日医ニュース
日医ニュース目次 第1209号(平成24年1月20日)

新春インタビュー
原中会長 地域医療の原点に立つ会員一人一人の力が重要

 一昨年4月の就任以来,原中勝征会長は,会内のみならず,会外でも,受診時定額負担導入阻止など,わが国の医療制度を守るため,精力的に活動してきた.
 そこで,今回は,日医広報委員会の道永麻里副委員長に,原中会長の今後の抱負などを聞いていただいた.

新春インタビュー/原中会長 地域医療の原点に立つ会員一人一人の力が重要(写真) 道永 年頭に当たりまして,日医が目指す方向性等について,会長の今後の抱負と共に,お伺いしたいと思います.
 昨年を振り返ってみますと,本当にいろいろなことがありました.まず一番は,やはり三月十一日に発生した東日本大震災だと思いますが,先生のご地元も被災されましたね.
 原中 はい.三月の大震災が起こるまでは,地域医療の崩壊をどうしたら防げるかということで,医師不足や医師の診療科・地域偏在の問題や,大学の基礎医学をどうするか,特に研修について考え直さなければいけないといった課題について,真剣に日医が取り組んでいこうとしていたわけです.
 「医療経済実態調査」の結果報告から,相も変わらず医師の給与がマスコミ報道によってあおりたてられ,その結果,病院と診療所という対立する見方が生じ,政府関係者もそういった先入観で動いているところがありました.そこで,それは間違いだということを,政治家の方々にもきちんと正しい理解をしていただくための広報をしなければいけませんでした.
 同時に,制度発足から五十年が経った国民皆保険制度をどのように守っていくのかを真剣に考えていく必要もありました.国民も,ある意味で恵まれた医療制度を当然のように考え,今後どのようになるか,あるいは自己負担をどうするのかということについて考えなくなってしまいました.例えば,大学病院が重症患者に対する治療をしなければいけない病院だと分かっていながら,風邪であっても,すぐ大学病院に行ってしまうことが,果たしてよいのかどうかなど,医療機関の機能をもう一度考え直そうということに取りかかっていた最中でしたね.
 そこに,三月十一日の東日本大震災が起こったわけです.十五日に,日医の災害対策本部から,都道府県医師会に対し,JMAT(日本医師会災害医療チーム)を結成していただくよう正式に要請したところ,全国の先生方が自分の診療所を休診してまで現地に行ってくださいました.
 初めは,何人行ってもらえるかと心配したのですが,あれだけ多くの先生方が自ら参加していただいたことに,感激するとともに大変誇りに思いました.
 一方で,政治の方を見ると問題が多すぎました.
 一つは,福島第一原子力発電所事故の問題に気を取られて,被災された人たちの生活環境等が全く改善されていなかったことです.私が被災後三週間目に現地を訪れた時,着のみ着のままで,お風呂にも入れず,下着も交換出来ない人たちが,仕切りもない体育館の中で避難所生活を強いられていました.外で運動する場所もなく,特に,高齢の方たちが,野菜,果物,煮物など,一切なく,朝は乾パンと水,夜はインスタントラーメンといったものだけ食べているという状況が,三週間も続いていたのです.そのような状況を招いたのは一体何が問題なのかと考えた時に,まず政府と地方自治体との連絡が十分取れていなかったということがあります.
 日医では,震災発生後直ちに対策本部を立ち上げ,きちんと現地の県医師会の対策本部との連絡をやり取りしました.この連絡によって,本当は政府がやらなければいけないことまで私たちが行ったと言いますか,せざるを得なかったわけです.このことも,国民に分かってもらえた部分であったのではないかと私は思います.
 例えば,医薬品やガソリンが不足しているとか,遺体がうちあげられているのに検案する医師がいないなど,日医では政府が一切手を付けなかったことについて,現地の先生方からの報告によって対応出来たわけです.しかし,いざ報道となると日赤の活動だけが取り上げられていて,これらの地道な活動についてはあまり紹介されなかったということがありました.当時これは一体何だろうという思いがありました.
 震災発生から六〜七カ月は,本当に大震災に関連するいろいろな対策に追われてしまいましたが,十月ごろから年末にかけては,医療政策との闘いであったと思います.
 これは,医療費,介護,特定看護師,消費税と事業税等の問題が次々とのしかかってきて,それを正しい方向に向かわせることが日医の大きな仕事であり,執行部役員全員が担当の省庁・部署に説明に行ったり,ロビー活動をしたりということで奔走しました.
 道永 東日本大震災の際は,JMATの活動が医師会の中では非常に評価されたのですが,先生が先ほどおっしゃったように,なかなか医師会の活動が取り上げられなかったということで,そういう広報的な意味では少し弱かったという点はないのでしょうか.実際は,医師会がとてもよくやったと思うのですけれども.
 原中 確かに,日赤の場合には赤十字の標章が背中に入っていて,映像に使えるということで,マスコミ的には非常によかったのでしょうね.
 日医はそういうものがなかったので,急遽(きゅうきょ)作製することとしましたが,やはりちょっとマスコミ対策が遅かったということがありますね.
 それから,JMATについて,ある政府の高官が,自分たちは何もやらないで,「開業医の団体だからもって一カ月だろう」という失礼なことを平気で言っていたそうです.ところが,十カ月以上経っても,まだJMATIIとして活動が続いているのですから,これは,認めざるを得ないだろうと思います.
 まず政府がその価値を認めて,それからマスコミにはきちんと報道してもらいたいと思います.
 道永 担当役員の先生方が広報に努めていらっしゃることは重々分かっておりますけれども,今後も,日医の良いイメージをつくっていただけたらと思っております.

