日医ニュース
日医ニュース目次 第1014号(平成15年12月5日)

NO.2 ―新企画―
オピニオン ―各界有識者からの提言―
医療アクセスの公平性を考える
遠藤久夫(学習院大学経済学部教授)

 近年,入院における低所得者層の医療アクセスが不利になりつつあることがわかった.その原因は,医療費の自己負担増と高齢化の進展である.このような状況のなかで,医療アクセスの公平性という観点から混合診療を考えてみる.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)


遠藤久夫(えんどうひさお)
学習院大学経済学部教授.
昭和29年生まれ,一橋大学大学院修了.
日本医師会「医療保険制度検討会議」副議長,厚生労働省「診療報酬調査専門組織(医療技術評価部会)」委員・「診療報酬調査専門組織(運営コスト調査部会)」委員長代理・「保険医療材料専門組織」保険医療専門審査員・「独立行政法人評価委員会(医療・福祉部会)」委員
公的医療保険と医療アクセスの公平

 医療は必需性の高いサービスであるため,所得水準によらず,だれでも適切な医療へのアクセスを保証すべきである,という社会的な要請は先進国共通のものである.所得格差による医療アクセスの不平等を回避させる有効な手段が,公的医療保険制度である.
 医療に対する需要は,予測できないため不確実性が高い.このようなリスクをヘッジするためには保険が有効である.公的保険でも私的保険でも,このリスクヘッジ機能はあるが,任意加入である私的保険では,医療アクセスの公平性を確保する機能には限界がある.
 なぜなら,リスクの高い人も低い人も同じ額の保険料を設定すれば,リスクの低い人は保険から脱退してしまうため,保険収支を維持するためには,リスクに応じた保険料を設定しなければならないからである.そのため,高い保険料を設定された高リスク者の私的保険への加入は制限され,結果として,高リスク者の医療アクセスが相対的に不利になる.
 それに対して,公的医療保険は強制加入を前提としているため,リスクに対応しない保険料設定が可能であり,高リスク者でも保険に加入できる.皆保険制度をもたないアメリカにおいてさえ,高齢者対象の公的医療保険であるメディケアが存在するのは,このような理由による.
 さらに,わが国では,医療需要(リスク)と所得とは負の相関が認められるため,公的医療保険は高リスク者の医療アクセスを改善させるという機能を通じて,同時に低所得者の医療アクセスを改善させていることになる.

患者自己負担とアクセスの公平性

 所得格差による医療アクセスの不公平を,公的医療保険がどの程度改善しているのかを測る尺度として,患者の自己負担に注目することができる.ここでは二つの指標を取り上げる.
 一つは,平均所得に占める患者自己負担の平均額の割合である(平均自己負担額/平均所得).保険給付率が高い保険制度下ではこの値は低くなり,その場合,低所得者の医療アクセス上の経済的障壁は低くなる.
 もう一つの指標は,カクワニ指数というものである.これは自己負担額の逆進性を示す指数であり,所得に占める自己負担額の割合が,低所得者の方が高所得者のそれより大きい場合は,自己負担が所得に対して逆進的であるという.したがって,逆進性が高い状況は,低所得者の医療アクセスが高所得者より不利な状況にあると考えられる.カクワニ指数は,符号が負で絶対値が大きな値ほど逆進性が大きいことを表す.
 以上のことより,(平均自己負担額/平均所得)の値が大きいほど,また,カクワニ指数が負で絶対値が大きいほど,低所得者の医療アクセスが高所得者に対して不利な状況にあると考えることができる.

表 自己負担と逆進性

「全国消費実態調査」
自己負担額/所得(%) カクワニ指数
外来 入院 外来 入院
89 0.40 0.17 -0.298 -0.231
94 0.39 0.18 -0.301 -0.257
99 0.49 0.25 -0.283 -0.273

 表は,「全国消費実態調査」のデータを用いて計算した,この二つの指標の推移を示したものである.(平均自己負担額/平均所得)の値が異常に低く思われるかも知れないが,これは,この数値が受診や入院をしなかった人も含めた平均値を示しているからであり,受療した人だけで計算すれば,これよりかなり高い値になる.また,入院の方が外来よりこの数値が小さいのも一見不自然だが,これも入院率が外来受療率より小さいことの反映である.
 ここで注目したいのは入院である.入院は外来と比較して,(自己負担額/所得)の値の増加率が高く,また逆進性も上昇している.つまり,入院医療においては,近年低所得層の医療アクセスが不利になりつつあることを,どちらの指標も示しているのである.
 この原因として考えられる第一の理由は,自己負担の引き上げを伴う制度改正の影響である.第二は高齢化の進展である.高齢者は若人より平均所得が低く,かつ医療需要が大きいため,高齢化は老人世帯を含む全世帯で見ると,(自己負担額/所得)の値も逆進性も上昇させることになる.
 データの制約により,一九九九年までしか計算結果を示していないが,その後の自己負担の引き上げや高齢化の影響を考えると,現状ではさらにこの傾向が強まっていると考えられる.

混合診療がアクセス公平に与える影響

 最近は,いわゆる混合診療の解禁の議論が旺盛であり,医療関係者のなかでも意見が分かれている.解禁賛成論,反対論が多様な視点から行われているため,その評価も多面的に行うべきであろうが,ここでは自己負担から見た医療アクセスの公平性という視点から,混合診療の問題を考えてみたい.
 混合診療の解禁は,社会全体の患者自己負担額を増加させることになるだろう.ただし,経済的に余裕のある人が納得して自由診療を選択するのであれば,高所得者の自己負担が増えるだけであるから,逆進性は低下することになる.この場合,低所得者の医療アクセスが必ずしも損なわれたとはいえない.しかし,このような保証があるのだろうか.
 必需性が高く選択の余地の少ないサービスまでもが,自由価格で低所得者が負担しなくてはならない状況が生ずれば,(平均自己負担額/平均所得)の値の上昇と逆進性の上昇が同時に起きることとなり,低所得者の医療アクセスはさらに悪化することになる.入院を中心に低所得者の医療アクセスが不利な状況になりつつある現状を考慮すれば,この時期に無制約な混合診療を解禁することは乱暴であり,適当ではないだろう.
 混合診療は医療の自由度を高めるという意見があるが,それを求めるのであれば,あくまでも,(1)患者が正しく評価・選択できる領域(2)アメニティなど原則として医療の本体部分ではない領域(3)検査など予防と関連する領域(4)保険収載される前の新技術(保険収載を前提として)などに領域を絞って,特定療養費を国民的合意のもとで,慎重に拡大させることで対応するのが適当ではないか.

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