日医ニュース 第994号(平成15年2月5日)

進めたい,日本のたばこ対策

 日医は,平成十三年一月に禁煙キャンペーン実施の宣言を行った.その後,禁煙推進委員会を設置し,館内を全面禁煙にするなど,積極的にたばこ対策を進めている.一方,WHOは,たばこの消費削減に向けて広告や販売の規制を取り決める「たばこ対策枠組み条約」の最終案を取りまとめた.
 たばこ対策の現状について,坪井会長,中嶋WHO名誉事務総長,たか原厚生労働省健康局長に話を聞いた.

鼎談
WHO名誉事務総長 中嶋  宏
厚生労働省健康局長 たか原 亮治
日本医師会長 坪井 栄孝

吸わない人にも害をもたらすたばこ

 たか 今年は五月のWHO総会でたばこの枠組み条約が採択されようとしています.そこでまず両先生から,たばこの問題を健康との関係だけでなく,社会的・文化的にどうとらえるのかというあたりからお話し願えればと思います.
 坪井 たばこは大人の嗜好品だから許されていいという人がいますが,異議があります.たばこは,吸っている人はもちろん,吸わない人にも非常に大きな害をもたらすわけです.
 例えば,間接喫煙の問題とか胎児の問題ですね.こういう問題はすべて具体的なデータが出ていますから,そういうものを公表していけば,嗜好品だからというわけにはいかなくなります.
 私が生まれたところ(福島県郡山市)は,たばこ耕作農家が日本一多く,たばこ産業が非常に盛んなところです.良質のたばこの葉ができて,消費量も多いし,東南アジアなどにもかなり多く輸出していました.私が育った環境のなかでは,経済的にたばこの恩恵を受けているところはたくさんあります.
 また,今は見られませんが,一月十五日にしめ縄を焼く「どんど焼き」という習慣があるのです.どんど焼きのときにおもちを焼いてたくさん食べて,かぜをひかないようにする.同時に四歳になったとき,魔よけ厄よけということで子どもにたばこを吸わせるのです.ですから,日本のたばこは民俗的・地方的な宗教と結びついています.それから,たばこを血止めに使いました.山中を歩いていてヘビにかまれたとき,薬として使ったりしました.
 中嶋 たばこは,ニコチンが血管を収縮しますから,止血みたいなものに使える.ヨーロッパでもそういう製剤はありました.しかし,たばこは他人に迷惑をかける.環境喫煙とか受動喫煙とかいわれています.
 嗜好品という定義は,公衆衛生や医療・医学のなかにはないのです.たばこは非常に高いニコチン依存性があるけれども,ニコチンそのものには発がん性がない.タールその他,肺に吸収されるものがいろいろな疾患を起こすということから,たばこの論議が始まりました.
 リヨンのWHOに国際がん研究機関があって,一九八六年にたばこの発がん性の評価を行い,昨年六月にもう一度再評価をしました.喫煙者だけではなく,周りの環境喫煙の再評価もしました.そして,たばこの発がん性のクラス分けをしたら,前回八六年の評価から今回の評価まで,単に数が増えただけではなくて,がんの種類も増えたという結果が出てきました.受動喫煙の発がん性も確認されました.
 たばこのいちばんの問題は,青少年と女性の喫煙です.十八歳以下で八〇%がたばこを吸い始めるという傾向が日本でも出てきていますけれども,二十年,三十年たつと大変な問題になってきますね.

