日医ニュース 第975号(平成14年4月20日)

勤務医のページ

女性医師の増加と社会の変革

 昨今,女性医師数の増加は著しく,十年前に比べると約二倍になっている.一方,男性医師数はほぼ横ばいで,現在医学部に通う女子学生の急増と合わせて予測すると,十年以内には新卒勤務医の半分を女性が占めるようになる可能性も考えられる.
 医学部を卒業する日,多くの女性医師は,男性医師と同じように医師としての旅立ちに夢を膨らませ,一日も早く優秀な臨床医になることを目指す.しかし,現実はというと,確固たる目標でもなければ不確実なシステムに乗り,時間に流され,社会で活躍を期待される三十代後半から四十代前半には目指した医師像から,かけ離れた立場に身を置く女性医師も多い.
 今までは,出産育児を機会に第一線から離脱もしくは医業そのものを辞める女性も多かったが,これからは,女性医師を育てる環境が整備されないと,医師全体の数の減少は免れない.それは一時期,政府が目指す医師過剰の抑制には効を奏するかもしれないが,そう遠くない二,三十年後には,個々の医師に過剰な労働が強いられることになる.

女性医師を育てる環境

 女性医師を育てる環境とは何なのか.何が問題なのか.女性に限らず,医師を育てる教育システムもいまだ確立していないのが現状である.研修についてもスーパーローテイトが導入されたが,大学に臨床教育専門の医師が配属されているわけではない.教える側の指導医は,外来業務も病棟業務もこなし,学生の教育もし,研究もし,外科系では手術もし,そして,多くの雑用を抱えながら,研修医の指導を行っている.決して,十分な指導が行われてはいない.
 また,スーパーローテイトの内容にしても,いまだ流動的である.例えば,内科を専攻するとしても,米国のように一般内科医療,救急医療,primary care,terminal care,高齢者医療など目的別に研修するわけではない.
 研修先も大学病院,中核病院,診療所,療養型病院と診療体系別に研修していくわけでもない.単に医局の事情で研修先が決められたり,くじ引きで決められたりしている.一人前といわれる十年目に達するまでに,どのような研修をするのか,良い医師になるための強い意志と信念が必要である.

出産・育児に係る問題点

 この最初の大事な十年間に,女性医師は結婚妊娠適齢期を迎えるわけであるが,出産育児は,女性医師が診療にしろ研究にしろ,第一線から遠ざかる最大の原因である.法律で出産休暇および育児休暇は認められている.しかし,多くの場合,出産前に雇用契約は切れ,育児休業となり,その間の健康保険も保険本人から保険家族へと移行する.同じ職場で働く看護婦の場合,一年間の育児休暇制度を遵守し,その間の保険も保証されている.
 女性医師の育児休暇期間も短い三カ月から一年以上とさまざまであるが,昨年の医師会主催女性会員フォーラムで報告された調査では,実際に取った育児休暇が六カ月以内が多かった.六カ月以内と短い休暇の理由は,長く休むと自分の立場がなくなる,仕事がもらえなくなるといったものであった.逆に一年以上の長期に渡るものは託児所がないという理由である.
 ある大学病院の女性医師たちにアンケート調査を行った時も,育児の問題点として,安心して預けられる託児所がないというのが一番多い意見であった.妊娠出産の対象となる若手女性医師の多くが二百床以上の病院に勤務している.特に,大学は医師の派遣元でもあることから,率先して夜間保育や病児保育を含めた託児所の配備に努力すべきである.
 また,他力本願ではなく,これからは女性医師自ら,自分たちで雇用相談,育児相談などの窓口を設けることも必要である.もちろん,妊娠から育児休暇中まで,ある意味で犠牲になる同僚への配慮も忘れてはならない.復職がうまくいくためにも,チーム医療やワークシェアリングを早期に導入し,一方で再研修のシステムも必要である.
 働きにくい職場環境の問題の一つにセクハラ問題がある.警告後の再犯については処罰の対象ともなる.セクハラも逆セクハラも受ける側の感受性の問題があるが,誤解を受ける言動は,男性医師だけでなく女性医師も慎まなければならない.

女性の特性に配慮した社会変革を

 医師として仕事を続けていくためには,ある程度個人の生活は犠牲になることを覚悟しなければならない.家族の理解,協力が欠かせないことはもちろんである.男性に比べ,確かに女性は体力が劣る.
 しかし,医療上欠かせないことは,治療がうまくいかなくなった時に患者さんを支える強い精神力である.精神を鍛えてくれるのは患者さんである.多くの症例を経験するためにも,卒後の教育システムも雇用システムも女性医師の特性に配慮した変革が必要である.


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