日医ニュース
日医ニュース目次 第1070号(平成18年4月5日)

NO.30
オピニオン

メディアと医療
前野一雄(読売新聞医療情報部長)

 連日のように,医療に関する報道がなされているが,マスメディアと医療側との関係は,決して良好なものとはいえない.今回は,日医広報戦略会議委員でもある前野一雄氏に,今の時代に求められる医療側とメディアとのかかわり方について指摘してもらった.
(なお,感想などは広報課までお寄せください)

前野一雄(まえの かずお)
 読売新聞東京本社編集局医療情報部長.横浜国立大卒.富山支局を経て,科学部で医学・医療を担当.長期連載「医療ルネサンス」にスタート時から専従.同取材班として,新聞協会賞,菊池寛賞等を受賞している.平成16年からは,日医の広報戦略会議委員を務める.
 メディアと医師のかかわり方について考えてみましょう.
 「新聞は医者の悪口ばかり書く」とは,よく医師から批判されるところです.確かに医療ミスは,ひときわ目立つ記事として掲載され,医師個人の犯罪事件も,一般人より大きく扱われがちです.社会的な関心の高さの反映といえましょう.
 実際のところ,医師の皆さんは,「マスコミ」「新聞記者」に対して,どのようなイメージをお持ちでしょうか?
 身近にマスコミ関係者がいない人も,過去に取材を受けた経験がなくても,好意を持たれている方は,極めて少数ではないでしょうか.むしろ,油断できない輩(やから)たちといった,マイナスイメージを抱かれている方が多いでしょう.若い年代では,マスコミに対するアレルギーがあまりないようですが,年配の方たちには,「軽薄で,ものを知らない」「過度に大騒ぎする」,さらには「ウソを書く」等々といった強い反感を持っている人も多いようです.

苦手意識の要因は?

 会合などで初対面の先生方と話をしていて,こちらが新聞記者だと分かると,途端に厳しい口調で非難されることがあります.
 それが私どもの執筆した記事や,記憶にある内容であるなら,説明や意見を述べることができるのですが,放送,雑誌を含めたマスコミ全般への漠然とした“標的”にもなるのです.
 医療現場を舞台にした人気テレビドラマを引き合いに出される場合もあります.「たとえフィクションであっても,医師の評判を落とす」と心配されるわけです.
 医師たちが抱くマスコミ不信の広さ,深さを感じて,ため息をついてしまいます.
 一方,マスコミの側にも,お医者さんが苦手(?)な者が少なくないように思われます.相手から嫌われていると感じると,敷居が高くなる心理が働くのかも知れません.ともすれば,「上からものをいう」「専門用語で煙に巻く」「仲間内でかばい合う」といった取材記者たちの嘆きを聞きます.
 医師とメディアの双方が身構える苦手意識―.この最大要因は,お互いのコミュニケーション不足にあるのではないでしょうか.

高まる医療情報へのニーズ

 ほんの十数年前まで一般紙の医学・医療記事は最先端研究や実験医療が中心.もっぱら「科学欄」に載りました.このころなら,少数の研究者と専門記者だけに限られ,通常は“疎遠な”間柄でよかったのでしょう.でも,今は時代が違います.
 一般紙は,読者ニーズに引きずられる形で,こぞって医療の紙面を増やしてきています.決して,新聞は,お医者さんの批判ばかりしているわけではありません.手元にある新聞をめくって確かめてください.国や自治体の医療政策関連の記事を除外しても,医療・健康に関する記事がまったく載っていない日はないと思います.
 現代医療は高度化,専門化し治療の選択の幅が広がっています.同時に高齢社会のなかで,生活習慣病をはじめとした慢性疾患中心の疾病構造の変化で,人々は信頼できるお医者さんとの長い付き合いの大切さを切実に感じています.でも,肝心の医療情報の入手の仕方が心許ない現状です.そこで,マスメディアによる医療・健康記事への期待感が強まっています.
 私が所属する読売新聞医療情報部は全国紙で唯一の医療専門セクションです.身近な医療を誰にも分かりやすく毎日紹介しようと科学部,生活情報部などで発足(一九九二年)した「医療ルネサンス班」が前身です.医療ルネサンスの連載は今秋四千回を迎え,「医療の読売」をけん引する看板企画に成長しています.
 医療はもちろん,マスメディアも欠かせない社会システムであることはいうまでもありません.誤解に基づく相互不信が続くことは社会にも不幸です.医療はすこぶる専門的な領域です.患者は,医療が生殺与奪の権はもとより生活のクオリティーに大きく左右することを知っています.だからこそ,受けるべき中身を理解する「納得医療」を求めるわけです.
 もはや,パターナリズムやムンテラに立った“お任せ医療”は成り立ちません.

医療側とマスコミの最適な関係とは

 ただし,患者の聞きたい説明も理解力もばらばら.限りある時間で,一人ひとりに応じる苦労はお察しします.それにもかかわらず,いかに有効なインフォームド・コンセントを実現するか―医療従事者の新たな重い役割として認識する必要があります.
 しかし,患者へのコミュニケーション術はこれまで医学教育や臨床研修で習得されなかった能力だけに,長けた医師は多いとはいえません.
 コミュニケーション術の神髄とは,異なる職業や価値観,かけ離れた年代の人たちと上手に意思疎通を図ることではないでしょうか? 同じ分野に生きる業界人同士が専門用語(業界言葉)による交流とは本質的に違います.
 門外漢の相手の立場に立って,知りたがっていることを推し量り,難解な内容も的確にそしゃくし,納得を得るのが,プロフェッショナルの醍醐味であり,聞く者の信頼を勝ち取れる技です.この必殺技はマスコミ人に対しても有効です.
 医療者と患者の橋渡しを担うべきメディア側に勉強不足が見られることも多々ありましょう.メディア自身が知識,見識を有する専門記者の育成に努めなければなりませんが,医療側も医療記者を育てていくような包容力を持っていただけないでしょうか.お互いが,歩み寄って気心を知る努力を重ねれば,双方の視野が広がり,深め合うことができます.
 専門家集団が社会に広く理解を得るには,良質なメディアとの連携が不可欠です.もちろん,事実関係の間違いや,明らかな誤解は速やかに指摘いただくことが,ミスを繰り返さないメディアの質向上にもなります.
 時代に即した医療システムの模索が続く今,医療側とメディアとの真摯で健全な緊張関係が,患者(読者)の利益につながるはずです.

このページのトップへ

日本医師会ホームページ http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association. All rights reserved.