日医ニュース
日医ニュース目次 第1235号(平成25年2月20日)

勤務医のページ

医師法21条と勤務医
宮城県医師会常任理事 橋本 省

 医師は誰しもが患者に良かれと思って医療行為を行うものであり,結果が悪いからといって,その医療行為が罪に問われることがあってはならない.しかし,わが国ではそれが現実となることがある.すなわち,医師法二十一条違反という罪である.
 分娩(帝王切開)後の妊婦死亡に関連して,担当医が突然逮捕拘留された福島県立大野病院事件では,担当医は業務上過失致死罪と共に,医師法二十一条違反にも問われた.結果的には無罪となったが,これ以来,医師法二十一条を改正すべきという声が特に大きくなっている.では,この医師法二十一条とはどのような問題点を有するのか? ここではその歴史と共に考えてみたい.

医師法二十一条問題の経過

 医師法は昭和二十三年七月の交付だが,その起源は明治七年の医制にあるとされる.現行法の二十一条は「医師は,死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」となっている.すなわち,元々は医師が死体を検案して殺人などの事件性や伝染病の可能性などがあると認めた時には警察に届けるよう定めた条文であった.従って,医療行為に関連して患者が死亡した場合はこの要件には当てはまらないものとして運用されてきた.
 しかしながら,平成六年になって,日本法医学会が「異状死ガイドライン」を作成した.これは臓器移植法案に関連してつくられたものであったが,ここで「診療行為に関連した予期しない死亡,及びその疑いがあるものを異状死に含める」と明記されたことから,その後の問題が発生してきたのである.
 これを受けて,平成十二年,当時の厚生省国立病院部が「リスクマネジメントマニュアル作成指針」を出し,その中で「医療過誤によって死亡または傷害が発生した場合またはその疑いがある場合には,施設長は,速やかに所轄警察署に届け出を行う」とした.このため,国立病院ばかりでなく,他の医療機関にもこの指導は及ぶものと考えられてきた.
 しかも,その後,厚生労働省は死亡診断書記入マニュアルに「『異状』とは『病理学的異状』ではなく,『法医学的異状』を指します.『法医学的異状』については,日本法医学会が定めている『異状死ガイドライン』等も参考にして下さい」と記し,診療関連死も異状死に含める解釈を公のものとしたのである.

勤務医も高い関心を持つべき

 かくして現状では,予期しない診療関連死は警察に届けるべきとされ,警察もそのように指導している.もちろん,警察は届け出があれば何か過失は無かったか,との目で捜査を始めることになる.つまり,医師法二十一条による届け出が刑事事件の捜査の端緒となるわけである.現代日本では診療関連死が起きるのはほとんどが病院であるから,勤務医が捜査の対象となる可能性が高いことになる.従って,われわれ勤務医はこの問題に高い関心を向け,考えていかなければならない.
 もちろん,この問題は既述のごとく,日本法医学会の誤った見解により起きたものであるから,この見解を撤回し,条文の解釈を本来のものに戻せば解決すると思われるが,一度定まった解釈を変更するのは難しいとされ,それならば,死因の究明を医療者自らの手で行うべきとして医療事故調査委員会の考えが出てきた.

医療事故調査委員会と日医

 日医は七,八年前から,この問題に精力的に取り組み,前の自民党政権の時に,医療事故調査委員会設置法案の大綱案が出されるところまで進んだが,政権交代でこの案は捨て去られた.しかし,日医や日本医療安全調査機構,あるいは厚労省の中で検討は続いており,今回,最終的な日医案を検討するため,「医療事故調査に関する検討委員会」が開かれ,筆者も委員の一人となっている.
 ここでは,基本的に第三者機関的な診療関連死調査機関を設立する方向で議論が始まったところであるが,医療界にはさまざまな意見があり,どのように議論を集約するかは難しいところと思われる.
 ところが一方で,厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で,昨年十月に極めて注目される意見が述べられた.
 発言の主は厚労省医政局医事課長であり,一つは,「医師法二十一条で言う異状とは外表上の異状であり,異状が認められなければ届け出の必要は無い」というもの,もう一つは,「平成十二年のリスクマネジメントマニュアル作成指針は国立病院・療養所に対して示したもので,他の医療機関を拘束するものではない.また,医師法二十一条の解釈を示したものではなく,医療過誤によって死亡または傷害が発生した場合の対応を示したもの」という二点である.
 この発言が課長個人の考えなのか,厚労省の考えを代表しているのかは確認中であるが,それによってはこの問題の議論の方向が大きく変わる可能性があり,慎重に見ていく必要があると思っている.

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