日医ニュース
日医ニュース目次 第1084号(平成18年11月5日)

NO.36
オピニオン

日医 ピンチはチャンス
梶本 章(朝日新聞論説委員)

梶本 章(かじもと あきら)
 朝日新聞論説委員(担当は社会保障と政治).昭和48年京大経済学部卒,同年朝日新聞社入社.以来,週刊朝日副編集長,朝日新聞政治部政治面編集長などを歴任し,平成15年より現職.
 「赤ひげ」なのか.それとも「欲張りムラの村長」なのか…….
 医師の評価をめぐっては,いつも相反する二つの見方が交錯する.しかし,「赤ひげ」は,こんな医師がいればいいのに,という理想像.現実はどうかと問われれば,「欲張りムラの村長」と答える人が多いに違いない.
 これを裏付けるように,橘木俊詔京大教授らは『日本のお金持ち研究』で,「医師は日本において経営者層とともに高所得者の代表選手」と分析する.
 それだけではない.国民の多くは日本医師会を自民党とつながる圧力団体の代表選手と見ている.確かに昨年の日本医師連盟の政治献金額は約三億九千万円.日本薬剤師連盟と並んで突出している.
 こんな身近なデータからも,お医者さんは「欲張りムラの村長」.日医は「自民党とつながった圧力団体」という印象をもたれても仕方がないのではないか.
 しかし,最近の医療制度改革をめぐる動きを見れば,日医の活動がうまくいっているとはとても思えない.診療報酬一つとっても二〇〇二年からマイナス改定が続く.その診療報酬を決める中医協は,日医の発言権が大きく狭められた.「日医の黄昏」と言ってもいい.
 だが,ピンチはチャンス.そういう厳しい冬の時代だからこそ,新たな再生の芽も出ていると言いたい.

低医療費政策のなれの果て

 それにしても,最近の医療費の抑制はすさまじい.小泉前首相が進めた医療の構造改革をざっと振り返って見ると―
 
二〇〇二年医療制度改革=(1)サラリーマンの医療費の患者負担を二割から三割へ引き上げる(2)サラリーマンの保険料をボーナスを含めた総報酬制とし,政管健保の保険料を引き上げる(3)診療報酬の本体を初めてマイナス一・三%引き下げる.
 
二〇〇六年医療制度改革=(1)現役並みの所得がある高齢者の患者負担を二割から三割に引き上げる(2)新しい高齢者医療制度を創設し,全国一本で運営される政管健保など医療保険を県単位に再編する(3)診療報酬の本体をマイナス一・三六%引き下げ,医療費を削減するため療養病床の再編を進める.
 小泉前首相は一連の改革を「三方一両損」と言い表した.患者も,保険者も,医療提供者も等しく痛みを分かち合うと言うことだ.そこに貫くのは,ありとあらゆる手を尽くして医療費を削減するという発想だ.
 私は,この改革を,厳しいがやむを得ないものと受け止めている.
 経済の低迷が続き,もう,かつての高度成長は期待できない.日本の人口が減り始め,高齢化率は二〇%を超えた.日本の財政は国と地方を合わせ約八百兆円の借金を抱え,破綻寸前だからだ.
 いつでも,どこでも,だれでも,病気になったら必要な医療を受けられる.国民皆保険を守るためには,医療のムダをなくし,必要な費用は負担し,高齢化に対応した仕組みに改めていかねばなるまい.
 だが,一連の低医療費政策の副作用も生じてきた.英国ではサッチャー政権による医療費抑制の結果,深刻な待機者問題が生じた.ブレア政権は,逆に医療費の投入に転じたが,一旦壊れた医療供給体制は簡単には元に戻らないと報告されている.最近,全国で問題になっている医師不足は,英国の出来事と同様,日本の医療提供体制のほころびを示しているのではないだろうか.
 政府は,「骨太の方針二〇〇六」で,基礎的財政収支(プライマリーバランス)を二〇一一年に黒字化するため,今後も歳出削減を続け,社会保障についても一兆六千億円の削減を求めるという.つまり,小泉改革の五年間と,ほぼ同額の歳出削減をまた続けろと言うのだ.
 本当に,今までと同じペースで医療費を削っていけるのか.必要な医療サービスを,安心して利用できるのか.こと,ここに至って,国民は大きな選択の時を迎えている.

今こそ日医が主導権を発揮する時

 子どもを産もうと思っても産科医がいない.急病の子どもを診てくれる小児科医がいない.地域の拠点病院では医師が激減し,診療が滞っているところも出ている.本当に地域の医師不足は深刻である.
 なぜ,こんなことになったのか.新しい臨床研修制度の導入で大学の医局にあった医師の供給機能が壊れた,フルタイムで働けない女性医師が増えた,医師が患者を診る時間が長くなった―など,いろいろな理由があるが,低医療費政策により,病院の余裕がなくなったことが大きいのではないか.
 いくら国民皆保険制度の仕組みがあっても,医師がいなければ絵に描いた餅だ.患者やその家族にとっては,生命にかかわる深刻な問題だ.ここは考え得る限りの手立てを講じなければいけない.例えば―
 医学部の定員を増やす.地方の医学部は地元枠を拡大する=即効性はないが,中期的には医師の配置に余裕を持たせることができる.
 
産科,小児科,へき地医療などの診療報酬を上げる=経済的なインセンティブを与え,不足している分野へ医師の参入を図る.
 
医療費を開業医より病院に手厚く配分する=過酷な勤務に耐えかねた病院の医師が開業医へ流出するのを止める.
 
どこでも好きなところで開業できるという“自由開業制”や,好きな診療科目を選べるという“自由標榜制”を見直す=こうすることで強制的に必要な医師が確保できる.
 さまざまな医師確保策が,厚生労働省を中心に,これから打ち出されるに違いない.日本の医療の財政面は診療報酬体系で,箸の上げ下げまで規制されているが,提供体制は基本的に医師の裁量に委ねられてきた.しかし,不足が深刻になれば,その分野への規制が強まることも予想される.
 だが,こうした問題こそ,厚労省に頼るのではなく,日医が主導権を発揮するべきではないか.
 日医が全面的にリーダーシップをとって,産科や小児科における医師不足を解消したり,へき地医療を充実させる手立てが本当に考えられないのだろうか.
 医療費をもっと上げろ.このスローガンだけなら,日医の内部も割れることはあるまい.しかし,例えば,だれをへき地医療に派遣するのかを自分たちで決めるとなると,内部は大揺れとなるに違いない.
 しかし,それを乗り切ってプロ集団としての責任を果たすことこそ,「赤ひげ」への道に通じるのではないか.国民にそうした姿を見せれば,低医療費政策の転換を求める日医の声も,共感を呼ぶのではないか.
 まさに,ピンチはチャンスである.日医執行部の責任は誠に重いと思うのだが,やっぱり,これは無い物ねだりなのだろうか.ぜひとも奮起を期待したい.
 (なお,本欄の感想などは広報課までお寄せください)

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