国際的に遅れている日本のたばこ対策

 たか 専門職団体としては,たばこ対策にどのように取り組んでいますか.
 坪井 世界医師会のなかでは,今や禁煙キャンペーンとか啓発というのはあまり話題にならないぐらい当たり前になっています.昨年十月にワシントンで世界医師会が開かれたときに,日医が展示を二つ出しました.一つは,今年三月に日本で行われる世界水フォーラムに関して,「医療と水」という問題をアピールしたもので,これは非常に大きな関心があって,世界医師会の会長または事務総長が出席するとの機関決定をしたのです.
 もう一つは,日医の禁煙キャンペーンという展示を出したのですが,そこに人が立っているのを見たことがない,つまり,関心を呼ばないぐらい当たり前のことになっている.国際レベルからいったらまさに立ち遅れていますね.よほど急いで禁煙キャンペーンをやらないと,国際レベルに追いつきません.WHOの枠組み規制の話も,日本が後ろ向きみたいにとられるのは国辱だと思います.
 たか 結局,日本の長期的な国益に利さない.
 坪井 そうです.たばこが体に悪いということは世界中の人たちが知っている.枠組み規制に関して後ろ向きなのは,日本・ドイツ・アメリカですね.環境問題の京都議定書のとき,日本はアメリカが支持しないと怒っていたけれども,たばこの問題では,健康よりも産業を伸ばすための政策を日本は第一にしていると世界からみられています.
 たか 日本のたばこに対する態度が今のままだったら,京都議定書などもほごにしてしまうように,世界中の人たちは捕らえるだろうということですね.
 坪井 そう捕らえていますよ.これは厚生労働省が悪いのです.なぜかというと,たばこのキャンペーンは財務省がやるべき問題ではないのです.厚生労働省が国民の健康のために本気でやるべきなのに,腰が引けているからこういうことになる.日医が代わりにやっているようなものです.
 たか 国内だけ厳しく規制して自国民の健康を守るのは,他国にはお行儀が悪く見えますね.
 坪井 アメリカも,自分の体に悪いからと国内では禁煙キャンペーンをして,一方では日本や東南アジアにはたばこを売り込む.これは人道的におかしいと思いますね.
 中嶋 JTI(日本たばこインターナショナル)の売上げは,日本以外のセールスまで含めると世界で第二か第三位になっています.JTIは今,中近東から途上国,中国をめざして大きなキャンペーンをやっていて,非常に成長しています.
 「マイルド」などのブランドネームを日本のたばこから消すようにフランスの新聞でもたたかれていて,JTIは今欧州連合裁判所に告訴しているような状況です.WHOが特にターゲットにしているのは,男性が五〇%以上吸う国です.
 坪井 私は生徒児童の禁煙キャンペーンを始めてもう三十年ぐらいになります.喫煙率がいちばん上がるのは中学校から高校に行く,十四〜十五歳のときです.一般の人たちも含めると,平均としては十八歳あたりのところにピークがあるのかも知れません.たばこを吸い始めるときの動機は,友だちに勧められたとか,何となく大人っぽくしたいからとかいう非常に単純なたわいないものです.
 ですから,禁煙のキャンペーンは,たばこを吸っている大人に対する教育,禁煙活動はもちろん大切ですが,同時に青少年にしっかりとキャンペーンをすることが重要ですね.たばこの害について,ニコチンやタールが健康にどう悪いのか,そのなかに含まれている一酸化炭素はどう影響するのかという教育をしないのは,やはり大人の責任です.まずたばこを吸い始める動機について本人の理解度を高めて,自己意識による自律的な規制をもたせる.そういうことを教育のなかに入れていくことが非常に大切です.
 中嶋 同じようなことがエイズについてもいえますね.エイズでも覚せい剤でも,この頃は親の権限がなくなってきているから,親が注意してもきかない.
 坪井 子どもたちに接し,彼らの価値観のなかで教育していかないと,子どもたちは納得しない.
 子どもたちに啓発運動をするときに,生徒指導,いいかえると遵法精神教育のところから入っていくとだいたい失敗する.保健体育の方から入っていくと成功するのです.どういう意味かというと,生徒指導の先生方は反社会的行動に対する抑止とか遵法精神とかを強調する.すると必ず,大人はどうして反社会的行動をしていても許されるのかと反問され,先生方は答えに窮してしまう.ところが,保健体育の方からいくと,たばこを吸ったら肺はこんなに黒くなる,なかはボロボロになって肺気腫とかぜんそく,肺がんになるという説明をする.
 四十五歳以上にならないと肺がんにならないのなら,今吸ってもいいじゃないかと反発もありますが,イニシエーションを受ける時期が早ければ早いほど,長いこと吸うから,いかに健康に悪いか,最近の遺伝子医学を利用して話をするとよく理解するのです.

