日医ニュース
日医ニュース目次 第1096号(平成19年5月5日)

第27回日本医学会総会 2007 大阪 が盛大に開かれる
現在から未来につなぐ『いのち ひと 』を育む
公開企画展示には市民38万人が参加

 第二十七回日本医学会総会が,四月六〜八日まで,大阪市内で開催された(「学術展示」四月五〜八日,「企画展示」三月三十一〜四月八日).
 二十四年ぶりに大阪で開催された本総会には,二万五千人を超える参加者が訪れた.

開会式

開会式

 四月六日午前十時より,大阪国際会議場メインホールで行われた.
 丸尾猛式典委員長の司会のもと,オープニングアトラクションに引き続き,山本研二郎副会頭が開会宣言を行った.
 久史麿日本医学会会長は,開会の辞として,「明治三十五年の第一回日本聯合医学会以来,今年で百五年目を迎える本総会のテーマは,『生命と医療の原点―いのち・ひと・夢―』である.このテーマのように,医学・医療の現在と未来が,参加される多くの方々の間で,広く語られるものと期待している」と述べた.
 つづいて,堀正二準備委員長が,総会開催に至る経緯ならびに総会の内容について報告した.
 主催者を代表してあいさつに立った岸本忠三会頭は,「生命を扱う医学・医療の分野に携わる者は,高度なそれぞれの専門分野に精通していることは当然であるが,その周辺の幅広い分野の知識を持つことも重要である.そこに,この医学会総会の存在意義があり,四年に一度のこの総会を,大いに活用していただきたい」と開催に当たっての抱負を述べた.
 唐澤人会長は,「医学の進歩は,人類にとって非常に大きな恩恵をもたらしている.わが国の平均寿命は,男性が八十歳に限りなく近くなり,女性も八十五歳を超え,WHOの健康達成度評価も高い.また,かつて不治の病と言われた疾病のいくつかも克服されつつあるなど,医学・医療の研究速度と広がりはとどまるところを知らない.本総会を通して,医学・医療の現在の到達点を学ぶだけでなく,その進歩の原動力となっている『いのち・ひと・夢を育む精神』をも涵養し,明日からの臨床や研究に役立てて欲しい」と,来賓の祝辞を述べた.
 太田房江大阪府知事ならびに關純一大阪市長が,あいさつした後,野田起一郎副会頭の閉会の辞で,式典は終了となった.

岸本会頭

開会講演
“病”に挑む医学の未来

 岸本会頭は,二十世紀における生命科学の歴史を,(1)前期:病気を引き起こす細菌が発見され,抗生物質を開発した(2)中期:電子顕微鏡の発展等が,病気を引き起こすウイルスを発見,ウイルスを試験管の中で培養することに成功,ワクチンを開発した(3)後期:DNA研究の発展に伴い,病気の原因となる遺伝子を同定することが中心課題となり,ヒトのゲノムを構成する三十億個の文字を解読した―と振り返ったうえで,現在では,生命を構成する遺伝子,タンパク質の構造が解明され,その構造に基盤をおいて生命の基本を説明することができるようになったと指摘.これまで,還元的に進んでいった生命科学は,生命の構成単位を組み合わせていくことによって,「生命のプログラムを再現する」「生命体を人工的に作り出す」といった“統合”の方向に進むだろうと述べた.
 また,岸本会頭は,当面の医学の中心課題として,(一)血清療法から,がんや難病の標的治療としての抗体医薬へ,(二)新興感染症に挑む医学,(三)再生医学―の三点を挙げた.
 (一)では,抗体の構造研究の進歩に伴い,抗体をヒト型化する技術が進展し,ハーセプチン,リツキサン,レミケード,アバスチンなど,ヒト型化された抗体医薬が次々に開発されるようになったこと,(二)では,“リバースジェネティックス”という方法を用いて,人工的にウイルスをつくり,そのワクチンを開発する技術が可能になり始めていること,(三)では,倫理的問題(ヒト胚の利用)や,移植後の拒絶反応などを克服するとの観点から,本人の体細胞を,ES類似細胞(人工万能幹細胞・iPS細胞)に誘導する研究が進んでいること―などを,解説した.
 講演の最後に,岸本会頭は,「“知識”は発見の上に発見が積み重なって進歩し,だれもが想像しなかった画期的な科学・技術が生まれてくる.一方,モーツァルトの音楽は今でも素晴らしい芸術であるが,それは一代限りのものである.つまり,発見の上に発見を積み重ねて進歩する医学と同じ速度で,それを扱う人間の“知恵”が進むわけではない.知恵と知識が乖離すると,『代理母』『細胞の凍結保存』『受精卵の選別』といった,法律も想定しなかった問題も起こってくる.特に“いのち”を扱う科学・技術においては,知識と知恵をいかに融合させるかが重要な課題となる」と締めくくった.

