日医ニュース
日医ニュース目次 第1099号(平成19年6月20日)

日医総研創立10周年記念シンポジウム
「日本の医療の未来像―希望の構想―」をテーマに

日医総研創立10周年記念シンポジウム/「日本の医療の未来像―希望の構想―」をテーマに(写真)

 日医総研創立10周年記念シンポジウムが,5月31日,「日本の医療の未来像―希望の構想―」をテーマに,日医会館大講堂で開催された.参加者は,254名であった.

日医総研創立10周年記念シンポジウム/「日本の医療の未来像―希望の構想―」をテーマに(写真) 今村定臣常任理事の総合司会で開会.冒頭,あいさつに立った唐澤人会長は,本シンポジウムは,日医総研創立十周年記念事業として,四月十三日に開催された公開講座と対をなすものであると説明.さらに,三月に発表した『グランドデザイン二〇〇七』について触れ,「少子高齢社会に向け,後期高齢者医療制度の方向性など,医療費の財源論にまで踏み込んで日医の見解を示した」と紹介した.そして,「今,わが国は『構造改革』の名の下に,格差が拡大し,社会は不安定となり,医療は崩壊の危機にある.医療費抑制策によって,世界に誇る国民の宝である『国民皆保険制度』を壊し,医療を市場原理にさらしてはならない.日医が説得力ある政策を提言するために,日医総研の確かな研究と緻密な調査分析,医療政策の企画立案の成果を有効に活用したい.日医総研のさらなる機能の充実を願っている」と述べた.

講演
「社会的共通資本としての医療」

日医総研創立10周年記念シンポジウム/「日本の医療の未来像―希望の構想―」をテーマに(写真) 次に,宇沢弘文日本学士院会員・東京大学名誉教授による講演が行われた.
 宇沢氏は,「かつてイギリスは医療をすべて税金でまかなっていたが,財政負担が大きくなったために,一九六〇年代半ばから医療費抑制策を推し進めた.七〇年代には,市場原理主義の経済学者フリードマンに賛同した当時のサッチャー首相が,医療費と教育費の抑制,官僚による管理を強めた.その結果,優秀な医師・頭脳が国外に流出し,医療の荒廃を招いた.九〇年代後半になってブレア首相が医療費抑制策の失敗に気付き,二〇〇〇年からの五年間で医療費を一・五倍に増加したが,一度壊れた体制は容易には改善せず,いまだに医療への社会的信頼感が回復しないまま現在に至っている」と解説した.そのうえで,宇沢氏は,「日本でも今日,倫理的・社会的・文化的価値を無視し,人生の最大の目的は金を儲けることであるという,市場原理主義の流れがあり,教育と医療が最大の被害を受けているとの危機感を強く抱いている.日本は,イギリスの失敗に学び,決してイギリスの過ちを繰り返してはならない.そのためには,市場原理主義の対極にある,“社会的共通資本”の考えを導入する必要がある.
 “社会的共通資本”とは,人々が豊かな経済生活を営み,すぐれた文化を展開し,人間的に魅力ある社会を持続的,安定的に維持することを可能にする社会的装置である.
 市民の人間的尊厳を守り,魂の自立を保ち,市民的自由が最大限に確保できるような社会を形成するために必要不可欠であるという視点に立つもので,医療と教育が最も重要な構成要素である.
 医療と教育は,社会全体の共通財産であり,利潤追求の対象にされたり,官僚に管理されてはならない.“社会的共通資本”の管理は,職業的専門家の知見と倫理の下で行い,財政面を国が考えるべきである.医師の職業的知見に対する高い社会的評価は,社会の安定に必要である」と述べ,政府の医療費抑制策を強く非難した.そして,「医師が“ヒポクラテスの誓い”に沿って医療を行い,なおかつ経済的安定を維持し,同時に人間としての生き様を全うできるような制度的条件とは,『経済に医を合わせるのではなく,医に経済を合わせる』という言葉に言い尽くされる」と結んだ.

対談
宇沢弘文氏
唐澤人会長

唐澤会長(左)と宇沢氏

 つづいて行われた唐澤会長との対談で,宇沢氏は,一八九一年にローマ法王レオ十三世が出したローマ教会の正式な考え方を示す回勅「レールム・ノヴァルム」では,十九世紀末のヨーロッパを中心とする世界が直面している課題を「資本主義の弊害と社会主義の幻想」ととらえたが,百年後に出された回勅で,パウロ二世は「社会主義の弊害と資本主義の幻想」をテーマに据えた.なぜなら,パウロ二世は,スターリン時代のポーランドで育ち,当時のソ連や東欧社会主義における悲惨な状況を骨身に沁みて知っていた.しかし資本主義の将来に対しても懐疑的であった,と紹介.また,パウロ二世の「レールム・ノヴァルム」作成に参加したことや,ユーモアあふれる法王との対話についても語った.その三カ月後,ソ連が崩壊したが,当時,首相だったゴルバチョフ氏は,後に,「ソ連の国家崩壊に対し『レールム・ノヴァルム』の果たした役割は大きい」と述懐していると指摘.
 また,文化勲章受章の際,昭和天皇と懇談したエピソードにも触れ,昭和天皇が「君がやっている経済学は“人間の心”が大事ということだね」と簡潔明瞭に言われたことが印象深いと述べた.
 唐澤会長は,医療で最も大切なことは「人間の心」を診ることではないか,故武見太郎元日医会長が言う「開心貫醫道」がそれに当たると思うと発言.宇沢氏は,武見氏に,“社会的共通資本”の大きな要素の一つである環境問題の考えを聞きたいと思い,アプローチしたのがきっかけで,時には泊り込みの勉強会にも参加したこと,武見氏はさまざまな分野に造詣が深く,鋭い質問を浴びたこと,特に武見氏に「名医とは」と質問され,「その医師にかかって死んだら本望だと思える人」と答えたという思い出などを披露した.
 氏は,「人間が人間らしく生活するためには,ある程度,経済的,物質的に豊かでなくてはならない.日本の医療,特に勤務医の現状は,あまりにも過酷である」とし,最後に,医療費の抑制を求める政府の経済財政諮問会議を「財政抑制とかマクロ経済の動向で医療費を考えるのはとんでもない」と批判.同会議の民間議員である,かつての教え子たちを「市場原理主義の毒を飲んでしまった」と糾弾した.
 その後,竹嶋康弘副会長・日医総研所長のあいさつで閉会となった.
 なお,この模様は,当日,TV会議システムを使って各都道府県医師会に中継された.また,BS朝日で,六月二十三日(土)午後三時二十五分〜五十五分に特別番組として放映されるほか,後日,記録集を刊行予定.

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