日医ニュース
日医ニュース目次 第1133号(平成20年11月20日)

勤務医のページ

「女性医師問題」の背後にあったもの
埼玉医科大学脳神経外科教授 藤巻高光

 「働く女医の夫の会」と称するホームページ(http://square.umin.ac.jp/takafuji/personal/howwwmd.html)を立ち上げて,昨年でちょうど十年になった.今でこそ「女性医師問題」は注目されているが,当時は少数派だった女性医師だけで議論されていた.ましてや,女性医師を妻に持つ夫の問題はまったく認知されていなかった.
 脳外科医の筆者は,フルタイムで働く妻に家庭のことを押し付けていたが,時に「妻が忙しいので,ベビーシッターの帰る時間に間に合うように夜六時に病院を出る」などと言うと変人扱いされる時代であった.同じような境遇の夫がいれば,情報交換をして励まし合い,事態を乗り切りたい,と思って始めたホームページであった.
 従来,日本の医師は,自身の生活を犠牲にして,患者さんのために尽くしてきた.医師の仕事を聖職と考え,プライベートを忘れ,早朝から深夜まで休日もなく働いてきた.
 私の父は田舎の内科開業医であったが,夜中でも,雪の日でも,峠を越えてでも,往診に行った.脳外科医の私は,日中外来をし,当直という名の夜勤に入り,急患を診て,緊急手術をした.そして眠れぬままに朝からの定時手術に入り,夕方は前夜に手術した重症のくも膜下出血の術後管理をし,夜中にようやく寝るだけの自宅に帰った.これが「普通の」脳外科医の生活だった.
 しかし,子どもが生まれて初めて,共働き医師夫婦がこの生活を続けるのは困難だと気付いたのである.妻にほとんどの育児と家事を押し付けていても,この始末である.逆に妻が脳外科医であったら,妻は仕事を続けることなどできなかったであろう.いや,実際には手術のない小児科医の妻であったが,一時当直のないパートタイムの職に就かざるを得なかった.
 現在,若い医師の外科離れが止まらない.厚生労働省の統計に基づき,二十九歳未満の医師の各科別就労人数の変動を,に示す.平成十六年は新臨床研修制度が始まった年で,各科別の医師の総数は一学年分,平成十八年には二学年分少ない.どの科もある程度の減少はするが,減少率の大きいところは,「内科」を除くと,どこも外科系である.一般外科,整形外科等,外科系の減少が著しい.脳外科も例外ではない.内科の減少は,臓器別に細分化しているためであろう.
 かつて,後輩の女性医師の子どもに病気が見付かり,入院・手術が長期に及んだ.当時の病院に,「病児を看病しつつパートタイムで働く女性医師」の立つ位置はなく,結果的に脳外科医を辞めざるを得なかった.何とかサポートしたいと考えたが叶わず,今でも後悔している.
 確かに,外科医にとって,若い時期に患者さんと常に接し,わずかな変化も見逃さない勘を養い,かつ技術的な修練を集中して積むことは大切である.しかし,数年のハンディは,長い目で見て,決して取り返せないものではない.
 ところが,病院の側から考えると,少ない人数でのチーム医療を強いられている状況下では,産休を取る医師がいるだけでも,他の医師がパンクしてしまう.本来,医療システムは,それでも耐えられるものでなくてはならない.そうであれば,病児をかかえた母親(父親)脳外科医も,働けるのではないか.
 日本脳外科学会内の女性医師数は,わずかずつ増加してはいるが,いまだ全体の四・五%に過ぎない.国家試験の合格者の三分の一が女性の現在,十分な数の女性医師が脳外科を選んでいるとは言えない.いや,男女問わず,若い医師が脳外科を敬遠していることが明らかである.
 ワークライフバランスが重視されるようになった現代,出産や育児を考えた時,いつ自宅に帰れるとも知れない科は,敬遠されているのかも知れない.外科系のみならず,不規則で仕事の厳しい科,それどころか医師を志望する若者がいなくなってしまうかも知れない.このままでは外科系の医師が本当にいなくなるとの危機感から,日本外科学会や日本脳神経外科学会はアピールを始めている.
 女性医師のみならず,すべての医師が人間らしい生活を送って初めて,質の高い医療ができるのではないか.その意味で,今や「女性医師問題」を越えて,「医師問題」すなわち,医師の労働環境に真の問題があるとの認識が高まってきた.妻や多くの友人と立ち上げたNPO法人「女性医師のキャリア形成・維持・向上をめざす会」では,医師の就労環境の改善に焦点を当て,平成十八年より「医療従事者が働きやすい病院」を評価する事業をわが国で初めて開始した.
 日本医療機能評価機構でも,日医からの要請により,次期評価項目から医師の就労環境の整備が加えられることになった.個人が抱いた問題意識は,この十年で急速に社会的問題となった.
 国民の生命を担う医師のなり手がいなくなる前に手をうつには,すでに待ったなしの時を迎えている,と考える.

勤務医のページ/「女性医師問題」の背後にあったもの/埼玉医科大学脳神経外科教授 藤巻高光(図)

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