厳しい警告文があるEUのたばこ

 たか ヨーロッパの最近の動きは,アメリカや枠組み条約よりはるかに先を行っているようですね.
 中嶋 新しくEU(欧州連合)がとりあげているのは,一酸化炭素です.一酸化炭素の役割が特に心臓系疾患に対して強いということで,EUはその基準を決めます.
 それから,フィルターたばこは,たばこの害を少なくするどころか,増やします.フィルターでタールは少しとりますが,ニコチンは吸収する.ですから,たばこの量はどんどん増えていく.いろいろな研究では,ニコチン,タールの量が直接病気と関係があるかどうかが問題になっています.肺がんがたばこの本数と関係があることははっきり分かっていますが,他のがんはまだ分からないところがあるのです.
 中嶋 また,EUでは, たばこ製造業者は各たばこの製造方法,香料などの含有物のすべてを政府が認定した機関で分析して報告する.それから,たばこの箱の一〇%分にその国の言葉で警告を出すということです.
 その言葉とは,たばこはキル・ユー,殺すことができるという言葉を大きな字で書く.たばこの箱の裏四〇%分には,十四の追加警告を書く.これは字でもイラストでもどちらでもいい.
 十四の警告とは,次のようなものです.
「喫煙者は早死する」「喫煙は血管を閉塞し心筋梗塞・脳栓塞を起こす」「喫煙は致死性の肺がんを起こす」「喫煙は妊娠中の胎児に害がある,子どもを保護する義務がある」「あなたのたばこの煙を子どもに吸わせるな」「あなたの医師や薬剤師はたばこをやめることを助けてくれる」「喫煙は高度の習慣性・依存性があるので麻薬などと同じように喫煙を始めるな」「禁煙をすれば高齢になっても心臓と肺疾患のリスクが減少する」「喫煙はゆっくりと痛みを伴った死を招く」「電話,インターネット,郵便,あなたの医師,薬剤師で禁煙を助けます」「喫煙は血流を減少し,インポテンツの原因になる」など.
 それから,女性向けですが,「喫煙は皮膚の老化を促進する」「喫煙は精子を痛めて生殖障害がある.だから,たばこを吸っていると少子化がますます進むという危険性もある」.このように,非常に厳しい警告を出しています.

子どもと女性をねらうたばこ産業

 たか 坪井会長は三十年以上も禁煙教育をおやりになって,その長期的な効果はどうですか.
 坪井 私がいちばん最初に禁煙教育をした子どもたちが二〇〇五年には四十五歳になります.ですから,その子たちのエリアでコントロールスタディができます.私の話を聞いた中学生とまったく聞かないで高校に入った中学生とに分けて,それぞれを追跡調査していけば,肺がんの発生率がどれぐらい違うかというデータがとれるだろうと期待しているのです.
 その前に中間的な評価として,私の話を聞いたことで,子どもたちがたばこを吸うことをためらったか.つまり,抑止効果をみると,明らかにコントロールの差が出るのです.私の話を聞いた人たちはたばこを吸い始める時期が遅い.高校に入ってからすぐではなくて,成人してから吸い始めるという人たちが多い.
 子どもたちがたばこを始める動機を抑える,抑止効果があるというデータは出ているのですが,抑止効果があった子どもたちをさらに成人式まで追っていくと,喫煙率がまったく変わらなくなる.むしろ高くなったりすることがある(笑い).ですから,二〇〇五年のデータにはあまり期待できないかも知れません.
 たばこ文化の八〇%はニコチン依存文化です.そこのところを是とするか非とするか,はっきりした腹構えを国自体がもっていないと前に進まない.たばこは害があるからやめましょうとか,箱にいろいろ書いても,たばこを吸う人は読みません.そういうことよりも,現状はむしろたばこ文化を是認するような人たちさえいるような世の中ですから,そういうものに対しては,ニコチン依存症なんだということをはっきりさせる必要がある.
 たばこの害に対する知識を子どものときから与えておくと,子どもは家へ帰ってからお父さんに,たばこはからだに悪いんだと抗議をする.すると,お父さんは子どもの前で吸えないから外へ行って吸うという哀れな状況が起こる.
 いずれにしても,子どもたちをガードしてあげると同時に,子どもたちから波及的に家庭のなかにも禁煙思想が入っていくということからすると,青少年に対する禁煙活動にもっと真剣に取り組むべきだというのが,日医の現在のキャンペーンの主軸です.
 中嶋 諸外国でもそういうことを考えてやっていますが,恐ろしいのは,たばこ会社のほうがそこをねらってきていることです.子どもの憧れるシンボルとか,子どもに影響を与えるものに対して集中的に宣伝を行う.これに使う費用は膨大で,だいたい七兆ドルといわれるほどです.それから,女性向けに集中的に宣伝をやる.
 米国製のスポーツとか自動車のF1とか,マッチョ的な宣伝を子ども向けにやっている外国たばこが今伸びている.女性の場合には,たばこを吸うとスリムになるとかいって,子どもと女性をターゲットにして外国たばこが莫大な宣伝費を使っている.政府や医師会が,それと戦っていく戦略をこれから立てていかなければいけないと思います.
 坪井 子どもたちにはマリファナの問題もあるのです.アメリカの子どもたちの喫煙率が下がったけれども,それは,たばこよりもマリファナのほうが彼らには興味が大きいからというブラックジョークみたいな話がある.マリファナも含めて喫煙率を出しているかどうかわかりませんが,これはやはり非常に問題です.
 それから,禁煙の社会的なキャンペーンに対して産業界の圧力が非常に強いのは事実です.
 ハーバード大学の公衆衛生大学院のブルーム教授と話したとき,映画やテレビで俳優がかっこよくたばこを吸ったりするのが子どもたちには非常に影響するので,それを抑えるように彼がハリウッドに申し込んだそうです.すると,私たちは映画をつくるほうなので,たばこを吸わせるか吸わせないかは脚本家にいってくれといわれたといっていました.
 しかし,画面には抗議した影響は出てこなかったそうです.メディアに出るたばこの扱い方に対して,大人も無意識のうちに是認しているところがある.
 中嶋 フランスは,新しくつくるテレビ・映画では,たばこを吸うシーンを出さないということにしています.たばこを吸う映画がテレビで放映されると,すぐにファクスやメールで放送局に抗議がくるようです.

