日医ニュース
日医ニュース目次 第1152号(平成21年9月5日)

No.52
オピニオン

医療保障の経済効果を語る─医療は経済成長にも,また当面の不況対策にも有効な経済効果をもつ─
京極高宣(国立社会保障・人口問題研究所所長)

京極高宣(きょうごくたかのぶ)
 国立社会保障・人口問題研究所所長.1942年生まれ.1975年東大大学院経済学研究科経済学専攻博士課程修了後,日本社会事業大学助教授,教授を経て,1995年に学長に就任.以後,厚生労働省社会保障審議会委員,障害者部会長,介護保険部会委員などを歴任.2005年より現職.

 周知の方もいらっしゃるようだが,私にはすでに,医療の経済効果については,社会保障の経済効果の一環として,多少は論じてきた経緯がある.ちなみに専門書としては,『社会保障と日本経済』(慶應義塾大学出版会,二〇〇七年八月)を,また啓蒙書としては『社会保障は日本経済の足を引っ張っているか』(時事通信社,二〇〇六年十一月)を私は著してみた.
 昨今の小泉改革の中で,「骨太の方針二〇〇六」により,社会保障費の自然増を含めて社会保障費を五カ年で一兆一千億円(毎年二千二百億円)削ることが決定されたことは記憶に新しい.そこで,医療・介護など,人口高齢化の進展で急速に伸びが予想される分野でも国家予算の制約がかかり,診療報酬・介護報酬も二度にわたりマイナス改定を余儀なくされた.しかし,このような路線は,関係者の粘り強い抵抗等により,安倍・福田両内閣を経て,麻生内閣においては必ずしも踏襲されず,ようやく一応の撤回をみた.しかも,麻生内閣は,二〇〇九年度の補正予算においても,当面の経済危機を乗り越える緊急対策を講じ,その中で社会保障関連費を積極的に位置づけ,最大の比重をかけていたのである.
 こうした背景には,かつて声高に主張された「社会保障が日本経済の足を引っ張っている」などという新自由主義的議論が後景に退き,むしろ「社会保障により日本経済の再生を行う」などというケインズ主義的議論が世論の主流となりつつあることがあろう.

高い経済効果を生み出す医療

 さて,これまで社会保障の経済効果は,生活保障とか,セーフティネットとかと素朴に叫ばれるだけで,経済学的ないし体系的に正確に論じられることは必ずしもなかった.
 そこで,私は,以下のような主要な経済効果の体系を私見として明らかにした次第である(図表1参照).
 私は,社会保障の主要な経済的機能については,(一)セーフティネット機能と(二)総需要拡大機能とに区分し,(一)を本源的機能とし,(二)を派生的機能としている.通常は(一)のみが社会保障の経済効果(経済的機能を定量的に把握したもの)とされているが,国民経済との関連では(二)の役割が極めて大きいことが忘れられている.特に社会保障の直接的な内部経済効果としては,いわゆる産業連関を通じてII─1とII─2の経済効果は極めて大きい.
 ここで,医療の経済効果について,より詳しくみることにしよう.統計的には,少し古いが二〇〇〇年度産業連関表に基づいての医療経済研究機構の分析(二〇〇四)『医療と福祉の産業連関に関する分析研究報告書』をみると,次のようである.
 医療の産業連関効果は,国公立,公益法人等,医療法人等の三部門に分かれて計算されている.
 まず,生産誘発係数(当該部門に一単位投入されると,他部門で生産が誘発される数値)が,国公立で一・八二六七四〇,公益法人等で一・七〇四三九四,医療法人等で一・七三〇二四九と,全産業平均(一・七九〇八四九)とほぼ同じであるものの,サービス部門平均(一・五九〇五九五)よりも高く,それなりの高さをもっている.
 次に,雇用誘発係数(当該部門が百万円増えるごとに,呼び起こす雇用者数)は,国立等(〇・一一七九二四),公益法人等(〇・一〇九〇七三),医療法人等(〇・一〇五七二一)と全産業平均(〇・〇九四九八〇)より,すべて高くなっている.
 最後に,所得=消費の追加波及を含む拡大生産誘発係数(生産誘発係数プラス所得=消費による追加波及係数)は,国公立(四・八八七〇六四),公益法人等(四・二八二〇四八),医療法人等(四・二六三四六四)と,全産業平均(四・〇六七一四三)をすべて大きく上回っている.
 このように産業連関効果からみて,医療は全産業平均よりも経済効果が大きいことが分かる.

オピニオン・各界有識者からの提言No.52/医療保障の経済効果を語る─医療は経済成長にも,また当面の不況対策にも有効な経済効果をもつ─/京極高宣(国立社会保障・人口問題研究所所長)(図表)

21世紀の日本がとるべき経済戦略とは

 以上,医療の産業連関効果についてみてきたが,こうした経済効果はあくまで医療の派生的機能というべきものである.むしろ医療の本質は傷病の治療等による国民の健康維持(あえて言えば,図表1のI─1とI─2)にある.その結果として,わが国の国民の死亡率の減少や長寿化に貢献していることが医療の最大の本質的機能であり,それは医療の最大の外部経済効果と言えるだろう.
 ちなみに図表2は,新生児死亡率改善による生まれ年別にみたGDP増加額(試算)であるが,戦後一貫して新生児死亡率低下による生まれ年別にみたGDP増加の寄与額は年々大きくなり,その人々が二十歳になって稼ぎ出す付加価値額としてのGDP総額は巨額である.それは一九九五年価格表で,約百六十六・五兆円となる.もちろん,二十一世紀において新生児死亡率の低下が横ばいになるに従い,一人当たりの生涯付加価値の増加に依存するだけで先行きの伸びはさほど大きくならないが,少なくとも一九四五〜六四年の新生児死亡率低下の二十年後の日本経済への影響は極めて大きなものがあった.また,視角を変えると,産科医療や小児医療の進歩と普及で,新生児死亡を免れた青少年の労働力の存在がなかったら,戦後の高度経済成長(特に一九六五年以降)はあり得なかったと断言出来る.
 国際比較上からも,WHOの医療パフォーマンスが,(1)医療の質(2)アクセスの良好性・公平性(3)効率性の三点からみて,日本が第一位にランクインされたことは,ある意味で当然と言えば当然である.しかし,それらは,わが国の医療保険制度の優れたことによるだけでなく,医師をはじめ医療従事者の日常的努力の結晶でもある.それは必ずしもわが国の医療保障の水準の高さを表しているわけでもないが,いずれにしても小泉改革による医療費抑制は,いわゆる「医療崩壊」という忌々(いまいま)しい現象を起こし,こうした輝かしい実績を揺るがしかねない事態であった.幸いにして,麻生内閣の最近の方針で一応の歯止めがなされたかに見える.
 いずれにしても,在宅医療の推進と予防医学の発展によって,不適切な過剰医療が抑制され,国民の高齢化・長寿化に対する適切な医療サービスが拡充されることは,国民生活に安心と安全をもたらすという一般的な役割のみならず,国民経済の長期的発展にとっても,また当面の景気対策(内需拡大)にとっても大きな経済効果をもつ.ある意味では,政権交代にかかわらず,医療・介護をはじめとする社会保障の堅実な発展こそが,二十一世紀日本の経済戦略でなければならないとも言えるのではないだろうか.

オピニオン・各界有識者からの提言No.52/医療保障の経済効果を語る─医療は経済成長にも,また当面の不況対策にも有効な経済効果をもつ─/京極高宣(国立社会保障・人口問題研究所所長)(図表)

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