日医ニュース
日医ニュース目次 第1042号(平成17年2月5日)

No.16
オピニオン

健康な患者からの提言
上坂冬子(作家)

 けがや病気になった時に,どの診療科にかかればいいのか分からず困ったという実体験を基に,今回は,作家の上坂冬子氏に,そんな時に困らないための,ある提案をしていただいた.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)

上坂冬子(かみさかふゆこ)
 昭和5年生まれ。ノンフィクション作家、社会評論家。日本文芸協会会員。トヨタ自動車工業(当時)勤務中に「職場の群像」を出版、これを機に文筆活動に入り、菊池寛賞などを受賞。著書は「巣鴨プリズン13号鉄扉」「生体解剖―九州大学医学部事件」など多数。
 カリフォルニア・ラホーヤの病院を“見物”に行ったことがある.
 かつての駐日アメリカ大使エドウィン・ライシャワーさんが息を引き取られたところで,案内人は未亡人のハルさんであった.ハルさんはよく知られているとおり日本人で,日・米の事情に精通していたが,
 「ほら,ごらんなさい.あそこに黄色のスーツを着ている人がいるでしょ.彼らは病院勤めの医師だったのを,リタイアしてからボランティアとしてあの仕事についているのよ.おもしろい制度でしょう」
と前置きして,こんな話をしてくれた.
 黄色のスーツを着た人は受付のコーナーに五人くらいいて,よろず医療相談にのってくれるのだそうだ.重症ではないけれど,気にかかる症状のある人は,まずその窓口で詳細を話し,黄色いスーツの医師たちが症状を聞いたうえで,整形外科がいいとか,心療内科に行くとよいとか,緊急事態だから救急コースに紹介するなどと指示を下すのだそうだ.

病気知らずの人への対応

 最近になって,あの病院のシステムを,しきりに思い出す.
 実は,もう十年ほど前から,私は膝の痛みが気にかかっていた.階段の昇り降りが不自由で,脚が思うように動かない.身辺の人々に相談してみたところ,
 「ああ,年齢とともに,だれもがそうなるのよ.上りと下りとどっちがつらい? 上りがつらい方がタチが悪いそうだけど,老化だから病院に行っても痩せなさいといわれるだけよ」
と,だれもがほとんど同じことをいった.最初は私も素人診断に従って,「トシだから老化現象から逃れられまい」と大して気にもかけなかったのだが,三年ほど前から症状が悪化してきた感じがあった.何とかしなければと思いながらも,近所には内科と外科の医院しかない.内科は論外だし,外科に駆け込むほどの病気でもあるまいと,一日延ばしにしていたところ,ついに我慢の限界に達したのである.
 きっかけは,多分北方領土に視察に行ったときの一件であったろう.国後島では港の設備が不十分で,上陸するときには船から陸へ飛び下りるかたちとなる.順番に一人ずつ飛び下りて私の番になったので,エイッとばかり飛び下りたところ,ガクンと膝をついたまま,しばし立ち上がれなくなった.他の乗客も同年齢の人が多かったのに,ガクンときて,そのまま地上に手をついて身動きできなくなったのは私だけであった.
 帰京して,不安のあまり私は近所のかかりつけの内科の女医さんに症状のあらましを伝えたところ,どうやら膝の痛みは整形外科の分野らしいと分かった.人づてにその分野の名医がいるといわれる病院に行った結果,「変形性膝関節炎」との診断を受け,ようやく病名だけははっきりしたのである.自覚症状を感じつつも,長い間対応も考えずに放っておいた私の責任だが,生来健康で,医師や病院との接触の仕方が分からず,一日延ばしにして悪化させてしまった私のような患者は案外多いのではないか.
 以来,私はカリフォルニアの病院の黄色のスーツのボランティア医師を,しきりに思い出すようになっている.ああいう手軽な窓口があったなら,私だって,もっと早く手を打てたかも知れないのにと,カリフォルニアの黄衣のボランティアたちを懐かしんだ.病院は病人のためにあるに違いない.しかし,病気知らずの人間への対応が手薄になっているのではないかと,私は自分の怠慢を棚に上げて愚痴を抑え切れない.

地域医師会に期待すること

 実は,かなり前のことだが,胃の辺りが疼いたため,国立病院に駆け込んだことがある.簡単に治るものと思って,いつものとおり放っておいて我慢の限界に達してから,かかりつけの女医さんに診てもらったら,精密検査を受けておいた方がいいとのことで,彼女の出身校の国立大学付属病院に紹介してくれたのだ.座っているだけで疼くほどの痛さだったため,私もおとなしく女医さんの勧めに従って国立病院に行ったが,病院では,「少々お待ちください」といわれて,小一時間待たされ,そのせいか少しこじらせた思い出がある.いずれにしろ,私のように普段は健康な人間は,自己診断や素人診断によって治療のタイミングを外しがちだ.
 そこで,一つ提案がある.
 地域の医師会の窓口を,健康な人間のために,もう少し開放してもらえないものか.例えば,私のように,日ごろから医師と縁遠い暮らしをしている者にとって,整形外科の存在など,とりわけ縁遠いもので,膝関節炎がはっきりするまでに,一人でかなり悶々とした.
 つまり,ちょっと相談してみるという機関がなく,私は身辺の病気に詳しい素人の“身の上相談”に身を任せて,ことをこじらせたりしている.
 たとえ電話相談だけでもいい.病気とはいえないほどの症状のとき,よろず相談に応じてくれる窓口があったら,どんなに心強いだろう.
 そう,カリフォルニアの病院の黄色のスーツのボランティア医師の役割を,私は地域の医師会に期待したいのだ.地域の医師会は,これまでも,それなりに相談に応じ,さまざまな活動をしてきてはいるだろうが,もっと大々的にPRして窓口を開放してほしい.病院や医院に行くまでもないほどの症状を,確かな知識で受け止め,指示を下してくれる場所として,地域の医師会の日常活動を位置づけてくれるよう,切望している.

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