日医ニュース
日医ニュース目次 第1068号(平成18年3月5日)

NO.29
オピニオン

医師税制の問題点
緑川正博(公認会計士・税理士)

 消費税の引き上げが現実味を帯びてくるなかで,医療機関の消費税に対する早急な対応が求められている.そこで,今回は,税理士で公認会計士でもある緑川正博氏に,消費税を含めた医師税制の問題点を指摘してもらった.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)

緑川正博(みどりかわ まさひろ)
 公認会計士・税理士.明治大学政治経済学部経済学科卒.現在,日本経済団体連合会税制ワーキンググループメンバー,日医参与を務める.
 医師税制の主たる問題点として,次の三点を検討しなければならないと考える.

個人開業医の利益率に関するマスコミ報道

 個人開業医の所得金額は,社会保険診療報酬等の収入金額から必要経費の金額を控除して計算し,この所得金額に対して,所得税等が課税される.
 一方,医療法人の場合は,院長が給与所得者となるため,社会保険診療報酬等の収入金額から経費の金額を控除し,さらに院長等の報酬額を控除して医療法人の課税所得を計算する.そして,医療法人に対して法人税等,院長に対して所得税等が課税される.
 昨年十一月に厚生労働省がまとめた医療経済実態調査(速報)の報告を受けて,一部のマスコミが,個人開業医と医療法人の収支状況を同じ土俵上で論じ,個人開業医の利益率が高いと報道したが,この報道は,前述の両者の所得計算方法の違いを無視して書かれたものであり,論拠を欠くものである.

消費税の損税問題

 医師税制の問題点のなかで特に注目すべき点は,消費税問題である.社会保険診療報酬が非課税であるため,医療機関は,仕入れに際して支払った消費税のうち社会保険診療報酬に対応する部分の金額を,受け取った消費税から控除できず,医療機関が最終消費者として,消費税を負担する結果となっている.
 事業者が納付すべき消費税額は,原則として,売上に対する消費税額(受け取った消費税額)から仕入れ等に係る消費税額(支払った消費税額)を控除して算出する.
 これは,消費税が課税される百の消費に対しては,最終消費者による五の消費税負担で消費税の課税関係を完結させ,流通の過程で事業者が支払った消費税については税額控除の形式により事業者に負担させない,という趣旨である.
 しかし,この税額控除の制度は,非課税売上に対応する部分の金額については,原則として適用されない.非課税売上(社会保険診療報酬)が売上の大部分を占める医療機関の場合には,仕入れ等に係る消費税額として控除できる金額は,課税売上(自由診療に係る報酬等)に対応する部分の金額にとどまり,大部分を占める社会保険診療報酬に対応する部分の金額を控除することができず,これを医療機関が負担する結果となる(損税の発生).
 この負担を免れるためには,売上高へ転嫁(上乗せ)することが考えられるが,医療機関における社会保険診療については,その価格が公定されており,医療機関が独自に転嫁することはできない.
 厚生労働省の説明によれば,医療機関が仕入れに際して支払った消費税のうち,社会保険診療報酬に対応する部分については,社会保険診療報酬に対し,およそ一・五三%が上乗せされ,適正に価格転嫁されているとしているが,これは必ずしも十分な根拠のある額ではなく,実態を反映していない.
 日医医業税制検討委員会が行った実態調査によれば,多くの医療機関において損税が発生しており,医療業界全体では損税となっている.特に,設備投資により建物や高額の医療機器を取得した年度において,多額の消費税の負担(損税)が生じている.また,一部の医療機関においては,逆に少額ながら益税が発生していることも判明した.
 損税を根本的に解消するためには,社会保険診療報酬等が消費税の課税対象となり,支払った消費税が控除されることが必要である.その場合,問題となるのは税率であり,次の三方法が考えられる.
 国民の負担等を考えた場合,ゼロ税率による課税案が最も好ましいが,これまでの立法当局の対応から判断すれば,その実現可能性は低いと考えられる.
 一方,普通税率による課税制度であっても損税を解消することができるが,それでは患者等の負担が重くなる.
 そこで,国民の負担および実現可能性を考慮し,軽減税率による課税制度が損税解消策として望ましいこととなる.
 なお,「軽減税率による課税制度」が実現するまでの次善策としては,現行の非課税制度において社会保険診療報酬に上乗せされているとされる仕入れに係る消費税相当額を明確化し,医療機関に損税が発生しない十分な上乗せがなされるよう改めるとともに,建物や医療機器を取得する際には,税額控除または特別償却を認める措置を創設することが望まれる.

医療法人制度改革

 より良質な医療を提供する体制を構築するため,医療法の改正案が通常国会に提出された.そのなかでは医療法人制度の改正についても触れられている.
 具体的には,非営利性の徹底である.例えば,新医療法案では,医療法人が定款または寄附行為において「残余財産の帰属すべき者に関する規定を設ける場合には,その者は,国若しくは地方公共団体又は医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省で定める者のうちから選定されるようにしなければならない」として,出資者等が残余財産分配請求権を有しないこととされている.ただし,同法律案附則において,上記の取り扱いは,新医療法施行日以後に設立認可された医療法人に対して適用し,施行日前に設立認可の申請がされた医療法人に対しては,適用しないこととされている.
 非営利法人に対する課税のあり方については,現在検討が行われており,「公益性」の有無に応じた課税のあり方が示されている.医療法人の非営利性が徹底されるのであれば,非営利法人と同様に,医療法人においても公益性の有無に応じた法人課税を検討すべきであると考える.
 また現在は,相続または贈与時における医療法人に対する出資は,財産評価基本通達一九四―二により,取引相場のない株式に準じて評価することとされている.新医療法施行後に設立される医療法人の出資者等が,残余財産分配権を有しないのであれば,財産評価基本通達一九四―二によって評価することは妥当ではないと考えられる.その他,既存の医療法人が,新医療法人制度下の医療法人へ移行する際の課税関係等,医療法人制度の改革に応じた税務上の手当が必要である.

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