特別シンポジウムで発言する唐澤会長

特別シンポジウム
今日の医学教育,医療制度の問題点とその改革―医学,医療制度の理想像へ向けた提言―

 四月八日に行われた特別シンポジウムの第一部「医学教育」では,まず大橋俊夫全国医学部長・病院長会議代表が,「医学教育にはグランドデザインが必要であり,その実施は一元化した管理体制の下で行われるべきだ」と述べた.
 齋藤宣彦日本医学教育学会会長は,各大学は個性を発揮し,入学者選抜では人物も評価し,教育年限も含めて多様な選択肢を持つべきだと主張.
 黒木登志夫岐阜大学長は,法人化後の国立大学附属病院は,すでに「破綻のスパイラル」に入っており,将来,「白い巨塔」は「白い廃墟」と化すであろうと述べた.
 金澤一郎日本学術会議会長は,臨床研修の義務化により,基礎教室の入局者が激減したと指摘.現在行われている臨床研修は,本来,学部教育で行うべきであるとした.
 鳥居秀成慶大医学部研修医は,初期臨床研修の必修科目は,内科,外科,小児科,救急科だけでよいと提言.
 三浦公嗣文部科学省高等教育局医学教育課長は,審議会では,(1)医学教育で最低限学ぶべき内容(2)教育者,研究者養成(3)診療参加型臨床実習―などについて検討されていることを紹介した.
 第二部「医療制度」では,まず,座長の岸本会頭から,「日本の医療事情に関するアンケート―あなたは日本の医療をどう考えていますか?」(期間:二〇〇六年十一月一日〜二〇〇七年三月三十一日 対象:医師五千五百三十四名,コメディカル二千四百二十五名,一般市民一万九千八十三名,合計二万七千四十二名)の結果が発表された.それによると,一般市民の五五%が,「治療の選択には患者の意見や希望が生かされていない」と感じ,三五%が,小児科・産科等の勤務医不足に対して,「医師を強制的に配置すべきだ」と答えたと報告した.
 唐澤会長は,日医が,『グランドデザイン二〇〇七』を策定したことを紹介し,「いつでも,どこでも,だれもが平等に,最高の医療が提供されるべきである」と述べた.
 山本修三日本病院会会長は,七〇%以上の病院が赤字になっており,消費税は,加盟病院全体で四千六百億円の損税になっていることを明らかにした.
 南野知惠子参議院議員・元法務大臣は,中医協に看護師代表を正式参加させること,病院では,看護師長を副院長にすることなどを提案した.
 久道茂日本医学会副会長は,地方自治体病院では,産科,小児科医療はすでに崩壊し,「産声の代わりに悲鳴が上がっている」と述べた.
 青木初夫日本製薬工業協会会長は,創薬研究は生命科学に資するので,治験環境の整備,承認審査機能の強化,革新性の評価などが求められるとした.
 大竹美喜アフラック最高顧問は,患者は,自己責任を徹底して,自分で考え自分で選択することが大切であると述べた.
 松谷有希雄厚生労働省医政局長は,医療を社会保障として捉えており,医師不足,診療行為関連死,総合医などの問題については検討中であるとした.また,産科問題には危機感を持っていることを表明.
 討論では,喫緊の諸問題について,活発な意見交換がなされた.
 最後に,座長の久日本医学会会長が,病院医療においては,「主治医制」をやめて「交代制」にすることを提言して,シンポジウムを締めくくった.

