日医ニュース
日医ニュース目次 第1164号(平成22年3月5日)

平成21年度 医療政策シンポジウム
平時の国家安全保障としての医療のあり方をめぐって議論

 平成21年度医療政策シンポジウムが,「国のありかたを考える─平時の国家安全保障としての医療」をテーマに,2月5日,日医会館大講堂に約300名の参加者を集めて開催された.

平成21年度 医療政策シンポジウム/平時の国家安全保障としての医療のあり方をめぐって議論(写真) 中川俊男常任理事の総合司会で開会.冒頭,あいさつに立った唐澤人会長は,「経済社会の行方が不透明な今こそ,国家の骨格たる社会保障の強化に対するしっかりとした取り組みならびに,その根幹にあり,国民の命と健康を守る安心して働くための,社会共有の貴重な財産である国民皆保険制度の堅持が求められている.このような時期に,本シンポジウムが実現したことは,誠に意義深い」と述べた.

特別講演

 引き続き,竹嶋康弘副会長を座長として,特別講演「社会的共通資本としての医療」(宇沢弘文日本学士院会員,東京大学名誉教授)が行われた.
 宇沢氏は,医学部を志望していた学生時代を振り返り,当時,旧制第一高等学校の校長であった安倍能成氏の言葉から,「先祖が残した貴重な遺産(知識や学問)を,出来るだけ吸収して,次の世代に残すという意識を非常に強く持ち,それが社会的共通資本を考える原点となった」と述べた.
 また,宇沢氏は,医療費抑制策の政治的・思想的背景には,アメリカが,ベトナム戦争以降の混乱した時代に経常赤字を解消するため,対日貿易赤字に焦点を当てたことがあると指摘.そのため,日本は,一九八九年の「日米構造協議」で,GDPの一〇%を無駄な公共投資に使うことを了承させられ,国の借金は増大することになったと説明した.
 さらに,地方自治体でも,地方債や地方交付税で負債を補填していたが,小泉政権下での地方交付税削減で,それが出来なくなり,現在,公共的な施設である病院・学校にまでその影響が及んでいるとし,「これが日本の置かれている苦悩に満ちた現状の原因だ」と述べた.

講演

 つづいて,講演二題(一)「人間の安全保障と健康〜我が国のグローバルヘルスへの貢献〜」(武見敬三東海大学教授,日本国際交流センター・シニア・フェロー,長崎大学客員教授),(二)「日本国家のあり方と医療」(佐藤優元外交官,文筆家)─が行われた.
 (一)で武見氏は,二十一世紀の特徴として,気候変動や感染症などの国境を越えた共通課題が噴出し,今までの国ごとに政策や安全保障を行う考え方から,新しく「人間の安全保障」という概念が生まれたと説明.しかし,各国が国際的な役割を果たそうと競い合っていることから,健康問題が外交課題となっていると指摘した.
 今後の日本にとっての課題としては,官官協力・官民協力の制度化,グローバルヘルス外交の確立等を挙げ,日本がその地位を確立することの重要性を強調した.
 (二)で佐藤氏は,ロシアの情勢について触れ,政治への影響力を持つ中間組織として,医療関係者の団体があることを紹介.それらの団体は,ソ連が崩壊し経済システムが崩れた当時でも,互いの助け合いにより,維持されているとした.さらに,モンテスキュー『法の精神』から引用し,「民主主義は,国家と対抗しても,自分たちの仲間を守れる中間組織が存在することで維持される.日医が中間組織として頑張ることで,日本の民主主義が担保され,日本人にとって住みやすい環境になるのではないか」と述べ,中間組織としての役割の重要性を訴えた.
 また,一九七一年,当時日医会長であった武見太郎氏が行った,保険医総辞退を振り返り,医師の大義名分と個別利益が両立出来る活動をいかに行うかが重要だと指摘した.

パネルディスカッション

 その後,中川常任理事を司会として,「世界の中の日本と社会保障のあり方」と題したパネルディスカッションが行われた.
 今後の民主党の政策についての質問に対して,佐藤氏は,鳩山由起夫総理が米国スタンフォード大学でオペレーションズ・リサーチを専攻した経歴を紹介し,決断の専門家であると指摘.「政策の決め方は,場当たり的であるが,その決断は経験則と理論的な考えに基づいている」と述べた.
 また,中間組織としての医師会の展望について武見氏は,「医師会の原点は,地域の診療所・病院の活動である.それらは,国民の医療アクセスを保障する役割を果たしており,日本の新型インフルエンザA(H1N1)での死亡者数の少なさが,その重要性を実証している.このような制度を維持し,医療政策を組み立てられるのは,日医だけである.地域医療は,医療制度の骨格であり守って欲しい」と述べた.
 最後に,中川常任理事は,「今日の話を聞き,日医があるべき未来へ進み,力強い組織に進化するための勇気を与えられた」と述べ,閉会した.
 本シンポジウムの詳細は,記録集(『日医雑誌』五月号に同封予定)を参照.

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