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第1038号(平成16年12月5日) |
植松会長
日経新聞紙上で日医の考えを主張

今秋の小泉純一郎総理の国会での発言以来,混合診療解禁問題が急速に現実味を帯びてきた.そのようななか,十一月二十三日付の日本経済新聞「経済教室―混合診療を問う」において,植松治雄会長が日医の考えを主張した.
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植松治雄
日本医師会会長 |
解禁は国民皆保険を破壊
医療の不平等招く
「特定療養費」修正で対応を
混合診療を解禁すれば,健康保険が適用されない自費医療が増大し,裕福な層しか医療の進歩を享受できない医療の不平等さらには公的医療保険の縮小につながる.政府の規制改革・民間開放推進会議の主張は的外れで,特定療養費制度の修正などで問題は解決できる.
米国の医療制度 私的保険が支配
政府の規制改革・民間開放推進会議は,混合診療の解禁を強く打ち出し,早期の解禁をもくろんでいる.混合診療とは,保険診療と自費である保険外診療を同時に行うことであり,健康保険法で禁止されている.混合診療が解禁されれば,医療の進歩によって健康保険の対象にすべき新技術が自費扱いのままにされ,自費医療費の増大を招き,一部の人しか進歩の恩恵を享受できず,国民医療の不平等を引き起こすことになる.さらに,自費医療費の増大は利潤追求を目的とした私的医療保険の参入を許し,政府の財政至上主義の下,公的医療保険が縮小・形骸化され,現在の国民皆保険制度は破壊される.
その結果,米国のように私的医療保険会社による医療支配を許すことになり,国民に安心で質の高い医療を平等に提供できなくなる.私的保険は,営利を目的とする以上,疾病に罹患(りかん)している者や高いリスクを持つ者に対して加入制限や高い保険料を課す可能性が高く,真に医療を必要とする人が保険に加入できなくなる.私的保険は公的医療保険の代替にはなり得ない.
生命と個人の尊厳を守るべき医療の世界に,経済的な弱肉強食(市場競争原理)の論理を持ち込むことは極めて危険である.裕福な一部の人のみが優遇され,弱者を切り捨てる政策は容認できない.「誰でも,いつでも,どこでも安心して平等に医療を受けられる国民皆保険制度」を混合診療解禁による破壊から守らねばならない.
国民皆保険制度は一九六一年に実現され,現在では空気や水のような存在として国民生活の中に定着している.しかし,国民皆保険制度が実施される前には,庶民は十分な医療を受けられない時代があったことを忘れてはならない.現在の日本の平均寿命・健康寿命・医療水準は世界でもトップクラスであり,これを支えてきたのが国民皆保険制度である.しかも,医療費の対GDP(国内総生産)比は米国の約半分で,効率性の面からも国際的に高い評価を受けている.たとえ,これから必要な高度医療をすべて保険適用にしても,対GDP比が倍増して米国並みになることはない.
ソ連崩壊にみるように,自由主義は,結果平等重視の社会主義に打ち勝った.しかし,これは単に自由主義における市場競争原理が優れていたからだけではなく,社会保障という補完システムが機能したからである.市場競争原理を万能視してはならない.
英国では,国家機能の拡大を抑えるためにすべてに市場競争原理を当てはめ,財政支出の抑制を図った結果,入院手術を六カ月も待たなければならないほど医療提供体制が崩壊してしまった.
米国には国民皆保険制度は存在しない.保険料を支払えないか,病気を持っているため私的医療保険に加入できない国民が約四千万人もいる.日本では生体部分肝移植手術といった高度先端医療まで保険適用となっているが,米国では高額な医療保険に加入している人しか,このような医療を受けられず,保険商品の種類によって受診できる医療機関や治療内容に制限がある.
私的保険会社の医療支配に対抗するために,患者・医師・看護師などによる反対運動が起き,米国の「弱肉強食的医療」は破たんに向かっている.クリントン前大統領はかつて「内政問題で一番悔やまれるのは健康保険制度を作れなかったことだ」と述べている.米国でも必要性を指摘されている国民皆保険制度は,日本国民の誇るべき財産である.
