日医ニュース
日医ニュース目次 第1200号(平成23年9月5日)

鼎談 放射能汚染と健康被害
正しい情報を伝えることがオピニオンリーダーとしての医師の役割

明石 真言 独立行政法人放射線医学総合研究所理事
石井 正三 日医常任理事(救急・災害医療担当)
司会 野津原 崇 日医広報委員会委員長

 3月11日に発生した「東日本大震災」は,岩手・宮城・福島の3県に大きな被害を与え,多くの尊い命が失われたが,今回の震災で大きな問題となっているのが,福島第一原子力発電所(以下,福島第一原発)事故の被害である.
 そこで,放射線被ばくが健康に与える影響について,明石真言放射線医学総合研究所理事と石井正三常任理事に野津原崇日医広報委員会委員長が話を伺った.

(平成23年7月27日収録)

鼎談 放射能汚染と健康被害/正しい情報を伝えることがオピニオンリーダーとしての医師の役割(写真) 野津原(司会) 本日は,放射線被ばくが健康に与える影響について,お話を伺いたいと思います.
 明石先生,報道等で放射能汚染に関するさまざまな見解が出されていますが,まず,放射線被ばくとその影響についてお聞かせいただけますか.
 明石 今回の福島第一原発の事故では,放射性物質が環境中に放出され,大地や木の葉,屋根に積もり,そこから出てくるγ線による被ばくが主な放射線被ばくになります.もう一つは,“放射性プルーム”という放射線の入った雲が遠くに流れ,雨が降ると落ちてくる.ですから,風に乗って雲が飛んだ所が,いわゆる“ホットスポット”で,三十キロを超えた所にも出来ており,まだらなのが大きな特徴です.多くの方が避難されている所では,確かに通常よりは放射線が高く,雨水が流れた所や河川など,スポット状に高い所もありますが,科学的には,一般の人たちが普通に室内で生活をしている分には,窓を閉めて洗濯物も外に干さないでといったレベルにはなっていません.
 農薬でもそうですが,規制値と健康影響というレベルは,本来は差があるのに,そこの区別がつかなくなっています.これは行政の責任でもあるし,我々専門機関の人間が統一した見解として情報を伝えてこなかった面もあり,本来の健康影響よりも住民の不安による影響が大きくなっているのが現状だと思います.
 野津原 正しい情報が伝わらず,不安が高まった面があると思います.その不安を解消する手立てなどを検討中だと思いますが,不安が連鎖している感じで,なかなか難しいですね.
 明石 そうですね.校庭の土の表層を削っている自治体があると,隣の自治体でもやらなければいけないといった反応が起きています.さらに,雑誌などが,千葉県内にもホットスポットがあり,子どもを転校させた親がいるといった記事を書くと,それが福島県民にも悪影響を及ぼすといった状況で,住民に正しく理解してもらうことは,かなり難しくなっています.
 ただ,ホールボディカウンタ(全身測定装置)や尿検査の個々の結果が出て,少しずつですが理解してくれる人が一時期よりは増えてきているのも事実です.また,地元の先生との信頼関係がかなり構築されていることから,特に医師会の先生方の言葉で直接,放射線の影響について話していただくことは,住民の理解と安心という点で一番大きなファクターだろうと思います.
 野津原 我々,現場のかかりつけの医師が相談を受けた時に,正しい情報を分かりやすく伝えることが大きな役割になるわけですね.
 石井 例えば教育の場での年間被ばく線量限度二十ミリシーベルトという基準値について,世論も容認せず,日医がおかしいと指摘したところ,文部科学省から,年間一ミリシーベルト以下を目指すという答えを得たという経緯を見ても,行政の中枢がトップダウンでやろうとする手法そのものが古い感じがします.
 実は,日医にアメリカから寄付されたデコンジェル(DeconGel®)を使って,八月の初め(三日)に有志で福島の幼稚園の除染活動をするトライアルがあり,私も立ち会う予定です別記事参照.やってみた上で次の答えを出すべきで,いきなり基準値を大幅に動かして説得しようとしても無理でしょう.
 明石 確かに,ICRP(国際放射線防護委員会)の声明も,本来は,一ミリシーベルトを目指すところに帰着するのですが,いきなり二十という数字で言ってしまった情報の出し方に問題があるのです.
 ICRPの放射線防護の体系の最適化では“ALARAの法則(as low as reasonably achievable:被ばく線量は経済的・社会的要因を考慮しながら合理的かつ可能な限り低く保たなければならない)”,つまり回復期,復興期といろいろな状況を考えて下げましょうというのが正しい言い方で,そこをスキップしたために,不信感と分かりにくさが不安につながった感じです.
 野津原 一方的な方針を押し付ける形に映ってしまったということですね.特にお母さん方が心配されている,環境汚染が長期間に及んだ場合の子どもの外部・内部被ばくのリスクについては,どのようにお考えですか.
 明石 正確に言うと,子どもの方が感受性が高いというデータは一部にはあるのですが,科学的にそれをサポート出来るデータがそろっているわけではないのです.過去の国際的なデータは,ほとんどが原爆のもので,短期間の一回被ばく的なデータが多く,低線量の長期の被ばくについては必ずしも分かっているわけではありません.現在のデータで言えることは,例えば甲状腺の場合は放射性のヨウ素が体の中に入った時に,過去のチェルノブイリの例でも子どもにがんが発生しているから感受性が高いだろうということまでです.
 ですから,今後努力をして出来る限り低いレベルまで下げられれば健康影響は出ないということは,現在のデータでも言えるだろうと思います.
 ただ,汚染された物を食べるとか,明らかに汚染のある環境で泳ぐといったことは避けられるわけで,そこは行政がきちんと測定をし,ある程度下げる努力は出来るということです.天気がいいのに外で遊ばせない,暑いのに半ズボンをはかせないといったことは,かえって総合的な健康という点から見るとマイナスな部分が出てくるのではないかと考えています.
 野津原 お母さん方には,きちんと理解してもらう必要がありますね.
 今,汚染された稲わらを食べた牛の肉からセシウムが検出されて,食の安全が注目されていますが,食べ物からの内部被ばくについてはどうお考えですか.
 明石 まず一番には,汚染がある物を食べないこと,それから行政側もきちんとチェックをすることが前提です.
 汚染が出たという記事だけが出ますと,どの程度危険かが分からずに不安になりますから,汚染のある物を間違えて食べてしまった時に,どれぐらいの線量になるのかが分かるような情報や,行政がチェックしている情報も出して欲しいですね.私は牛の問題や地域の問題など総合的に考えていかないと,いろいろな問題が出てくるような気がしています.

