日医ニュース
日医ニュース目次 第1097号(平成19年5月20日)

高い総合診療能力と患者さんの「心を診る」力の涵養を

 唐澤執行部が誕生してから一年が経過したことを踏まえて,今号では唐澤人会長に,この一年間を振り返るとともに,今後の会務の運営方針などについて率直に語ってもらった.(聞き手:中川俊男常任理事)

高い総合診療能力と患者さんの「心を診る」力の涵養を(写真) 中川 現執行部誕生から一年が過ぎましたが,一年目の会務を振り返っていかがでしょうか.
 唐澤 私どもが日医の会務を担当させていただくことになった昨年の四月は,ちょうど,医療制度改革関連法案の審議の真っ最中でした.その内容は,国民皆保険制度や地域医療の提供体制に多大な影響を及ぼす恐れのあるものばかりでしたので,さまざまな形で,その法案に対峙していくことが,最も大きな課題となりました.
 そのようななかで,本法案が参議院を通過する際に,都道府県医師会はじめ関係者のご協力のおかげで,二十一項目に及ぶ附帯決議が付けられたことは,大きな成果であったと考えています.
 今後もこの法律の施行に当たって,地域医療に悪影響が出ないよう,引き続き努力してまいります.
 昨年七月に閣議決定された政府の「骨太の方針二〇〇六」の策定に際しては,国民皆保険制度が維持できなくなるような方策が盛り込まれないよう対処し,保険免責制の導入,医療費の総枠管理,さらには株式会社による医療参入といった,非常に問題のある事項は削除することができました.
 また,昨年は地域医療をめぐるさまざまな問題が顕在化した年でした.
 産科医療では,産科医が不当逮捕されるといった事件も起きました.このようなことが続けば,リスクの高い医療を行っている医師は萎縮し,国民に,必要で十分な医療を提供できなくなります.若い医師には,患者さんに対して安心で安全な医療を提供することを第一に据えながらも,困難を抱える分野にも積極的に参加して欲しいと考えています.そのためには第三者による審査・評価制度の導入,脳性麻痺のお子さんが出生することに対する,しかるべき補償制度,つまり「無過失補償制度」など,早急な整備が必要だと思います.今年になって,この二つの制度が具体化し始めたことは,問題解決に向けた大きな一歩だと言えるでしょう.
 勤務医の過重労働の問題ですが,専門的な医療分野を担当している先生方が過酷な勤務環境のために,現場にいられなくなり,立ち去ってしまうという事態が起きています.これはまさに“医療崩壊”と言える事態であり,本会としても,早急に取り組むべき問題だと認識し,その対策を検討しているところです.
 また,小児救急医療で言えば,「熊本方式」と呼ばれるような,夜間の一定の時間を地域の開業医が分担することで,勤務医の負担を軽減するなどの取り組みを参考にしていきたいと考えています.

『グランドデザイン二〇〇七』と国民運動のねらい

 中川 日医では,このたび『グランドデザイン二〇〇七』(以下『グランドデザイン』)を取りまとめましたが.
 唐澤 安心で適切な医療を提供していくうえでも,医療政策を提言することは日医の大切な仕事だと考えています.その説明責任を果たすために,この一年間,努力してきました.この三月に『グランドデザイン』の総論を取りまとめ,先日の定例代議員会で,その全容を明らかにしました.
 『グランドデザイン』では,まず,国民が安心して暮らしていくには何が必要なのかを再認識することからスタートしています.そのうえで,OECD加盟国とわが国の医療費,医療提供体制を比較することによって,国民のニーズにこたえる医療制度,医療提供体制はどうあるべきなのか,具体的な数値を示しながら,その方向性を提言しています.
 今回の『グランドデザイン』は,あくまでも総論という位置付けであり,今後,より具体的な提案を書き込んだ各論を夏までにまとめ,公表したいと考えています.総論の全文は,日医のホームページでもご覧になれますので,ぜひ,ご意見をお寄せください.
 中川 では,次に国民医療推進協議会総会で実施が決まった国民運動についてうかがいます.
 唐澤 国民運動は,「医療は国民のものである」という観点から,私どもが国民と共に推進していかなければならない大事な課題だと思っています.
 今回の国民運動は,財政制度等審議会の建議書および「骨太の方針二〇〇七」が六月に公表されるのに先立って,医療にかかわる,さまざまな分野の人たちと力を合わせ,国会議員,そして政府に対し,医療を取り巻く厳しい現況を,国民の声として届けることに,その主眼を置いています.
 具体的な活動としては,(1)都道府県医療推進協議会主催の地域集会を開催し,決議を採択してもらう(2)地方議員・議会に対して,地方自治法第九十九条に則った意見書を国会等に提出してもらうよう要望する(3)国民医療を守る全国大会を五月十八日,九段会館において開催する─を考えていますので,ご協力をお願いいたします.

