日医ニュース
日医ニュース目次 第1106号(平成19年10月5日)

No.44
オピニオン

ともに医療を考える
井伊雅子(一橋大学国際・公共政策大学院教授)

井伊雅子(いいまさこ)
 一橋大学国際・公共政策大学院教授.国際基督教大学教養学部卒.ウィスコンシン州立大学マディソン校経済学部博士課程修了.横浜国立大学経済学部助教授,一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授を経て,平成17年より現職.

 今年の四月から地方分権改革推進委員を拝命いたしました.通常の国の審議会とは異なり,委員のメンバーは計七人,国会の承認を受けての任命で,委員会での発言はすべてインターネットでも配信されており,委員会の重要性を感じております.私はもともと世界銀行というワシントンDCに本部のある国際機関で,途上国の医療制度改革に関する研究をしていました.十年ほど前に日本に帰国して以来,日本の医療制度改革に関心を持って研究しております.経済学者が地方分権にかかわるとしますと,地方財政の専門家の場合がほとんどだと思います.今回,地方分権の議論にかかわり,医療など社会保障の議論が,地方財政と密接に関係があることを日々実感しております.
 地方分権と言っても,私たちの毎日の生活とは直接関係がないと思いがちですが,実は,毎日支払う消費税,晩酌にいただくお酒に支払う酒税,その他にも,医療をはじめとして介護,教育,産業振興,道路など,生活にかかわる身近なほとんどのことが,地方分権の議論と密接に関係しています.その辺りを分かりやすく,皆さんと考えていきたいと思います.

国民が気づかない消費税の使われ方

 今後,増え続けるであろう社会保障の財源として,消費税率を増加することが議論されています.現在,五%の消費税ですが,そのうちの一%は,地方消費税として地方自治体の財源になる仕組みになっています.私たちが,国税として支払っている残りの四%の消費税のうち,二九・五%は地方交付税として,やはり地方自治体の財源に自動的になる仕組みです.つまり,(四%×〇・二九五+一%)÷五%=〇・四三六と私たちが日常支払っている消費税のうち,四四%が地方自治体の財源になっているのです.民主党党首の小沢一郎さんが,「消費税額をすべて年金の財源にする」という発言をされていました.実は国税として自由に使えるのは,消費税額全体の五六%だけと言うのを,まさかご存じないとは思いませんが…….
 現在の地方税法の大きな問題点の一つと思われるのは,地方が住民に向かって説明責任を果たさなくても,国が消費税率を上げれば,自動的に地方消費税が上がり,税収が増える仕組みになっているということです.そして,何より問題だと思うのは,多くの国民は,自分たちが日々支払っている消費税額の四四%が,自動的に地方の財源になっていることに気付いていないということです.
 一方,地方自治体の首長さんたちは,「地方分権,自主財源」と言いながら,地方消費税や住民税,固定資産税を強化するという話はされません.自分たちで住民に説明責任を果たして税収を上げる努力をするのではなくて,国が税収を上げてそれを地方に回してくれる税源移譲を待っているようなのです.

求められる医療費財源に関する議論

 ところで,日本の国民医療費に関する議論でも,似たような印象を持つことがあります.日本の一人当たり医療費は,OECDのなかでも十六,七位と低い方です.国民千人当たりの医師の数も少ない方です.診療のステップが格段に増加し,複雑化していますので,今後,医師の数はますます足りなくなる可能性があります.また,医療の安全性や質を確保するためにも,財源は必要になります.
 最近の社会保障,特に医療への財源を抑えようとする経済政策や効率性や生産性重視の議論には,経済学者の私も疑問を持つことがあります.けれど,医療側にも,財源をどうするかという議論に真剣に取り組む責任があるように思います.
 日本の国民負担率(国民所得に占める税と社会保障の割合)は,米国と並んで低いのですが,米国では公的医療保険が充実していませんので,民間保険の負担を含めると高くなります.ヨーロッパは押し並べて高い国民負担率です.日本の実態は,「低負担・中福祉」と言ってもいいと思います.これでは,国の財政がもちません.今後,欧州型を目指して,「高負担・高福祉」になるのか.その場合は,消費税などの税負担が現在の何倍になることを選ぶのか,それとも,税負担はこのまま低負担のままで,その代わり,国民医療費も現状のまま,できるだけ抑える政策を支持するのか,どちらかの政策を選択しなければなりません.
 最近話題のマイケル・ムーア監督の『Sicko シッコ』という映画を見ました.国民負担率の低いアメリカの医療と,国民負担率の高いヨーロッパ(映画の中では英仏)の医療制度に関して,偏った先入観で作られた映画ですが,ぜひご覧になって,議論をして欲しいと思います.映画のパンフレットに,デーブ・スペクター氏がコラムを寄せています.この映画を正しく見るためにも,ここにそのまま一部をご紹介します.
 「マイケル・ムーアはジャーナリストとしては失格だと思います.それは彼の映画が事実無根であるとかウソだということじゃなくて,本来入れるべき事実やデータを意図的に落として作品を作っている.確かにムーアの指摘のとおり,アメリカの医療保険制度には問題があってHMOはサイアクの状態だけど,アメリカの医療技術や製薬技術は世界ナンバーワンなんですよ.映画ではフランスやキューバの医療が天国みたいに描かれているけど,ヨーロッパでも中東でも世界中のお金持ちはみんなアメリカで手術を受けたがるんです.…基本的には彼の映画はマユツバで見るべき映画だと思うんだけど,問題提起としてはすごく強い影響がありますね.いろいろなところで論争を引き起こす.今回の映画もそうだけど,あちらこちらで賛否が真っ二つに割れるんです.アメリカ人だけじゃなくても,映画を見たらアメリカの医療保険はどうなっているのか調べてみたくなるような刺激を与えますよね.だから観客は映画を冷静に見てもらって,そこから自分で事実を調べてほしいと思います」
 アメリカは,大変多様性のある国で,一つに括って議論をすることのできない国だと思います.私が大学院生活を過ごした中西部のウィスコンシン州の州都マディソンと,世界銀行の職員として過ごしたワシントンDCとでは,医療制度も大きく異なっていました.コネチカット州出身の大学院の同級生は,「ウィスコンシンの医療保険制度(HMOが主体でした)はとても寛容で素晴らしい,大学院生の間に歯を全部治しておこう」と言っていました.私もワシントンDCに住み始めたころは,保険料も高く,医療機関での自己負担も高く,ウィスコンシンとの大きな違いを感じて驚きました.
 さて,「経済学者は医療を知らない」と批判をされることが時々あるのですが,経済財政諮問会議や政府の税制調査会の議論などを見ても,医療政策や税制に大きな影響を持つのは経済学者です.経済学者は医療現場を知らないと,頭から非難をするだけでなく,日本の医療制度の向上のためにも,ぜひ協力をお願いいたします.

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