宇沢氏

特別講演
Life is Short Art is Long─いのちを守る

 経済学者で東大名誉教授の宇沢弘文氏による特別講演が行われ,北村惣一郎副会頭が座長を務めた.
 講演タイトルの「Life is Short Art is Long」は,ヒポクラテスの言葉であるが,その意味は,「人生は短い,しかし芸術は永遠である」ではなく,「人生は短い,しかし医の技術は継承・発展し,永遠の生命を持つ」である.
 また,宇沢氏が以前から説いている「社会的共通資本」とは,人間が共に生きていくうえでの共通の財産を意味する.一つ目は大気を含む自然環境であり,二つ目は道路や上下水道などのインフラストラクチャーであり,三つ目は医療・教育などの制度や組織などを指す.宇沢氏は,「社会的共通資本」に関する以下のエピソードを披瀝した.
 旧制第一高等学校在学中に終戦となり,アメリカ占領軍が,一高の建物を軍施設に使用したいと,接収に来た.当時,校長だった安倍能成氏(幣原内閣の文部大臣)が,訪れた占領軍の将校に,「ここは,人類がこれまで残してきた遺産,学問を学ぶリベラルアーツのカレッジで,聖なる場所である.日本も他国に対して,その国の歴史や文化を無視した植民地政策を行うという罪を犯したが,あなた方も,同じ過ちを犯すのか」と,流暢な英語で毅然と抗議したところ,将校たちは退散した.
 宇沢氏が,シカゴ大学などでの十数年にわたる研究を終えて帰国すると,日本では,自然が破壊され,都市は大気汚染などで侵され,人から優しさが失われていた.そこから,経済学の原点である「社会の病を治すための学問」に回帰し,「社会的共通資本」について考えるようになった.
 宇沢氏が尊敬している医師が,ある公的病院の院長になった.その病院では累積赤字が百億円あり,それを十年で解消した.そのために病院が行ったことは,研修医を減らし,学会出張や自由な研究を著しく制限し,廊下の明かりは最低限まで暗くした.その院長は,「十年で赤字はなくなったが,気が付くと,病院がだめになっていた」と語り,病院を去って行った.日本で現在,「改革」という名の下に行われていることは,まさにそれである.
 今の日本では,医療を経済に合わせている.しかし,本来,経済が医療に合わせなければならない.医師の気高い志を砕き,苦しい状況に追い込み,最悪の事態を招いている.そのうえ,多くの経済学が,本来のあり方からはずれ,「人間の病をつくる学問」になってしまった.
 宇沢氏は,今こそ原点に戻り,「社会的共通資本」という概念を基に経済学の再構築を行うべきであると強調.聖職者の側面を兼ね備えた日本の医療者の報酬があまりにも低い現実も指摘しながら,講演を終えた.

安藤氏

特別講演
人間を信じる

 四月七日には,建築家で東大名誉教授の安藤忠雄氏の特別講演が行われた.司会は,山本副会頭.
 安藤氏は大阪府生まれで,独学で建築を学び,「六甲の集団住宅」「兵庫県立こどもの館」「淡路夢舞台」など国内・国外の多くの公共建築にかかわり,多数の国際的賞を受賞している.活力ある美しい街づくりにかける情熱,環境を重視した新しい建築の在り方と,そこで暮らす人間を信じるという生き方について講演した.
 安藤氏は,「日本人のものを考える力,生きる力,美意識がどこから来ているか」を考えると,「日本には四季折々の風景の展開があり,それによって日本人の感性が磨かれているのではないか」と解説.
 また,日本人は“没個性”と言われるが,住宅に関しては自己主張が強く,町の景観との調和が取りにくいこともある一方,「日本人は古い物を大切にする心も持っており,古建築物に手を加え,新しい発想で芸術性,利便性を追求し,それによって古いものを蘇らせている」と,建築家としての仕事の一端を紹介した.そして,新しいことに挑戦する時は勇気を持って,子どもたちに誇れるような街づくりを行うことが必要であり,学校の校庭なども緑豊かにするだけでなく,地球の脱温暖化まで視野に入れた新しい発想が必要になっていると語った.
 例として,安藤氏は自ら設計した「淡路夢舞台」を紹介.これは明石海峡大橋の下の小さな島の禿山に,地元の小学生とともに数年がかりで植樹し,樹が茂ってきてから島全体を調和よく滞在型国際会議場として設計したもので,子どもの成長とともに数年の歳月をかけた壮大な発想の建設物となっている.
 オリンピック招致委員会の責任者としては,お台場などの地域に緑を植え,森林化し,電線も地中化することを提言していると説明.「日本が環境立国であることを世界に発信すればいいのではないか」と話した.
 そして,命あるものはすべてに可能性があることを子どもたちに示すことが大事であり,建築を通して「日本を自由で志の高い国にして,“あの国に行ってみたい,住んでみたい”と思われるように考えている」と述べ,講演を終了した.

