日医ニュース
日医ニュース目次 第1197号(平成23年7月20日)

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医療現場におけるADRの現状─ADRとは医療機関側からの紛争解決手段─
順天堂大学附属順天堂医院 医療安全推進部長補佐 川志保理

ADRとは何か

 最近,ADRという言葉を耳にするようになってきている.ADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)は文字どおり裁判以外の紛争解決手段の総称である.通常は「第三者機関による紛争解決制度」を意味し,これには当事者の間の合意による解決「あっせん・調停」や専門家が判断する「仲裁」も含まれる.
 一九九九年の国内のある大学病院における患者取り違え事件をきっかけに,医療事故がマスメディアに多く取り上げられるようになり,そこから生じた対決型の訴訟文化の発展とそれによる医療崩壊のリスクの増強に対して,医療機関側が紛争解決に向けて行う方策のひとつと理解してもらうと分かりやすい.
 ただし,院内で医療機関側と患者側が交渉する場合はいわゆる「院内ADR」であって,広義のADRではない.ここでは「院内ADR」について言及する.

ADRの実際

 ADRを行うに当たって必要なことは,第三者的に医療機関側と患者側の間に立って双方の言い分をコントロールする人の存在である.大学病院では,医療安全管理室のような組織が存在して,この中のスタッフがこの任務を行うことが出来る.医療機関側の説明と患者側のクレームの掛け違いのポイントを把握して,それを双方に誤解を解くべく第三者の立場で説明して解決に導くには,相当の社会通念と医療知識が必要になる.クレームの対象が医師であることが多いことを考えても,ADRを行う者は医師であることが望ましいと考える.
 実際には,入院患者の場合は,当該科の担当医または主治医と患者及びその家族を一室に集めてADRを行う医師の司会の下,話し合いを進めていくという方法を取る.
 そのためにはADRを行う医師は,患者側についてあたかも患者家族の一員であるかのように医療機関側に質問をするような方法が推奨され,学会での座長の役割と言ったら分かりやすい.質問の内容や返答の内容が理解出来ないようであればそれを分かりやすい表現に変えたり,突拍子もないような質問に対しては論旨が異なることを伝えたり,どうしても分からないものは分からないとしか言いようがないと判断したりという点でよく似た立場であり,準備も順ずるものがある.
 事例の中に医療過誤が存在した場合には,「仲裁」となるので,ここで述べているADRはあくまでも医療過誤が存在しないにもかかわらず,クレームがつけられているという事例が対象となる.
 問題は,このようなことをわざわざ第三者としてのADRに依存しなければならない場合が存在するのはどうしてなのかということにある.これはADRを要する場合のほとんどが,患者側の医療機関側への不信感によって生じていることが多いからである.

ADRから得られた結果

 二〇〇七年より六件の院内ADRを行ってきたが,現在のところ訴訟に至ってしまった事例はない.
 患者側がクレームを申し立ててきた場合に,患者側は一〇〇%医療上の過誤があったと考えているのに対し,医療機関側は八八・五%が「通常の医療の結果」「合併症」「偶発症」であると考えており,これらの認識の差が紛争の根本的原因であったと報告されている.
 患者側は医療機関側から十分な説明を受けていない,あるいはあの説明の仕方では十分に理解出来ていなかったと伝えてきていることが多く,患者側の約八〇%に感情的な対立姿勢が見られることにより,当事者同士での紛争解決には至ることが出来ない状態になっていることが多い.
 このような場合には,当事者への責任を問うというよりはむしろ,当事者への時間的,身体的制裁を与えることにより留飲を下げるという感情になってきてしまっており,医療機関側に全く医療過誤がなくとも,法的手段になってしまう場合があることが少なくないことに驚かされた.

ADRへの期待

 クレームへの初期対応としては,接遇・マナーを順守した誠意のある説明を行うことにより,紛争発生を未然に予防しながらの解決が最も推奨される.逆に初期対応の失敗により,感情的対立姿勢が患者側に生じてしまった場合には,当事者同士での紛争解決は困難であり,ADRを介入しての説明が,法的手段への訴えを予防出来る唯一の手段であるといっても過言ではないであろう.
 十分に原因究明をしてADRに臨むことにより,医療過誤ではないものの医療側が改善すべき部分(若い研修医の心無い言葉など)の把握や再発防止に関しては,医療機関側も得るものが多いという印象を得た.

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