市民の健康に与える影響と今後の推移

明石 真言(あかし まこと)
独立行政法人放射線医学総合研究所理事.昭和56年自治医科大学内科ジュニアレジデント.平成23年4月現職.

 野津原 次に,産業保健の視点から,福島第一原発で働いている方,関連産業として現地にいる方,また福島県から避難されている方々などの健康管理や,市民の健康に与える影響と今後の推移についてお話しいただけますか.
 明石 住民については,多分,県が中心になってカバーすると思います.発電所内で働いている従業員については,厚生労働省が東電職員のデータを管理していく考えを打ち出しました.ただ,関連会社・協力会社の社員や,発電所の上に東京ドームのような覆いをかけようとしている建設会社など,元々放射線事業の従事者ではない人たちも含めて管理すべきだと,我々は国に対して提言しています.放医研は必要に応じて線量評価の支援をし,今後も続けていこうと思っていますが,現場で復旧作業に当たっている,いわゆるファーストレスポンダー(初動対応救援者)たちの健康影響に関する評価システムをつくらなくてはいけないと思います.
 石井 それ以外にも,福島県のいわき市医師会に対し,作業員が百名単位で継続的に行く作業場の健康管理に産業医として関与して欲しいとの申し入れがあり,当然,地域医師会や県医師会,日医も含めて協力しようという話になっています.
 野津原 JMAT(日本医師会災害医療チーム)は全国で千以上のチームが出動し,情報のない中現地で対応するという形で協力したわけですが,今後は,情報管理が重要であり,検証も必要になってきますね.
 石井 そうです.JMATの活動は,派遣中・派遣済みと準備中で千四百八十八チーム,人数で合計五千八百四十一名(八月十一日現在)となっており,七月十五日付で一旦終息し,“JMATII”という,災害医療支援だけでなくもっと広い支援のフォーマットに変えたところです.
 今回のJMATは日本で最大の医療チーム活動として評価出来ると思いますが,その中身については,現在救急災害医療対策委員会で検討中であり,議論を経ながら検証していきたいと考えています.被ばく関連では,情報が乏しい中での活動ということで,多少批判的にならざるを得ませんが,政府はしっかり情報を出して欲しかったですね.
 明石 おっしゃるとおり,目に見えず,味もにおいもない放射線は,情報がなければ何も分かりません.安定ヨウ素剤も,データがないため,各市町村が独自の判断で配ったり配らなかったりということがありました.今回の事故が起こるまでは,放射線を測り,安定ヨウ素剤は配っても配り切れないのではないかくらいにしか思っていなかったのですが,予想以上に情報がなく,何をしていいか分からない状況でした.
 確かに複合災害の特徴ではありますが,絶対に,このようなことが再びあってはいけない.そのための方策をこの事故から抽出し,次回がないことを祈りながらも,生かさざるを得ないですね.