普遍・平等な医療の実現に必要な医療費を

 中川 来年の診療報酬改定に向けてのお考えをお聞かせください.
 唐澤 わが国の医療費は,ここ数年,非常に低い伸びとなっています.にもかかわらず,非常に高い将来推計を基に診療報酬本体のマイナス改定が行われ,地域医療の現場では,さまざまな問題が起きています.
 『グランドデザイン』でも触れていますが,日本のGDPに対する総医療費支出は八%であり,OECD加盟三十カ国中十八番目の低さです.OECD加盟国の平均値が八・八%ですから,日本の総医療費支出を今より約一〇%引き上げなければ,このレベルには到達できません.
 国の経済力は国民の産業経済活動の成果であり,その活力を支える制度として,最適な医療を受ける権利が国民にはあると考えています.世界第二位の経済大国にもかかわらず,このような低い医療費で,これまでのように質の高い医療を提供していくには限界があります.
 したがって,次回はマイナス改定ということはあり得ません.今後は精確なデータを揃え,必要な医療費を示し,プラス改定を勝ち取りたいと思います.
 中川 次に,会務とは少し離れますが,「格差社会」,また団塊世代の大量退職を控え,あるべき医療について,会長の考えをお聞かせください.
 唐澤 どの地域に住んでいようとも,年齢,性別を問わず,国民は普遍・平等に医療を受けることができなければなりません.この普遍・平等が保たれていないということは,日本の国の理念,または民主国家としての根底が維持されていないことと同じです.格差社会についても,憲法の理念に照らして是正されていくべきです.
 普遍・平等に高水準の医療が受けられる社会が,われわれの究極の目標だと考えています.
 団塊世代の退職問題ですが,日本が今のような経済大国になることができたのは,この方たちの努力によるところが大きいと思います.その方たちが定年を迎えるわけですが,今後,五年,十年と歳を重ねるにしたがって本当に希望ある生活を過ごしてもらえるような,しっかりした医療・介護の体制を作ることが,団塊世代の努力に報いるための国の責務だと思っています.日医としても,そのための協力は惜しまないつもりです.
 中川 それでは最後に,会員の先生方に一番伝えたいことを教えてください.
 唐澤 端的に申し上げますと,現在,医療は実に厳しい状況であり,曲がり角にあることを,まずは認識していただきたい.そのうえで,会員の先生方には医学・医術の研鑽(さん)に励むことはもとより,より良い医療を提供するためには何が大切かを常に考えていただく.また,地域社会における諸活動に,可能な限り参加する.そして,一歩外に出て,地域の人たちに医療を語っていただきたいと思っています.
 地域の医療に携わる医師は,高い総合診療能力を維持しつつ,患者さんに対しては,「心身ともに診る」といった,心のこもった医療,心温まる医療を行っていただきたい.つまり,「心を診る医師」ですね.
 「心を診る医師」とは,患者さんと心を同じくすることができる医師と言ってもよいかも知れません.そういう医師でなければ,在宅医療を含め,満足していただける地域医療を提供することはできないだろうと思います.知識を広げ教養を積むことは,医師にとってとても大切ですが,同時に,患者さんや家族を包む温かい心を涵養することも,さらに大事にしていただきたいと思います.

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