問題解決に解禁は不要
日本の健康保険の医療は安全性と有効性が保障されており,価格は国が決めている.さらに健康保険法は,患者の治療に必要なものはすべて医療という現物で給付することを定め,混合診療を禁止している.
混合診療禁止の根拠は,第一に,科学的に根拠のない危険な医療行為を行わせないためである.科学的根拠のない療法は,患者の生命を脅かすだけでなく,適切な医療を受ける機会を損なわせる.第二に,経済的に自費診療の負担ができない患者の生命が軽んじられて,国民医療の不平等をきたさないためである.相互の助け合いの精神を基盤とする公的医療保険を使用する以上,一部の裕福な人だけが特別な医療を受けられるのは助け合いの精神に反する.第三に,保険診療に導入すべき医学・医療の進歩による新技術が,自費診療として保険適用外におかれ続けることを防止するためである.
混合診療に関する議論は,保険診療に関連する分野について行われるべきであり,快適性(アメニティー)に関するもの,美容形成,健康診断,予防接種などは保険診療と関連がなく,議論する必要はない.規制改革・民間開放推進会議が問題としている外国人患者のための通訳の費用も,保険診療と関連はなく,徴収しても混合診療にはあたらない.
また同推進会議は,混合診療による高度先進医療,保険診療における回数制限検査の実施,乳がん手術中の乳房再建術,安全性の確立していない抗がん剤の使用などの必要性を論じて,混合診療解禁を主張しているが,その主張は以下のごとく誤りである.
現行の健康保険制度の中には,特定療養費制度が存在し,高度先進医療が含まれている.高度先進医療は,安全性および有効性がほぼ確立されているがいまだ普及に至っていないものを,保険適用されるまでの間,特定承認保険医療機関において行うものである.臓器移植など多くの医療がこの制度の対象になった後,保険適用に移行してきた.混合診療との最大の相違は,普及してくれば,健康保険の適用対象になることである.
ただ,特定療養費制度にも問題点はある.手続きが煩雑で,医学の進歩に対応できない例もある.さらに承認までの過程が不透明で分かりにくいという批判もある.しかし,これらの問題点は,適用を緩和し,審議内容を公開して透明性を確保すればよく,混合診療を導入する必要はない.
健康保険の診療では回数に制限が設定されているものがある.例えば,がんの血液検査である腫瘍(しゅよう)マーカーと胃内ヘリコバクターピロリ菌の除菌である.これらは制限回数以上の検査の実施が医学的に必要であれば,すべて健康保険で認めるべきである.仮に回数制限を廃しても健康保険財政への影響は微々たるものであり,すぐにでも回数制限を撤廃すべきである.
乳がんの手術時における乳房再建術自体は現在でも健康保険は適用される.主たる問題は材料のシリコンを供給する会社が健康保険適用の申請をしないために,シリコンが保険で使用できず,自由診療となる点である.これは安全性の証明の問題と保険適用になると価格が下がるので自由診療に留め置く方が会社にとって高収益となるためである.保険適用の申請をさせ,安全性が完全に確立するまでの間は,特定療養費制度の適用を考慮すべきである.
新しい抗がん剤など安全性・有効性が不明の新薬については治験の適用を速やかに行わねばならない.治験の手続きを迅速化し,合理的な根拠があれば速やかに開始できるようにすべきである.治験であれば混合診療とはならない.
規制会議の狙い 私的保険参入に
以上のように,規制改革・民間開放推進会議の主張する混合診療解禁の根拠は存在しない.いくつかの修正すべき点を持ち出して,全体を否定するのは適切ではない.推進会議の真の目的は,混合診療解禁を理由として健康保険法を改正することにより,公的医療保険の民間開放すなわち私的営利保険を参入させることである.
確かに,混合診療を導入すれば,医療機関の収入は増える.しかし,患者の財力により治療内容が変わり,人の命に値段をつけるような制度は,断じて許されるべきではない.人の命は平等である.弱肉強食の経済論理を命の世界に持ち込んではならない.
(平成十六年十一月二十三日付 日本経済新聞より) |