日医ニュース
日医ニュース目次 第1128号(平成20年9月5日)

「新しい医学の進歩」〜日本医学会分科会より〜

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前立腺がんに対する遺伝子治療の現況
〈日本化学療法学会〉

 平成二十年三月の時点で国際的に登録されている遺伝子治療臨床研究のプロトコールは千三百四十七件で,がんに対するものが八百九十六件(六六・五%)を占め,がん種別に見ると前立腺がんはメラノーマの百五十四件に次いで多く百件となっている.
 がんは複数の遺伝子異常によって発症するものの,完成したがんを異常遺伝子の修復で治療することは現実的でない.現状の固形がんに対する遺伝子治療は,遺伝子を使用する新しいドラッグデリバリーシステムとして,腫瘍選択的に細胞死を誘導することと抗腫瘍免疫を賦活化することを主に企図したものである.
 前立腺がんに対する臨床研究が多いのは,頻度の高いがんであり,ホルモン抵抗性がんには有効な治療法がないことに加えて,先端医療の開発という観点から理想的な標的であることによる.前立腺は,経直腸超音波画像下に組織生検や遺伝子ベクターの注入などが容易に可能であること,高齢男性に必ずしも必須の臓器ではなく完全除去が生命予後に影響しないこと,治療遺伝子の発現をコントロールする複数のプロモーターが利用可能であること,さらには,治療効果を鋭敏に反映する高感度の腫瘍マーカーとしてPSA(Prostate specific antigen; 前立腺特異抗原)が存在することなどの特色を持っている.
 岡山大学は,平成十三年三月に前立腺がんに対する国内初の遺伝子治療臨床研究を開始して以来,この領域のフロントランナーとして活動している.
 (一)腫瘍選択的細胞死誘導:(1)自殺遺伝子治療:微生物由来の代謝酵素(ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ)遺伝子とこの酵素で活性化されるプロドラッグ(ガンシクロビル)で細胞死を誘導する手法.アデノウイルス(Adv)をベクターとしてホルモン抵抗性局所再燃前立腺がんを対象にPhase I/IIは平成十七年七月終了.安全性と臨床効果を確認,現在は前立腺全摘除術前に実施して再発を抑制する(ネオアジュバント)プロトコールが岡山大学も参加して北里大学で実施されている.(2)腫瘍融解ウイルス療法:テロメラーゼ活性に依存して増殖し腫瘍細胞のみに細胞死を誘導するAdv-Telomelysinを大学発ベンチャーで臨床開発中,米国でのPhase I臨床治験は平成二十年一月投与終了.
 (二)免疫遺伝子治療:強力な抗腫瘍免疫を誘導するIL-12遺伝子を使用するAdv-IL-12を平成二十年五月より実施中.局所腫瘍内(主に原発巣)投与で全身効果を誘導.
 (三)次世代遺伝子治療:岡山大学で同定した新規がん抑制遺伝子REIC(Reduced Expression in Immortalized Cells)を使用する遺伝子治療で,前述の(一)と(二)の作用を単一遺伝子で実現,前立腺がんを対象とするAdv-REIC臨床研究は学内審査中.

【参考】
一, 柏倉祐司,公文裕巳:遺伝子治療,からだの科学,253: 172-176, 2007.
二, 遺伝子治療,岡山大学泌尿器科http://www.uro.jp/okayama/

(岡山大学大学院泌尿器病態学教授 公文裕巳)

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