日医ニュース
日医ニュース目次 第1122号(平成20年6月5日)

日医「高齢者(75歳以上)のための医療制度」を提言
75歳以上の高齢者に安心と手厚い医療を

 後期高齢者医療制度が始まり,「後期高齢者診療料」によって,高齢者の医療が制限されるようになったとの指摘がある.しかしこれは診療報酬上の問題であり,制度とは区別して議論されなければならない.
 厚生労働省も,もし老人保健制度が継続していたとしても,「後期高齢者診療料」のような診療報酬の設定はあり得た旨発言(五月二十一日中医協総会,別記事参照)した.
 日医は,改めて「高齢者(七十五歳以上)のための医療制度」を提言するとともに,「後期高齢者診療料」に対する見解を明らかにする.

 二〇〇八年四月から,後期高齢者医療制度(いわゆる長寿医療制度)が始まったが,すでにさまざまな問題点が指摘されている.
 日医は,これまでも,高齢者医療は国が“保障”の理念の下で支えるべきとしてきた.高齢者の不安が増大する今,高齢者が保険料の支払いや受ける医療に不安を抱くことがないよう,改めて「高齢者(七十五歳以上)のための医療制度」を世に問いたい.
 日医「高齢者(七十五歳以上)のための医療制度」の柱は,次のとおりである(図1)
 ・七十五歳以上を手厚くする
 ・今までと同じ医療の提供
 ・医療費の九割は公費(主に国)で負担
 ・高齢者の家計負担(保険料と一部負担)は一割

日医「高齢者(75歳以上)のための医療制度」を提言/75歳以上の高齢者に安心と手厚い医療を(図1)

なぜ,七十五歳なのか

 現状の後期高齢者医療制度では,七十五歳以上の医療が切り捨てられるのではないかという加入者の不安がある.日医の提案も七十五歳以上の独立型の保険制度であるが,これはむしろ七十五歳以上を手厚くすることを目指している.なぜなら,七十五歳以上は疾病が発症するリスクが高く,かつ疾病が長期化しやすいからである.
 入院受療率は七十五歳以上から急激に高まり,外来受療率は七十五〜七十九歳がピークである.疾病構造も異なっている.六十歳代では,脳血管疾患よりも悪性新生物の受療率が高いが,七十五歳以上では脳血管疾患が悪性新生物を完全に逆転し,上回る.また,脳血管疾患の平均在院日数は,六十五〜六十九歳では七十二・四日,七十〜七十四歳では七十二・〇日であるが,七十五〜七十九歳では一〇〇・三日と百日を超える.
 高齢者が保険財政に制約されることなく,医療を受けられるよう,特にリスクの高い七十五歳以上について,手厚い制度を設けるべきである.

高齢者は国が守るべき─なぜ公費九割が可能なのか─

 高齢者は,だれもが疾病のリスクを負う.したがって,予測出来ないリスクを支える保険の原理は働きにくい.そのため,高齢者の医療は,国が“保障”の理念の下で支えるべきである.すなわち,医療費の九割を公費(国庫主体)で負担することを提案する.
 現在,後期高齢者の給付費は,公費約五割,一般医療保険からの支援金約四割,後期高齢者自身の保険料約一割で構成されている.ただし,現役並み所得者については公費負担がないため,実質的には公費負担は五割をやや下回る.二〇〇八年度予算ベースで見ると,後期高齢者については,医療費十一・九兆円(うち給付費十・八兆円),医療費のうち公費は五・一兆円である.
 一方,一般の医療保険にも公費負担がある.国民健康保険(以下,国保)と政府管掌健康保険(以下,政管健保.十月から全国健康保険協会)である.
 国保では,国が給付費(前期高齢者分を除く)の四三%,都道府県が給付費(同)の七%を負担している.このほか,低所得者の保険料軽減分に対する公費補てんなどもあり,公費負担の総額は二〇〇八年度当初予算ベースで四・〇兆円である.
 政管健保では,国が一般被保険者の給付費の十三・〇%と後期高齢者支援金の十六・四%を負担することになっており,二〇〇八年度は合計〇・八兆円である.
 このように,後期高齢者に公費五・一兆円が投入されているほか,一般(国保,政管健保)にも公費四・八兆円があり,公的医療保険に対する公費負担は合計九・九兆円である.
 この公費九・九兆円を七十五歳以上の高齢者に集中する.二〇〇八年度の七十五歳以上の医療費は十一・九兆円であるので,公費九・九兆円で医療費の八・三割を賄える.日医は,公費九割を主張しており,これには一割弱足りないが,当面は特別会計や独立行政法人等への歳出の見直しによって対応し,新たな財源についても検討していく(図2)

日医「高齢者(75歳以上)のための医療制度」を提言/75歳以上の高齢者に安心と手厚い医療を(図2)

公費負担割合は段階的に引き上げる

 過去にも,老人保健法の改正により,公費負担割合が引き上げられてきた前例がある.二〇〇二年九月まで,老人医療給付費に対する公費負担は三〇%であったが,毎年五ポイントずつ引き上げられ,二〇〇六年十月以降は五〇%になった.
 現在の後期高齢者医療制度では,公費負担割合は給付費の約五割で,これは医療費に対する割合で見れば約四五%である.これを毎年五ポイントずつ引き上げれば,十年目には,日医が主張する「医療費に対し公費九割」を実現出来る(図3)
 前例もあること,また後述するように一般医療保険に与える影響も勘案し,その激変緩和の意味からも,公費負担割合の段階的引き上げを提案する.