第27回 日本医学会総会 2007 大阪が盛大に開かれる/現在から未来につなぐ『いのち ひと 夢』を育む/公開企画展示には市民38万人が参加(写真)シンポジウム
世界の医療と日本の医療―胸を張れ,長寿国を実現した日本の医師たち―

 座長の中川俊男常任理事は,「疲れている医師たちに“元気を出して頑張ってもらおう”という趣旨で本シンポジウムを開催した」と説明.
 同じく座長の堤修三阪大大学院教授も,小泉政権から続く社会保障費の削減で,医療現場が疲弊していると訴えた.
 二木立日本福祉大教授は,わが国の医療保険制度は小泉政権下の厳しい医療費抑制策の結果,医療費水準は対GDP比で先進七カ国中最低であるのに,総医療費に占める患者負担割合は最高という歪んだものになっていると指摘.さらに,医療の質と安全の確保のためには,公的医療費総額の拡大が必要であると強調するとともに,医療者の自己改革も不可欠との認識を示した.
 田中滋慶大大学院教授は,国民医療費の伸びは高齢者人口増の結果であり,やむを得ないと説明.この伸びを支えていくには相応の負担が必要であるが,国民負担率の増加が経済成長を阻害することはないとの考えを示した.
 藤本直規藤本クリニック院長は,もの忘れクリニックを開業して,若年性認知症患者の治療や介護家族のサポートなどに取り組んでいることを報告.認知症患者や,その家族を地域で支えていくためには,医療と福祉の連携が重要との考えを示した.
 大熊由紀子国際医療福祉大大学院教授は,比較的少ない医療費で高い満足度を達成しているデンマークの実態を検証した結果を報告.日本は長命国かも知れないが長寿国ではないとし,アメリカばかりでなく各国の取り組みも参考としながら,真の長寿国を目指して欲しいと述べた.
 最後に中川常任理事は,「医療費削減で日本の医療制度は崩壊の危機に瀕している.このシンポジウムが,日本の医療を守る行動の突破口になればよい」と締めくくった.

第27回 日本医学会総会 2007 大阪が盛大に開かれる/現在から未来につなぐ『いのち ひと 夢』を育む/公開企画展示には市民38万人が参加(写真)パネルディスカッション
わが国の専門医制度を考える─現在の課題と将来像─

 鴨下重彦国立国際医療センター名誉総長,門田守人阪大大学院教授,岩砂和雄副会長,出河雅彦朝日新聞社編集委員,菊岡修一厚労省医政局医事課医師資質向上対策室長が,それぞれの立場から,わが国の専門医制度に関する考えを発表した.
 岩砂副会長は,現在,日医の会内委員会である学術推進会議で,生涯教育プログラムを利用した「総合医(仮称)認定システム」をつくることができないか検討していることを紹介.将来的には,このシステムが学会認定の専門医と相互乗り入れできるものになればよいと考えていると述べた.
 また,現行の専門医制度については,国民に分かりやすいものにしなければならないとし,学会から方向性が示されれば,日医としてもバックアップしていきたいとの考えを示した.
 他の出席者からは,現在の専門医制度について,「学会中心に発展してきたため,統一性に欠けている」「患者や,その家族にも分かりにくいものになっている」「国民よりも学会の利益が優先されているのではないか」などの批判が出され,学会単位ではなく,国家レベルでの制度創設を求める意見が相次いだ.