国民と共に守る国民皆保険制度

 道永 昨年は,国民皆保険制度五十周年ということでしたが,今,それが危ない,危機に立っているという話がよく出ております.今後,どのようにこれを堅持していくかということで,お考えをお聞かせくださいますか.
 原中 そうですね.私たちは,この制度を将来の子どもたちにまで残せるような制度に育てていかなければいけません.しかし,五十年経って,ほころびがずいぶん出てきていると思います.
 現在,国民健康保険料を滞納している世帯が約四百四十万世帯あり,全世帯数の二〇%を超えています.これは,国民健康保険の保険料に問題があるわけです.普通の会社に勤めている人たちは,給料の中から決められたパーセントを引かれているわけで,まだかなり余裕があるのですね.
 ところが,雇用法が拡大されて若い人たちの給料がどんどん減ってしまい,年収二百万円以下の人たちが増えてしまったわけです.更に,失業した場合,その本人が国民健康保険に自分から申し込まなければいけないのですが,その時に百万円以下の収入なのに保険料が十二万円ということになったら生活出来ません.したがって,「病気になったらもうしょうがない,死ぬしかない」という覚悟を決めて,健康保険に申し込まない人が約百十万人出たということです.
 そこで,日医では,平成二十二年十一月に,「日本医師会 国民の安心を約束する医療保険制度」を発表し,公的医療保険を支える財源として,保険料改革,消費税改革,国の歳出改革を,同時並行で行うことを提案したのです.そのうちの保険料改革では,保険者間の財政調整財源とするために,組合健保,国家公務員共済組合,地方公務員共済組合,私学教職員等共済組合等の被用者保険の保険料率を,最も保険料率の高い協会けんぽの水準に引き上げてもらうことと,国保の賦課限度額,被用者保険の標準月額の上限を引き上げ,高所得者に応分の負担を求め,低所得者や高齢者の負担軽減に配慮することを提案しました.それを実行することによって,しばらくの間は保険財政が破綻しないだろうと考えています.
 さらに,市町村が運営する国民健康保険の場合,同一都道府県内の市町村間でも保険料倍率格差があり,全国で比較すると格差は五倍もあるのです.それをまず一体化し,広域,あるいは県単位のものにして,格差を少なくし,年収百万円以下の人が健康保険の保険料十二万円などということがないように変えていく必要があります.
 道永 国民皆保険制度は守らなければいけないけれども,やはり,修正していかなくてはならない部分もたくさんあるということですね.

平成二十四年度診療報酬・介護報酬改定について

新春インタビュー/原中会長 地域医療の原点に立つ会員一人一人の力が重要(写真) 道永 政府は,昨年十二月二十一日に平成二十四年度の診療報酬・介護報酬の改定率を決定しました.これまで日医としては,政府に対し,被災地の医療復興に全力を挙げるべきとした上で,「診療所・中小病院を中心に,不合理な診療報酬項目の是正を行うこと.そのために,財源をしっかりと確保すること」とした要望を一貫して述べていました.
 原中 はい.「被災地を置き去りにした形での地域医療の再生はない」との思いは今も変わってはいません.財政難や東日本大震災の影響がある中で,診療報酬がプラス改定とされたことは高く評価します.また,前回,平成二十二年度の診療報酬の改定率決定の際,外来と入院の配分があらかじめ決められたため多くの問題が生じました.われわれは,配分に関しては中医協の議論に任せるべきとの主張を繰り返し行い,その結果,その要望が受け入れられたことも高く評価します.一方,介護報酬に関しては,今回公表された改定率以上を,われわれは求めてきましたが,物価の下落等厳しい経済状況の中,改定率が示されました.不十分ではありますが,今回の改定財源を適正に活用していかなければなりません.
 今回の改定率決定までの動きの中では,都道府県医師会並びに郡市区医師会の先生方に強力な後押しをいただきました.また,民主党の多くの議員の方々にもわれわれの主張に賛同いただき尽力いただきました.
 国民皆保険制度が五十年経って,至るところにほころびが目立ってきました.今後,五十年先の医療を見越した目線で,中医協での検討をお願いしたいですね.