原発事故への放医研の対応と日医の協力体制

石井常任理事

 野津原 今回の原発事故における放医研の対応について,お聞かせください.
 明石 放医研では,地震発生の十七時間後には,自衛隊のヘリで医療チームを大野(福島県大熊町)にあるオフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)に派遣しました.複合災害で,携帯電話,ファクス,LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)などの通信機器が全く働かず,中央とつながったのは衛星電話だけという状態で,十二,十三,十四日と,三チームを送りました.その後,十五日に住民への避難命令が出て,結局,地元では被ばく医療どころか,病院も避難をし,医療が崩壊した状況になりました.
 原発従業員への汚染検査等,発電所の中だけでは対応出来ないということで,「我々も応援します」と言ったところ,東電の発電所内で働いた人が二千名以上も千葉市にある放医研まで検査を受けに来ましたが,いかに多くの人が働いたかです.その他にも,自衛隊,警察,消防の人たちが現地に行く時には放射線管理要員をつけ,空間線量率の測定などを行いました.我々が出来たことは微々たるものでしたが,線量率と時間から目に見えず味もない放射線の線量をきちんと管理する役目を果たせば,対応する人たちも本領が発揮出来るということで,今後もそういうシステムは必要だと思います.
 電話による相談窓口は,回線を増やして,現在もまだ続けています.さまざまな事象が起きる度に相談の電話やホームページへのアクセスが増えるのですが,ホームページに載せた情報に対する在京の外国大使館からの問い合わせや,英語のページへのアクセスが非常に多く,日本語の情報だけでなく,外国人に対する情報も少なかったのかなと感じました.また,WHO(世界保健機関)やIAEA(国際原子力機関)の閣僚会議に随行した際,日本の対応については比較的きちんとしているとの評価が多かった一方,WHOやIAEAに対し,「日本の政府は住民のことを考えていないので指導しろ」という発言をした国があったのには驚きました.確かに,英語での情報発信が少なかったなどの不十分な対応が,外からだと見えるのかなと感じました.特に,海は世界中つながっているという認識ですから,放射性物質を含む汚染水を海に流したことは外国人に悪いインパクトを与えましたね.
 野津原 情報発信は大事だということですね.
 明石 目先の対応に追われていると大変なのですが,誤解されないためにも発信は非常に重要ですね.
 石井 明石先生がされた海外での情報発信は,非常に重要だったと思います.実は,日医でも,ハーバード大学武見プログラムのフェローだった永田高志先生(日医救急災害医療対策委員会委員)や有井麻矢先生(イェール大学医学部救急科チーフ・レジデント)といったハーバードグループとのコラボレーションが最初から成立していたので,その中でさまざまな活動が出来ました.図らずも,海外への情報発信もしながら日医も活動出来て,また,助けももらえたということは,今回,特筆出来ることだと思います.
 野津原 日医と放医研との協力体制はどうだったのでしょうか.
 石井 実は,私は元々放医研に設置されている“緊急被ばく医療ネットワーク会議”のメンバーに入っていましたので,当初からさまざまな事象に際し,協働はしていました.一人で背負わず,お互いアドバイスやサジェスチョンをもらいながらやっていくことが大事なので,そういう意味では,放医研のネットワーク機能とサポートは,十分現場の必要な所まで届いていたと実感しています.
 明石 石井先生とは以前から会議等でお互いに知っており,いろいろお願い出来る関係にあったことは非常に大きいと思います.
 野津原 放医研は以前から放射能問題について専門的に検討を加え,“緊急被ばく医療ネットワーク会議”という連携チームをつくり,もしもの時に備えているということで,このネットワークがしっかり機能したということですね.

