日医ニュース 第987号(平成14年10月20日)

構造改革特区に関する意見交換
生命を犠牲にする考え方に強く反対

 内閣官房構造改革特区推進室および総合規制改革会議が主催する「構造改革特区に関する意見交換」が,9月26日,内閣府総合規制改革会議事務室の大会議室で開催され,日医から出席した櫻井秀也常任理事は,「経済の活性化のために,生命・身体・健康を犠牲にすることには断固反対する」と意見陳述を行った.
 内閣府側のメンバーは,八代尚宏総合規制改革会議規制改革特区ワーキンググループ主査,鈴木良男同委員,福井秀夫同専門委員などであった.

 当日は,まず,櫻井常任理事が意見陳述(下掲)を行い,その後の質疑応答では,八代主査が,「医師会は,今の医療がベストだから,改悪になってしまうという論調である.特区に関する提案は,医師側からのものがかなりある」と質問.
 櫻井常任理事は,「改革が不要とはいっていない.日医から『医療構造改革構想』などを示している.生命・身体・健康を犠牲にして,経済活性化することは許せないということである.生命・身体・健康を守るのは外交や防衛と同様に,国の責任である.日本の医療費は,国際的にみて,きわめて低く抑えられていることが問題である.当時の厚生省の予測では,平成十三年度の医療費は三十八兆円になるという予測だった.それが現実には,三十兆円に抑制され,医療の改革に必要な費用さえ不足している.せめて,ドイツ,フランス並みの医療費にしてほしい」と強く反論した.
 つづいて,鈴木委員は,「医療は昭和二十二年から何も変わっていない」と暴論に近い主張を展開し,「今の日本の医療は非効率である.マネジメントが拙劣だ」と,何の根拠も示さずに決めつけた.
 これに対して櫻井常任理事は,「昭和二十二年の平均寿命は五十歳台だった.法律は変わっていないかも知れないが,医療の内容は大きく変わっている.今日の長寿社会には医療が大きく貢献している.日本は,安い医療費で,世界一の長寿を達成するという,国際的に見て,最も効率のいい医療提供体制になっている」と述べ,鈴木委員の意見を一蹴した.
 また,櫻井常任理事は,株式会社が医療分野に参入しようとしていることに関して,「国民皆保険制度は絶対に守らなければならない.株式会社は価格競争をしなければならず,まともな医療機関に悪影響がでて,皆保険制度が崩壊してしまう.われわれは医療の質の面での競争が,国民に利益をもたらすと考えている」と答えた.

構造改革特区に関する意見

はじめに
 七月二十三日に,総合規制改革会議の中間とりまとめが公表されました.
 その報告書の,第五章「規制改革特区」の実現にむけて,(4)特区制度の対象となる規制の選定基準,2)規制の選定基準の項を読んで,われわれは絶句しました.そこには,外交・防衛など国の主権に関するもの,条約などの国の義務の履行を妨げるもの,刑法に関するもの,などは特区制度の対象外とすると書いてあります.当然のことであります.
 ところが,驚くべきことに,そこには,わざわざ「なお」という書き出しで,「生命・身体・健康,公序良俗,消費者保護等に関する規制であるという理由によって対象外とすべきではなく…」と書かれていたのです.われわれは唖然としました.(参考:アンダーラインは加筆)
 規制緩和によって経済活性化を図るという考え方に,そのようなことができるなら,それなりに評価できる考え方であると思っていたわれわれは,この文章を読んだとたんに,「生命・身体・健康」を犠牲にしてまで経済活性化を図る考え方を容認することはできない,断固として反対しようと決心しました.
 そして,全国の関連医師会の代表を中心に「医療に関連する規制改革特区対策委員会」を設置し,八月一日から三回にわたって委員会を開催して,この問題について討議しました.その委員会での「論点整理」(下掲)をまとめて,九月十七日の日医理事会に報告し,日医としての考え方・方針を確認しました.
 同時に,全国の医師会に依頼して,全国都道府県から提案されている「構造改革特区についての提案」に関する情報を収集し,その内容の吟味,問題点の分析などの検討を加え,その結果を全国都道府県医師会ヘフィードバックしました.以上の経緯を踏まえて,構造改革特区に関する日医の意見を述べさせていただきます.

