日医ニュース 第1001号(平成15年5月20日)

勤務医のページ

「医師賠償責任保険に入っていますか」


はじめに

 医療事故訴訟は年々増加しており,最高裁の調査では,平成十三年の一年間に新たに提訴された訴訟の件数は八百五件に上り,十年前の平成三年の三百五十六件の約二・三倍に達している.一件当たりの賠償額も増大する傾向にある.
 さらに,訴訟ではなく話し合いによる示談として処理されることも少なくなく,この訴訟件数以外にも多くの医事紛争が発生していると考えられる.
 これらの背景には,患者の意識の変化や医療技術の進展,説明の不足や誤解などさまざまな要因が存在していると考えられるが,医療一般に対する国民の不信感が広がっていることを理解しなければならない.
 従来,勤務医にとっての医療事故訴訟は実質の問題として十分に認識されて来なかった.病院が施設として賠償責任保険に加入し,訴訟の相手方は多くの場合,病院の開設者や管理者であった.また,実際の紛争処理に当たっても病院側や病院が加入する保険制度,さらには弁護士に委ねられることが多く,紛争解決の実質を担うことは少なかったからであろう.
 近年,損害賠償訴訟の対象として医師個人が訴えられることも少なくない.医療機関が患者側に賠償した金額の一部または全部について,実際に過誤を起こした当事者に請求するというケースもある.勤務医も訴訟や損害賠償に無関心でいられなくなっている所以である.

日本医師会医師賠償責任保険制度の特徴

 日医では,昭和四十八年に医師賠償責任保険制度を発足させ,現在まで医療事故紛争の適正な処理に貢献してきている.この保険制度は会員相互の互助の制度であるとともに,被害者である患者の保護救済にも役立つものである.
 この日医医賠責保険制度による実際の紛争処理は次のとおりである.まず,都道府県医師会で集めた医療事故紛争の関係資料に基づき,調査委員会で一件一件を三十名近い委員が調査・検討し,次に,日医とは切り離された機構として設置した権威ある中立機関の「賠償責任審査会」で,すべての事件を公正中立の立場で審査し,その審査結果に基づいて,調査委員会,日医,都道府県医師会の三者が一体となって協力して,会員と一緒に紛争を解決していくというものである.このように,医師会が中心的な役割や責任を担いつつも患者の立場も考慮に入れた中立的な運営がなされているのである.医師会が責任を持って紛争解決を支援する仕組みが整っているといえる.

学会・医会等の医師賠償責任保険

 勤務医の法的賠償責任に対応するのが学会・医会等において募集している勤務医賠償責任保険である.この保険も,加入者本人による事故に加えて,加入者の直接の指揮監督下にある看護師,放射線技師等による事故について,加入者が法律上の賠償責任を負担する場合も対象になる.
 さらに,勤務先の病院だけでなく,出張診療等外部の医療施設における医療事故も対象としている.なお,国立病院等で紛争解決後に国や病院が医師個人に対し賠償金を求償することがあるが,これに対応することもできる.

実際の事故への対応

 医療機関に勤務する医師がなんらかの事故を起こし,被害を受けた患者が損害賠償を請求する場合において,前述のとおり病院の開設者や管理者を相手取って訴訟を起こすことが一般的である.病院が十分な賠償責任保険に加入しており,病院賠償責任保険で全額対応できれば行為者に対する求償(病院が支払った賠償金等の費用の全部あるいは一部を請求すること)は行われない.
 しかしながら,医師個人が単独で,あるいは病院の開設者や管理者とともに訴えられた場合には,直接紛争解決に当たらなければならないことがある.
 勤務医が学会・医会等の勤務医賠償責任保険に入っている場合,加入者(被保険者)と被害者との示談交渉を保険会社が行ってくれると誤解している場合も少なくないので注意が必要である.多くの場合,これらの示談交渉は医師本人が行わなければならない.
 訴訟となった場合の争訟費用(訴訟費用,弁護士報酬等)は保険でカバーされるが,弁護士の選任や訴訟対応などを自身で行わなければならないこともあるので,加入の保険の約款を注意深く理解しておくことが必要である.
 勤務している病院ではなく,他の病院へ出張やアルバイトに出かけて起こした事故については,さらに事情が複雑となる.

最後に

 医療事故を起こさず,医師賠償責任保険の存在を意識することなく医師としての生涯を送ることができるのが理想であり,実際これまでの日本においては多くの医師がそうであった.残念ながら今後の医療環境は,米国の例を見るまでもなく明るいものではないことは確かである.勤務医といえども自らの医療に責任を持ち,問われる可能性のあるあらゆる責任について考えることも必要であり,自分の診療形態や病院の状況等をふまえ,保険の特徴を理解して保険に加入するべきではないだろうか.
(日本医師会常任理事 星 北斗)


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