今後の災害発生時の医療者としての対応

野津原委員長

 野津原 今後,発生しては困るのですが,万一同様の災害が発生した時のために,医療者としての対応について,それぞれコメントをお願いします.
 明石 私は,対応については,いくつかの考え方があると思います.国も被ばく医療体制を何年か掛けてつくってきたわけですが,思ったほどは機能しなかった.一つには,こんなことは起こらないと思っていた部分もあり,実際に起きると,汚染,怖い,いらない,という事象が医療者の間にも生じてしまった.結局,地域のオピニオンリーダーであり,住民の健康にも責任をもっている地元の先生方が,本来怖がらなくてもいい放射線のレベルを怖がってしまったのは,私たちも国の三次被ばく医療機関として取り組んできた教育体制が浸透していなかったためです.放射線を理解してもらうために今までやってきたことが役に立たなかったのですから,今度は根本的に考え方を変えていく必要があります.
 と同時に,最も悔やまれるのは,地域の医療者に情報をきちんと伝えて発信してもらうシステムをつくってこなかったことです.
 野津原 そこが今後改善していくポイントですね.石井先生はいかがですか.
 石井 先ほどお話しした“生きたネットワーク”は,今後とも活用する必要があると思います.ネットの時代と言われますが,最初は顔を合わせて議論をする,その上で出来たヒューマンコミュニケーションが災害時には非常に生きるということです.
 今回のJMATの呼び掛けに,日医の会員・非会員にかかわらず,プロフェッショナルオートノミーに基づいてこれだけ多くのドクターが即座に,また薬剤師や病院の団体なども応えて下さったわけです.被ばく医療を含めた特殊災害の情報を不断にしっかり伝えること,例えば日医生涯教育制度やJMATの研修コースの中に放医研ともご相談して組み込んでいくのが今後の課題だと思います.
 もう一つは,SPEEDI(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information;緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)を含む情報が流れてこなかった問題には,中央防災会議を含めた内閣府とのチャンネルが薄かったという反省から,日医の参加を強く要望しています.
 さらに,災害に呼応して,海上保安庁,自衛隊,保健所,病院,医師会,放医研などを含め,通信出来る共通のアクセスポイントがあったらいいですね.今までは,災害時にオールジャパンが一遍に協働するようなフォーマットについては議論されていません.今回もローカルには情報がない所でも,ツイッターやフェイスブックは機能し,パッチワーク的に情報を集めたらうまく見えてきた例もありますので,一般に流布しているものの活用と,災害に特化した強固な情報通信のツールという両方のテーマが検討されるべきだと思います.
 野津原 JMATも初めての発動だったわけですが,全国から先生方が無償で自発的に出動されたというのは本当に素晴らしいことですね.心から敬意を表したいと思います.
 石井 国の宝だと思います.自然の圧倒的な力の後に,今度はヒューマンパワーがわき上がってきたのですから,大切にしていきたいと思います.
 野津原 今後,普段からのリスクマネジメントや現場の情報網など,今回の反省を踏まえて,救急災害についての課題を議論し検討しなければなりませんね.私たちは地域の医療に携わり,患者さんと密接な関係にある医療人として,正しい知識を得て,安心・安全に近づけるために努力したいと思っております.本日はありがとうございました.

このページのトップへ

日本医師会ホームページ http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association. All rights reserved.