たばこの害は遺伝子研究の進歩で明確に

 たか 厚生労働省はたばこ対策を健康増進・予防医学という観点で進めているわけですが,世界と日本における保健医療全体へのたばこの影響を一言ずつお話しいただいて,しめくくりたいと思います.
 中嶋 まずは,たばこがどうして肺がんになるのかという研究が重要です.特に,間接喫煙,父親がたばこを吸っている子どもや職場でニコチンの代謝物をみるなど,そういうスクリーニングをやって発症予防に力を入れる.
 もう一つは,たばこによる肺がんはだいたい六〇%が多段階発がんで,発症までに十五年か二十年かかる.ですから,たばこの潜伏期をはっきりいわないと,これからたばこを始める若い人に説得力がない.
 坪井 私が肺がんの医師になったのは五十年前ですが,その頃からたばこを子どもたちに吸わせるのはよくないのだという話をするときには,「若い細胞が最初にイニシエーションを受けると悪いのだ.でも,そのあとイニシエーションを受けた細胞は消滅する.新しい細胞が出てきたらそれで修復されているのではないか」ということがウィークポイントでした.
 ところが最近,遺伝子の損傷ががんの発生に関係があり,その修復が及ばなくなったときにがんが発生するのだという話が出てきたので,非常に説明しやすくなった.
 だから,子どもたちにたばこを吸わせないようにしようという教育は,細胞の修復が何回も何回も繰り返されているうちに修復不能になる,すると発がんするのだという,非常にわかりやすい説明ができるようになったのです.
 肺の組織を侵していくCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や,心筋梗塞が増えているということも一緒にPRしていくべきです.
 では,一酸化炭素は関係ないかというと,これは私の憶測ですが,冬になると閉鎖暖房になりあまり外気を取り入れなくなる.しかも,一酸化炭素はフィルティングされない.すると,午前より午後の方がビルのなかの一酸化炭素や二酸化炭素の量は増えます.これは一つのリスク因子になる.そういうデータをつくっていくことも必要だと思います.
 それから,イニシエーションを受けてから何年で肺がんになるかという話は,遺伝子解析が行われていない当時から,ニッケル鉱山に肺がんが多かったという事実からもわかります.ニッケル鉱山で働き始めた子どもたちを調べていくと,肺がんの発症までに四十年かかっている.
 だから,子どもにキャンペーンをするときはニッケル鉱山を例にとって,最初にイニシエーションを受ける時期が早いというのもさることながら,たばこの場合も四十年ぐらいのインターバルで起きてくるという話をしたのです.今はゲノムを直接見られますから,非常に説明しやすくなりました.
 われわれは第一線部隊ですから,一般国民に肺がんやCOPDの予防を直接呼びかけるときに,科学的なデータを背負っているのといないのでは説得力が全然違う.
 学問的なデータがいっぱいあるわけですから,それに基づいて国が方針をたて,それを国民のためにどのようにトランスレートして提供するかということが日医としての責務だと思います.
 たか ではこの辺で,ありがとうございました.


日医ニュース目次へ