日医ニュース
日医ニュース目次 第1081号(平成18年9月20日)

勤務医のページ

電子カルテは勤務医の味方か?

電子カルテのレスポンス

 電子カルテ導入病院から聞こえる評判は,どんなものをお聞きであろうか? 筆者が聞き及び,訪問した範囲では,二対八で,「診療に時間がかかるようになった」という施設が多い.研究会などでの報告では,「最初は遅かったが,慣れるに従って早くなった」というものが多い.しかし,これには回答者(発表者)のバイアスを感じずにはいられない.また,データはたまり,それによりレスポンスは必ず遅くなる.
 今,勤務医不足が叫ばれ,その原因に勤務医の過剰労働が指摘されているこの状況で,いつ,医師,看護師からの反乱,電子カルテ運用施設の忌避が起きても不思議ではない.実際,アメリカでは,電子カルテどころか,日本ではもう当たり前となっているオーダー入力ですら,医師の組合によって稼動後停止したという例を聞いている〔Cedars-Sinai病院2004(New York Times April, 6. 2004)〕.医療情報の最大のサービスは,迅速なレスポンスである.これ以上,画面に諸兄姉の顔を釘付けにしたくない.

メリットの再確認

 カルテ待ちの減少:これは認めていいだろう.施設内情報共有はとても重要である.しかし,それによる患者待ち時間の減少は,主として,電子カルテではなくオーダー入力によってもたらされている.
 読めるカルテ,紛失しないカルテ:これも認めよう.ただ,その入力した所見は,将来,メーカーが変わっても見えるだろうか?
 スペース,人員の削減:これは新築病院なら甘受できる.
 臨床研究,病院経営データ:莫大な費用を投資せずに,これが出ているケースを見たことがない.筆者がプロデュースする静岡県版電子カルテでは,臨床研究データベースも利用いただけるが,「電子カルテメーカーのデータウェアハウスは,遅くてあまりデータが出てこない」という救いを求める声が,有償であるにもかかわらず県外からも多くかかっている.
 医療安全:これは両刃の剣である.医療従事者全員が,オーダー,調剤,配送,実施など,すべてシステム上で行うならば,確かに安全は担保できる.しかし,そのためには,かなり信頼できる(ダウンしない)システムでなければならず,全員が参加しなければならない.成功例にカリスマ院長が必須なゆえんである.一部だけシステム,一部だけ紙では,看護サイドがかわいそうである.彼らは,「画面ではこう変わってますが,本当ですね?」という電話を医師にかけ続けるであろう.
 入力にかかる時間:すべてをペーパーレスにするのは大変である.これは画面で施設内共有し,これは紙で,という賢い使い分けが重要である.

政府が目指す,連携型医療情報システム

 は,アメリカで提唱されている地域連携の構造図である.左下の救急施設に患者さんがかかり,そこでERレポートが作られ,地域医療センター(中央上)には受診があったことが記録される.その後,外来(中央下)でフォローされる際,患者さんの許しによって,外来医師は過去のERレポート,退院時レポートを見ることができる.理想的な図である.
 しかし,アメリカの金持ち向け病院なら,外来時間枠を十五分は取れるが,日本では三分である.くまなく見る時間があるであろうか? 「過去の診療情報がすべて見えることは,より良い医療につながり,善である」とする電子カルテ推進論者は,見る時間が取れない医師,見落としたと訴えられる医師の気持ちが分かっていない.

図 アメリカで提唱される連携型医療情報システム
勤務医のページ/電子カルテは勤務医の味方か?(図)

どの範囲の連携,どの範囲の電子化か?

 各項で述べたように,電子化をどこまでの範囲にするか,施設間情報連携をどこまでの範囲にするか,という点が大事となるであろう.筆者は,前者に関しては,検査結果,画像,処方はもちろん問題ないが,各種報告書,各種サマリー,プロブレムリストなどまでなら大丈夫であろうと考えている.しかし,日々の所見,看護記録は急ぐ気はない.ここに線を引く理由は,入力の手間が大変ということだけでなく,データ形式が標準化されていないので,将来,メーカーを替えた場合,確実な移行が保障できない,という点もある.実際,浜松医大の次期システムでは,ここまでを電子化し,その結果を見て五年後の新病棟新築に備えようと思っている.
 後者についても同じである.各種基本データと,各種サマリー,報告書,紹介状などにとどめるべきである.それでも多いかも知れない.静岡県版電子カルテは,本年度から,国との事業となり,全国でお使いいただけるようになるが,その目玉の一つは,患者さんへの診療データCD提供(特定療養費徴収可であることが厚生労働省から明文化された)である.これは,もちろんカルテ内容ではなく,検査結果,画像,処方データを対象としている.
 理想を言えば,システムが迅速で,堅牢で,情報の形式が標準化されていて,記述しやすいシステムが欲しいが,予算も,入力,参照のための諸兄姉の時間も限られている.落着点としての実現可能な範囲について,今一番電子カルテを使わされようとしている諸兄姉から声を上げていただきたい.

(浜松医科大学附属病院医療情報部教授 木村通男)

このページのトップへ

日本医師会ホームページ http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association. All rights reserved.