日医の今後の課題

新春インタビュー/原中会長 地域医療の原点に立つ会員一人一人の力が重要(写真) 道永 昨年来,本当にいろいろな課題が出てきていますけれども,新しい年を迎えて,今後,解決しなくてはいけない問題を順番にお話しいただけますか.
 原中 まず前回の診療報酬改定の際,急性期医療の充実と病院勤務医の負担軽減が重視されたことは理解出来るのですが,入院に偏った配分が行われました.更に,信頼性の低いデータを基に資料を作り,勤務医と診療所医師を分断するような政策がなされたことは間違いであるということを,われわれがきちんとデータを示して国民に知らせる必要があります.そして,病院・診療所医師が連携し,医師全体が“国民を守る”という医師としての使命感を持ち,同じ生命倫理を基調として,医療を守るための医師会活動を協調して進めていかなければならないということが第一だと思います.
 次に,今後,社会保障と税の一体改革が進められる際に,医療法改正や消費税問題も重要です.例えば,自分の病院を子どもに継がせて地域の医療を守ろうという時,相続税が,一般の企業と同じようにかけられるといった話も出ています.しかし,地域医療を守るためには,医療法人の税金は安く保たなければ経営が成り立ちません.医療過疎の地域が日本各地に広がってくるだろうと思いますので,やはり,医療というものは一元的に考えるのではなく,地域ごとのそれぞれの事情を国が整理した上でやっていかなければいけないと思います.
 また,医学部教育と臨床研修制度,医師国家試験等の見直しも必要です.
 アメリカの病院では,院内にドクターズオフィスを設置するケースが見られ,医師と雇用関係を結ばないことが多いようです.それなのに日本では,研修を終わった医師たちが民間の派遣会社に身を委ねるケースもあるということで,これはとても残念なことであります.
 現在,日医では,女性医師支援センター事業を行っており,各都道府県医師会でも既にそういう制度をつくっている所がありますので,きちんと連携して,女性医師に限らず,少なくとも医師が医師らしい歩みをするように方向を変えていかなければいけないと考えています.
 更に,TPPに関連する問題についてですが,国民皆保険制度を堅持するためにも,医療への市場原理の導入と混合診療の全面解禁への動きを注視していかなければなりません.
 アメリカは,小泉政権時代の二〇〇一年十月の「年次改革要望書」で,市場競争原理の導入と,民間の役割の拡大等を含む構造改革の推進を求めて以降,アメリカ型の医療システムとして,混合診療の全面解禁や医療への株式会社の参入,薬価の自由化などを要求してきているわけです.これをはねのけるには大変な努力が必要となります.
 昨年十二月九日には,日本の医療を守るための総決起大会(主催:国民医療推進協議会,協力:東京都医師会)を日医会館で開催しましたが,医師会と国民が一つになって日本の医療を守るための体制をつくり,国民運動として展開していきたいと考えています.
 道永 一番難しい問題ですが,どうして医師会が国民にきちんと理解されないのでしょうか.
 原中 マスコミの影響もあるでしょう.郵政民営化やサリン事件の際にはマスコミの怖さを感じましたね.
 それから,本当は医師会とは関係ないのですが,テレビ局の規制緩和などの問題まで踏み込んでいかないと,本当の意味で国民と医師会が一緒になることは難しいだろうと思います.やはり各都道府県や郡市区の医師会と一緒になって,いろいろな行動を起こしていかないといけないと強く思います.
 道永 一般の国民は,身近な地元の開業の先生や勤務医の先生,地区医師会との接点がありますから,そちらの方から働き掛けなくてはいけませんね.
 原中 患者さんご自身が接している先生はいいが,医師会はだめだという方が多いので,これを変えていかないといけないと思います.
 道永 確かに.マスコミは医師会側の意見をなかなか取り上げてくれないのが現実だと思うのですが,記者クラブの若い記者たちと医療問題について話す機会を増やすなどの取り組みを始められたことは,今後もぜひ続けていただきたいですね.
 また,昨年,国民の目線を考えて,日医ホームページをリニューアルしましたので,日医のイメージが今後変わっていってくれればいいなと思います.
 原中 そう願いたいですね.

会員に一言

 道永 最後に,会員に一言いただければと思います.
 原中 医師というのは,医の倫理を基礎として,大切な命を守ることが原点だと思います.そこから,いろいろな医療制度等を良くし,国民のために闘う医師会の正しい姿を国民に知ってもらうように,会員一人ひとりに,折に触れ患者さんたちに説明をしていただきたいですね.それから,患者さんから相談に乗ってもらいたいと頼られる医師になって欲しいと思います.
 道永 いわゆるかかりつけの先生が,一番患者さんや国民と一緒なわけですからね.
 原中 そうです.それが本当の地域医療の原点であり,その原点に立っている先生方が一番大切なのです.
 ですから,ぜひ先生方には,自分の目の前にいる患者さんに対し,家庭環境や心のケアを含めて全部診ていただくような努力をお願いしたいと思います.
 道永 どうもありがとうございました.
 原中 ありがとうございました.

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