日医「高齢者(75歳以上)のための医療制度」を提言/75歳以上の高齢者に安心と手厚い医療を(図3)

高齢者は保険料と一部負担合わせて医療費の一割

 後期高齢者医療制度(いわゆる長寿医療制度)では,一部負担が医療費の一割,後期高齢者自らの保険料が給付費の一割である.新たに保険料を支払うようになったこと,保険料の上昇が見込まれていることのほか,年金からの天引きも相まって,保険料徴収は高齢者に大きな不安をもたらしている.
 日医案は,保険料と一部負担合わせて一割である.保険加入者として保険制度,運営に発言出来る環境を確保するため,「保障」ではありながら保険料の概念を取り入れているが,保険料負担は最低限とする.
 高齢者は複数の疾病に長期にかかる傾向にあり,病気になれば,だれもが弱者になる.そこで,一部負担についても,所得によらず一律とする.

一般の医療保険は財政調整を強化

 現行の一般医療保険の財源は,二〇〇八年度には,保険料と一部負担で二十兆円(推計),公費が四・八兆円である.ここから一般世代の医療費二十兆円(推計)を賄うほか,後期高齢者支援金四・七兆円を支出する.
 高齢者医療費の公費を九割にすれば,一般からの支援金も不要になる.一般は,保険料と自己負担二十兆円で,自らの医療費二十兆円のみを賄えば良い.現在のところ,総額の収支は均衡している.しかし,財政が厳しい国保や政管健保への公費投入がなくなるため,保険者間の財政調整を強化しなければならない(図4)
 また将来は財源が不足していくことも予測され,それには,事業主負担の見直し,保険料上限の引き上げ,被用者保険の保険料率の公平化で対応する.
〈事業主負担の見直し〉
 国民医療費に占める事業主負担の割合は,最も高い一九九二年度には二五・一%であったが,二〇〇五年度には二〇・二%にまで低下している.この背景として,非正規雇用者の増加が挙げられる.非正規雇用者は,一九九五年度には五人に一人であったが,二〇〇六年度は三人に一人である.非正規雇用者にも被用者保険の道を開き,事業主は一定の負担をすべきである.
〈保険料上限の引き上げ〉
 民間給与の格差が広がりつつあるなかで,被用者保険においては,保険料は年収約二千万円までしか比例しない.これを仮に年収三千万円まで比例させれば,約〇・一兆円の増収になると試算される.
 国保でも,所得なしの世帯数が増加しつつある一方,所得五百万円以上の世帯も五・二%ある.国保では,所得四百九十万円で保険料の賦課限度額五十三万円(二〇〇六年度での試算.現在は賦課限度額が五十六万円に引き上げられている)に達する.これも仮に所得八百万円まで保険料が比例するようにすれば,約〇・二兆円の増収になると試算される.
〈被用者保険の保険料率の公平化〉
 政管健保は,被用者保険のなかで平均標準報酬月額が二十八万五千円と最も低いが,保険料率は八二・〇〇‰と最も高い.組合健保は,平均標準報酬月額三十七万円,保険料率七三・九〇‰である(いずれも二〇〇八年度見込み).組合健保や共済組合の保険料率を政管健保と同水準に公平化すれば,約一兆円の増収が見込まれる.

日医「高齢者(75歳以上)のための医療制度」を提言/75歳以上の高齢者に安心と手厚い医療を(図4)

高齢者公費九割の意味合い─新たな財源の受け皿として─

 基礎年金を全額税でという案が浮上している.国会(二〇〇八年二月二十六日)でも,全額税方式にした場合に二十二・三兆円必要であること,そのためには現在の消費税率は五%で税収(国分)は七・五兆円であるが,これを一五%に引き上げる必要があるとの試算が示された.単純計算では消費税収は二十二・五兆円になり,基礎年金に必要な費用をカバー出来る.しかし,逆に言えば,消費税率を一五%にしても,基礎年金しかカバー出来ず,高齢者の医療,介護に充てる余裕はない.
 五月十九日に,社会保障国民会議所得確保・保障(雇用・年金)分科会で示された消費税率と基礎年金のシミュレーションも,消費税率引き上げによる税収増をすべて基礎年金に充てる前提のものである.
 社会保障全体で見た時に,年金優先でバランスを欠く議論が進んでいるが,年金,医療,介護を同じ土俵にあげ,保障か,保険かを改めて検討すべきである.
 もともと消費税収(国分)は,国の予算総則で,基礎年金,後期高齢者医療,介護の国庫負担分に充てることとされている.一般の医療保険(国保,政管健保)にも国の負担があるが,これは消費税を充てるべき経費とはされていない.
 高齢者医療の公費(主に国)負担割合を高めることは,新たな財源が確保された時,医療としてその受け皿を準備しておくということでもある.
 〔注:文中,「後期高齢者医療」とあるのは現在の制度を指し,「高齢者医療」とあるのは日医提案の制度(七十五歳以上)を指す〕
 なお,この内容は五月二十八日の定例記者会見において,中川俊男常任理事より公表されたものである.資料は,日医ホームページ「定例記者会見」に掲載.

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