日医ニュース
日医ニュース目次 第1189号(平成23年3月20日)

勤務医のページ

医者の不養生としての睡眠不足─勤務医のメンタルヘルスケア─
獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授 井原 裕

 大学病院勤務という仕事がら,医師のうつ状態もかなり診てきた.治療は難しくない.多くは,原因がはっきりしているからである.「医者の不養生」,それにつきる.
 メンタル系不養生の内実は,睡眠とアルコールである.後者は前者に強い影響を与えるので,実質的には睡眠だけ,といってもいい.

睡眠は「建設」

 これまで,医者はとかく短時間睡眠を武勇伝として語りがちであった.しかし,私どもはサイエンスの素人ではないのだから,科学的にみて妥当なことを語ろうではないか.
 生化学的にみて,睡眠は「休息」ではない.むしろ,生体にとって積極的な「建設」の意味をもっている.睡眠中,身体は休んでなどいない.むしろ,勤勉に建設作業を行っている
 睡眠中,成長ホルモン,プロラクチン,甲状腺刺激ホルモン,副腎皮質刺激ホルモン,性腺刺激ホルモンなどの分泌は高まる.これらは,すべて同化ホルモンであり,睡眠時に同化作用,つまりタンパク質,脂質,多糖などの高度生体物質の合成が盛んに行われていることを示している.
 眠らないと免疫力も,治癒力も建設されていかない.傷つき疲れた身体にとって,復旧工事はもっぱら夜間作業である.
 鉄道にとって,夜間の保線作業なくしては,日中の安全な走行は保障されない.人間も同じで,睡眠不足で激務を続ければ,痛めつけられた身体は,保線されない線路を疾走する特急列車と化す.脱線は時間の問題である.

七時間を切るとうつになりやすい

 それはデータが示している.例えば,アメリカがん協会(Kripke et al., 1979)は,七時間程度を基準にして,そこから短くなればなるほど死亡リスクが上がるというデータを出している.本邦でもTamakoshi et al.(2004)が検証している.
 うつとの関係も明らかである.Kaneita et al.(2006)の三万人を対象とした疫学調査によれば,各年齢層とも,平均睡眠七時間以上八時間未満の人々が最も抑うつ度が低く,七時間を切れば抑うつ度は高くなる傾向があった.
 睡眠だけが抑うつ度を決定するわけではないが,控え目に言っても睡眠を減らせば,うつ病リスクは高まると言える.

医者に説法,その数値目標

 第一に,十分な睡眠量をとること,第二に睡眠相をある程度安定化させること,第三に最低週三回の休肝日を設けること,この三点を守れば,医師のメンタルはかなりの程度回復する.
 抗うつ薬は大半のケースで必要ない.まずは,十分な睡眠と週三日の休肝日を課す.それで一週間して効果がなければ,今度は完全断酒を課す.それで一週間して効果がなければ,初めて抗うつ薬を出す.抗うつ薬の投与は,初診の早くとも二週後でいい.
 ただ,実際,医師のように不規則な勤めをもっている身に,毎日時計のように寝起きすることは難しい.
 そこで,出来れば三日間で睡眠の収支を合わせる.つまり,「一昨日,昨日,よく眠れなければ,今夜は早く就床」などと考える.
 そのため,週の半ばに,あえてテンションを下げる日を作る.仕事量を減らす,早めに帰宅するなどの業務の調整を考えるのもいい.そして,最悪でも週七日で睡眠の収支バランスを合わせる.具体的には,「一日七時間」ではなく,「一週間で合計五十時間」を意識する.
 「英雄ナポレオンは三時間しか眠らなかった.俺も英雄だ.ゆえに三時間で十分だ」,そう豪傑医師たちは語る.
 しかし,この三段論法には,一定の留保が必要である.三時間睡眠のドクターは,実際にはその翌日十時間以上眠るような豪快なことをしている.
 すなわち,この人たちが英雄的なのは,「眠らないから」ではなく,「翌日に爆睡して挽回しているから」であろう.

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