日医ニュース
日医ニュース目次 第1284号(平成27年3月5日)

平成26年度 日医総研シンポジウム
「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマに

 日医総研シンポジウムが,「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマに2月12日,日医会館大講堂で開催された.
 当日は,医療のビッグデータの利活用と個人情報保護法等について熱心な討議が行われた.

 石井正三常任理事の総合司会で開会.冒頭,あいさつに立った横倉義武会長は,医療において国民の健康を守るためのさまざまな取り組みが始まり,ビッグデータは医療資源の効果的な活用や病気の治療に役立てられているが,今後,ますますその正しい利活用のあり方が主要な課題になってくると指摘した.
 その上で,同会長は,医療に係る個人情報の保護について触れ,平成十五年五月の個人情報保護法制定時に,「高いレベルの個人情報の保護が求められている分野について,個別法を早急に検討すること」とした衆参両院による附帯決議がなされているにもかかわらず,いまだに医療分野における個人情報保護に関する個別法が策定されていないことを危惧.「このような状況の中で,“医療ビッグデータ”をテーマにシンポジウムを開催することは,誠に意義深いことである」と述べ,本シンポジウムに期待を寄せた.
 続いて,今村定臣常任理事,澤倫太郎日医総研研究部長を座長として,三名の演者が講演を行った.

講演I
「医療情報大規模データベースとプライバシーの保護」

平成26年度 日医総研シンポジウム/「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマに(写真) 山本隆一東京大学大学院特任准教授は,わが国の医療の情報化について,「情報化自体は先進的であったが,情報を公益目的に利用する二次利用という面では遅れており,最近になってようやく大規模な医療情報データベースが構築されるようになった」と説明.「現在でも公益利用とプライバシー保護の問題が顕在化しているため,十分に標準化されているとは言えないが,それでも自然言語処理を含む新しいIT技術を用いることによる新たな医学知識の発見,持続性のある日本型社会保障の充実など,さまざまなことが期待できる」とした.
 また,解決すべき課題としては,(一)目的の異なるデータベースの結合(共通ID),(二)データ指向時代に適したプライバシー保護─があるとし,「今後,その対策を考えていかなければならない」と述べた.
 個人情報の保護については,「ビッグデータを利用する際に,今の個人情報保護法が不十分であることは共通の認識であるが,そもそも医療の情報を利用してはいけないというものではなく,例えば医学の教科書などの医学知識は,多くの患者情報から得た過去の経験の集積であり,こうした利用が一切できないとなると,医学の発展はありえない」と指摘した.
 今通常国会に提出予定である個人情報保護法・マイナンバー法改正案の問題点としては,(一)保護は追求されているが,活用しないことに対する対策がほとんど取られていない,(二)情報取得主体によって異なるルールで運用されている,(三)情報保護だけでなく,不正に関して実効性のある悪用防止の手立てがない,(四)個人情報の定義が曖昧(あいまい)で,匿名化が定義できない,(五)医療・介護分野で安心して利用できる共通IDがない─等が挙げられるとした.

講演II
「医療ビッグデータの研究利用 その現状と課題」

平成26年度 日医総研シンポジウム/「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマに(写真) 石川ベンジャミン光一国立がんセンターがん対策情報センターがん統計研究部がん医療費調査室長は,研究目的の大規模データベースを独自に整備する形で進められてきたDPCデータベースについて,国が構築するデータベースの充実に伴い,研究目的での二次利用が発展しつつある現状について解説を行った.
 DPCデータをミクロ・マクロの視点から分析した事例を紹介.DPCデータには,(一)診療プロセスの解析(DPC分類別や病院別の診療実態の把握,より詳細な診療内容の解析),(二)病院の機能と診療圏についての分析─ができる利点がある一方,(一)治療成績の評価,(二)詳細な臨床病期・重傷度,部位別の解析─などの問題もあるが,DPCデータを核として,必要なデータを追加・補完することで,分析の効率化・迅速化を図ることができるとした.
 更に石川室長は,DPCデータは,単に診療報酬の請求に使うだけにとどまらず,医療ビッグデータを利用するための共通基盤として,できるだけ医療者に負担がかからない形で国民に還元するシステムとして提供できるようにすることも可能として,その活用に期待感を示した.

講演III
「ビッグデータ時代の医療と臨床家のあり方」

平成26年度 日医総研シンポジウム/「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマに(写真) 山本雄士株式会社ミナケア代表取締役は,ビッグデータについて,「『未来が何でも予測できるようになるもの』という人もいれば,『人の処理能力,記憶能力を超えた情報を処理できるもの』という人もいる.使う人によって,その意味合いや意義がさまざまである」と説明.
 現在の医療の置かれている状況に関しては,“情報”という目線で見ると,(一)技術や知見が増大する中で,知識をどうアップデートしていくか,(二)医療範囲が拡張し,広がる医療の中での専門職としての役割,(三)環境変化の加速に伴い,外部環境にどう対応し管理するか─が重要になるとした.
 また,山本氏は昨今のようなビッグデータ時代においては,見えなかったものが見えるようになり,無関係に見えたものがつながり始め,予測と判断のバランスが変わり始めていると指摘.
 こうした時代の医療においては,データ化された人の将来を,生身の人の未来へと還元する点は変わりないが,医療価値の再定義,専門職の行動指針の再検討,新たな役割の発信を,医師自らが担うことが求められているとした.

パネルディスカッション
「日本における医療ビッグデータの現状と未来」

平成26年度 日医総研シンポジウム/「日本における医療ビッグデータの現状と未来」をテーマに(写真) パネルディスカッションに先立ち,石井常任理事は,二〇一四年十月に南アフリカ共和国・ダーバンにて開催された世界医師会(WMA)作業部会において起草された草案「データベースとバイオバンクにおける倫理的考察に関するWMA宣言案」について触れ,その目的と定義,倫理原則等について説明した.
 その後,石井・石川広己両常任理事を座長とし,三名の演者をパネリストとしたパネルディスカッションが行われた.
 その中では,「医療専門職の役割分担」「DPCデータについて,解析が優先することで不得意な部分を無視して進んでしまわないか,また,分析データの標準化の下に患者要因が無視され,データが一人歩きすることはないか」「ビッグデータを使用した分析に対して検証を行う仕組み」や「地域医療構想の中でビッグデータはどれだけの重みを占めるのか」といった質問に加え,ビッグデータの利用の方法について,使い方によっては曲解されてしまうことを危惧する意見も出された.
 最後に,総括した松原謙二副会長は,「今は膨大なデータを瞬時に解析できる時代となったが,医療に携わる者は,国民にとって一番大事な要素である個人情報をしっかりと保護しながら活用し,そのデータを公のために使っていくことが重要であると考えている.日医としてもその保護に積極的に取り組んでいく所存であるので,ご協力をお願いしたい」と述べた.
 参加者は都道府県医師会でのテレビ会議システムによる視聴者を含めて三百二十二名であった.

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