■構造改革特区の提案についての分析
 九月六日,構造改革特区推進室は,全国から集まった構造改革特区の提案四百二十六件を公表しました.その発表によれば,医療関連は提案数二十五となっています.
 日医は,全国都道府県医師会からの情報提供を参考にして,これらの構造改革特区の提案を分析した結果,何らかの面で医療と関連のある提案が六十三件,何らかの面で医療と関連のありそうな提案が二十四件あるとの結果を得ました.
 現在,各々の内容についてさらに検討を加えるとともに,これらの提案に関連する法律とその規制緩和の内容などについて類型分析をしています.また,この結果を全国都道府県医師会にフィードバックして,各地域での検討をお願いしているところであります.

■規制緩和で国民に健康被害を与えた実例
 最近,いわゆる「やせ薬」というサプリメントによる副作用により,死者五名を含む多数の健康被害が発生したことは記憶に新しいところです.
 薬品に関しては,従来厳しい薬事法による規制があって,健康被害を起こさないように国民を守ってきました.例えば,有名な昭和四十六年の通知文,四六通知によって,従来は「錠剤」「カプセル」の形態のものは,薬品と定めて規制をかけていました.二年ほど前に,薬事法の規制緩和ということで,この四六通知が廃止され,「錠剤」「カプセル」の形の食品の販売が許可されたのです.
 「カプセル」の形をした食品,「やせ薬」によって,あれだけ多くの健康被害を起こした事実に対し,安易に規制緩和を主張した人たちはどのようにして責任をとるつもりなのでしょうか.

■おわりに
 以上,日医の考え方を述べさせていただきましたが,「生命・身体・健康」を犠牲にして金儲けをしよう,という考え方には反対であることを改めて強調したいと思います.

論 点 整 理
日本医師会「医療に関連する規制改革特区対策委員会」

基本的な考え方

  • 現在,構造改革推進本部が提案募集をしている構造改革特区すべてに反対するものではない.経済の活性化を図る経済活動に関するものであればよいが,そのなかに医療に関する部分を含めることには原則として反対する.

  • 総合規制改革会議の「中間とりまとめ」で提案している規制改革特区は,「生命・身体・健康,公序良俗,消費者保護等に関する規制であるという理由によって対象外とすべきではなく〜」としてるが,これは,経済活性化のためなら人の生命・身体・健康を犠牲にしても構わないということであり,言語道断である.

医療に関連する構造改革特区に反対する理由

  • 医療は,国民の生命・健康の破綻からの回復,維持,増進を図るものであり,国民の生存に関わる権利である.このため,医療にはさまざまな規制により,国民を保護しているのであり,その規制を経済活性化の目的で,地域を限定して実験的に規制を解除することは許されるものではない.
  • 現在の医療制度,医療保険制度を根底から覆す事項,例えば,株式会杜の医療への参入,混合診療の容認,外国人医師による医療行為の許容など,医師法,医療法,健康保険法等において医の倫理に根拠を置いたり,国民の自由かつ平等な医療を受けることができるための根幹部分をなす規制を排除することは許すことができない.
  • 先端医療特区は,一見,医療の発展に資するもので容認してもよいと思われるが,しかし,そこには混合診療の問題,外国人医師の問題,医療安全についての責任の所在の問題等が含まれているので,軽々には容認することができない.
  • 医療に関連する特区を認めるのではなく,その規制が不要なものであれば,当該法律を改正し,全国一律に対応すべきである.

(参考)

総合規制改革会議「規制改革特区」構想の中間とりまとめ

(7月23日)

第5章「規制改革特区」の実現にむけて
 (4)特区制度の対象となる規制の選定基準(試行的手法としての特区制度に馴染む規制)
1).検討対象となる規制(略)
2).規制の選定基準

 特区制度に馴染む規制を選択する際には,内閣主導により,個々の規制ごとに具体的に政策判断する必要があるが,例えば,以下のような基準に該当する場合は,特区制度の対象外とすべきである.
 なお,生命・身体・健康,公序良俗,消費者保護等に関する規制であるという理由によって対象外とすべきではなく,適切な代替措置等を講ずることが可能かどうかなどによって判断すべきである.

  • 外交・防衛など国の主権に関するもの
  • 条約に基づく国の義務の履行を妨げるもの
  • 刑法に関するもの
  • 規制改革による直接的な影響(相対的な売上高の減少等は間接的な影響とみなし除くものとする)の及ぶ範囲が特区内で完結せず,かつ,所要の代替措置による対応が不可能なもの

3).対象となる規制の追加等(略)


日医ニュース目次へ