竹嶋副会長(左)と岡本氏

新しい医師・患者関係─医師・患者が力をあわせる新しい医療─

 このセッションは,患者,医師,行政の各立場からの意見を聞き,医師と患者双方が納得し,満足できる,日本の文化に合った新しい関係を探ることを目的に開かれた.
 座長は,竹嶋康弘副会長と岡本佐和子氏(メリーランド州立タウソン大)が務めた.
 まず,岡本氏による基調講演が行われ,医療提供者と患者双方が医療行為そのものに納得することが大事であり,おのおのの意見を語り合うことが重要であるとした.医師側としては,セカンドオピニオンを患者に促すくらいの度量を持ち,率直な関係を築くことが大切であると述べた.
 まつばらけい氏(子宮・卵巣がんのサポートグループ あいあい主宰)は,「患者が望む医療環境」と題して講演し,患者が望むものは,安心・納得の医療が受けられることと,治療成績など,医療の質を客観的に評価できるデータの集積や公表であるとした.
 粂和彦熊本大発生医学研究センター助教授は,医師側の主体的・積極的な参加,そして,結果の不確実性の共有,相互の誠実さに基づく信頼と共感が必須であるとし,病診連携や,かかりつけ医機能の充実が大事だと述べた.
 河原和夫東京医科歯科大大学院教授は,医療提供者,行政および国民との間にある大きな情報量とその質の非対称を,いかに緩和していくかが求められているとした.
 池田俊彦福岡県医師会副会長は,医師が患者に望むことと題し,患者側にも,正確な情報(病状など)を医師に伝える,処方された薬をきちんと服用するなどの責務があると述べ,患者も積極的に医療に参加するという認識を持つべきだとした.

かかりつけ医の役割―患者本位の地域医療連携と主治医機能―

 「医療制度改革」と呼ばれているもののなかでは,地域医療連携が重要な部分を占めており,かかりつけ医,急性期病院,患者,行政,それぞれの立場から地域医療連携体制のあり方や問題点について討論が行われた.
 内田健夫常任理事の司会により,まず片山壽尾道市医師会会長が,「主治医機能と患者本位の地域医療連携」と題し,基調講演を行った.片山氏は尾道市医師会長期支援ケアマネジメントプログラムを紹介し,患者本位のチーム医療・介護システムの重要性を強調した.「在宅医療などにおいては,プライマリケア医に主治医機能として多くの領域への対応が求められるが,患者の療養の継続に必要な,あらゆる職種との多様な形態の地域医療連携が大切である」と説明した.
 つづいて,飯野奈津子NHK解説委員が,市民・患者の立場から,患者の安心をどう考えるかについて講演した.「患者が最も不安に思うのは,医療関係者の連携が上手くとれていない時というアンケート結果もあり,急性期病院を退院しても,診てもらえる医師がいない」と述べ,「連携難民はあってはならない」と強調した.
 宮島俊彦厚労省大臣官房総括審議官は,行政の立場から,「点から面への医療提供体制の転換が必要だ」として,病院の再編成,ケア付住宅の整備等の都市計画,非営利組織の経営など医療政策の方向について説明があった.
 次に,近藤太郎東京都医師会理事より,東京都における地域医療連携体制について報告があり,「かかりつけ医の総合臨床力の向上や多職種での連携が大切である」と述べた.
 最後に,山脇泰秀尾道市立市民病院副院長が,急性期病院の立場から,その役割について説明.山脇氏は,尾道方式の地域医療連携が成功した秘訣は,ケアカンファレンスを,ケアマネジャーを中心として利便性の良い医療機関で効率よく行い(一回十五分程度),すべての出席者が平等に患者にかかわれるように配慮したことであるとした.

医師の生涯教育―いつまでも現役医師でいるために―

 「医師の生涯教育の過去・現在・未来」と題した基調講演で,橋本信也医療教育情報センター理事長は,専門職であり公的使命を持つ医師の生涯教育―Continuing Medical Education(CME)の歴史と日医生涯教育制度について説明.従来の疾病中心で知識偏重の受動的学習主体のCMEから,患者に焦点を合わせた問題解決型,参加型の学習を医療チームで行うContinuing Professional Development(CPD)が主流になっていくと今後を展望した.
 矢崎義雄独立行政法人国立病院機構理事長は,「体制面における生涯教育の課題」のテーマで講演.わが国の医療提供体制の課題は病診連携と機能分化であり,プライマリケア医の質を向上するための生涯教育の制度的確立と,評価・情報の開示が必要だとした.一般臨床医による臨床試験,特に治験への参加は,EBM実践への意識向上のうえから意義があると述べた.
 次に,「生涯教育のあり方」について,永井良三東大大学院教授が“内科領域”の立場から,藤井信吾独立行政法人国立病院機構京都医療センター院長が“外科領域”の立場から,それぞれ講演した.
 永井氏は,高齢者社会の到来により複合疾患患者が急増,高度な専門医療のみならず,総合判断が必要と指摘.新しい横断的診療システムとして,東大病院内科病棟の受持医(専門医の混合チーム)体制を紹介した.また,プライマリケア医だけでなく,「教育医」としての系統的な能力開発のためにも,専門医制度のあり方を含めた議論が必要だとした.
 藤井氏は,医師が自信と自立心を持つことは重要であるが,それは客観性の高い医療でなければならないとし,医師自らが啓発する客観性獲得への向上心の持続が大切であると強調した.
 木下勝之常任理事と福井次矢聖路加国際病院院長を座長にしたパネルディスカッションでは,生涯教育の評価法,医療安全など,幅広い議論が交わされ,木下常任理事は,医師の生涯教育は,「“免許更新制”などの方法ではなく,専門集団としての自浄作用的チェック機構に一任すべきであり,日医としても議論を始めている」と説明した.

