日医ニュース
日医ニュース目次 第1053号(平成17年7月20日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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DES(薬剤溶出性ステント)を用いた新しい虚血性心疾患治療
〈日本循環器学会〉

 冠血管インターベンション(per-cutaneous coronary intervention;PCI)は,内科医が行う冠血行再建術として広く普及しており,わが国におけるPCI施行数は年間十五万件にも及ぶ.PCIはPOBA(plain old balloon angio-plasty)と呼ばれる風船療法にステントが加わり,術後の再狭窄が減少したが,それでも一五〜二五%の症例で再狭窄が避けられないことがPCIの最大の隘路となっている.これに対し,再狭窄を抑制するための薬剤をコーティングした薬剤溶出性ステント(drug eluting stent;DES)が登場し,その威力に世界の衆目が集まっている.現在,世界で発売され,市場をリードしているのは,CypherTMとTAXUSTMであり,本邦でも,CypherTMステントが昨年八月から保険適用となり,急速に普及し始めた.
 CypherTMに用いられているシロリムス(ラパマイシン)は,イースター島の土壌から発見されたマクロライド系の抗生物質である.一九九九年より米国で腎移植後の免疫抑制剤として用いられるようになり,欧米で心・肝・膵移植後にも用いられている.シロリムスは,わが国で開発されたタクロリムスと同様にFKBP12受容体と結合し,ラパマイシン標的タンパク(mTOR)活性を抑制することにより,P27が上昇し細胞増殖周期がG1後期で休止期に切り替わるため,平滑筋を非増殖状態(G0期)に維持すると考えられる.一九九九年,BX-VelocityステントにシロリムスをコーティングしたCypherTMステントがブラジルで初めて使用されて以来,RAVEL試験(二百三十八例),SIRIUS試験(千百例)でCypherTMステント群の再狭窄が極めて少ないことが確認され,驚異の眼差しで迎えられた.
 もう一つ,世界の市場を席巻しているTAXUSTMステントは,パクリタクセルをコーティングしているが,パクリタクセルは卵巣腫瘍や肺がん・乳がんなどに用いられる抗がん剤で,増殖能の高い細胞の細胞分裂を阻止することにより,平滑筋細胞の増殖を抑えて再狭窄を抑制する.細胞分裂に重要な役割を果たす微小管と結合し,その脱重合を抑制することにより細胞分裂を阻止するが,シロリムスと同様に細胞周期G1期で細胞周期を止めるという報告もある.
 DESの登場によってPCI後の再狭窄の問題は劇的に改善し,虚血性心疾患治療に革命的なインパクトを与えつつある.DESによる内膜形成遅延に伴うステント血栓症の問題やステントのmalappositionの問題など,若干の課題は残されているが,DESの出現によって虚血性心疾患治療戦略が変化することは確かであろう.CABG(冠動脈バイパス術)のあり方,PCI後のフォロー・アップCAG(冠動脈造影)の意義に再考が加えられ,医療経済的にも少なからず変化が生じる可能性がある.基礎医学が臨床に大きなインパクトを与えた事例としても特筆に値するものと考えられる.

(大阪大学大学院循環器内科教授,日本循環器学会学術委員長 堀 正二)

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