまなハードルはあるが,将来的に統合の方向に向かうことがよいとのことで,パネリストの意見が一致した.また,急激な人口構造の変化に伴う対応策として,介護保険制度を導入したことは,正しい選択であったとの評価でも意見の一致が見られ,今後は,このことを国民がどう認め,老後に備えていくかが重要になるとした.
最後に,参加者との間で活発な質疑応答が行われ,シンポジウムは終了した.
ドイツ介護保険制度の創設と現状
ウルリッヒ・エジングマン
- 本日は,ドイツにおける(1)介護保険制度導入の背景(2)介護保険制度導入の成果(導入時の目標達成度)(3)医師の観点からの改善策―について話をする.
ドイツでは,一九九五年まで,介護費用の大部分は社会扶助によりまかなわれてきた.しかし,高齢化傾向に伴って,要介護者数が増え続け,社会扶助支出による国の負担は過剰なものとなった.その財政負担を軽減するために,公的介護保険の導入が決定された.
ドイツの介護保険の基本理念は,「施設介護よりも在宅介護優先」「介護よりもリハビリ優先」である.その財源は,国が規定する月収の一・七%という保険料収入であり,総収入は現在年間三百二十億マルクにのぼる.一方,給付支出は三百億マルクに増加し,収入が恒常的に不足することが予想されている.
その対応策として,保険料率の引き上げという考え方も出ているが,この方法は,最後の手段であると考えており,今は引き上げる段階にはない.また,医療保険と介護保険を統合すべきであるという意見もある.このことが実現できれば,予防から介護までのすべてを包括する制度ができ上がり,その全体にわたって医師が関与することが可能となる.現在の介護保険の給付範囲を守ることができれば,今後,考えるに値する意見である.
一方,介護保険の導入により,税金から支出される社会扶助財政は年間八十五億マルクの負担減となり,介護のインフラ整備に関しても,明らかに改善が見られる.しかし,介護保険加入者の保険料負担総額は三百二十億マルクにのぼり,要介護者に占める施設入所者の割合が上昇するなど,施設介護よりも在宅介護を優先するという基本理念は実現できていない.むしろ,若人からは,将来,保険料に見合うだけの十分なサービスが受けられるかどうかを危ぶむ声も聞かれ,保険料および保険給付の範囲を改めて考え直す時期にきている.
さらに,介護サービスの質も,現在,問題となっている.これは,介護に関する記録や文書の不 備,ケースワーカーの専門能力不足などに起因しているが,連邦政府はこの問題に対処するため,介護品質保証法の制定を検討している.しかし,この法は施設サービスだけを対象としており,あまりにも規制が多く,問題がある.その制定には賛成できない.むしろ,サービス事業者が提供するサービス内容の透明化を図り,国民に選択させることが重要である.
ドイツの介護保険制度で最大の問題は,介護サービス提供のプロセスに医師が十分に参加できていないことである.現在,ドイツの制度のなかで医師が果たしている役割は,介護の審査・認定作業を行っている特別機関(MDK)に医療情報を提供するだけにすぎない.効果的かつ効率的に介護サービスを提供するためには,医師の積極的な参加は不可欠であり,その改善を早急に望みたい.(一ドイツマルク=五十八円,平成十三年一月二十二日現在)
介護保険制度上の課題とその対応
高木 安雄
- 本日は,介護保険制度の四つの目標―(1)利用者本位・自らの選択に基づくサービス利用(2)福祉・医療サービスの総合的・一体的提供(3)公的機関に加えて,民間事業者の参入促進による効率的・良質なサービス提供(4)社会的入院など医療費の非効率的な使用の是正―について,その課題と今後の対応について考えを述べる.
(1)については,利用率も五〇%を割る率で推移しており,ケアプランも必ずしも利用者本位とはなっていない.また,利用者本位といっても,それぞれの立場(利用者とそのサービスを決める専門家,介護されるものとその家族)によって必要と思うサービスは異なり,難しい問題となっている.
(2)についても,医療・介護のサービスは,これまで縦割りで提供されてきたこともあり,定着はできていない.しかし,ホームヘルパーの派遣により,家族の負担が減ったという話もあり,総合的ケアの役割は大きいと考えているので,ぜひとも,その推進を望みたい.
(3)は,画期的な制度設計ではあるが,予想したほど民間事業者は参入できていない.その原因としては,訪問介護の家事援助に対する報酬が低い,医療系サービスを組織化することが困難,家族の心理的な抵抗などが挙げられるが,民間事業者の参入には,おのずから限界があると思われる.
(4)については,在宅サービスの基盤整備がこれから重要となる.患者の病院志向のなかで,在宅ケアに開業医がどのようにかかわっていけるかが今後の課題であり,医師会を中心とした在宅ケアネットワークの構築を望みたい.
介護保険制度をよりよいものにしていくには,医師の積極的な参加は必要不可欠である.今後は,介護サービスを公平に提供するための基準や,どの介護度でどの程度の費用がかかったのかというデータベース作りが重要となろう.