児童虐待の現状と医療の役割―医療ができること・すべきこと―

 小林美智子大阪府立母子保健総合医療センター発達小児科主任部長と宮本信也筑波大大学院教授の座長のもと,初めに宮本氏が,「児童虐待診療の現況」と題する基調講演を行った.虐待の通告における医療機関の関与は低く,関心はあるものの,かかわることへの抵抗感・躊躇感が見られる.しかし,児童虐待は予後不良な緊急医療の対象と考えるべきで,「すべての医師が,発見・診断と初期対応に関する知識と技能が要求される」と述べた.
 つづいて,柳川敏彦和歌山県立医大保健看護学部教授は,「医療における児童虐待予防―虐待問題に対する医師の意識向上と医療システムの構築―」のなかで,児童虐待は“援助がなければ,健康や発達が達成または維持できない可能性がある子ども”という概念の導入を提案し,医療・保健・福祉の総合的観点での,多職種による地域における対策,支援が重要だとした.
 「子ども虐待への包括的治療」のテーマで講演した杉山登志郎あいち小児保健医療総合センター保健センター長は,虐待は子どもの育ち全体を歪め,幼児期から青年期へと多彩な臨床像を呈し,特に被虐待児の脳は広範な器質的変化が生じる.子どもと家族を支えるチームによる包括的な治療が必要であるとした.
 下泉秀夫国際医療福祉大大学院教授の「障害児医療と児童虐待」では,障害児は虐待を受けやすく,特に軽度発達障害児は障害の発見が遅れ,虐待の対象になりやすいとされた.また,重度障害児の在宅生活が困難な場合は,障害児医療施設への入所が必要であり,その家族を地域医療・福祉が連携して支援することが予防になると強調した.
 「臨床法医学と児童虐待」で,恒成茂行熊本大大学院教授は,法医学の立場から,法医病理医は,全身に分布する新旧さまざまな損傷を,親の釈明にかかわらず判断できるので,虐待事例に対する医療的・法律的アプローチの調整役として適任であると述べた.

向井氏

閉会講演
宇宙飛行最前線

 野田副会頭の座長のもと,向井千秋宇宙飛行士・宇宙航空研究開発機構による閉会講演「宇宙飛行最前線」が行われた.
 向井氏は心臓血管外科の臨床および研究に従事していた八五年八月にペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)として選任され,九四年七月と九八年十月にスペースシャトルに搭乗して,二回の宇宙飛行を経験した.
 今回の特別講演で,向井氏は,(1)宇宙飛行が生体に及ぼす影響(2)今後の宇宙開発―について,スペースシャトルの内部写真を交えながら解説した.
 宇宙空間は微小重力,真空であり,太陽エネルギーが強く,宇宙放射線が飛び交う空間であることを説明.そのため,宇宙飛行後に認められる生体への影響としては,バランス障害,起立性低血圧,骨や筋肉の変化などがあることを示した.
 宇宙では微小重力によりムーンフェイスとなり,循環血液量が約一リットル減るため,帰還前に塩水を一リットル摂るが,それでも宇宙飛行士の五人に一人は起立性低血圧になること,また四肢や骨盤の骨密度は,閉経女性の二倍の速度で減少することなどを解説した.さらに,筋肉は量の減少だけではなく,易疲労性となり,質も変わることを解説した.
 スペースシャトルは,打ち上げから八分四十秒で高度三百キロの地球軌道に到達し,月へは片道三日程度だが,火星までは片道五カ月かかるため,長期の宇宙旅行の生体への影響が今後の課題になるとした.
 向井氏は,自身の経験した宇宙飛行について,無重力の体験を「宙返り 何度もできる無重力 着地できない このもどかしさ」,また,宇宙から地球を見た美しさは,「山々を 見下ろしながら思い出す 幼き日々の 砂場の遊び」と詠んだ歌を紹介.
 最後に,「人類の幸福への夢を実現するためにも,医学は必要不可欠である」と述べ,「いのち,ひと,夢」がメインテーマである第二十七回日本医学会総会を結んだ.

