日医ニュース 第971号(平成14年2月20日)

視 点


EBMと医師の裁量

 医療の質の維持向上のために,EBMに基づく医療ガイドラインが重要な役割を担うことは,だれもが認めるところである.もちろん,今までも日本の医師がエビデンスなしに診療を実施していたわけではない.各医師が,さまざまなエビデンスを収集蓄積し,それを評価して現場の特性にフィードバックさせ,各医師の方針,すなわちガイドラインが随時決定され,それに基づいて診療が行われてきた.このことは今後も変わることはない.そもそも医療とは,個別性が強いものであり,いかなるガイドラインも個別の状況や価値判断を排除するものではない.
 現在,EBMを考える時のエビデンスは,疫学的手法に基づくエビデンスがきわめて強く重視されている.エビデンスの重要性を認めつつも,ここにやや問題点があると考える.例えば,EBMについて検討した,厚生労働省の「医療技術評価推進検討会」の報告書のなかに,「科学的な根拠を創り出すために,現在の病態生理中心の研究を,患者を対象としたランダム化比較試験のような研究へ移行させることが必要となる」という部分がある.この文章は,間違いだと思う.医学の研究を「病態生理の研究」から,「ランダム化比較試験の研究」に「移行させて」しまっては,医学は成り立たない.「病態生理の研究」の基盤に立って「ランダム化比較試験の研究」を導入するというなら理解できるが,移行させることは大問題である.現在の医学知識のなかで証明できる疫学的なエビデンスは,そんなに完全無欠のものではない.
 医師は,EBMに基づく医療ガイドラインに従って,まったくそのとおりに診療すべきだという意見は間違っている.ガイドラインの目的は,あくまで「参考とすべきガイドライン」である.各医師が,そのガイドラインの採用の可否を判断するのであり,仮にガイドラインに沿わない医師がいたとしても,それだけで直ちに「誤り」だとすることがあってはならない.
 一方,医師は自分勝手な診療をして良い,それが医師に許された「医師の裁量権」であるという意見も間違っている.医師は,自らが判断するエビデンスに基づいて,医師としての良心に従い,患者さんに対して最適の医療を提供する義務がある.それが医師の裁量なのである.外部からの圧力,例えば,アメリカのHMOのような保険者の医療への介入などで,その義務を絶対に放棄してはいけない.医師の裁量で,最適の医療が提供される権利は,患者さんの方にある.医師の裁量とは,医師の権利ではなくて医師の義務だと考えるべきである.


日医ニュース目次へ