日医ニュース
日医ニュース目次 第1050号(平成17年6月5日)

NO.20
オピニオン

わが国の少子化対策の問題点
榊原智子(読売新聞解説部)

 わが国の出生率は年々低下を続け,深刻な問題となっている.日本の少子化対策への取り組みに欠けているものは何なのか.読売新聞解説部記者で,内閣府の少子化社会対策大綱検討会委員も務めた榊原智子氏に意見を寄せてもらった.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)

榊原智子(さかきばらのりこ)
 読売新聞東京本社解説部記者.昭和63年上智大学博士課程前期(国政関係論)修了,同年読売新聞社入社.調査研究本部,浦和支局,政治部などを経て,平成14年より現職.東京都児童環境づくり推進協議会委員,内閣府少子化社会対策大綱検討会委員などを務める.

 今年は年明けから,新聞各紙が「少子化」や「人口減少」を主題にした連載を一斉に始めて,話題になった.新聞だけでなく,テレビでも少子化や人口減をテーマにした報道が増えている.「少子化による社会変動がやってくる」と,報道各社が競って警鐘を鳴らし始めたという様相だ.
 内閣府が昨年行った意識調査では,「少子化に危機を感じる」という人が七割に上っていた.深刻化する少子化への危機感は国民的関心事ともいえるが,その関心の的である出生率は,二〇〇三年に過去最低の一・二九になり,二〇〇四年には,さらなる低下が予測されている.
 人々の危機感とは裏腹に,少子化の流れが止まらないのはなぜか.出生率を回復させた国々と比べ,少子化の取り組みで欠けているのは何か.

質・量ともに乏しい少子化対策

 少子化に関心が集まるようになったのは,合計特殊出生率が史上最低となり「一・五七ショック」と騒がれた一九九〇年以降だ.それから十数年にわたり,記者として,子育て世代の一人として,国内の動きを見守ってきた立場から,実は,少子化が進む原因は明快だと考えている.
 それは一言でいうと,「少子化を止めようと,だれも本気で取り組まなかった」ためであり,その結果として,出産や子育てがますます難しい社会になったことに尽きていると,私は考えている.
 もちろん,政府は,「エンゼルプラン」から昨年末の「子ども・子育て応援プラン」まで少子化対策を作ってきたし,自治体でも出産や子育ての支援に,さまざまな取り組みを行ってきた.だが,そのほとんどは,予算も施策の内容も限定的な「とりあえずの対策」であり,「子育てに不安のない社会を実現するため全力を尽した」といえるほど力強い取り組みは見当たらない.
 社会保障給付総額の八十六兆円のうち,七割が高齢者向けなのに対し,子どもや家族向けは四%未満という著しい格差があることは,よく知られるようになった.二十年程前から国を挙げて取り組んできた高齢化対策に比べ,少子化や子育てへの取り組みは,量も質もはるかに乏しいものだった.その“本気度”の差が,数字にも現れているといえる.

時代のニーズに対する国の感度不足

 出生率が一・三を下回り,日本は「超少子化国」と呼ばれるようになった.昨年は,年金制度の維持が危ういことが,だれの目にも明らかになった.人口減少の到来も目前に迫り,少子化への危機意識を一気に広めた.
 これほど出生率低下が進むまで,国や自治体だけでなく,社会全体が危機感を共有することなく放置してきた要因にも,目を向ける必要がある.
 政府は最近まで,「出生率の低下は晩婚・未婚が進んだためであり,遅く結婚した人が産み始めれば,少子化は止まる」と説明してきた.「いずれ出生率は回復する」という楽観的な見通しが,大胆な対策に二の足を踏ませる状況を作ってきた.また,「子育ては若い親の責任」「支援などと甘やかす必要はない」といった声が政党などにはあった.「子育て支援は政治が喜ばない」という状況が,政府を一層消極的にさせてきた.
 農業主流からサラリーマン主流へ,大家族から核家族へと過去半世紀で国民の生活は激変した.高齢者介護と同じく,結婚や育児をめぐる状況も激変したのだが,時代のニーズへの感度不足が,行政や政治の対応の鈍さにつながっていたと感じる.

国が打つべき手段とは何か

 しかし,超低出生率は,待ったなしで厳しい現実を突き付けている.
 政府が二〇〇二年に公表した将来推計人口では,出生率は二十一世紀初頭に一・三で底を打った後,一・三九にまで回復する見通しだ.従来より格段に厳しい見通しで衝撃を広げたが,この将来予測でも「現実より甘すぎる」との認識は政府内でも広がっている.
 一・二九という出生水準は何を意味するのか.国立社会保障・人口問題研究所が,二〇〇三年から出生率一・二九が続くという仮定で将来人口をはじき出した試算がある.それによると,二〇〇三年に一億二千七百六十一万人だった人口が,二〇五〇年に八千八百五十五万人,二一〇〇年に四千八十万人と三分の一になる.その後も減少は続き,二二〇〇年に八百四十一万人,三二〇〇年にはついに一人になる.
 この試算が示すのは,現在の出生水準が続く限り,日本人は今後一世紀に急速に減り,人口ゼロへと直進するということ.私たちがすでに「絶滅危惧種」になっているという現実にほかならない.
 人口減や高齢化を懸念して,移民政策の転換や女性・高齢者の労働力の積極活用を唱える向きもある.そうした対応の検討も,必要であることは否定しない.だが,今,何より求められているのは,「現在の少子化の流れを変えない限り,社会や経済の基盤も早々に維持できなくなる」という現実をまず直視することではないか.そのうえで,国を挙げて,打つべき手を早急かつ強力に打ち出すことだと考えている.
 打つべき手の第一は,低出生率による危機的状況を,包み隠さず国民に知らせることだ.人口構造が転換期に差し掛かった私たちにも甘い見通しを掲げて対応を先送りする時間的余裕はない.
 第二は,人口減少が本格化すれば一種の社会的パニックが起きることも予想される.その前に,次世代育成を社会で応援する包括的なシステムを早急に作ることだ.家族の扶養力が低下して,高齢者介護を社会で支えるシステムが作られた.子育ても社会全体で支えるという発想に転換し,社会保障や税の配分を見直して,「子育て連帯基金」などの仕組みを検討する必要がある.その財源で,保育サービスや小児医療など子育て支援策を大幅に拡充するためだ.
 出産・育児の環境が改善されれば,出生動向も変わる余地がある.「産みにくい,育てにくい社会」を実感してきた一人として,そう感じている.

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