閉会式

 閉会式は,四月八日午後一時十五分から,大阪国際会議場メインホールで開催された.式の最初に,宝塚歌劇団月組の大空祐飛さん以下,十六人のメンバーによるレビュー・ショーが行われた.大空さんは,「私たちの仕事は,具合が悪くても,けがをしても舞台を務めなければならない.そんな時,いつもお医者さんにお世話になっている.日ごろのお世話に感謝を込めて精一杯歌い踊るので楽しんでいただきたい」とあいさつした.短い時間であったが,会場を埋め尽くした参加者は,関西文化の一端に触れ,華やかな舞台を堪能した.
 式では,堀準備委員長が経過報告を行い,「大阪城ホールの公開企画展示には,一般市民延べ三十八万人が,大阪国際会議場の学術展示には一万六千人が参加,また,総会参加者は約二万五千人であった」ことなどを報告した.
 岸本会頭は,当初からの目標であった,一般市民に医学・医療の姿を知らせることができたことは喜ばしいと述べ,協力を願った医師会,医学会,事務局など,すべての人たちに感謝をすると結んだ.
 久日本医学会会長は,「興味のある会場はすべて回ったが,どこも盛況であった.また,多くの人たちに日本の医学と医療の現状を知ってもらう良い機会になった.岸本会頭をはじめとする第二十七回総会関係者の尽力に感謝したい」と述べた.
 四年後に東京で開催される第二十八回総会会頭に就任した矢崎義雄氏は,「医学と医療は国の基盤をなすものであり,国民の関心も高い.少子高齢化は今後,ますます加速し,経済の停滞も続く可能性があり,次回開催には困難な点も予想される.しかし,医学・医療の進歩は確実であり,その姿をお見せしたい」と,すべての参加者に次回総会開催への協力を要請し,あいさつとした.
 最後に,北村副会頭の閉会宣言で,第二十七回日本医学会総会は幕を閉じた.

第27回 日本医学会総会 2007 大阪が盛大に開かれる/現在から未来につなぐ『いのち ひと 夢』を育む/公開企画展示には市民38万人が参加(写真)企画展示

 三月三十一日から四月八日まで,「いのち・ひと・夢 EXPO 2007〜みんなで考える医学と医療〜」をメインテーマとした企画展示が,大阪城ホールほかで開催された(写真)
 メイン会場である大阪城ホールでは,「いのち」「ひと」「夢」の三つのゾーンにそれぞれ四つのコーナーと,全十二のテーマを取り上げ,展示会場全体を一つのストーリーとして構成.
第27回 日本医学会総会 2007 大阪が盛大に開かれる/現在から未来につなぐ『いのち ひと 夢』を育む/公開企画展示には市民38万人が参加(写真) 「プロローグ ひとは,どこから」では,宇宙の誕生から人の誕生まで,その軌跡をたどり,「いのちのゾーン いのちの不思議な世界」では,いのちは遺伝子により設計図として決まっていること,環境によって変わることを事例とともに紹介.
 「ひとゾーン 病気と医療の最先端」では,さまざまな病気とそれに対する医学・医療の最先端を体験でき,「夢ゾーン 未来医療と健康社会の創造」では,医学・医療はどこを目指し,現在どこまで来ているのかを紹介.「エピローグ ひとは,どこへ」では,いのちの原点にもう一度立ち返り,これから求めるべき地球と人の未来を表現する展示があった.
 また,城見ホールでは,「製薬団体展示〜くすりの情報プラザ〜」「大阪府医師会展示〜体験!世界の医療事情〜」が行われた.

第27回 日本医学会総会 2007 大阪が盛大に開かれる/現在から未来につなぐ『いのち ひと 夢』を育む/公開企画展示には市民38万人が参加(写真) 第27回 日本医学会総会 2007 大阪が盛大に開かれる/現在から未来につなぐ『いのち ひと 夢』を育む/公開企画展示には市民38万人が参加(写真)

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